はやりの病気

第198回(2020年2月) 世界一簡単な「谷口式鼻うがい」

 2020年1月23日、毎日文化センターで開催した毎日新聞主催の私のミニ講演会で、最も多くの質問を受けたのが「鼻うがい」でした。この講演会の内容は、同紙「医療プレミア」の編集者が記事「「私は風邪薬を飲みません」 谷口恭医師講演」にしてくれて、それを読んだという人からも「その鼻うがいについてもっと教えてほしい」との声が届きました。そこで、今回はこの「谷口式鼻うがい」について少し詳しく説明したいと思います。

 谷口式鼻うがいの最大の特徴は、何といっても簡単なことです。おそらくこれより簡単な鼻うがいは他には存在しないと思います。方法は文字で説明するよりも実際に見てもらった方が簡単にわかりますので、まずはそのビデオ(YouTube)をご覧いただくのが一番いいと思います。ここではその補足をしていきましょう。

 まずは「なぜ鼻うがいか」ということから確認していきましょう。現在流行している新型コロナウイルスは、当初は「咽頭痛や鼻水といった上気道炎症状はほとんど起こらず、いきなり下気道症状(咳や呼吸苦)と高熱が出ることが特徴だ」と言われており、医学誌『LANCET』に1月に掲載された論文にはそのように記載されていました。

 ですが、その後軽症例やほとんど無症状である場合も多いことが報告され始めました。そして、興味深いことに、ウイルスは咽頭よりも鼻腔から多く検出されることが判りました。医学誌『New England Journal of Medicine』2020年2月19日号に掲載された論文「SARS-CoV-2 Viral Load in Upper Respiratory Specimens of Infected Patients(新型コロナウイルス感染者の上気道のウイルス量)」に詳しくまとめられています。

 この論文から分かるのは、新型コロナウイルスも通常のコロナウイルスや他の風邪をもたらす感染症と同様、まず鼻腔に感染する(少なくともそういう例が多い)ということです。新型コロナウイルスが騒がれだした1月は発症者が武漢市に限定されており、中国の医療事情を考慮すると、医療機関を受診したのは症状がそれなりに進んでいた人たちだったのでしょう。つまり肺炎に進行してから医師の診察を受けたために、より重要な臓器である肺(肺炎)の治療がおこなわれ、鼻腔のウイルスなどには注目されなかったと考えられます。

 つまり、新型コロナウイルスを含めて飛沫感染するタイプの感染症、つまりほとんどの風邪を考えたときに、最もきれいにしておかなければならないのは鼻腔、ついで咽頭ということになります。咽頭は普通の「ガラガラうがい」でもできますが、鼻腔は汚いままです。そこで鼻うがいが有効ということになります。問題は、どうやってするか、です。

 鼻うがいの効果が高いのは(鼻腔を直接洗えるわけですから)明らかだと思いますが、私が鼻うがいに固執したもうひとつの理由を説明しておきましょう。怪我をしたとき、例えば膝をすりむいたとき、私が子供の頃は赤チンを塗られました。これは激痛でした。その後「マキロン」のような消毒が主流となり、いつの頃からかその主役が「イソジン」に代わりました。ところがちょうど私が医師になった2002年頃に「コペルニクス的転回」が起こります。傷の消毒にはイソジンは無効どころかかえって治癒を遅らせることが判ってきたのです。では何が有効なのか。水です。受診された場合は生理食塩水を使うこともありますが、基本的に水道水で問題ありません。時間をかけて水で病原体を洗い流すのが最も有効なのです(参考:はやりの病気第10回(2005年6月)「キズの治療①」)。

 理論的に考えれば鼻うがいに風邪の予防効果があるのは明らかでしょう。ではなぜ普及しないのか。そして有効性を検証した論文がないのか。理由は2つあります。1つは「有効なのはわかっているけれども面倒くさい」ということ。もうひとつは、おそらく(ガラガラも含めて)うがいのような習慣があるのは日本くらいで他国では一般的ではなくエビデンスがないからだと思います。日本の医師(の多く)はエビデンスがないことに注目しませんし、面倒くささを考えると患者にどころか自分で実践するのにも抵抗があるわけです。

 もっとも、私自身も鼻うがいには長い間"抵抗"がありました。その理由は2つあって、ひとつは生理食塩水を用意するのがとてつもなく面倒くさいこと、もうひとつは専用のデバイス(例えばこういうタイプ)を用意することに抵抗があること、です。私自身は元々旅行が好きですし、学会参加などでよく出張にもいきます。荷物はできるだけ少なくしたいわけで、既存の鼻うがい用のデバイスを鞄に入れることに嫌気が差します。旅行中は鼻うがいを休むという方法もよくありません。なぜなら旅行中にこそ風邪をひくリスクが上がるからです。ですから、鼻うがいが理論的に有効なことは確信していましたが、現実的には無理だよな~とずっと思っていたのです。

