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| 100.不活化ポリオワクチンの行方 2011/12/20 |
2011年12月15日、神奈川県は希望者に対し、ポリオ(正確には「急性灰白髄炎」といいます)の不活化ワクチンの有料接種を開始しました。開始となったこの日は合計47人が県内の福祉事務所でワクチン接種を受けたそうです。また、12月7日の時点ですでに予約者が1,122人に上っているとの報道もあります。
この経緯は各マスコミで今年の秋頃から頻繁に取り上げられていますが、ここで簡単に振り返っておきたいと思います。
まず、数年前から現在おこなわれているポリオの生ワクチンの危険性が頻繁に指摘されだし、海外では経口ワクチンから不活化ワクチンへの切り替えがおこなわれているという背景もあり、日本も不活化ワクチンを導入すべきという発言を有識者がおこなうことが増えてきました。
結果として厚生労働省に対立するようなかたちをとった神奈川県の黒岩祐治知事も、そういった有識者のひとりです。黒岩知事は、知事に就任する前に厚生労働省予防接種部会のメンバーをつとめていたこともあり、その頃から不活化ワクチンへの切り替えを積極的に主張していたそうです。
黒岩知事が、「国が動かないなら神奈川県独自で不活化ワクチンを導入する」という意思表明をすると神奈川県在住の人たちはこれに賛同し、神奈川県以外に住んでいる人のなかには、「神奈川以外では生ワクチンしかないなら不活化ワクチンが接種できるようになるまでワクチン接種をしない」、と考える人が増えてきました。
このような情勢を受け、厚労省は2011年10月4日付けで、正式に、各都道府県に「不活化ワクチンの導入まで接種を待つことは勧められない」という通達をおこないました。さらに、小宮山洋子厚生労働相は10月18日と19日の2日間にわたり、記者団に対して「未承認で公的な健康被害の救済制度がない不活化ワクチンを神奈川県が主導してまとまった形で接種するのは慎重にしてほしい」と述べ、神奈川県の方針を繰り返し批判しました。
しかし、黒岩知事の方針に賛成する世論は次第に大きくなっていきました。そして偶然にもこのタイミングで、「WHO(世界保健機関)が生ワクチンの段階的廃止を検討中である」ということをカナダ医師会雑誌(CMAJ)の公式ニュースが11月11日に伝えるという出来事があり、これが黒岩知事にとって追い風となりました(と、私はみています)。
結果的には、「厚労省の反対を押し切って黒岩知事が不活化ワクチンを導入した」となったわけですが、両者の主張を比較してみると、黒岩知事の主張の方が明快でわかりやすいといえます。すなわち、「生ワクチンは少ない頻度とは言え重篤な副作用が起こりうる。ならば、海外ではすでに標準的になっており安全性の確立されている不活化ワクチンを接種すべき」、というもので説得力があります。
一方、厚労省は「なぜ不活化ワクチンを輸入しないのか」という単純な疑問に明確な回答をしていません。そんななか、2011年12月8日についに小宮山厚生労働相は参議院厚生労働委員会で、「生ワクチンから不活化ワクチンへ切り替える決断が遅かったと思っている」との見解を述べました。小宮山大臣が”正直に”見解を述べたことは評価できるとしても、「導入するならポリオ不活化ワクチン単独ではなく、DPT三種混合(ジフテリア・百日咳・破傷風の3種混合ワクチン)と合わせた四種混合ワクチンの開発及び導入を検討する」と発言していることには首をかしげたくなります。
以前医療ニュース(下記参照)でも述べましたが、なぜ厚労省は「混合ワクチン」にこだわるのでしょうか。海外で実績のあるポリオ不活化ワクチンを、神奈川県がおこなったのと同じように輸入すれば済むだけの話なのに、です。
ここでポリオとはどのような感染症かを確認しておきましょう。
ポリオとは、乳幼児を襲い(成人への感染もないわけではありません)、生涯にわたり麻痺を残す大変やっかいな感染症です。私が子供の頃は、ポリオに罹患して足をひきずって歩いている人が周囲に何人かいたことを記憶しています。(もっとも、医学の知識のない子供の頃の記憶ですから、そのなかには他の原因の麻痺も混じっていたかもしれません) ポリオに罹患しても特に寿命が短くなるわけではありませんから、今でも麻痺を抱えて生活している人は少なくないはずです。(幼少時にポリオに罹患し現在医師をされている人もいます)
ポリオは経口感染です。つまり病原体(ウイルス)が何らかのきっかけで口から取り込まれ腸管から体内に吸収され最終的には脊髄を侵します。ポリオウイルスは運動をつかさどる神経だけを侵すために筋肉を動かすことができなくなりますが、感覚は健常者と何らかわりません。そして運動神経が麻痺した結果、足はだらんと垂れ下がるようになり、これがポリオによる麻痺の特徴です。
