はやりの病気

第195回(2019年11月) 本当はもっと多い(かもしれない)腸チフス

 数年前から複数のメディアから取材を受けることが多い感染症が「梅毒」です。「梅毒が急増している」と言われ、たしかに統計上もそのようになっています。しかし、実感としてはそんなことはなく「梅毒は昔から珍しくなかった」というのが、私が言い続けているコメントです(例えば、毎日新聞「医療プレミア」「再考 梅毒が「急増している」本当の理由」)。

 実際、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)では梅毒の新規感染者は過去13年間で大きな推移はあまりありません。ただし「内訳」は大きく異なっています。オープンした2007年から2014年頃までは、梅毒の診断がつくケースの大半が「他院では治らなかった皮疹」で受診、というケースです。他には「原因不明のリンパ節腫脹」「長引く咽頭痛」などから診断がついたこともありましたが、圧倒的に多いのが皮疹です。なかには大学病院で生検(皮膚の一部を切除する検査)までおこなわれて結局診断がついていないという症例もありました。

 一方、最近梅毒の診断がつくのは、保健所などの無料スクリーニング検査で「疑いがある」と言われて谷口医院を受診したというケースです。梅毒は自然治癒もありますし、別の理由で抗菌薬を処方されてしらない間に治っていたということもよくあります。以前、どこかの政治家が「梅毒が増えているのは中国人が持ち込んだからだ」と発言して問題になったことがあります。そのような事実が確認されたわけではありませんし、もしもこのような事実があるなら梅毒以外の性感染症も増えているはずです。梅毒だけが"統計上"増えているのは昔からあったものが見逃されていただけだ、と考える方がずっと自然です。

 さて、今回お話したいのは梅毒ではなく「腸チフス」です。この感染症は梅毒より遥かに少ないのは事実ですが、実はそれなりに多いのではないか、というのが、私が考えていることです。その理由を述べる前に腸チフス全体のおさらいをしておきましょう。

 腸チフスはチフス菌と呼ばれるグラム陰性桿菌(グラム染色でピンクに染まる長細い菌)で、主に食べ物を介して口から感染します。インドやパキスタンといった南アジアでの感染が最も多く、日本人が現地で感染することも珍しくありません。かつての日本でも猛威を振るい太平洋戦争の頃は年間数万人が罹患していたそうです。その後抗菌薬の普及により90年代にはパラチフス(注1)と合わせて年間100人程度で推移しています。その大半が海外で感染し帰国して発覚というパターンです。

 しかし2014年に集団感染が報告されました。医療ニュース2014年10月6日「東京のカレー屋で腸チフスの集団感染」で紹介したように、東京のカレー屋で8人の男女が食中毒症状を訴え、そのなかの6人からチフス菌が検出されたのです。保健所の調査により、最終的には合計18人がこのカレー屋の料理で感染していたことが分かりました(注2)。インドに帰国していた従業員が現地で感染し、日本に戻ってきて調理した生サラダにチフス菌が混入したものと当局は推定しました。尚、当事者のインド人は無症状だったそうです。

 この食中毒事件を「稀な事件」と捉えていいでしょうか。私の答えは「否」であり、たとえ海外渡航しなくても日本人にもリスクはあると考えています。したがって、まず自分自身を守らなければならないと判断し、私自身がワクチンを接種しました。といってもこのワクチンは日本では認可されていませんから、タイ渡航時に知人の医師が勤務する医療機関で接種しました。

 「日本人にもリスクがあり、実際には感染者数がもっと多い」と私が考える理由を述べていきます。

 まずひとつめに「感染しても気付いていない人」がそれなりにいます。実際、件のカレー屋のインド人は自分自身が感染したことに気づいていなかったわけですし、当局のこの調査でさらに無症状病原体保有者が1名確認されています。

 次に「感染しても軽症で済む人」がそれなりにいます。軽症の人は医療機関を受診しませんから、感染して軽い症状が出たが自然に治癒した、もしくは症状がとれて保菌者となった、という人がそれなりにいるはずです。

 その次に考えられることとして、「それなりの症状が出て医療機関を受診したけれども正確な診断がつかなかった。しかし抗菌薬が処方されて結果的に治った」という例もかなりあると私はみています。これはちょうど冒頭で述べた梅毒と同じで、実際の臨床現場では「とりあえず抗菌薬が処方されて診断がつかぬまま治った」というケースがかなりあるのです。ちなみに、私自身は「安易に抗菌薬を使うな。抗菌薬を処方するのは原因菌が特定されたかまたは強い根拠を持って推測できるときだけにしなければならない」と医療者に対して言い続けています。

 まだあります。通常下痢や発熱が生じると患者さんも我々医師も食中毒の可能性を考えますが、下痢が起こらなかったときはどうでしょう。腸チフスは高熱と皮疹が出ても必ずしも下痢が起こるとは限りません。便秘となることもあります。このような状態で食中毒を、さらに腸チフスを疑うことができるでしょうか。

 海外渡航歴のない国内発症例はどれくらい報告されているのでしょうか。国立感染症研究所の報告によれば、2013年1月から9月末までの9ヶ月で合計49例の腸チフス報告があり、そのうち18例は明らかな海外渡航歴のない国内感染例です。同研究所によれば、この18人がどのように感染したのかについてはほとんどが不明です。

