マンスリーレポート

2009年7月号 人を待たせる苦痛

私は待つことが大嫌いで大の苦手です。

 例えば、以前から楽しみにしていたレストランにようやく行ける時間をつくれたとします。そのレストランにせっかく足をのばしたのに、入口ではすでに行列ができている・・・。このような状況であれば、私は躊躇せずに別の店に行きます。

 知人と待ち合わせをするときは、待つのは苦痛ですが待たせるのもイヤなので、こんなときはたいてい喫茶店を待ち合わせ場所として、早めに行って本を読んで待ち時間を有効に使います。ですから、私はよほどのことがない限り、待ち合わせ場所で他人を待たせることはありません。他人を待たせるのは、自分が待つことと同様かあるいはそれ以上に私にはとても気が重いことなのです。

 ところが、現在の私は、毎日多くの人(患者さん)を長時間待たせています。多くの人の貴重な時間を無駄に費やさせているかもしれないと思うと気が滅入りそうになりますが、これが日本の医療機関の実情なのです。

 太融寺町谷口医院は、午前診(午前10時から午後1時半)は予約制です。「予約制ということは待ち時間がないということですね」、これは患者さんからときどき聞かれる質問なのですが、こう聞かれると返答に困ってしまいます。

 「予約があってもその時間に診察が開始できる保障はありません」というのが正直な答えなのです。

 では、なぜ予約があっても遅れるのか・・・。今回はこのことを考えてみたいと思います。

 まず、絶対に待ち時間がなく受診できる方法をお教えします。それは午前10時に予約を取り、なおかつ9時50分頃にクリニックに来ていただくという方法です。当院の10時の予約枠は2~3枠あります。通常2~3人の予約が入っていますから、あとの1~2人より先に来られれば確実に1番最初に診察をさせてもらうことができます。(正確に言うと、他の1~2人より早く来なければなりませんから、この方法でも10分程度はお待ちいただくことになりますが・・・)

 太融寺町谷口医院では、10時から13時30分までの間に26人分の予約枠があります(6月中旬までは29枠設けていました。3枠減らした理由は後で述べます) ただし、初診の方が続いたり、再診でもあらかじめ診察に時間がかかることが分かっていたりする場合には、その前後の予約を入れないようにしますから、実際の予約枠は20人前後となります。

 3時間半の診察時間(実際に診察が終わるまでの時間まで含めると4時間以上になりますが)でわずか20人の予約枠というのは、他のクリニックに比べると少なすぎるように思われますし、実際、「予約が入らなくて困る」というクレームもよくお聞きしますが、患者さんの話をお聞きして、必要な検査や投薬をおこない、それに対する説明をしていると、ひとりの患者さんにかかる時間はそれなりのものになります。それに、たいがいは自分がイメージしているようには進まないのです。

 医師(私)からみた実際の診察現場のイメージをご紹介しましょう。

 12時、Aさん(38歳男性)の診察が始まりました。Aさんは11時45分の予約でしたが診察がずれこんでいるため診察室にお呼びできたのは15分遅れの12時となってしまいました。Aさんは糖尿病と高血圧で3ヶ月前から通院しています。私のイメージでは生活指導を中心に5分程度で終了することになっています。ところが、Aさんは2週間前から咳が続いているといいます。問診をおこない、聴診をし、レントゲンを撮影することになりました。Aさんは、結核を心配していることが問診で分かりました。私は、現時点では結核を完全に否定できないけれども、可能性はそれほど高くないことを説明し、レントゲン撮影に同意してもらいました。ここまでで10分間経過し12時10分になりました。

 次の患者さんはBさん(26歳女性)で初診です。Bさんも11時45分の予約ですから、すでに25分遅れてしまっています。Bさんは5日前からおりもの(帯下)が増えてイヤな臭いもすると言います。問診から、過去1ヶ月以内に複数の男性と性的接触があったことが分かりました。性活動の問診というのは大変時間がかかります。患者さんも話しにくいでしょうし、医師の方も患者さんの様子を伺いながら言葉を選んでいかなければなりません。ここまでで10分が経過しています。問診の途中でAさんのレントゲン撮影をしにいきましたので1分間の中断がありました。時計の針は12時20分です。

