マンスリーレポート

2009年3月号 長引く不況と医療費の自己負担

先月のマンスリーレポートで、太融寺町谷口医院の新患患者数が、女性は変わらないものの、男性は3割も減少しているという話をしました。

 これは今年の1月のデータですが、興味深いことに、2月の集計を見てみてもまったく同じ傾向にあります。

 2月に太融寺町谷口医院を初めて受診した人(過去に一度でも受診したことがあれば含めない)は、男性153人、女性130人です。昨年(2008年)が男性231人、女性131人ですから、女性はほとんど減っていない一方で、男性は33%の減少です。

 ある患者さんから聞いた話ですが、製造業では不況のあおりを受けて週休3日となっているところが増えてきているそうです。土日に加え、金曜日も休みとなったというのです。ところが、この患者さんは、休みは増えてもお金がないためにどこにも行けないと言います。つい半年くらい前までは、仕事が多すぎて土日にも駆り出されることが多かったそうですから、景気悪化のスピードは相当なものなのでしょう。

 別の患者さんの話をしましょう。この患者さんは女性で、いわゆる"夜の店"で働いています。お客さんが激減して店の売り上げは急減しており、歩合制で給料をもらっているこの患者さんは生活ができなくなったと言います。掛け持ちで昼間の仕事も考えているそうですが、面接にすらたどり着けないと言います。また、同業者が続々と店をたたんでおり、そのうちこの女性が勤務している店も「時間の問題かも・・・」だそうです。

 昨年から、何度か「医療費が高すぎて受診できない人が増加している」という話や、「親が保険代を払っていないために子供が無保険となっている家庭が急増している」という話をトップページの『医療ニュース』で取り上げてきました。

 最近、報道されたあるニュースは我々にとって大変ショッキングなものでした。このニュースを簡単に振り返ってみましょう。

 全日本民主医療機関連合会(民医連)は3月3日、国民健康保険の保険料を滞納して保険証がない「無保険」になるなどして医療費が払えず、病気になっても受診が遅れて死亡した人が、2008年の1年間で31人に上ったことを発表しました。(報道は2009年3月4日の共同通信)

 亡くなられた人を職業別にみると、無職が11人、非正規労働者が8人、年金受給の高齢者が7人、自営業が5人です。最高齢は89歳の男性、最年少は32歳の男性となっています。

 「国民皆保険」が自慢だったはずの日本で、1年間に31人もの人が「健康保険がない」という理由で医療機関に受診できず亡くなられたというのです。

 たしかに、保険代というのは安くありません。その人の収入にもよりますが、だいたい毎月1~5万円くらいは給料から天引きされていると思います。毎月の負担がこれだけ高額な上に、受診をするとその度に3割負担を求められます。

 通常、月々の保険料は"天引き"されていますからあまり意識しませんが、よく考えてみると月に数万円の負担というのはかなりの高額であり、こう考えると保険料が支払えない人がでてくるのは当然のことなのかもしれません。

 それならば医療機関での自己負担を安くしてほしい・・・

 と、このように感じる人もいるでしょう。しかし、これはできないのです。

 今年(2009年)の1月、札幌市内の医療機関で、患者の自己負担をゼロにする「無料診療」が相次いで発覚し、厚生労働省北海道厚生局は、健康保険法に違反するとしてこれら医療機関の「指導」をおこなうことになりました。

 医療費というのはあらかじめ決まっているわけで、医療機関が独自に決められるわけではありません。医療機関での自己負担を安くできないのは、現実的には健康保険法という法律に違反するからですが、本質的には、もしも医療機関独自で自己負担料を決められるようになれば値下げ競争が起こる可能性があり、そうなればあまりにも安易な理由で医療機関を受診する人が増え、全体の医療費が増大し、その結果増税などで国民にツケが回ることが考えられるからです。 

 ただ、我々医療者側としては、できるだけ患者さんの自己負担額を減らしたいと考えています。ですから、薬で言えば、先発品でなく後発品(ジェネリック薬品)を積極的に処方していますし(ただし効果と副作用の点で問題のある可能性のある後発品は処方していません)、その時点では必要ないと思われる検査や点滴・薬などは患者さんに話をして、できる限りおこなわないようにしています。

 けれども、この点で患者さんに理解してもらえないことがあり時々悩まされます。

 例えば、先日受診した30代女性のある患者さんは、「疲れたから点滴をしてほしい」というのが目的でした。私は、現時点では点滴をおこなう必要がないことを説明し、水分を(口から)積極的に摂って休養をとるように助言しました。すると、その患者さんは「昨日の夜救急病院に行って同じことを言われ、結局点滴はしてもらえませんでした。どうして病院というのは患者の言うことを聞いてくれないのですか」、とやや憤慨した様子で私に詰め寄りました。

 こういう点がなかなか理解してもらえなくて困ることがあります。我々としては患者さんに無駄な負担をさせたくないのです。それに、点滴をすれば針を刺しますから多少は痛い思いをさせることになります。もっと言えば、非常に稀ではありますが、点滴が原因で腕の神経に障害が残ることだってあるのです。

 この患者さんは言わば"元気"な方で医療機関を受診する必要がないわけです。その一方で、保険がないからという理由で受診できず結果的に亡くなられた人もいるというのはなんと皮肉なことでしょう。

 毎月の天引きの保険料が安くなることはないでしょうし、3割の自己負担が昔のように1割となるとは考えられません。ならば、適切なタイミングで医療機関を受診し、最小限の自己負担で健康を維持することを考えるようにすべきです。

 会社員や自営業者の方をスポーツ選手にたとえると、我々医師とはチームドクターのようなものです。早く元気になってもらうために最適な医療を供給するのが我々の使命なのです。

 不況でお金がないときも我々"チームドクター"は国民のために存在しています。倹約につとめるのは大切なことですが、気になる症状があれば放っておかないようにしましょう。