 米国では果物からの感染が報告されています。2010年、国外から輸入されたmamey(日本語では何と呼ぶのでしょう。私は食べたことがありません)の冷凍果肉からの感染がCDCにより報告されています。

 こういったことを踏まえると、海外に渡航しない日本人が腸チフスに感染する可能性は決して少なくないと考えるべきです。そして、腸チフスがやっかいなのは(梅毒と異なり)重症化することがあるという事実です。最近は薬剤耐性菌が増えてきており強力な抗菌薬の長期投与を余儀なくされる例も増えてきています。

 こう考えるとワクチンをうちたくなる人もでてくるでしょう。実際、谷口医院にも感染症に興味のある患者さんからはそのような要望が寄せられています。私自身がおこなったようにタイでのワクチン接種を勧めているのですが、そんなに簡単に海外には行けないという人もいます。谷口医院は未認可のワクチンを扱わない方針なのですが、あまりにも要望が多いこともあり例外的に腸チフスのワクチンを入荷させることにしました。ただし、輸入には様々な経費がかかることから当然のことながら高くなります。私がタイで接種したワクチンは約500バーツ(約1,500円)でしたが、谷口医院での費用は8,800円になります(注3)。

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注1:腸チフスと似た名前の感染症にパラチフスと発疹チフスがあります。パラチフスは細菌学的に腸チフスと似ています。ただし腸チフスのワクチンは効きません。しかし一般にパラチフスは腸チフスよりも軽症です。発疹チフスは「チフス」の文字が入っていますが、細菌学的に腸チフスやパラチフスとはまったく異なる種類で、リケッチアと呼ばれる病原体が原因です。なぜ、全然違う種類の病原体に同じような名前が付けられたかと言うと、腸チフス、パラチフス、発疹チフスのいずれも似たような発疹を呈するからです。ちなみにこれらの発疹は梅毒のときに生じる皮疹と似ていることがあります。話はまだややこしくなります。腸チフス、パラチフスは英語ではそれぞれTyphoid Fever, Paratyphoid Feverというのですが、腸チフス菌、パラチフス菌を英語ではSalmonella Typhi、Salmonella Paratyphi Aと呼びます。つまり、これら2つの菌はサルモネラ属に属する、つまりサルモネラ菌と同じ仲間なのです。

注2:この事件の概要は国立感染症研究所が報告しています。

注3:他のワクチンも驚くほど安いことから、私は海外渡航の多い人にはタイでの接種を勧めることがしばしばあります。例えば、麻疹・風疹・おたふく風邪の三種のワクチンを日本で接種すれば合計16,000円(谷口医院の場合)かかりますが、バンコクのマヒドン大学にある「Thai Travel Clinic」ではわずか227バーツ(約800円)です(2019年11月20日現在)。

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第194回(2019年10月) 電子タバコの混乱その2~イギリスが孤立?~

 米国では電子タバコで死亡者続出、英国では依然推奨されている......。

 これが現在の電子タバコに対する世界の実情です。いったい電子タバコは「死に至る危険な物質」なのでしょうか。それとも英国政府の言うような「安全で有効な禁煙ツール」なのでしょうか。電子タバコを使用した死亡者が米国で相次いでいるのは事実であり、因果関係が認められれば従来のタバコ以上に規制しなければなりません。

 今回は電子タバコ及び加熱式タバコについての最近の議論をまとめてみたいと思います。前回このテーマに触れたのは2017年8月ですからおよそ2年前になります。そのときのコラムのタイトルは「電子タバコの混乱~推奨から逮捕まで~」です。当時の各国の状況を簡単に振り返っておきましょう。

英国:禁煙ツールとして推奨。英国保健省が「禁煙支援ツールになり得る」と正式に発表。電子タバコは従来のタバコに比べて有害性が95%も低いと主張。

米国:政府は正式な言及をしていないが、「米国での電子タバコ使用者の増加が、国民全体での禁煙率上昇に寄与している」とする論文が公開された。

タイ:所持しているだけで逮捕。実際、2017年7月には路上で電子タバコを使用していたスイス人男性が逮捕され6日間留置された。尚、「(iQOSなどの)加熱式タバコは電子タバコと異なる」という理屈は一切通用しないと考えるべき(と私見を述べた)。

カンボジア:タイと同様、所持しているだけで逮捕されるという法律がある(ただし、実際に逮捕されたという情報は入手できず)。

 では、その後の2年間の経過をみていきましょう。まずは近いところから。

 タイではその後逮捕者が続出しています。"逮捕"といってもほとんどのケースでは賄賂を払えば解放してもらえるはずですが、賄賂などというものに激しく抵抗する人もいます(注1)。私の経験でいえば正論にこだわり融通の利かないのはアメリカ人に多い印象があるのですが、プーケットで逮捕されたのはフランス人の女性でした。

