はやりの病気

第25回 生理前の様々な苦痛 -月経前緊張症候群- 2006/02/01

私がまだ研修医で、皮膚科のトレーニングを受けていた頃、「生理の前になるとニキビや肌アレがひどくなる」という患者さんにたくさんお会いしました。

 現在は、内科や総合診療科の外来もおこなっていますが、例えば、腹痛、腰痛、むくみといった症状が、なぜか生理前だけに起こる、という患者さんは少なくありません。また、総合診療科に来られる患者さんは、心理的・精神的な悩みを話されることもありますが、集中力が出ない、イライラする、気分が落ち込む、涙もろくなる、といった症状が生理前に集中して起こると訴えられる方がおられます。

 これらの症状は、すべて「月経前緊張症候群」の可能性があります。

 私が、患者さんの話をお聞きしたあとで、「それは月経前緊張症候群の可能性があります」と言うと、「先生、病名を言ってくれてありがとうございます。これまでいろんな病院に行きましたけど、いつも、『医学的には異常がなくて気持ちの問題や』、などと言われて軽く扱われていたように思っていました。今日は病名を言ってもらって少しすっきりしました。」と言われることがあります。

 患者さんの気持ちが少しでもすっきりするのは確かにいいことなのですが、だからと言って症状がラクになるわけではありません。「症候群」という文字の付く病気のいくつかは、いろんな症状をひとまとめにして、とりあえずの病名を付けているだけであることもあり、原因や有効な治療法がはっきりしているわけではありません。

 月経前緊張症候群も原因や治療法を一元的には説明できず、現段階ではまだまだ発展途上の疾患と言えるかもしれません。

 しかし、この疾患に悩んでいる女性は決して少なくありません。統計によって異なるのですが、少ないデータでは数パーセント、多いものなら90%以上の女性が、軽症のものも含めればこの疾患に生涯に一度は苦しめられるそうです。

 では、この不可解な疾患の実態は何なのでしょうか。

 まずは、原因についてみていきましょう。症状は生理周期に関係しているわけですから、女性ホルモンのバランスに原因がありそうです。ところが、患者さんに採血させてもらっても、ホルモンの数字は正常であることも少なくなく、これだけでは説明できないような症例も多々あります。女性ホルモン説以外には、神経伝達物質代謝異常説、ビタミン欠乏説、骨盤内うっ血説、心因説、などいろいろな説が提唱されており、まとまった見解は現在のところありません。また、引越しや転職、進学などが発症の契機になったという方もおられます。

 原因がはっきりしていないということは、決定的な治療法がないということにもなります。そのため、この疾患で悩んでいる患者さんのなかには、相当な苦労をなさっている方がおられます。

 先に挙げた症状以外には、乳房緊満感、頭痛、発汗、ほてり、不安、対人不適応といったものまであり、家族関係や子育てにトラブルを来たしたり、職場の人間関係に亀裂が入ったりすることもあります。アメリカのある研究では、月経前緊張症候群を含めた月経前後の症状によって、労働効率が4分の3に低下するそうです。

 では、月経前緊張症候群にはどのようにして対処していけばいいのでしょうか。もちろん、重症であれば、あれこれ考えずにまずは自分のかかりつけ医に相談すべきですが、ここでは自分でできる対処法について考えていきましょう。

 まずは、こういった症状が本当に月経前緊張症候群かどうかを確かめるために、基礎体温をつけるのが有効です。この疾患は月経前の3から10日間の間(黄体期)に起こるとされていますから、これにあてはまるかどうかを確認するのです。そして基礎体温をつけていれば、排卵が正しく起こっているかどうかを確認することもできます。排卵が起こっていて、黄体期に症状が出現していれば月経前緊張症候群である可能性が極めて高くなるというわけです。自身でここまでの作業をおこなっていれば、後にかかりつけ医に相談することになったとしても話がスムースにすすみます。

 それでは、具体的な症状にどのように対応していくべきかをみていきましょう。まずは、当たり前と言えば当たり前のことですが、「規則正しい生活」をしましょう。「そんなこと分かってます!」と言われるかもしれませんが、これが非常に大切です。「規則正しい生活」とは、睡眠、運動、食事、ストレスを貯めない、などです。実際、運動を開始したり、栄養のバランスを考えた食事に変更したりしてから症状が随分ラクになった、という患者さんは少なくありません。食事については、カフェインを摂り過ぎない、ビタミンを適切に摂る、あるいはγリノレン酸のサプリメントで効果があったという報告もあります。