 Bさんには内診が必要です。内診とは腟内や子宮の入口を診察する方法のことで内診台と呼ばれる女性用の診察台に上がってもらわなければなりません。これは看護師が介助をおこない、診察ができる状態になると私が看護師から呼ばれます。

 内診の準備ができるまでに12時に予約のCさん(42歳男性)を診察することになりました。Cさんは足の裏のイボで通院しています。1~2週間に一度、液体窒素療法を受けています。私はCさんの液体窒素療法には4分程度かかるだろうと見込んでいました。ところが、Cさんは診察室に入ってくるなり、手の指にもイボができたからいっしょに治療してほしいと言います(それは当然でしょう)。さらに、昨日から喉が痛いので合わせてみてほしいと言います(これも当然です)。 ひととおりの診察が終わったところで、Cさんは言いました。「先生、うちの母親が寝たきりになってしまって、担当医から胃ろう(胃に穴をあけて通す管)をすすめられているのですが、先生の意見を聞かせてください」

 このような質問を受けることはよくあります。「胃ろうにはメリット・デメリットがあって、患者さんの状態ごとに違ってきますからあなたのお母さんを診ていない僕には判断できません」くらいのことを話すのですが、それでもいろいろと聞いてこられることが多いのです。「僕に言えることは何もありません!」と冷たく突き放すわけにもいきませんから、理解してもらうにはそれなりに時間がかかります。

 この時点で時計の針は12時35分です。Aさんのレントゲンができあがったので再びAさんに診察室に入ってもらいました。レントゲンからは結核や肺炎を示唆する所見がないことを説明し、一般的な咳止めと感冒薬を処方することになりました。発熱や咽頭の強い炎症があるわけではなく、アレルギー関与の咳の可能性もあり、現時点では抗生物質は投与すべきでない、と私は判断しましたが、Aさんは抗生物質を処方してほしいといって下がりません。私はなぜ今の状態で抗生物質を使うべきでないかをAさんに理解してもらうまで説明することになりました。この時点で時計の針は12時48分です。

 電子カルテの画面に上がっている受付表をみると、12時15分の予約のDさんをもう30分以上も待たせていることに気づきました。しかし、今からすべきことはDさんの診察ではなく、Bさんの内診です。おそらくBさんの内診を終えて結果を説明するのに最低でも10分はかかるでしょう。ということはDさんをお呼びできるのは、45分遅れの13時ごろでしょうか・・・。

 とまあ、こんな具合ですが、診察以外にも患者さんからの電話対応に時間をとられることもあります。当院では多くのケースで看護師に対応してもらっていますが、例えば、薬の副作用が出たかもしれないという場合は医師である私が電話にでることもあります。また、他の医療機関から患者さんの診察依頼などがあれば、医師と医師が話をする必要がありますから、こういった場合も電話に時間がとられます。

 院内で検討した結果、もっとも患者さんをお待たせする時間が長くなっていた12時から13時の予約枠を3枠減らすことになりました。これを実施したのは先月末からですが、今のところまあまあ順調です。3枠減らしたことによって30分以上お待ちいただくことはほぼなくなりました。

 別の問題があるとすれば、3枠減らしたことによりクリニックの収益がその分下がり、午前診だけでみればほとんど利益がなくなってしまったことです。その3枠分の患者さんが午後診に来られるかというと、午後診は予約制をとっていませんから、日によっては2時間以上の待ち時間になることもあり、毎回2時間待たされるならもう受診をやめよう、と考える人もでてくるでしょう。(ただし、最近は日によっては午後診でもほとんど待ち時間がないこともありますし、以前のようにいつ来ても2時間の待ちということはなくなってきました)

 3枠減らしただけで利益の心配をしなければならない現在の医療システム(保険制度)に問題があるのかもしれませんが、そんなことは患者さんには関係のないことですから、我々としては少なくとも午前診については、待ち時間をなくす!、ということを優先したいと考えています。
 
 待つのはもちろん苦痛ですが、待たせる方も本当にしんどいのです・・・。