 現地の新聞によれば、2019年1月30日、31歳の仏人女性が電子タバコを保持しているという理由でプーケットの警察官に逮捕されました。4人の警官が4万バーツ(約14万円)の賄賂を要求し仏人女性が拒否したところ、女性は警察署に連行され、その後バンコクの刑務所で3泊過ごすことになりました。罰金は827バーツだけでしたが、法定費用や旅費などで8千ユーロ(約100万円)かかったそうです。さらに、出入国管理局は「国外追放」を決めました。当然のことながら「賄賂を要求された」という女性の主張を警察は認めていません。

 尚、私の入手した情報によると、バンコクで加熱式タバコ(または電子タバコ)で日本人が警官に"逮捕"されたという話は多数あります。ですが、留置所や刑務所に入った日本人の話は聞いたことがありません。おそらく"賄賂"を渡して解放されているのでしょう。

 シンガポールでも動きがありました。現地の新聞によれば、2019年2月より電子タバコ使用者は2千USドル(約24万円)の罰金刑が課せられるようになりました。さらに常習者に対しては最大2万ドル(約240万円)または12ヶ月の禁固刑となるそうです。

 シンガポールはときに「明るい北朝鮮」と呼ばれるように、徴兵制度、入国制限などが厳しいことで有名です。一方、その逆にアジアで最も民主化が進んでいる国(地域)として挙げられることが多いのが台湾です。現時点でアジアで同性婚が合法なのは台湾だけです。しかし電子タバコについては、その台湾でも規制は厳しく、税関のサイトによると持ち込みが禁止されています。

 どうやらアジアに旅行するときには加熱式及び電子タバコは持って行かない方がよさそうです(どうしても持って行きたい場合はその都度領事館に確認するのがいいでしょう)。

 次は米国です。最近よく報道されている米国の電子タバコによる死亡者続出について情報をまとめておきましょう。

 2019年9月19日、CDC(米疾病対策センター)は、全米で8人目となる電子タバコが原因の死亡者が生じたことを報告しました(注2)。現地の新聞によれば、電子タバコにより呼吸器疾患を発症した患者は、疑い例も含めると全米38州および1属領で530人に昇ります。そして、マサチューセッツ州では4カ月間の期限付きとはいうものの、全種類の電子タバコの販売を禁止することが決まりました。現地の新聞によると、米国ではミシガン州とニューヨーク州では味のついた電子タバコ(vape flavors)の販売は禁止されていますが、全種の禁止を決定したのはマサチューセッツが初だそうです。

 電子タバコや加熱式タバコを有用とする意見は日本を含めてほとんどの国で取り上げられず、(ほぼ)唯一の例外となるのが英国です。先述したように、英国保健省は電子タバコの有害性は従来のタバコより95%も低いと断言しています。そして、これだけではありません。2015年の報告書には「問題は電子タバコが有害と考える人がいるせいで何百万人もの人が禁煙ができていない(The problem is people increasingly think they are at least as harmful and this may be keeping millions of smokers from quitting.)」と断言しているのです。まるで「喫煙者は禁煙するために全員が電子タバコに替えなさい」と言っているように聞こえます。

 さて、その英国当局は2019年2月27日に電子タバコに関する新しい見解を発表しました。そこには「入院している喫煙者に、電子タバコを勧めて禁煙を促すことを検討する(This will include the option for smokers to switch to e-cigarettes while in inpatient settings.)」と記載されています。やはり現時点でも電子タバコを強く推奨しています。

 ここで論文を参照してみましょう。医学誌『The Lancet』2016年1月14日号(オンライン版)に掲載された論文「電子タバコと禁煙のメタ分析(E-cigarettes and smoking cessation in real-world and clinical settings: a systematic review and meta-analysis)」によれば、「電子タバコで禁煙を試みたグループの禁煙成功率は、電子タバコを使用せずに禁煙に取り組んだグループよりも有意に低かった」という結果が出ています。メタ分析というのはこれまでに世界中で発表された複数の研究を総合的に解析する方法ですからエビデンス(科学的確証度)の高いものと言えます。つまり、高いエビデンスを持って「電子タバコでの禁煙は有効でない」と言っているわけです。

 しかし、その逆の結論の研究があります。医学誌『New England of Journal of Medicine』2019年2月14日号(オンライン版)に掲載された論文「電子タバコとニコチン代替療法の比較(A Randomized Trial of E-Cigarettes versus Nicotine-Replacement Therapy)」によると、電子タバコによる禁煙率が18.0%、ニコチン代替療法では9.9%であり、「電子タバコの有用性が有意差を持って高い」と結論されています。ニコチン代替療法というのは日本でも保険診療で実施できる「ニコチン貼付薬」(ニコチネル)や「バレニクリン」(チャンピックス)のことです。そして、この研究の対象となっているのはイギリス人です。ということは、イギリスでは日本でおこなわれている禁煙治療よりも電子タバコを使う方が禁煙成功率が高いという結論が出ているというわけです。

 電子タバコについては、どうもイギリスだけが孤立しているような印象があります。今後のイギリスの見解に注目していきたいと思います。現在禁煙を考えている人は、電子タバコを用いるのではなく、保険診療で禁煙治療を実施すべきでしょう。