 しかしあるとき、「シリンジ」を使ってみればどうだろう、とふと思いつきました。過去に薬物中毒を起こしたある患者さんと診察室で話をしているときでした。20代のその女性は、自殺する意図が本当にあったのかどうかは別にして大量に睡眠薬を飲み、それを家族に発見され救急搬送され、そこで胃洗浄がおこなわれたと言います。私も太融寺町谷口医院を始める前は夜間の救急外来での仕事が多く、胃洗浄は何十回と経験があります。管(チューブ)を鼻から胃に入れて、シリンジを使って生理食塩水を注入して吸引するという作業を繰り返します。その患者さんと話していたときにそのシーンがふと蘇り、「そうか、鼻うがいに応用すればいいんだ!」とひらめいたのです。

 鼻に水を入れるのが辛いのは、泳いでいるときに偶発的に水が鼻に入ってしまったときのことを思い浮かべれば明らかです。それが分かっていて意識的に吸い込むのは相当な勇気がなければできません。ですが、シリンジで勢いよく注入すれば一瞬で終わります。10mLのシリンジ(実際は13mLくらい入ります)なら1秒で注入できます。ただし、もしもそれで激痛が走るのであれば現実的ではありません。生理食塩水を使えば解決しますが、こんなもの出張や旅行に持ち歩くわけにはいきませんし、塩を持ち歩いてその都度生理食塩水を作るのも面倒です。

 では水道水でシリンジを鼻腔に注入したときに痛みはどれくらい生じるのでしょうか。これを初めて実戦するときは少し勇気がいりましたし、実際に少し痛かったのは事実です。ですが、その痛みは考えていたよりも小さくて、何回かおこなううちにゼロになりました。

 谷口式鼻うがいには「欠点」もあります。それは鼻腔に入れた水がそのあたりに一気にばらまかれますから人前ではできませんし、周りが汚くなります。つまり、このうがいはシャワールームでしかできないのです。ですから、実践できるのはせいぜい朝と晩の一日に2回だけです。私は仕事がら風邪症状のある患者さんと毎日何度も接しますから、そういった人を近距離で診察したときには次の患者さんを診る前にガラガラうがいと手洗いをしています。

 では「谷口式鼻うがい」の効果はどうなのでしょうか。エビデンスというものは比較対象が必要になりますから、そういうものはありません。たった1例の症例報告というものはエビデンスにはならないのです。それを断った上で私自身の話をすると、冒頭で紹介したミニ講演のときにも述べたように、私はこの鼻うがいを始めてから7年間一度も風邪を引いていません。それまでのガラガラうがいと手洗いだけだと必ずといっていいほど年に2~3回は風邪をひいていましたが、過去7年間はゼロです。この記録がどこまで続くかはわかりませんが、私は生涯この鼻うがいをやめないつもりです。なにしろ副作用ゼロですし、費用はごくわずか(シリンジはアマゾンで安く買えます)なのですから。それに、花粉症やその他アレルギー性鼻炎の予防にもなります。

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第197回(2020年1月) いろいろな「かぶれ」の総復習

 前回は、すっかり"当然"のようになってしまっている"遅延型食物アレルギー"に高額をつぎこむこようなことを避けてほしい思いから、食物アレルギーの複雑な点について解説しました。今回はその続編として「かぶれ」について事例を取り上げながら紹介していきます。
 
 かぶれの正式病名は「接触皮膚炎」で、文字通り皮膚と何らかの物質が"接触"することによっておこります。正確には接触皮膚炎には「アレルギー性接触皮膚炎」と「刺激性接触皮膚炎」に分けることができて、今回取り上げるのは「アレルギー性接触皮膚炎」の方です。「刺激性接触皮膚炎」というのは、改めて解説するような複雑なものではなく、刺激物に触れれば数分後にかゆくなる皮膚炎のことで"常識的な"ものです。石油に手をつっこんでしばらくすれば痒くなるのが典型例です。

 一方、アレルギー性接触皮膚炎はとてもややこしいものです。理解するのにはまず「基本」を押さえて、その後具体的な例を考えて、それから「例外的な」タイプを考えていきましょう。

 まずは基本からです。アレルギー性接触皮膚炎(以下、単に「接触皮膚炎」とします)とは「何か」に触れて「しばらくしてから」触れた部位に「湿疹」が起こります。基本的には「湿疹」であり、「じんましん」ではありません。「湿疹」と「じんましん」の違いを簡潔に説明するのは意外に困難なのですが、一番大切なポイントは「じんましんは出たり消えたりする」ということです。一方湿疹は一度出るとなかなか消えません。そして接触皮膚炎は通常じんましんではなく湿疹が起こります。まず、ここが一つ目の重要なポイントです(注1)。

 次に重要なのが「しばらくしてから」症状が出現する点です。その物質に触れてから2~3日してから湿疹が生じるのが典型ですが、何度も繰り返していると出現までの時間が短くなってきます。また、一部の物質では触れてからかなり時間が経過してから症状が出ることもあります。例えば「金」の場合、1か月近く経過して(いったん触れてから「触れない状態」が1ヶ月近く経過して)初めて症状が出ることもあります。一方、食物アレルギーでは、前回述べた遅発型食物アレルギーを除き(繰り返しますが"遅延型食物アレルギーではありません)、食直後に出現します。

