はやりの病気

第24回 風邪の予防にうがい薬は無効?! 2006/01/13

「外から帰ったらうがいをしましょう」

 私が子供の頃から言われ続けてきた言葉です。成人してから言われなくなったと思ったら、医師になってからは、今度は逆に、同じ言葉を言う立場になってしまいました。

 この冬も同じ言葉を患者さんに何度言ったか分かりません。こんなこと誰もが何度も聞かされていることですから、患者さんによっては「そんなことわかっとるわい!」と口にはしませんが、そう思われている方も少なくないでしょう。

 けれども、うがいというのは本当に大切なのです。毎日丁寧にうがいをおこなっていれば、風邪を防げるというのは、自分自身の経験からも、患者さんを観察していてもよく分かります。

 最近、それを裏付けるデータが発表されました。

 京都大学が発表したこのデータによりますと、1日に3回以上、水でうがいをしたグループは、まったくうがいをしないグループに比べて、36%も風邪をひく人が少なかったそうです。この「水」というのは、生理食塩水や滅菌水などではなくて、普通の水道水です。

 風邪の予防に有効とされているサプリメントは少なくありません。ニンニクやビタミンCあたりが身近なところでは有名だと思います。けれども、これらはまだはっきりとその予防効果が認められたわけではありません。研究によっては有効とするものもあるようですが、36%もの予防効果があったという発表は私の知る限りありません。

 サプリメントが好きな方のなかには、エキナセアを摂取されている方もおられるでしょう。エキナセア(別名コーンフラワー)とは、元々北米のインディアンが、感染症や傷の治療に使用していたハーブで、感冒(風邪)、インフルエンザをはじめとする感染症の治療や予防に使用されてきた歴史があるということが、米国代替医学センター(NCCCAM)のウェブサイドで述べられています。

 ところが、このエキナセアが風邪に無効であるという発表があります。New England Journal of Medicine(NEJM)誌2005年7月28日号によりますと、エキナセアはライノウイルスの感染をまったく予防できないことが分かったそうです。ライノウイルスとは鼻かぜをもたらす病原体で最多のものです。また、エキナセアは予防できないことに加え、出現した症状を緩和する効果も認められなかったとのことです。

 総合ビタミン剤が、風邪を含めた感染症の予防に有効であると考えている人は多いように思います。ところが、この説も最近の研究によって否定されています。『British Medical Journal』2005年4月1号に掲載された論文によりますと、総合ビタミン剤を毎日服用することで、免疫系の活性化や感染予防につながるとは断言できないことが明らかになったそうです。

 ただ、この研究は総合ビタミン剤の感染症に対する効果の検討であって、他の疾病に対する効果は検討されていません。この研究だけで総合ビタミン剤の摂取をやめる必要はないと思われます。(例えば、抗酸化サプリメントで男性の全癌罹患率が低下するという報告が『Archives of Internal Medicine』(2004; 164: 2335-2342)に掲載されています。)

 さて、風邪の予防の話に戻りましょう。

 エキナセアやビタミン剤には、風邪を予防したり、風邪症状を緩和したりする効果がないとされている一方で、水道水のうがいでは36%も風邪を予防できるという研究が発表されたわけです。

 しつこいようですが、「生理食塩水」や「滅菌水」ではなく「水道水」です。したがって、ほとんど無料で36%も風邪が予防できるということになります。

 予防ができるだけではありません。もし風邪をひいたとしても、うがいをしていれば、咳や痰などの気管支症状が緩和されることが分かったと、この京都大学の研究では述べられています。

 風邪で病院を受診されたときに、うがい薬を処方された経験はないでしょうか。病院で処方されなくても、薬局でうがい薬を買ってうがいをしている人も大勢おられるでしょう。

 しかしながら、「うがい薬には風邪を予防する効果がない」ということが、この研究で同時に述べられています。この研究では、水道水でうがいをしたグループ、まったくうがいをしなかったグループの他に、うがい薬を用いてうがいをしたグループの検討もされています。使用されたうがい薬は、ヨード液の入った茶色のもので、一般的に最も用いられているタイプのものです。

 うがいが風邪の予防に効果があるということは、なんとなくみんなが分かっていたことですが、うがい薬を用いたうがいには風邪を予防する効果がない、という結果は多くの医療関係者を驚かせました。というのも、今でも風邪で受診した人にヨード液の入ったうがい薬を処方する医者は少なくないからです。

 では、なぜ、単純な水道水のうがいにこれほどの風邪を予防する効果があり、その一方で、うがい薬を用いたうがいには効果が認められないのでしょうか。

 この研究ではその理由についてははっきり述べられていませんが、私はある仮説を持っています。

 実は、私は2年前まで、風邪の患者さんにヨード液入りのうがい薬を処方していたのですが、昨シーズンから一切処方しなくなりました。それは、うがい薬の効果を疑問視するようになったからです。

 では、なぜ疑問視するようになったかというと、以前別のところでも述べた、「キズの治療に消毒は無効」という考えからです。

 キズの治療に対する消毒薬というのは、病原体に対する殺菌力がないだけでなく、消毒薬が正常な皮膚や粘膜を障害するために、かえってキズの治癒を遅らせます。キズの治療に消毒薬を用いなければ、キズが早く治るだけでなく、患者さんが痛みを感じることもなくなりますから、患者さんからみれば、消毒薬というのは、まさに「百害あって一利なし」なのです。

 キズの治療で消毒薬を用いない方がいいのであれば、同じ成分のうがい薬も用いない方がいいのではないか、と私は単純に考えました。それで、患者さんにその話をした上で、一切うがい薬を処方しなくなったのです。

 ヨード液入りのうがい薬を用いれば、咽頭粘膜がヨードで障害される可能性があります。すると、病原体に対する抵抗力が落ち、障害された粘膜を通して病原体が侵入してしまうことになるのです。

 おそらく、風邪に対する最善の予防法は、水道水で繰り返し繰り返しうがいをすることだと思います。だから私は患者さんに対して、「水道水でいいですから一日に何度もうがいをしてください。特に外から帰ったときは真っ先にうがいをしてください」と言うようにしています。

 まだうがいのできない子供はどうすればいいでしょうか。個人差は大きいですが、だいたいうがいができるようになる年齢というのは5歳くらいだと思います。それまでの間は、「水分を何度も摂取する」という方法で、ある程度の効果が得られるのではないかと私は考えています。うがいというのは咽頭に付着した病原体を吐き出す行為です。ならば、別に吐き出さなくても飲み込んでしまっても同じ効果が得られるはずです。呼吸器症状をもたらす病原体は、咽頭に付着することによって様々な症状を引きおこすわけですから、病原体を含んだ水分を吐き出そうが飲み込もうが効果はそれほど変わらないはずです。
 
 ただ、毎日何回もうがいをする、というのは口で言うほど簡単ではありません。私は診察が終わる度に、その場でうがいをするようにしていますが、それでも忘れてしまうことがけっこうあります。今も、帰宅してからうがいをしていないことにこれを書きながら気付きました。

 これから本日3回目のうがいをしにいきます。