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注1:念のために補足しておくと、私は「賄賂は当然」とか「賄賂は悪くない」と言っているわけではありません。ですが、私の経験から言ってタイでは賄賂が"日常化"しており、本来の「誠実」とか「正義」といったものとは分けて考えなければなりません。私の経験を紹介しておきましょう。バンコクで知人の日本人の車に乗せてもらっているとき、右折禁止を知らなくてたまたまそこにいた警察官に停められました。知人はパスポートに500バーツ紙幣(当時のレートで約1,500円)を挟み、それを警察官に渡すとものの数秒ですぐに"解放"となりました。知人によれば、「警察官も初めから逮捕するつもりはなく"賄賂"を求めている。この国ではこれで"経済"が回っている」とのことでした。

注2:さらにCDCの2019年10月17日の報告によれば、10月15日の時点で、電子タバコと大麻を蒸気で吸入する製品による肺損傷が全米で1,479件報告されており、33人の死亡が確認されています。

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第193回(2019年9月) 過敏性腸症候群に「低FODMAP食」は本当に有効なのか

 過去約13年の太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の歴史を振り返ると、過敏性腸症候群の患者さんは季節に関わりなくコンスタントに受診されています。薬なしでコントロールできるようになる場合も多いのですが、残念ながら今も薬が手放せないという人もいます。ただ、初診時には「電車に乗れないほど重症」という人も少なくないのですが、治療を受けてもまったく改善しないという人はいません。

 谷口医院で実施している"治療"は、まずは「生活習慣の改善」です。過敏性腸症候群の生活習慣というと「食事」と思われがちですが、実は食事だけでは不十分です。患者さんにはそのあたりについて時間をかけて説明していくわけですが、今回取り上げたいのは、2年程前から質問と相談が急増している「低FODMAP食」についてです。

 低FODMAP食をどう思うか、低FODMAP食に切り替えてもいいか、低FODMAP食は安全なのか......。こういった質問がよく寄せられます。まずは、最近脚光を浴びているこの低FODMAP食を解説しておきましょう。

 低FODMAP食は現在世界中で注目されており、日本のガイドラインでも紹介されています。ただ、現時点では質の高いエビデンス(科学的確証)があるとは言えず、ガイドラインでも"紹介"にとどまっており積極的に推奨されているわけではありません。

 低FODMAP食が一躍有名になったのはイギリスのある研究です。ただ、その研究はあまりにもN数が小さい、つまり研究規模が小さく、また効果判定を被験者のアンケートでおこなっており科学的信頼度(つまり「エビデンス」)は高くありません。しかしながら、この論文によって低FODMAP食が注目されるきっかけになったのは事実ですから、まずはこの研究を紹介しておきましょう。

 医学誌『Journal of Human Nutrition and Dietetics』2011年5月号に「過敏性腸症候群の患者に対する標準食と低FODMAP食の比較(Comparison of symptom response following advice for a diet low in fermentable carbohydrates (FODMAPs) versus standard dietary advice in patients with Irritable bowel syndrome)」という論文が掲載されました。研究内容は下記の通りです。

 標準食を摂取した被験者が39人、低FODMAP食を摂取したのは43人です(被験者数が少ないのが残念です)。「症状が改善し満足した」のは低FODMAP食を摂取したグループで76%、標準食は54%です。症状を数値化したスコアでみると、低FODMAP食は86%で改善、標準食は49%です。具体的な症状の改善度をみると、「腹部膨満(bloating)」が改善したのは、低FODMAP食が82%、標準食が49%。「腹痛」は低FODMAP食85%、標準食61%。「鼓張(flatulence)」は低FODMAP食87%、標準食50%で、これらにはいずれも統計学上の有意差があります。

 では、低FODMAP食とはどのようなものなのかをみていきましょう。FODMAPとは、Fermentable(発酵性)、Oligosaccharides(オリゴ糖)、Disaccharides(二糖類)、Monosac-charides(単糖類)、and Polyols(ポリオール)の略称です("リズム"と"響き"をよくするために「and」の「a」を加えていることに違和感を覚えるのは私だけでしょうか)。つまりFODMAPとは、①発酵食品、②オリゴ糖、③二糖類、④単糖類、⑤ポリオールの5つの系統の食品のことで、低FODMAP食とは、これらを極力摂取しないようにする食事療法のことです。

 患者さんからの質問で最も多いのが「発酵食品は腸にいいってこれまで聞いてたんですけど違うんですか?」というものです。この質問はもっともであり、「腸のなかのいい菌(善玉菌)を増やすことが過敏性腸症候群を含む多くの腸の病気に有効」というのがこれまでの定説ですから、低FODMAP食はそれを覆すことになります。なかには、ネットなどの情報を鵜呑みにし影響を受けて「これまでは積極的に摂っていたヨーグルトと納豆をすでにやめています」と先を急ぐ人もいます。

 発酵食品の良し悪しを論じる前に他の4つの項目もみておきましょう。

②オリゴ糖:オリゴ糖の定義としては通常「二糖類以上の糖」となるが、FODMAPの考え方では二糖類を独立させているため(下記③)、三糖類や四糖類のことを指している。キャベツ、ブロッコリー、アスパラガスなどに含まれているラフィノースが代表。ひよこ豆やレンズ豆もオリゴ糖を豊富に含む。