 例を挙げましょう。食物アレルギーとしてのマンゴーアレルギーがある場合、食べた直後に口腔内の違和感が出現し、重症化する場合は息苦しさや全身のじんましんが生じます。一方、接触皮膚炎としてのマンゴーアレルギーの場合は2~3日してから症状が出ます。典型例は、マンゴーを行儀悪くかぶりついて食べたその2~3日後に口の周りがかゆくなる、というケースです。つまり「マンゴーアレルギー」には2種類あるのです。検査方法も異なり、食物アレルギーとしてのマンゴーアレルギーは血中IgE抗体を測定し(ただし、検査をすると陰性と出ることもあります。検査はあくまでも参考です)、接触皮膚炎の場合はパッチテストをおこないます(ただしマンゴーのパッチテストは一般的ではありません)。

 ここで接触皮膚炎をおこしやすい典型的な物質を挙げていきましょう。ジャンルにわけて簡単にまとめてみます。

〇植物:ウルシ(マンゴーもウルシの仲間です)、ブタクサ・キク(これらは花粉症の原因にもなります。花粉症と接触皮膚炎はマンゴーと同じようにアレルギーの機序が異なります)、サクラソウ(春になると毎年初診の患者さんがやってきます)、イチョウ(銀杏でも起こります)など。

〇金属:三大アレルゲンがニッケル、コバルト、クロム。金や銀でも起こります。太融寺町谷口医院の患者さんで言えば、ピアス、ネックレス、美顔器、ビューラー、(ジーンズなどの)ボタンなどが多いといえます。

〇毛染め:頻度では他を引き離して最多です(参考:はやりの病気第147回(2015年11月)「毛染めトラブルの4つの誤解~アレルギー性接触皮膚炎~」)。

〇生活用品:比較的多いのが眼鏡、手袋(有名なラテックスアレルギーは狭義の接触皮膚炎とは異なります。ラテックス以外の成分による接触皮膚炎はよくあります(参照:はやりの病気第149回(2016年1月)「増加する手湿疹、ラテックスアレルギーは減少?」)、シャンプーや冷感タオル(イソチアゾリノン)、スニーカー(繊維を付着させる糊が原因になることもある)、家具や建築物(ホルムアルデヒドが最多の原因)など。

〇外用薬(製品名は「」をつけています)

・鎮痛剤:「スタデルム」・「アンダーム」(これらが使われなくなってきているのはあまりにも接触皮膚炎を起こしやすいから)、「ボルタレンゲル」、「インテバン」

・湿布:ケトプロフェン(「モーラステープ」)

・抗菌薬:フラジオマイシン(かなり多い。これが含まれる「リンデロンA」も多い)、クロラムフェニコール(膣錠での発症が多い)

・抗真菌薬:「ラミシール」「メンタクッス」「ペキロン」「ニゾラール」など

・麻酔薬:「キシロカイン」(歯科医院受診数時間~数日後に起こる)

・その他:「レスタミン」「オイラックス」など

 接触皮膚炎の特殊型についてみていきましょう。

〇光アレルギー性接触皮膚炎

 アレルギーを起こす物質+紫外線で発症します。最多が湿布で、湿布単独でも接触皮膚炎は起こりますが(上記参照)、湿布を貼った部位に光があたって発症するタイプもあります。また、日焼け止めでも起こすことがあります。これは日焼け止めに含まれる紫外線吸収剤(主にメトキシケイヒ酸エチルヘキシル)が原因です。紫外線吸収剤は環境保護の観点から避けられつつあります。かぶれの視点からも紫外線散乱剤だけのものを選ぶ方がいいでしょう(参考:医療ニュース2018年7月30日「ハワイの日焼け止め禁止の続報~多くの日本製も禁止に~」

〇空気伝播性接触皮膚炎 

 直接触れているわけではないのに近づくと微粒子が皮膚に接触して起こるタイプの接触皮膚炎です。比較的多いのが香水です。自身が香水をつけていなくても香水の匂いを放っている人に近づけば症状が出る人もいます。次に多いのが線香です。これは(後述する)パッチテストで調べることができます。花粉症としての接触皮膚炎も空気伝播性接触皮膚炎に含めることがあります。

〇全身性接触皮膚炎症候群

 これは2つに分けて考えます。ひとつは通常の接触皮膚炎が全身に広がるタイプで、毛染め(パラフェニレンジアミン)が代表です。かぶれるのにもかかわらず、症状を我慢しながら使用し続けると全身に広がり、重症化すれば入院を余儀なくされることもあります。

 もうひとつは食べ物によるもので、私見を述べればこれが(広義の)接触皮膚炎で一番ややこしいものです。例えば、チョコレートを食べれば全身が痒くなる場合、チョコレートによる全身性接触皮膚炎症候群の可能性があります。なぜチョコレートでアレルギー反応が生じるかというと、カカオに含まれる金属が原因です(参照:食物に含まれる金属性アレルゲン)。チョコレートには先述した三大金属のニッケル、クロム、コバルトがすべて含まれていますし、他にマンガン、亜鉛、銅なども含有されています。ややこしいのは、チョコレートにアレルギーがあったとしても(狭義の)金属アレルギーのエピソードがないことも多く、またパッチテストをしても陽性反応にならないこともあるということです。尚、しつこいようですがこれは"遅延型食物アレルギー"ではありません。