いったん麻痺を発症すると手立てがなくどうしようもありません。しかし知能が低下するわけではありませんし生命予後は健常者と何ら変わりません(注1)。運動麻痺とは生涯付き合っていかなければなりません。この苦しさは健常人には到底分からないものと言えるでしょう。しかし、ポリオには治療法はありませんが、ワクチン接種をしておけばほぼ100%感染を防ぐことができます。
日本では、1940年代頃から全国各地でポリオの流行がみられ、1960年には北海道を中心に5,000名以上の患者が発生しました。そのため1961年に生ワクチンを緊急輸入し(たしかソ連からだったと思います)、一気に罹患者が激減しました。これは文字通りの「激減」であり国内では1980年の発症が最後でそれ以来1例も発症していません。わずか数滴のシロップを2回飲むだけ(注射ではないので痛みもなし)でほぼ100%ポリオを予防できるわけですから、当事は「夢の薬」と思われたに違いありません。
ポリオは世界的にみても大きく減少しており、WHOは世界的な根絶宣言を2005年末に行う予定でいました。しかし2010年の時点で、インド、パキスタン、アフガニスタン、ナイジェリアの4カ国で報告があり、 2011年7月には中国で4例の発症がありました(下記医療ニュース参照)。
では今後はこの4カ国(+中国)以外の地域では安心か、と言われると決してそういうわけではありません。例えば世界を放浪しているバックパッカーがインドのバラナシあたりの安宿でポリオに感染し、バンコクのカオサンロードに移動し、そこに旅行に来ていた日本人に感染し、翌週に成田空港がパニックに・・・、というストーリーも考えられなくはありません。
大人は大丈夫かというとそういうわけでもありません。ポリオは確かに子供がほとんどの病気ですが、成人に感染することもまったくないわけではありません。また、子供の頃にワクチンを接種しているから大丈夫、というわけでもありません。実際、私が自分自身の抗体の有無を調べてみると、2型のみ陽性で、1型と3型は陰性でした。そして先に述べた2011年7月に中国でみつかったポリオは1型だったのです。
必要以上に恐怖心を持ってほしくはないのですが、これだけ簡単に世界中を移動できる時代ですから、日本にいるから安心、とは言えないのです。生ワクチンと不活化ワクチンのどちらにすべきかという問題はさておき、少しでも早い時期に接種をおこなうことが必要です(注2)。そして、世界的には不活化ワクチンに移行しつつあることと、神奈川県がすでに実施していることを考慮すれば、厚労省は1日でも早く公費での不活化ワクチンの接種を認めるべきでしょう。
では、なぜ厚労省は混合ワクチンにこだわり、神奈川県がおこなっている海外の不活化ワクチンの輸入に躊躇するのでしょうか。私にはこの理由がまったくわかりませんが、まさか国内ワクチンメーカーと厚労省の癒着とか、そのメーカーが役人の天下り先になっているなどということはないと願いたいものです・・・。
注1:ただし中年期以降に「ポストポリオ症候群」という状態になることがあります。これは全身の筋肉がやせほそり強い疲労感を感じるようになり、ひどい場合は日常生活も困難になってきます。ポリオを抱えて生きている人たちのなかには、ポストポリオ症候群を発症するのではないかという恐怖を常に感じているという人もいます。
注2:ワクチンをいつから開始するかは議論の分かれるところですが、私個人としてはできるだけ早期に接種すべきと考えています。生ワクチンなら生後3ヶ月、不活化ワクチンなら2ヶ月の時点で1回目を接種することができます。成人の場合は、特に急ぐ必要はないでしょうが、例えばパキスタンやインドの奥地に行くような場合は渡航前に不活化ワクチンを接種しておいた方がいいかもしれません。
参考:
医療ニュース
2011年9月26日「中国でポリオが発生」
2011年5月30日「不活化ポリオワクチンがついに導入か」
2010年12月17日「ポリオ不活化ワクチンを求め患者団体が署名提出」
2010年2月22日「神戸の9ヶ月男児がポリオを発症」
メディカルエッセイ第90回(2010年7月)「理想のワクチン政策とは・・・」
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| 99.アトピー性皮膚炎を再考する 2011/11/21 |
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FK506って本当にいいんですか?
