マンスリーレポート

2009年5月号 学会に参加できないという苦痛

医師の醍醐味のひとつは「勉強したことが直接役に立つ」ということです。私はこのことを日々実感しており、著書などを通して世間に訴えたこともあります。

 別に医師が他の職業よりもすばらしいんだと言いたいわけではありませんが、この「勉強したことが直接役に立つ」ということは、医師をしていてよかった!と思える大きな理由のひとつです。

 私は医学部入学前に、ある商社で4年間ほど会社員をしていました。そのときにも、もちろん勉強はしていました。英語の勉強はほぼ毎日おこないましたし(私は入社時には英語がまったくと言っていいほどできませんでしたから英語を勉強する・しないというのは当時の私にとっては死活問題だったのです)、会社が扱っている商品の勉強もおこなわなければなりませんでした。また、ときにはマーケティングやマクロ経済の勉強もおこなったことがあります。

 しかしながら、会社員時代の私がおこなっていた勉強と医師になってから日々私がおこなっている勉強とはその本質がまったく異なるのです。

 会社員時代にやっていた勉強というのは、その勉強をすれば明日の仕事に直接役立つ、というわけではなく、長期的にみたときに自己の成長ができている、といった感じのものです。英語がより正確により早く読み書き・話す聞くができるようになれば仕事の効率が上がるといった感じです。また扱っている商品の知識を増やしていくことは勉強と言えば勉強に含まれるのかもしれませんが、例えば大学で学ぶような類のものではありません。

 それに対して、医学の勉強は学んだことが直接仕事にいきてきます。これは、新しい検査法や新しい治療法について学ぶことができるというようなものだけではありません。例えば、なかなか診断がつかなかった症例や標準的な治療でよくならなかった症例について他の医師の報告を見聞きすることも大変勉強になります。また、生理学や生化学の新しい発見などについて学ぶことは、直接日々の診察に役立つわけではありませんが、まさに「大学で学ぶような」勉強であり、大変興味深く取り組むことができます。

 医師がおこなう勉強というのは、定期的に送られてくる学会誌や教科書的な書物が中心ですが、より刺激的で楽しいのは学会や研究会への参加です。

 学会や研究会というのは、書物での勉強と異なり、医師や研究者が直接発表するのを聴くことができます。現在は「パワーポイント」という素晴らしい発表ツールがありますから、単に文字や写真だけでなく、必要に応じてビデオなども使うことができます。また、通常、演題の発表の後には質疑応答もおこなわれますから、わからないことがあればその場で質問することもできるのです。さらに、規模の小さな研究会のようなものであれば、その場がディスカッションの場となることもあります。

 学会や研究会というのは、日本全国各地でほぼ毎日のようにおこなわれています。もっと言えば、世界中のあちこちで開催されています。ですから、お金と時間に余裕があればいくらでもこの楽しい勉強会に参加できるというわけです。

 私は学会や研究会が大好きで、まだ金銭的余裕のない研修医の頃から1ヶ月に1~2度程度は、何とか時間をつくって参加するようにしていました。

 ところがです。クリニックを始めてからは、時間が思うようには捻出できず、実際に学会や研究会に参加できるのは、大きい学会だけでいえばせいぜい年に1~2回程度、小さな研究会レベルのものまで含めても年に10回にも満たないのです。

 先月(2009年4月)にも、早くから楽しみにしていた学会が2つあったのですが(ひとつは日本皮膚科学会、もうひとつは日本旅行医学会の学術大会です)、クリニックを閉めることができなかったためにどちらにも参加することができませんでした。

 日本皮膚科学会は4月24日(金)から26日(日)の3日間福岡で開催されました。金曜日は無理だとしても、25日の土曜日と26日の日曜日だけでも参加することを当初は考えていたのですが、月末の土曜日(しかもゴールデンウィーク前!)にクリニックを閉めるわけにもいかず、診察終了後カルテを書き、他の諸業務を済ませれば日付が変わるくらいの時間になりますから、それから福岡に移動することは不可能です。日曜日の早朝に大阪を出たとしても、実際に参加できるセッションや講演会はごくわずかに限られてしまいます。結局、日本皮膚科学会への今年の参加は(実は去年もその前年も)断念せざるを得ませんでした。

 日本旅行医学会は、2年前に私が入会した学会です。入会以降今年の4月で3回目の学術大会が開かれたのですが、こちらはいまだに一度も参加できていません。今年の学術大会は4月18日(土)、19日(日)の2日間に渡って東京で開催されました。直前まで参加することを検討していたのですが、最終的には断念せざるを得ませんでした。やはり、土曜日のクリニックを閉めることができないのです。土曜日は、近辺の医療機関のほとんどが休診となり、特に午後は、少し遠方からでも「空いているクリニックがなくてここまで来ました」と話される方が少なくないのです。

 年のうち何度かは、どうしても出席しなければならない学会(例えば、自分が演題発表を要請されているような場合)が土曜日にあれば、クリニックを閉めて参加せざるを得ません。したがって、どうしても休診とせざるを得ない数日を除けば、できるだけ土曜日の診察をおこなわなければならなくなってきます。(近辺に土曜日(特に午後)に診察をおこなう医療機関が増えれば、もう少し休診を増やすことができるかもしれませんが当分は無理でしょう・・・)

 先月は、ひとつだけ研究会に参加しました。この研究会は「大阪プライマリケア研究会」と言い、私が所属する医局である大阪市立大学医学部総合診療センターが主催しており、開催場所も大学内です。この研究会は木曜日に開催されますから、私としてはクリニックを閉める必要がなく参加しやすいのです。

 参考までに、医師(特に開業医)のクリニックでの診療以外の仕事は木曜日にあることが多いという特徴があります。各種研修や講習、あるいは医師会の行事などは木曜日におこなわれることが多く、私がときどき出務している産業医としての労働者に対する面談も木曜日におこなわれます。

 大阪プライマリケア研究会も木曜日、それも午後6時からの開催であり、学会・研究会のなかでは私にとってかなり参加しやすいものです。

 今回は、私も発表の場を与えられました。タイトルは「プライマリケア医が遭遇する梅毒」というもので、最近全国的に増加している梅毒について太融寺町谷口医院での診察や治療について報告したものです。

 今回のマンスリーレポートはほとんど私の"愚痴"になってしまいました。大変贅沢な悩みであるのは分かっているのですが、医師が学会や研究会をいかに大切に感じているかについてお話いたしました。