 今、述べているのは「全身性接触皮膚炎症候群」ですが、局所的に生じる皮膚疾患もあります。例えば掌蹠膿疱症がそうです。この疾患は掌または足底(あるいは双方)に湿疹が生じる、ときに難治性の疾患です。重症例は全身に症状が及び高額な治療薬を用いることもあります。掌蹠嚢胞症の原因として、日本では「歯科金属が原因」と言われることがありますが(ただし実際にはそれほど多くない)、私見を述べればチョコレートが(原因とまでは言えなくても)悪化因子になっているケースは非常に多いと思います。また、掌蹠嚢胞症は禁煙するとピタッと治ることがあり、この原因はタバコに含まれるニッケルではないかと以前から個人的には思っています。尚、いまだに掌蹠膿疱症は稀な病気だと"勘違い"している人がいますが、昔からよくある疾患です(参照:はやりの病気第17回(2005年9月)「掌蹠膿疱症とビオチン療法」)。

 全身性であろうが、局所的なものであろうが、治りにくい湿疹や再発を繰り返す湿疹があって、アトピー性皮膚炎や尋常性乾癬などとは異なる場合は接触皮膚炎に関連したものである可能性を疑ってみるべきだと(私見ですが)考えています。また、アトピーや乾癬にこういった湿疹が合併していることもしばしばあります。

 接触皮膚炎の検査は「パッチテスト」であり、血液検査では分かりません。また、食物アレルギーや花粉症の検査に有用なプリックテスト、スクラッチテスト、皮内テストなどでも調べることはできません。そして、パッチテストには最低でも3日かかりますからあらかじめそのつもりで望まなければなりません(参照:「Q4 パッチテストをしてほしいのですが・・・」)。以前にも指摘したように、化粧品が使えるかどうかを検討するときに試しに手背などに塗ってみて15分間で症状がでなければ問題ないと考えている人がいますがこれは間違いです。貼りっぱなしの期間が2日、判定には最低でも3日、場合によっては1週間くらいたってから判定すべきこともあります。

 最後にもう一度繰り返しますが、食べ物が原因の接触皮膚炎および全身性接触皮膚炎症候群は"遅延型食物アレルギー"ではありません。

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注1:ただし蕁麻疹が起こる接触皮膚炎も皆無ではありません。稀ではありますが一部の物質で起こり得ます。ただし、この情報を本文に入れると非常に読みにくくなると考え、このように注釈で補足することにしました。最近増えている蕁麻疹型の接触皮膚炎はDEETと呼ばれる虫よけによるものです。蕁麻疹型接触皮膚炎は通常の(湿疹型の)接触皮膚炎に比べて早く症状が出現します。

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第196回(2019年12月) "遅延型食物アレルギー"と「遅発型食物アレルギー」

 科学的根拠がない数万円もする検査で被害に会う人が後を絶たない......。

 これが"遅延型食物アレルギー"の実態であることを2014年12月に紹介しました(医療ニュース「「遅延型食物アレルギー」に騙されないで!」)。読者の方からこの記事に対して質問を受けることが多く、またこの記事を読んで太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)を受診した患者さんも少なくありません。さらに、メディアからの問い合わせも多数ありました。

 この記事を書いた今から2014年頃は一種の社会問題になりつつあり、日本小児アレルギー学会や日本アレルギー学会もこのような検査には科学的な根拠がなく受けるべきでないことを発表しました。日本アレルギー学会というのは1952年に設立された長い歴史を持つ日本で最大のアレルギー関連の学会です。その学会が正式に「注意喚起」を発表したわけですから(発表は2015年2月)、これで世間の誤解は収束し、今後はこのようないい加減な検査はなくなっていくだろうと私は見ていました。

 ところが、まるでこの注意喚起が無視されているかのように、その後も被害に会う人が続出しています。相変わらず谷口医院に初診で来られて「数万円もの検査を受けた結果、卵をやめるように言われたが...」という相談があります。驚くべきことに、当初私はこのような検査をおこなうのは医療機関ではないだろうと思っていたのですが、保険診療をおこなっている普通の診療所/クリニックで検査を受けたという人もいました。

 メディアからの問い合わせも変わってきました。2014年の時点では「正しい検査なのか?」という問い合わせが多かったのに対し、最近では「"遅延型食物アレルギー"というものがあることを前提に」質問されることが増えてきているのです。

 『週刊新潮』は2019年10月24日号で、ラグビー・ワールドカップで活躍した堀江翔太さんを取り上げ、妻・友加里さんの手記を紹介しています。少し長くなりますが同紙の記事を引用してみます。

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<30歳を過ぎて体の変化を感じて遅延アレルギー(食物過敏)の検査をしました。卵、小麦、牛乳、パンは食べられない。だから玄米、みそ汁、メインはお魚か鶏肉。お酒はテキーラだけ。(中略)。体に合う食事でパフォーマンスにつなげる努力をしています>(9月21日付「スポーツ報知」)
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 最後に「スポーツ報知」からの引用であることを断っています。「自分たちが主張しているわけではない」ということを言いたいのだとは思いますが、まったく否定もされておらず、日本を代表する週刊誌がこの"病気"を認めているような書き方です。

 さらに調べてみると、"遅延型食物アレルギー"という"神話"は世界中で流布されているようです。米国の医療界もこれを問題と考えており、米国アレルギー・喘息・免疫学学会(American Academy of Allergy, Asthma, and Immunology)はChoosing Wiselyのトップに「("遅延型食物アレルギー"を調べるときに計測する)血中IgG抗体の検査は無駄である」を挙げています。Choosing Wiselyはこのサイトで何度も取り上げているように「無駄な医療、すべきでない医療」のことです(参照:「Choosing Wisely Top 10」)。