③二糖類:砂糖の主成分のスクロース、乳糖(=ラクトース)(牛乳に含まれる)、麦芽糖(マルトース)、トレハロース(エビに含まれている)など。

④単糖類:おおまかにいうと甘い物。フルーツや蜂蜜にも含まれる。また単糖類の一種であるフルクトースの重合体「フルクタン」は低FODMAP食で重要視されている。タマネギ、コムギなどに豊富に含まれる。

⑤ポリオール:糖アルコールのこと。低カロリー甘味料として用いられる。

 従来、過敏性腸症候群を患ったときに積極的に摂取すべきなのは、ヨーグルトや納豆などの発酵食品、植物性蛋白質が豊富な大豆製品、様々な野菜、食物繊維、フルーツなどで、避けなければならないのは甘い物(フルーツを除く)、人工甘味料、炭水化物、加工食品などになります。ということは従来の食事と低FODMAP食には共通点と異なる点があり、まとめると次のようになります。

〇従来の食事、低FODMAP食共通の「避けるべき食べ物」:甘い物、砂糖、人工甘味料、炭水化物(特にコムギ)。

〇従来の食事では推奨され低FODMAO食では避けるもの:ヨーグルト、納豆、豆類、食物繊維が豊富な野菜(アスパラガス、キャベツ、タマネギなど)、フルーツ。

〇従来の食事、低FODMAP食共通の「摂るべき食べ物」:特になし

 過敏性腸症候群では腸内フローラ(腸内細菌叢)に幅がない、つまり腸内細菌の種類が少ないことが分かっています。またいわゆる善玉菌が少ないことも指摘されています。アフリカやアジアなどに残っている未開社会には過敏性腸症候群が存在しないのは伝統的な発酵食品をよく摂取するからだと言われています。ですから、「現代病」である過敏性腸症候群では、まずプロバイオティクス(善玉菌)を積極的に摂取し、次にプレバイオティクス(善玉菌のエサになる食べ物。代表が食物繊維)を摂りましょう、とされています。一方、低FODMAP食を実践すればこれらの双方が摂れないことになります。

 ですが、低FODMAP食を徹底すれば炭水化物、特にコムギを摂らなくなります。過去に何度か紹介したように(参考:はやりの病気第158回(2016年10月)「「コムギ/グルテン過敏症」という病は存在するか」)、コムギを控えると体調がよくなるという人は少なくありません(過去に指摘したように、これはコムギアレルギーや"遅延型アレルギー"ではありません)。また低FODMAP食を徹底すれば甘い物や加工食品が摂れなくなりますから、これは従来の食事療法と共通です。

 さて、そろそろ私が考えている結論を話します。低FODMAP食を実践したいという人から相談されれば「興味があるならやってみれば」と助言しています。その際には今ここで述べたようなことを説明するのですが、特に注意して聞いてもらうのは「プロバイオティクス/プレバイオティクスを長期で摂取しなかったときの安全性が不明」ということです。実際の患者さんの声はどうかというと、低FODMAP食に切り替えて調子がいいという人は確かにいます。ですが、よく聞くと、効果が出ているのは単にコムギをやめたからではないのかな、と思えるケースが実はほとんどです。

 最後に、谷口医院で最も重要視している過敏性腸症候群に対する生活指導をお伝えしましょう。それは、「有酸素運動」です。実際、ジョギングを始めてからすっかり調子がよくなったと言う患者さんは少なくありません。エビデンスもあり、この研究は過去にも紹介しています(医療ニュース2018年3月2日「有酸素運動が過敏性腸症候群を改善する」)。ただ、先述の低FODMAP食の研究と同様、規模があまり大きくないのは事実ですが......。

参考:
機能性消化管疾患診療ガイドライン2014―過敏性腸症候群(IBS)
日本消化器病学会ガイドライン 過敏性腸症候群
はやりの病気
第172回(2017年12月)「「リーキーガット症候群」は存在するか?」
第158回(2016年10月)「「コムギ/グルテン過敏症」という病は存在するか」
第117回(2013年5月) 「便秘を治す(後編)」
第116回(2013年4月)「便秘を治す(前編)」 
第101回(2012年1月)「増加する炎症性腸疾患」

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第192回(2019年8月) 「夜勤」がもたらす病気

 それは私が研修医の頃の深夜の救急外来。立て続けに搬送されてきた重症例の治療を終えて一息ついた後、当時50代前半のベテランの内科医の先生と世間話をしていました。患者からもスタッフからも人気があったその先生のことを、私はまだまだその病院で活躍されるだろうと思っていただけに、その言葉は意外でした。

 「3月でこの病院を退職して特養(特別養護老人ホーム)で働くことにした......」

 この言葉だけなら、私も「まあ、高齢者にも人気のある先生だし、きっとご自身で取り組みたい医療があるのだろう」と思えたわけですが、転職の理由が「もう夜勤はできない」だったのです。正直に言うと私は少し寂しい気持ちになりました。私はその先生から救急の"心得"のようなものをいくつも学んでいたからです。そして、このときに思ったのが「自分は(この先生とは違って)いくつになっても<夜勤はできない>などとは言わないぞ!」ということでした。