 ただ、現代生活をしている以上、「規則正しい生活」といっても限界があるでしょう。ストレスを貯めないように、と言っても、「じゃあ先生、私のストレスの原因をなんとかしてよ!」と思う方もおられるでしょう。たしかに、責任ある仕事を負わされていたり、子育てをひとりでされていたりする方などは、ストレスを貯めないといっても限度があるものと思います。

 そんなときの対処法ですが、「症状のことを周囲の人に話しておく」ことが大切なのではないかと私は考えています。こういった女性特有の疾患というのは、男性はなかなか理解できません。私も医師になってたくさんの患者さんと接するまでは、患者さんの気持ちが分かっていたとは言えませんでした。(もっとも今でも理解できていない部分があるでしょうが・・・)

 私が会社員をしていた頃のことを振り返っても、「なんで女性っていうのは、ああも浮き沈みが激しいんやろ。仕事はクラブ活動やないんやからやるべきことはやってくれないと困るのに・・・」と、突然不安定になった女性に対して感じたことは一度や二度ではありませんでした。

 今思えば、そのときの女性社員は月経前緊張症候群だったのかもしれません。自分の思いやりのなさを痛感します。自分に対する反省の意味もこめて、月経前緊張症候群のことを世間の方々に知っていただきたいと今は思っています。
 
 さて、腹痛、腰痛、ニキビなどといった身体的な症状に対してはどうすればいいのでしょうか。患者さんにもよりますが、これらのひとつひとつはそれほど重症化することは少ないですから、まずは一般的な対症療法でいいと思います。私が診させてもらっている患者さんでも、軽症の月経前緊張症候群の方には、生理前だけニキビの外用薬を使用してもらったり、鎮痛剤を飲んでもらったりしている方もおられます。

 痛みや皮膚症状が重症化したり、精神的な症状が原因で、人間関係にヒビが入ったりする(もしくは入るかもしれない)ような場合には、医師に相談することをおすすめします。医師に相談せずにひとりで対処しようとするとどんどん症状が悪化することもありますから、医師にかかるかどうか迷うような段階であれば、思い切って相談してみましょう。

 中等からやや重症と思われるようなケースで、特に精神症状が強い場合は、患者さんと相談した上で薬剤を処方していくことになります。漢方薬やホルモン剤、あるいは抗うつ薬を試すこともあります。

 ホルモン剤は、保険診療で処方できる中容量ピルも有効ですが、副作用のことを考えて低容量ピルをおすすめすることもあります。(なぜか日本の保険では中容量ピルは保険適応があって低容量ピルにはありません。)最近のアメリカの研究で、活性成分を24日分とした低容量ピルが、重症の月経前緊張症候群に有効であったという報告があります。この新しい低容量ピルはまだ市場には出ていませんが今後注目したいところです。

 抗うつ薬も、患者さんによってはかなり有効です。ただ、抗うつ薬までは使いたくないという患者さんもおられますし、必ずしも効果があるとは限りませんし、妊娠を考えている人にも使えませんから、(少なくとも私は)最初から積極的には薦めていません。

 ときに、月経前緊張症候群が重症化した方に遭遇することがあります。人間関係に大きな亀裂が入っていたり、職場を休まなくてはならなくなっていたりするような場合です。おそらく、これまで誰にも相談できずに、ひとりでかなりの苦労を背負われていたのでしょう。

 重症化しているような場合には、専門医に診察してもらう必要があります。より専門的な治療では、偽閉経療法や男性ホルモンの投与をおこなうこともあるそうです。重症化した状態になる前に、なんらかの治療をおこなっていれば、そんなに大きな苦痛や苦労を背負わなくてもよかったかもしれないわけですから、周囲の人やかかりつけ医に早めに相談するのが非常に大切なのです。

 「病院の敷居は高い」という人がいますが、「なんでも気軽にかかりつけ医に相談している人は苦痛を感じずに済んでいることが多い」、ということは覚えておいて損はないでしょう 。