 では、医学会や(ほとんどの)医師が「意味がないからすべきでない」と考えている検査が廃れるどころか"信者"を増やしているのはなぜでしょうか。しかも谷口医院の経験から言えば、"信者"は情報社会から取り残されているような人ではなく、むしろその逆に高学歴・高収入の人が多いのです。私は"信者"が増える3つの理由を考えています。

 ひとつは「遅発型食物アレルギー」との混乱です。食物アレルギーの大半は食べた直後に症状が出ますが、一部には例外がありこの例外を「遅発型食物アレルギー」と呼びます。この実際に存在するアレルギーと神話の"遅延型食物アレルギー"がごちゃ混ぜになっているように思えるのです。遅発型食物アレルギーについては過去にも述べたことがありますが、ここでもう一度紹介しておきたいと思います。

・肉アレルギー:食べてから数時間後に発症することが多い。大腸がんなどの治療に用いるセツキシマブを使用したことがある人、マダニに刺されたことのある人に起こりやすい。

・納豆アレルギー:食べてから半日ぐらいたってから発症することが多い。ネバネバした成分がクラゲと共通しているためクラゲに刺されたことがある人に起こりやすい。患者の多くはサーファーと言われているが海に縁のない人にも生じている。

・アニサキスアレルギー:食直後に生じることもあるが数時間後に発症することもある(参考:はやりの病気第166回(2017年6月)「5種類の「サバを食べてアレルギー」」)。

・食物依存性運動誘発性アナフィラキシー:摂取後数時間後に発症することが多い。原因として多い食物は小麦、魚介類、野菜・果物。また、このアナフィラキシーの特殊型として「茶のしずく石鹸」で有名になったグルパール19Sによる小麦依存性運動誘発性アナフィラキシーがある(参照:はやりの病気第94回(2011年6月)「小麦依存性運動誘発性アナフィラキシー」)。

 実際に存在する遅発型食物アレルギーで有名なものはこれくらいです。これらと"遅延型食物アレルギー"が混乱されているのではないか、というのが私の考えです。そして、"遅延型食物アレルギー"の神話がなくならない理由として私が考えている2つめが以前も取り上げた「好酸球性胃腸炎」です(参照:はやりの病気第170回(2017年10月)「最も難渋するアレルギー疾患~好酸球性食道炎・胃腸炎~」)。

 好酸球性胃腸炎(及び好酸球性食道炎)は厚労省の指定する「難病」に選定されているくらいですから「稀」とされていますが、実際には軽症例も入れればもっと多いのではないかと私は考えています。なぜなら軽度の胃炎症状などで上部消化管内視鏡(胃カメラ)を実施して"たまたま"好酸球性胃腸炎が見つかることもあるからです。そして、軽度の好酸球性胃腸炎がみつかり、小麦や米を中止すると胃腸の調子がよくなることがあります。

 この人が胃腸の調子が悪かったけれども内視鏡検査を受けておらず、"特殊な"医療機関で"遅延型食物アレルギー"の検査を受け、小麦、米、大豆、卵、牛乳などが陽性となりこれらの摂取を避けたとすればどうなるでしょう。当然体調はものすごく良くなります(詳しくは「最も難渋するアレルギー疾患~好酸球性食道炎・胃腸炎~」参照)。この人は、自分は"遅延型食物アレルギー"だと考えるでしょう。実際は好酸球性胃腸炎なのに、です。

 "遅延型食物アレルギー"がはびこっている原因として私が考える3つめの理由は以前にも紹介した「コムギ/グルテン過敏症」です(参考:はやりの病気第158回(2016年10月)「「コムギ/グルテン過敏症」という病は存在するか」)。この「コムギ/グルテン過敏症」は私が勝手に命名したもので「認めない」という医療者も多いとは思いますが、このコラムで述べたように「コムギ/グルテンをやめると調子がいい」という人が少なくないのは事実です。こういう人が"特殊な"医療機関で"遅延型食物アレルギー"の検査を受け、小麦が陽性となったとすれば"遅延型食物アレルギー"と考えるでしょう。

 最後に改めて"遅延型食物アレルギー"の正体を確認しておきましょう。これは食物の血中IgGが上昇していればアレルギーだとするまったく誤った考えです。日本アレルギー学会が表明しているように、「血清中のIgG抗体のレベルは単に食物の摂取量に比例しているだけ」です。つまり、その日の食事内容によって誰もが上昇する可能性があるわけです。

 こんなものを高額で患者に受けさせている医療機関が実在するのが現実だというわけです。




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第195回(2019年11月) 本当はもっと多い(かもしれない)腸チフス

 数年前から複数のメディアから取材を受けることが多い感染症が「梅毒」です。「梅毒が急増している」と言われ、たしかに統計上もそのようになっています。しかし、実感としてはそんなことはなく「梅毒は昔から珍しくなかった」というのが、私が言い続けているコメントです(例えば、毎日新聞「医療プレミア」「再考 梅毒が「急増している」本当の理由」)。