 それから数年たったある日、その頃にはすでに太融寺町谷口医院を開業していたわけですが、ふとその先生の言葉が蘇りました。その日の前日の午後10時から明け方まで、大阪市の夜間救急診療所で外来をしていました。終了後2時間ほど仮眠をとって、谷口医院の外来を開始したところ、いつものように頭が回転しないことに気づきました。身体も重く椅子から立ち上がるのにワンテンポ遅れます。身体がついてこず、脳のキレも悪くなっているのです。それを自覚した瞬間、一気に疲労感に襲われました。

 私が初めて"老化"を感じたのがその日でした。それでもまだしばらくの間は、深夜の救急外来をやってもなんとか翌日の仕事をこなせていましたが、次第にその夜勤を億劫に感じてしまっていることに気づきました。それまでも「歳をとると夜勤が辛い」という話はいろんな医師や看護師から繰り返し聞いていましたが、「自分は大丈夫」と何の根拠もない自信がありました。しかし、いつしか「先輩たちは正しかったんだ...」と認識するようになりました。そして、冒頭で紹介した50代前半まで救急外来で活躍されていた先生に対し「寂しい」気持ちになった自分を恥じ、そして今も現役で深夜の救急や、夜勤をされている医療者に対する敬意がでてきました。

 ですが、「頑張っている先生や看護師もいるんだから自分も身体にムチを打ってでも深夜に働くんだ」と言う気持ちにはもはやなれませんでした。医療の現場では深夜に働く医療者は絶対に必要なわけですが、これは若い者が担うべきではないか、というのが私の考えです。無責任な理屈であるという非難の声があるでしょうが、仕事には「適正」を考えるべきです。ある程度年をとった者は、深夜勤務という強烈に体力を奪う仕事は可能な限り避けるべきです。そして、これはもちろん医療職に限ってではなく、すべての仕事について言えることです。

 私のこの意見は「しんどい仕事は体力のない中高年には向かない」ということだけではありません。しんどくても休めば回復するならそう問題はないでしょう。問題は「中高年の夜勤はいくつもの病気のリスクを増やし寿命も縮める」ことです。まずはこういったことを社会に周知してもらい、社会全体で中高年の夜勤を減らすことを考えていくべきだと思います。

 中高年の夜勤やシフト勤務がいくつかの疾患のリスクになるという研究はこのサイトですでに何度か紹介しています。今回はまだ紹介していないものも取り上げ、深夜勤務のリスクの総復習をしたいと思います。

 まずは少し古い研究から紹介しましょう。2001年に発表されたこの研究は世界中の、特に医療者に注目されました。研究の対象が女性看護師であり、結果は「シフト勤務は乳がんのリスクを上昇させる」だったからです。この研究は医学誌『Journal of the National Cancer Institute』2001年10月17日号(オンライン版)に「看護師健康調査からわかったシフト勤務と乳がんのリスク(Rotating Night Shifts and Risk of Breast Cancer in Women Participating in the Nurses' Health Study)」というタイトルで紹介されています。

 この研究のエビデンスレベルが高い(信用度が高い)のは、「Nurses' Health Study」という信頼度の高い健康調査のデータが解析されているからです。回答しているのがきっちりと労務管理されている看護師であり、しかも対象者は78,562人、調査期間は10年間の前向き研究(注1)です。

 結果は、「1~29年間、夜勤のシフト勤務をしていた看護師は、していない看護師に比べて乳がんのリスクが1.08倍上昇する」です。シフト勤務が長くなればそれだけリスクも上昇するようで、30年間以上夜勤をしていた女性のリスクは1.36倍になることが分かりました。もちろん、夜勤をすれば必ず乳がんになるわけではないので、他の乳がんのリスク、例えば喫煙、肥満、低用量ピルの使用などを考慮し、さらに定期的な乳がん検診を実施しながら夜勤をすることはかまわないとは思いますが、リスクが上昇すること自体は知っておくべきでしょう。

 他の研究もみてみましょう。疾患で言えば、夜勤をするシフト勤務は心筋梗塞などの心疾患のリスクが上昇するという研究があります。また、HDLコレステロール(善玉コレステロール)が低下し、中性脂肪が増加し、糖尿病のリスクも増加するという研究もあります。夜勤をすると肥満になりやすい、とする研究もあれば、夜勤明けは交通事故を起こしやすいとする報告もあります。

 ここで太融寺町谷口医院の患者さんのデータを紹介しましょう、と言いたいところですが、残念ながら(私が億劫なこともあり)そういったデータをまとめる作業をする気になれません。なぜなら、日ごろ患者さんを診ている私の経験から、夜勤をやめれば健康的になっていくのは自明であり、わざわざ数字を出さなくてもいいと思えるからです。

 体重過多の人は体重を落とすことに成功し、肌の調子がよくなり、月経不順が改善します。乳がんのリスクが下がったかどうかは検証していませんが、健診のデータ(中性脂肪や血糖値)は多くの例で改善しています。それに、精神状態が良くなり、見た目が若くなります。つまり、夜勤を止めればいいことばかりなのです!

