マンスリーレポート

2007年7月 私の一番キライな仕事

 仕事を選ぶな!

 これは私がサラリーマン時代に先輩社員からよく言われた言葉です。

 たしかに「仕事を選ぶな」というのは社会のルールのようなものであって、一従業員が仕事のえり好みをすべきではありません。それに、一見イヤに思う仕事でもやってみればそれなりに面白さを見出せることはよくありますし、その仕事をおこなったことが後で役に立つことはよくあります。

 そういうわけで、私は医学部入学以降も、キライな科目の勉強にも手を抜きませんでしたし、医師になってからも一見雑用に見える仕事もイヤな顔をせず(これは疑わしいかもしれませんが・・・)取り組んできたつもりです。

 けれども、どうしてもキライな仕事というのはどんな仕事をしていてもつきまとうものです。

 私の場合、最もキライな仕事は「レセプト請求業務」です。

 レセプトについて少し説明をしておきます。通常、医療機関では診療費の3割を患者さんから徴収します。残り7割は、社会保険であれば、社会保険診療報酬支払基金にレセプトを提出し、その数ヵ月後に同基金より支払われます。要するに、レセプトとは同基金に提出する「請求書」のようなものです。

 しかしながら、単に「今月の請求額はいくらになります」という旨の請求書を作成しただけでは同基金は受け取ってくれません。それぞれの患者さんごとにどのような診療をおこなったかを詳細に記した書類を提出する必要があり、この書類がレセプトなのです。

 レセプトには、患者さんに対し、どのような検査や投薬をおこなったかを詳細に書かなければなりません。そして、その検査や投薬に適している「病名」を記載しなければなりません。この「病名」の表記がときに非常に複雑になります。

 例えば、ある患者さんが糖尿病の疑いがあったとします。この場合、血糖値を測定すれば、病名に「糖尿病の疑い」と記載する必要があります。このとき血糖値が高くもないが低くもないような場合、追加でHbA1Cの値を測定することがあります。現行のルールでは、HbA1Cを測定した場合には、病名は「糖尿病の疑い」ではなく「糖尿病」としなければならないことになっています。

 この場合、一度計測した血糖値が微妙な値をとったのだから、血糖値よりも糖尿病の診断により役立つHbA1Cを測定しようと考えるわけですが、レセプトの病名に「糖尿病」と書いてしまえば、この患者さんはまだ正確に糖尿病であることが決まったわけではないのに糖尿病という病名がついてしまうことになります。そして、決まったわけでもないのにレセプトに「糖尿病」と記載すれば、ある意味で「不正請求」ということになってしまいます。

 では、実際にはどうしているかというと、患者さんに対して「HbA1Cの測定は自費でお願いします」というわけにもいきませんから、この場合はクリニックの負担で(つまりクリニックが損をして)レセプトを提出しているのです。

 また、たくさんの訴えのある患者さんの場合、ついつい病名が抜けていることがあります。発熱と下痢で受診した患者さんに対して、急性胃腸炎という診断がつき、検査と投薬をおこなったようなケースで、患者さんが帰り際に「先生、水虫もついでに診てもらえますか」などと言われることがあります。顕微鏡の検査で水虫をみつけて、抗真菌薬を処方するわけですが、こんなときによく「足白癬」という病名の記載が抜けてしまうことがあります。メインの疾患の急性胃腸炎に目をとられるからです。「足白癬」という病名が抜けたままのレセプトを提出してしまうと、この分は基金から支払われずにクリニックが損をしてしまいます。

 レセプトのチェックでは、「病名が抜けていないか」と「不正請求になっていないか」の双方を確認しなければならないというわけです。

 医療機関の締めは末日ですから、月末日にはいったん下書きの段階のレセプトを打ち出します。そしてこれらを、1枚1枚カルテを見ながら確認していくのです。

 この作業がとてつもなくしんどいのです!! そして、これが私の一番キライな仕事です。

 実は、ついさっきまでその仕事に取り組んでいてやっと終了しました。時計の針はすでに午前7時に...。この仕事のせいで、月初めの数日間は徹夜をしなければならないのです。

 この作業をしていていつも思うことがあります。そもそも医療機関というものは、営利団体ではなく、現実的には公的機関の側面が強いわけですから、レセプトの内容に関係なく一定額が支払われるようなシステムにすればいいのではないでしょうか。

 我々医師がおこなう作業も大変ですが、社会保険診療報酬支払基金でのチェックもかなりの人件費が必要となっているはずです。

 もしも、レセプトの作成を簡素化し、一定額が支払われるシステムになれば、かなりの人件費が節約され医療費削減にもつながるのは間違いがありません。

 もっと言えば、勤務医も開業医もすべての医師を公務員にして給与を一定にし、レセプト作成業務をなくしてしまえばかなりのコストが削減できるはずです。

 医師は自身の給与が高かろうが低かろうが、目の前の患者さんに全力を注ぎますから、公務員として給与を一定額にしても医療の質が低下することはありません。

 もしも、レセプトの存在がなくなれば、医師だけでなく医療機関の事務員の仕事も大幅に減りますし、同基金の人件費も大きく削減できます。こうすれば浮いた医療費をより必要なところに使えると思うのですが、この私の案は絵に描いた餅なのでしょうか。

 毎月こんなことを考えながら、一番キライな仕事をこなす・・・。

 これが私の月初めの姿です。