 実際、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)では梅毒の新規感染者は過去13年間で大きな推移はあまりありません。ただし「内訳」は大きく異なっています。オープンした2007年から2014年頃までは、梅毒の診断がつくケースの大半が「他院では治らなかった皮疹」で受診、というケースです。他には「原因不明のリンパ節腫脹」「長引く咽頭痛」などから診断がついたこともありましたが、圧倒的に多いのが皮疹です。なかには大学病院で生検(皮膚の一部を切除する検査)までおこなわれて結局診断がついていないという症例もありました。

 一方、最近梅毒の診断がつくのは、保健所などの無料スクリーニング検査で「疑いがある」と言われて谷口医院を受診したというケースです。梅毒は自然治癒もありますし、別の理由で抗菌薬を処方されてしらない間に治っていたということもよくあります。以前、どこかの政治家が「梅毒が増えているのは中国人が持ち込んだからだ」と発言して問題になったことがあります。そのような事実が確認されたわけではありませんし、もしもこのような事実があるなら梅毒以外の性感染症も増えているはずです。梅毒だけが"統計上"増えているのは昔からあったものが見逃されていただけだ、と考える方がずっと自然です。

 さて、今回お話したいのは梅毒ではなく「腸チフス」です。この感染症は梅毒より遥かに少ないのは事実ですが、実はそれなりに多いのではないか、というのが、私が考えていることです。その理由を述べる前に腸チフス全体のおさらいをしておきましょう。

 腸チフスはチフス菌と呼ばれるグラム陰性桿菌(グラム染色でピンクに染まる長細い菌)で、主に食べ物を介して口から感染します。インドやパキスタンといった南アジアでの感染が最も多く、日本人が現地で感染することも珍しくありません。かつての日本でも猛威を振るい太平洋戦争の頃は年間数万人が罹患していたそうです。その後抗菌薬の普及により90年代にはパラチフス(注1)と合わせて年間100人程度で推移しています。その大半が海外で感染し帰国して発覚というパターンです。

 しかし2014年に集団感染が報告されました。医療ニュース2014年10月6日「東京のカレー屋で腸チフスの集団感染」で紹介したように、東京のカレー屋で8人の男女が食中毒症状を訴え、そのなかの6人からチフス菌が検出されたのです。保健所の調査により、最終的には合計18人がこのカレー屋の料理で感染していたことが分かりました(注2)。インドに帰国していた従業員が現地で感染し、日本に戻ってきて調理した生サラダにチフス菌が混入したものと当局は推定しました。尚、当事者のインド人は無症状だったそうです。

 この食中毒事件を「稀な事件」と捉えていいでしょうか。私の答えは「否」であり、たとえ海外渡航しなくても日本人にもリスクはあると考えています。したがって、まず自分自身を守らなければならないと判断し、私自身がワクチンを接種しました。といってもこのワクチンは日本では認可されていませんから、タイ渡航時に知人の医師が勤務する医療機関で接種しました。

 「日本人にもリスクがあり、実際には感染者数がもっと多い」と私が考える理由を述べていきます。

 まずひとつめに「感染しても気付いていない人」がそれなりにいます。実際、件のカレー屋のインド人は自分自身が感染したことに気づいていなかったわけですし、当局のこの調査でさらに無症状病原体保有者が1名確認されています。

 次に「感染しても軽症で済む人」がそれなりにいます。軽症の人は医療機関を受診しませんから、感染して軽い症状が出たが自然に治癒した、もしくは症状がとれて保菌者となった、という人がそれなりにいるはずです。

 その次に考えられることとして、「それなりの症状が出て医療機関を受診したけれども正確な診断がつかなかった。しかし抗菌薬が処方されて結果的に治った」という例もかなりあると私はみています。これはちょうど冒頭で述べた梅毒と同じで、実際の臨床現場では「とりあえず抗菌薬が処方されて診断がつかぬまま治った」というケースがかなりあるのです。ちなみに、私自身は「安易に抗菌薬を使うな。抗菌薬を処方するのは原因菌が特定されたかまたは強い根拠を持って推測できるときだけにしなければならない」と医療者に対して言い続けています。

 まだあります。通常下痢や発熱が生じると患者さんも我々医師も食中毒の可能性を考えますが、下痢が起こらなかったときはどうでしょう。腸チフスは高熱と皮疹が出ても必ずしも下痢が起こるとは限りません。便秘となることもあります。このような状態で食中毒を、さらに腸チフスを疑うことができるでしょうか。

 海外渡航歴のない国内発症例はどれくらい報告されているのでしょうか。国立感染症研究所の報告によれば、2013年1月から9月末までの9ヶ月で合計49例の腸チフス報告があり、そのうち18例は明らかな海外渡航歴のない国内感染例です。同研究所によれば、この18人がどのように感染したのかについてはほとんどが不明です。

 米国では果物からの感染が報告されています。2010年、国外から輸入されたmamey(日本語では何と呼ぶのでしょう。私は食べたことがありません)の冷凍果肉からの感染がCDCにより報告されています。

 こういったことを踏まえると、海外に渡航しない日本人が腸チフスに感染する可能性は決して少なくないと考えるべきです。そして、腸チフスがやっかいなのは(梅毒と異なり)重症化することがあるという事実です。最近は薬剤耐性菌が増えてきており強力な抗菌薬の長期投与を余儀なくされる例も増えてきています。