これは私が医学部に入って間もない頃に、ある知人から尋ねられた質問です。当時私は恥ずかしながら医学部の学生だというのに、FK506というものが何なのか知りませんでした。その後、何人もの知人(の知人も含めて)から同じ質問を受けました。私がインターネットを始めたのは1997年で、その頃は今とは比べ物にならないくらいネット人口は少なかったのですが、それでも一般の人が医学について情報を共有するようなページでは「FK506」の文字をよく見かけました。
FK506。一般名タクロリムス。商品名プロトピックと言えばアトピー性皮膚炎(以下アトピーとします)に悩んだことのある人には馴染みがあるでしょう。アトピーの患者さんからは「夢の薬」とも言われていた、当初はFK506と呼ばれていたプロトピックが発売となったのは1999年のことでした。それからすでに12年が経過しました・・・。
一部の患者さんからは「夢の薬」と考えられていた一方で、別の患者さんからは「副作用の多い危ない薬」と思われていたのですが、実際はどれほど普及したのでしょうか。
太融寺町谷口医院には開院以来アトピーの患者さんが大勢受診されています。これは私がアトピーの名医だからではなく、それだけ今の日本にアトピーで悩んでいる人が大勢いることを示しています。現在の日本人のおよそ5%がアトピーを患っていると言われていますから、アトピーとはどこにでもあるありふれた病気(common disease)なのです。
アトピーの患者さんが他の病気で受診する人と異なる点がひとつあります。それは、アトピーで初めて医療機関を受診しました、という人はほとんどおらず、たいていは過去にいくつかの医療機関を受診している、ということです。アトピーは幼少時から罹患している人が多いですから、以前は小児科を受診していても当然なのですが、そうではなく、成人になってからも何度も医療機関を変えているという人が非常に多いのです。これは同じアレルギー疾患のアレルギー性鼻炎や花粉症、気管支喘息と異なります。花粉症や喘息を発症し、太融寺町谷口医院で初めて診断がついてその後も継続して受診している、という人は少なくありませんが、アトピーの診断を初めてつけられた、という患者さんはおそらく皆無だと思います。
ですから、アトピーの患者さんが初めて私の元を受診されたとき、「これまでどのような治療を受けていましたか」と私は必ず聞いています。このときに「プロトピック(もはやFK506と言う人はいません)は合いませんでした」という患者さんが非常に多いことが私にはずっと気になっていました。患者さんの方からプロトピックという言葉が出なかったときは、私の方から「プロトピックは試されたことがありますか」と尋ねるのですが、「それは使えませんでした」と答える患者さんも少なくないのです。私が不思議に感じたのは、太融寺町谷口医院を始める前に、私はある中規模病院で皮膚科の外来をおこなっていましたが、そのときはそれほどこのような言葉を聞かなかったからです。「太融寺町谷口医院にはプロトピックが使えない人が選択的に集まってきているのか?」と感じたほどです。
たしかにプロトピックには使い始めたときに熱感や痛みがでたり、逆に一時的にかゆみが増したりすることもあります。このような副作用は大半の人に認められますが、使い続けて1週間もたてばほとんどの人は気にならなくなります。まれに重篤な副作用もありますが、そのまれな副作用が気になるから合わない、と考える人はそう多くはないでしょう。
2007年の開院当初は、私は「プロトピックは合わなかった」という患者さんには、「では他の方法を考えましょう」と言ってプロトピックの話はしないようにしていたのですが、2009年頃から合わないと考えている人にも「もう一度使ってみませんか」と言うことが増えてきました。これは長期間受診していて、ある程度信頼関係のできた(と私が思い込んでいるだけかもしれませんが)何人かの患者さんに、試しに再度使ってもらったところ、ほぼすべての患者さんで成功したからです。
では、なぜ過去に副作用で使えなかったのに、今回はうまく使えたのでしょうか。それを述べる前に、まず、「なぜ患者さんが否定的な気持ちを持っているプロトピックをすすめたのか」について話しておきたいと思います。