 主に経済的な事情から中高年になってから夜勤をせざるを得ない人もいます。また、人手不足から深夜も働かざるを得ないという人も少なからずいます。職種で言えば目立つのが介護職の人たちです。看護師の場合も、病院勤務なら通常は夜勤がありますし、診療所勤務の場合でも訪問看護をやっていれば深夜に電話がかかってくることがあります。

 医療者から「夜勤がしんどい」という話を聞くと、現在夜勤から離れている私は申し訳ない気持ちになるのですが、先述したように、だからといって「自分も再び深夜に働く」とは言えません。ですが、私の場合40歳になるまでは深夜勤務にほとんど疲れを感じませんでしたし、夜間の救急外来は様々な"ドラマ"がありますし、それに夜間の仕事は給与が高い!のです。実際、私の年収が最も高かったのは谷口医院を開業する前の一年間で、このときは週に3~5回は深夜も働いていました。その年の年収はちょっとここには書きにくいほど高いものでした(開業してからは一気に収入が減りました)。

 社会全体で深夜勤務のリスクを認識し、体力のある若者に働いてもらい充分な給与を支払う。一方、中高齢者は深夜勤務を避けることで様々な病気のリスクが減り、元気に長生きできる。すると、社会としては医療費が抑制できる。若者は深夜の世界で社会を学ぶ。いいことばかりではありませんか! こういうことを言い訳にして私自身は今も深夜勤務から遠のいています......。

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第191回(2019年7月) 複雑化する食物アレルギーと私の「仮説」

 他のアレルギー疾患に比べると、食物アレルギーは患者数が増え、またどんどんと複雑化してきています。喘息は吸入薬の普及でもはやほぼ完全にコントロールできるようになり、夜間に救急車を呼ばなければならないようなケースは激減しています。アトピー性皮膚炎は、タクロリムスの普及などでかつてのようなステロイドを繰り返し塗らなければならない例が大きく減っています。スギ花粉症やダニアレルギーは大勢の人が罹患していますが、舌下免疫療法の普及で「すでに治った」という人も増えてきています。

 一方、食物アレルギーは増加の一途を辿っているだけでなく、重症例も少なくなく(注1)、また「食べられないものがどんどん増えていく」という悲鳴も聞かれます。先日、あるLCCの客室乗務員から「搭乗拒否」を告げられたイチゴアレルギーのイギリス人女性について紹介しました(医療ニュース:2019年6月30日「イチゴアレルギーで搭乗拒否」)。このケースでは航空会社の対応に問題がありますが、実際に「乗ってはいけない」場合もあります。

 例えば、谷口医院では過去に「新鮮な海鮮料理が毎晩ふるまわれる数日間のクルージングに参加したい」という重症のアニサキスアレルギーの患者さんに「許可できない」と伝えたことがあります。この女性は「なにかあればエピペン(食物アレルギーが重症化したときの治療薬)を自己注射するからどうしても参加したい」となかなか譲らなかったのですが、重症化すればエピペンを注射すればOKというほど単純なものではありません。エピペンという注射は使用後に直ちに救急車を呼び、しばらくの間は病院で経過をみなければならないのです。海上で重症化すれば病院までの搬送にはヘリコプターを要請しなければなりません。

 増えている食物アレルギーとしてまず筆頭に上がるのが今紹介したアニサキスアレルギーです。「診断がついてないだけで昔から少なくなかった」という意見もあるのですが、私の印象で言えば重症化する例が増えてきています。このアレルギーは、重症化すればほとんどの魚介類が煮ても焼いても食べられなくなってしまいますので、可能な限り回避したいものです。

 個人的な考えですが、アニサキスアレルギーを防ぐにはアニサキス症の予防と胃炎の治療をしておくべきです。これについては、過去に毎日新聞の「医療プレミア」で書いたことがあるのでそちらを参照してほしいのですが、結論だけを言っておくと「生きたアニサキスが寄生している可能性のある食べ物を極力避ける」と「胃炎があるときは特に注意する」という方法で、実際私はきずしなど可能性のあるものは極力食べないようにしています。

 増えているアレルギーとして次に取り上げたいのが「ナッツアレルギー」です。このアレルギーが興味深いのは、ピーナッツやアーモンドなど1つだけがダメという人もれば、複数のナッツ類がダメという人もいることで、私が診てきた範囲でいえば一切の「法則性」がありません。例えば、カシューナッツが食べられない人のなかにもピーナッツはOKという人もNGという人もいます。ヘーゼルナッツもまた同様に、という感じです。ですから、これまでのエピソードをしっかりと問診して必要な検査を適宜おこない、今後どのナッツを食べるかを検討することになります。

 尚、ピーナッツアレルギーは従来の考えと異なり、現在では「母親は妊娠中にナッツを積極的に食べるべきで、出生後は、早期に積極的にナッツを食べさせた方がアレルギーを起こしにくい」ことが分かっています(参照:医療ニュース2015年6月29日「ピーナッツアレルギー予防のコンセンサス」)。

 ピーナッツアレルギーは重症化することが多く、なんとキスだけで死亡した例もあります。2005年、カナダの15歳の少女がボーイフレンドにキスしたことでアナフィラキシーショックを起こし他界しました。ボーイフレンドは直前にピーナッツバタースナック(peanut butter snack)を食べていたそうです。この事故を報道した「Chicago Tribune」によると、全米では毎年50~100人がピーナッツアレルギーで死亡しているそうです。