 こう考えるとワクチンをうちたくなる人もでてくるでしょう。実際、谷口医院にも感染症に興味のある患者さんからはそのような要望が寄せられています。私自身がおこなったようにタイでのワクチン接種を勧めているのですが、そんなに簡単に海外には行けないという人もいます。谷口医院は未認可のワクチンを扱わない方針なのですが、あまりにも要望が多いこともあり例外的に腸チフスのワクチンを入荷させることにしました。ただし、輸入には様々な経費がかかることから当然のことながら高くなります。私がタイで接種したワクチンは約500バーツ(約1,500円)でしたが、谷口医院での費用は8,800円になります(注3)。

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注1:腸チフスと似た名前の感染症にパラチフスと発疹チフスがあります。パラチフスは細菌学的に腸チフスと似ています。ただし腸チフスのワクチンは効きません。しかし一般にパラチフスは腸チフスよりも軽症です。発疹チフスは「チフス」の文字が入っていますが、細菌学的に腸チフスやパラチフスとはまったく異なる種類で、リケッチアと呼ばれる病原体が原因です。なぜ、全然違う種類の病原体に同じような名前が付けられたかと言うと、腸チフス、パラチフス、発疹チフスのいずれも似たような発疹を呈するからです。ちなみにこれらの発疹は梅毒のときに生じる皮疹と似ていることがあります。話はまだややこしくなります。腸チフス、パラチフスは英語ではそれぞれTyphoid Fever, Paratyphoid Feverというのですが、腸チフス菌、パラチフス菌を英語ではSalmonella Typhi、Salmonella Paratyphi Aと呼びます。つまり、これら2つの菌はサルモネラ属に属する、つまりサルモネラ菌と同じ仲間なのです。

注2:この事件の概要は国立感染症研究所が報告しています。

注3:他のワクチンも驚くほど安いことから、私は海外渡航の多い人にはタイでの接種を勧めることがしばしばあります。例えば、麻疹・風疹・おたふく風邪の三種のワクチンを日本で接種すれば合計16,000円(谷口医院の場合)かかりますが、バンコクのマヒドン大学にある「Thai Travel Clinic」ではわずか227バーツ(約800円)です(2019年11月20日現在)。

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第194回(2019年10月) 電子タバコの混乱その2~イギリスが孤立?~

 米国では電子タバコで死亡者続出、英国では依然推奨されている......。

 これが現在の電子タバコに対する世界の実情です。いったい電子タバコは「死に至る危険な物質」なのでしょうか。それとも英国政府の言うような「安全で有効な禁煙ツール」なのでしょうか。電子タバコを使用した死亡者が米国で相次いでいるのは事実であり、因果関係が認められれば従来のタバコ以上に規制しなければなりません。

 今回は電子タバコ及び加熱式タバコについての最近の議論をまとめてみたいと思います。前回このテーマに触れたのは2017年8月ですからおよそ2年前になります。そのときのコラムのタイトルは「電子タバコの混乱~推奨から逮捕まで~」です。当時の各国の状況を簡単に振り返っておきましょう。

英国:禁煙ツールとして推奨。英国保健省が「禁煙支援ツールになり得る」と正式に発表。電子タバコは従来のタバコに比べて有害性が95%も低いと主張。

米国:政府は正式な言及をしていないが、「米国での電子タバコ使用者の増加が、国民全体での禁煙率上昇に寄与している」とする論文が公開された。

タイ:所持しているだけで逮捕。実際、2017年7月には路上で電子タバコを使用していたスイス人男性が逮捕され6日間留置された。尚、「(iQOSなどの)加熱式タバコは電子タバコと異なる」という理屈は一切通用しないと考えるべき(と私見を述べた)。

カンボジア:タイと同様、所持しているだけで逮捕されるという法律がある(ただし、実際に逮捕されたという情報は入手できず)。

 では、その後の2年間の経過をみていきましょう。まずは近いところから。

 タイではその後逮捕者が続出しています。"逮捕"といってもほとんどのケースでは賄賂を払えば解放してもらえるはずですが、賄賂などというものに激しく抵抗する人もいます(注1)。私の経験でいえば正論にこだわり融通の利かないのはアメリカ人に多い印象があるのですが、プーケットで逮捕されたのはフランス人の女性でした。

 現地の新聞によれば、2019年1月30日、31歳の仏人女性が電子タバコを保持しているという理由でプーケットの警察官に逮捕されました。4人の警官が4万バーツ(約14万円)の賄賂を要求し仏人女性が拒否したところ、女性は警察署に連行され、その後バンコクの刑務所で3泊過ごすことになりました。罰金は827バーツだけでしたが、法定費用や旅費などで8千ユーロ(約100万円)かかったそうです。さらに、出入国管理局は「国外追放」を決めました。当然のことながら「賄賂を要求された」という女性の主張を警察は認めていません。

 尚、私の入手した情報によると、バンコクで加熱式タバコ(または電子タバコ)で日本人が警官に"逮捕"されたという話は多数あります。ですが、留置所や刑務所に入った日本人の話は聞いたことがありません。おそらく"賄賂"を渡して解放されているのでしょう。

