メディカルエッセイ

53 "気付いたモン負け"というルール 2007/6/25

私が医学部に入学したのは27歳のときですが、それまでは在阪の商社で四年間サラリーマンをしていました。この会社は、大企業とは呼びがたく、また世間での知名度はそれほど高くないのですが、今思い出してみても本当にいい会社だったと思います。

 実際、私はサラリーマン時代を通して、実に様々なことを学びました。私が多少なりとも習得できたことは、ビジネス英語、貿易事務、翻訳・通訳業務、ビジネスレターの書き方、英文タイプ(おかげで私はパソコンは苦手ですがブラインドタッチはできます)、会議資料の作り方、プレゼンテーションの仕方、様々なマーケティング手法、・・・、などが挙げられます。

 しかしながら、私がこの会社で四年の月日を過ごし最も収穫となったのは、同僚や先輩から数多くのことを学べたということです。あれだけ素晴らしい方々と一緒に仕事ができたことは自分の財産でありますし、今の自分があるのはあの頃の経験があったからだと自負しています。現在の私の最大の楽しみのひとつは、ときおり開かれる(元)社員の飲み会です。

 さて、今日は、私がサラリーマン時代に学んだことのなかでもとりわけその後の自分自身に影響を与えてきたひとつのルールをご紹介したいと思います。

 そのルールを、"気付いたモン(者)負け"のルールと呼びます。

 今の世の中では、社員どうしで飲みに行って仕事の話をする、というのはあまり格好のいいことではないのかもしれませんし、社員どうしで飲みに行くこと自体が流行らないのかもしれませんが、私がその会社にいた頃は、よく社員どうしで飲み会を開き、仕事の話で盛り上がりました。

 もちろん、初めから終わりまで仕事の話をするわけではありませんが、みんなが仕事にやりがいを感じ、楽しんで仕事をしていましたから、自然に話題は仕事に向かうのです。よく、社員どうしで飲みに行くと上司や会社の悪口に始終する、という人がいますが、当時の私たちの話題の大半は、「今すすめているプロジェクトをもっと拡大すべきだ」、とか、「今の○○部の問題点はここにあるからこう改善すべきだ」といった夢のある(と言えばおおげさでしょうか・・・)話になります。

 その会社の飲み会が大変おもしろかった理由のひとつは、いろんな部署の人たちが集まってきていたことです。昼間の勤務時間には、他部署の人とはなかなかホンネで話せませんから、飲み会の場で初めて、「ああ、△△部の人たちは、あの問題にはそのような考えを持っていたのか・・・」、などということが分かるのです。

 それで、例えば、ある人が、「現在の◇◇という商品は、大変すぐれたモノで、かつ価格も安い。関東では売れているのに関西では売り上げが芳しくない。だからやりようによってはもっともっと売れるはずだ」、というようなことを言ったとします。それに対して、その場にいる人たちが賛同したとします。

 「それではその企画について実現していこう」というコンセンサスが得られたとき、「じゃあ、誰がリーダーとなるんだ」、というのが問題になります。このとき、リーダーとなるのは、必ず「その問題を提起した人」です。そして、これを「気付いたモン(者)負けのルール」と呼びます。

 この場合、たとえその問題を提起した人が新入社員であってもかまいません。新入社員であろうが課長であろうが、言い出した者がリーダーとなるのです。もちろん、リーダーだけが仕事をするのではなく、その場にいてその案に賛同した人たちはフォローワーとなります。

 というわけで、私が働いていたその会社では、非公式のプロジェクトチームが次々と誕生していました。こういったプロジェクトはなにも売り上げに直接寄与するものだけではありません。例えば、業務システムの改善とか、新しいファイリングシステムの構築、といったプロジェクトも数多くありました。

 「気付いたモン負け」の"負け"というのは、もしかすると関西特有の表現なのかもしれません。(少なくとも英語に直訳すれば意味不明になります・・・)

 給料がアップするわけでもないのに、自分が言い出したがために仕事の量が増えます。当初は考えてもみなかった困難が次々に現れ予想外の苦労を強いられることもよくあります。それに、プロジェクトはいつも成功するとは限りません。狭い意味での「損得」という概念で考えると、気付いたモンが"損=負け"となります。

 もちろん、プロジェクトが成功すれば純粋に嬉しいですし、その後の飲み会はさらに楽しくなります。では、成功したときの喜びだけを考えて我々がそのプロジェクトに取り組んでいたのかと言えばそういうわけでもありません。

 「気付いたモン負け」という言葉の本質は、「損得でなく問題を見つけたならば取り組まなければならない。それが社会でスジを通すということだ」ということなのです。

 何をするにも自分にとって損か得か、と考える人もいるかもしれませんが、世の中とはそんなものではないのです。「なぜ(得にもならない)そんなことをするのか」と尋ねられれば、「問題に気付いたからする!」、これで充分な答えとなっています。

 このことを学んだことが、私がサラリーマン生活を通して得た収穫のひとつです。

 さて、その後の私の人生は、特に転機となる場面では、この「気付いたモン負け」というルールがよく適用されています。

 医学の知識を得た後に社会学を研究すると決めたこと(結局、臨床医となりましたが・・・)、患者さんは必ずしも医療機関を信頼しているわけではないことを知り、そんな患者さんの力になることを決意したこと、エイズで困窮している人たちと知り合いNPO法人GINAを立ち上げたこと、都心で苦しんでいる人たちが気軽にアクセスできるクリニックがないことを知り、ならば自分がつくろうと決心したこと、・・・、これらのモチベーションは、すべて私が問題点に"気付いた"ことによるものです。

 不器用な生き方かもしれませんし、要領が悪いかもしれません。損得勘定だけで行動をとっている人からは理解されないでしょう。

 それでも私は、今後もこの「気付いたモン負け」のルールを守っていくことになるでしょう。

 それは、このルールが社会の真実であることに"気付いた"からです・・・。

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