 この記事にはもうひとつ興味深いことが書かれています。それは、ピーナッツアレルギーが増加している理由として、ピーナッツオイルを含むベビークリームやローションが原因の可能性を指摘していることです。

 ここでピンときた人もいると思いますが、これはまさに我が国で社会問題となった「茶のしずく石鹸」が原因のコムギアレルギーと同じメカニズムです。「茶のしずく」が問題となったのは 2010年頃ですから、その5年前から似たような事象が海外で起こっていたということになります。

 このサイトで繰り返し指摘してきているように、これらは「食物アレルギーの機序についての二通りのアレルゲン曝露仮説」で説明することができます。イラストにあるように、食べ物が皮膚から侵入するとアレルギーが成立し、その後は食べると様々な症状が発症するという「仮説」です。

 この「仮説」で説明できるこれまで本サイトで紹介してきた食物アレルギーは、コムギ以外には、魚(パルブミンやコラーゲン)、カンパリなどのコチニール、ビール、ココナッツ、牛肉やカレイ(ダニ及び一部の薬)、サーファーの納豆アレルギー(クラゲ)などがあります。ピーナッツも、唇や口の周りがあれているときにピーナッツバターが付着したというストーリーが考えられます。最近、オート麦のアレルギーが増えていて、これもオート麦エキス配合のスキンケア製品が原因ではないか、と私は疑っています。

 ラテックスフルーツ症候群という疾患があり、風船や医療用グローブなどのラテックス製品にアレルギーがあると、キウイやアボカドなどの食物アレルギーが合併します。私の経験上、この疾患はアトピー性皮膚炎とよく合併します。これはすなわち、ラテックスの成分が炎症のある部位に侵入しラテックスアレルギーとなり、ラテックスとかたちが似ているキウイやアボカドにもアレルギーが生じたと考えられるのですが、その逆もありえます。つまり手荒れなどがあり、その手でキウイの皮をむいてキウイエキスが皮膚から、あるいは口内炎などがある部位から侵入したというストーリーです。

 近年急速に増えているアレルギー疾患にPFAS(花粉食物アレルギー症候群)があります。目立つのが、ハンノキやシラカンバといった樹木の花粉症があると、様々な野菜や果物の食物アレルギーが起こる現象です。詳しくは過去のコラム「急増するPFAS(花粉食物アレルギー症候群)」をみてもらいたいのですが、これを起こすと実に多くの食べ物が食べられなくなってしまいます。特に目立つのが、リンゴやモモ、ナシ、ビワといったバラ科のフルーツが食べられなくなるケースです。

 2019年6月、東京都大田区のビワを食べた11人の児童が救急搬送されたことが報道されました。この原因として私は、児童たちはハンノキやシラカンバといった樹木のアレルギーがありすでにPFASが成立していたのではないか、と考えています。実際、各公園の樹木を紹介している「公園情報センター」によれば、大田区の公園にはハンノキやシラカンバが植えられています。では、なぜ児童たちは樹木のアレルギーになったのか。まったくの推測ですが、風邪を引いて鼻粘膜や咽頭に炎症があり、そこから樹木の花粉が侵入したのではないでしょうか。

 先述したように、私は、アニサキスアレルギーはアニサキスが(生きていても死んでいても)胃粘膜の炎症部位に触れて発症する可能性を考えています。胃粘膜の炎症部位からアレルゲン(死んだアニサキス)が侵入するなら、鼻粘膜や咽頭粘膜の炎症部位からアレルゲン(花粉)が侵入する可能性もあると思います。

 つまり、私の「仮説」は、皮膚だけでなく、「鼻粘膜、咽頭、胃粘膜などにも炎症があればそこから食物もしくは花粉が侵入しアレルギーが成立する」というものです。突拍子もない考えかもしれませんが、可能性はあるのではないでしょうか。だとすると、すでにコンセンサスが得られている「食物アレルギーを回避するためにスキンケアをしっかりおこない湿疹を予防しましょう」という考えに加え、「風邪をひかないようにしましょう」「胃炎を起こさないようにしましょう」ということが言えます。

 食物アレルギーはいったん起こすと、治らないことが多く、治る場合もかなり時間がかかります。エビデンスはありませんが、湿疹だけでなく日ごろから体調管理に気を使うべきだというのが私の考えです。

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注1:他界された症例として、2012年に東京都調布市の小学5年生の女子生徒がチーズ入りのチジミを食べてアナフィラキシーを起こしたことは記憶に新しいと言えるでしょう。日本では1988年に札幌の小学6年生の男子生徒が給食のソバを食べて下校時にアナフィラキシーが生じ他界した例もあります。

参考:はやりの病気
第157回(2016年9月)「最近増えてる奇妙な食物アレルギー」
第166回(2017年6月)「5種類の「サバを食べてアレルギー」」
第184回(2018年12月)「急増する「魚アレルギー」、寿司屋のバイトが原因?」
第173回(2018年1月)「急増するPFAS(花粉食物アレルギー症候群)」
第144回(2015年8月)「増加する野菜・果物アレルギー」



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