 シンガポールでも動きがありました。現地の新聞によれば、2019年2月より電子タバコ使用者は2千USドル(約24万円)の罰金刑が課せられるようになりました。さらに常習者に対しては最大2万ドル(約240万円)または12ヶ月の禁固刑となるそうです。

 シンガポールはときに「明るい北朝鮮」と呼ばれるように、徴兵制度、入国制限などが厳しいことで有名です。一方、その逆にアジアで最も民主化が進んでいる国(地域)として挙げられることが多いのが台湾です。現時点でアジアで同性婚が合法なのは台湾だけです。しかし電子タバコについては、その台湾でも規制は厳しく、税関のサイトによると持ち込みが禁止されています。

 どうやらアジアに旅行するときには加熱式及び電子タバコは持って行かない方がよさそうです(どうしても持って行きたい場合はその都度領事館に確認するのがいいでしょう)。

 次は米国です。最近よく報道されている米国の電子タバコによる死亡者続出について情報をまとめておきましょう。

 2019年9月19日、CDC(米疾病対策センター)は、全米で8人目となる電子タバコが原因の死亡者が生じたことを報告しました(注2)。現地の新聞によれば、電子タバコにより呼吸器疾患を発症した患者は、疑い例も含めると全米38州および1属領で530人に昇ります。そして、マサチューセッツ州では4カ月間の期限付きとはいうものの、全種類の電子タバコの販売を禁止することが決まりました。現地の新聞によると、米国ではミシガン州とニューヨーク州では味のついた電子タバコ(vape flavors)の販売は禁止されていますが、全種の禁止を決定したのはマサチューセッツが初だそうです。

 電子タバコや加熱式タバコを有用とする意見は日本を含めてほとんどの国で取り上げられず、(ほぼ)唯一の例外となるのが英国です。先述したように、英国保健省は電子タバコの有害性は従来のタバコより95%も低いと断言しています。そして、これだけではありません。2015年の報告書には「問題は電子タバコが有害と考える人がいるせいで何百万人もの人が禁煙ができていない(The problem is people increasingly think they are at least as harmful and this may be keeping millions of smokers from quitting.)」と断言しているのです。まるで「喫煙者は禁煙するために全員が電子タバコに替えなさい」と言っているように聞こえます。

 さて、その英国当局は2019年2月27日に電子タバコに関する新しい見解を発表しました。そこには「入院している喫煙者に、電子タバコを勧めて禁煙を促すことを検討する(This will include the option for smokers to switch to e-cigarettes while in inpatient settings.)」と記載されています。やはり現時点でも電子タバコを強く推奨しています。

 ここで論文を参照してみましょう。医学誌『The Lancet』2016年1月14日号(オンライン版)に掲載された論文「電子タバコと禁煙のメタ分析(E-cigarettes and smoking cessation in real-world and clinical settings: a systematic review and meta-analysis)」によれば、「電子タバコで禁煙を試みたグループの禁煙成功率は、電子タバコを使用せずに禁煙に取り組んだグループよりも有意に低かった」という結果が出ています。メタ分析というのはこれまでに世界中で発表された複数の研究を総合的に解析する方法ですからエビデンス(科学的確証度)の高いものと言えます。つまり、高いエビデンスを持って「電子タバコでの禁煙は有効でない」と言っているわけです。

 しかし、その逆の結論の研究があります。医学誌『New England of Journal of Medicine』2019年2月14日号(オンライン版)に掲載された論文「電子タバコとニコチン代替療法の比較(A Randomized Trial of E-Cigarettes versus Nicotine-Replacement Therapy)」によると、電子タバコによる禁煙率が18.0%、ニコチン代替療法では9.9%であり、「電子タバコの有用性が有意差を持って高い」と結論されています。ニコチン代替療法というのは日本でも保険診療で実施できる「ニコチン貼付薬」(ニコチネル)や「バレニクリン」(チャンピックス)のことです。そして、この研究の対象となっているのはイギリス人です。ということは、イギリスでは日本でおこなわれている禁煙治療よりも電子タバコを使う方が禁煙成功率が高いという結論が出ているというわけです。

 電子タバコについては、どうもイギリスだけが孤立しているような印象があります。今後のイギリスの見解に注目していきたいと思います。現在禁煙を考えている人は、電子タバコを用いるのではなく、保険診療で禁煙治療を実施すべきでしょう。

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注1:念のために補足しておくと、私は「賄賂は当然」とか「賄賂は悪くない」と言っているわけではありません。ですが、私の経験から言ってタイでは賄賂が"日常化"しており、本来の「誠実」とか「正義」といったものとは分けて考えなければなりません。私の経験を紹介しておきましょう。バンコクで知人の日本人の車に乗せてもらっているとき、右折禁止を知らなくてたまたまそこにいた警察官に停められました。知人はパスポートに500バーツ紙幣(当時のレートで約1,500円)を挟み、それを警察官に渡すとものの数秒ですぐに"解放"となりました。知人によれば、「警察官も初めから逮捕するつもりはなく"賄賂"を求めている。この国ではこれで"経済"が回っている」とのことでした。

注2:さらにCDCの2019年10月17日の報告によれば、10月15日の時点で、電子タバコと大麻を蒸気で吸入する製品による肺損傷が全米で1,479件報告されており、33人の死亡が確認されています。

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