アトピーは慢性の疾患ですから、患者さんが医療機関を受診するのは症状が「発症」したときではなく「悪化」したときです。このようなときの治療は、「ともかくいったんは強い炎症を和らげる」ことが必要であり、生活指導やスキンケア(保湿)、漢方治療などは最重要事項ではありません。強い炎症にはプロトピックも無効なことが多く、このときの治療の主役はステロイドになります。
ステロイドの誤解は最近では随分減ってきているとはいえ、まだまだ根強いものがあります。ステロイド恐怖症の人には、まずマインドコントロールを解くことから始めなければなりません。そして、ステロイドを適切に使えば、1週間もすればほとんどの場合劇的に改善します。これは文字通り「劇的に」であり、患者さんの方が驚くこともしばしばあります。
問題はここからです。ステロイドに恐怖心を持つのも困りますが、その逆に安易に使うのも問題です。ステロイドで強い炎症がとれるのは当たり前なわけで、「いざとなったらステロイドがあるからいいや」と思ってもらっては困るのです。
ステロイドの誤解は最近ではかなり減少しているのは事実です。ステロイド外用で(内服は別です)、血糖値が上がるとか、顔が丸くなるとか、骨が脆くなるとか、そのようなことを言う人は随分と減ってきました。色素沈着をきたして皮膚が黒くなる、と考えている人がいますが、これも誤りです。アトピーで皮膚が黒くなるのはステロイドの副作用ではなく、アトピーそのものの治療がうまくできていないから、と考えるべきです。
しかし、ステロイド外用薬の副作用があるのも厳然とした事実です。よくあるのがニキビや真菌症といった感染症ですが、これは比較的簡単に治すことができます。問題となるのは、ステロイドざ瘡(ステロイドを長期で使うことによっておこるニキビのような症状で難治性)、血管拡張、皮膚萎縮などです。特に皮膚萎縮は進行すると、まるで古いお札のようなペラペラの状態となり(これを「ペーパーマネースキン」と呼びます)、少し触れただけで容易に出血するようになることもあります。
ですから、アトピーが悪化したらステロイドに頼ればいいや、という考えは誤りです。そして、このステロイド外用長期使用の欠点を、ほぼ克服しているのがプロトピックなのです(注1)。プロトピックはステロイドと異なり、長期使用しても血管拡張やステロイドざ瘡、皮膚萎縮などが起こりませんから、「見た目」の副作用はほぼないと言っていいと思われます。さらに、プロトピックが優れているのは、炎症がある部位にしか吸収されず正常な皮膚には作用しないということです。まだかゆみも感じられないほどのごく初期の炎症にも効果があり、これは予防的に使えることを意味します。つまり、アトピーが治った後も、週に2回程度プロトピックを使用することにより再発を防ぐことができるのです。(これを「プロアクティブ療法」と呼びます(注2))
プロトピックは「見た目」の副作用がないことから、目立つ部位である顔や首に積極的に使うように言われることがあります。このため患者さんによっては「身体には使うべきでない」と考えている人がいますが、これは誤りです。私は全身に使うように助言しています。ただし、ある程度炎症が強いとほとんど効果がでませんから、まずはステロイドである程度炎症をおさえてからの使用となります。あるいは、部位によってはステロイドと併用するのもひとつの方法です。
プロトピックの刺激を嫌う人は少なくありませんが、多くの場合、長くても1週間程度で改善し、どうしても使えない、という人は私の印象で言えば100人に1人くらいです。しかし実際は、多くの患者さんが「プロトピックは合わない」と感じているのです。考えようによっては実にもったいない気がします(注3)。先に述べたように「プロトピックが合わない」と感じている人は、おそらく(期待しすぎて)最初におこった刺激感の副作用に嫌気がさしたのではないでしょうか。私は、まず少量を狭い範囲で使うよう助言します。それもデリケートなところは避けるように言います。いきなり顔面に塗るのではなく、首の後ろなどから始めるとたいていはうまくいきます。
もちろんプロトピックだけに頼るのはよくありません。適切な抗ヒスタミン薬をうまく使いこなし(注4)、改善した後はしっかりと保湿(スキンケア)をおこない、生活習慣のなかで悪化因子があればそれを取り除くようにし、他の症状、例えば、下痢、胃痛、頭痛、めまいなどがあればそれらも治すようにして、そして精神症状のケア(注5)もおこなえば、ほとんどの患者さんはかなりよくなります。そしてステロイドが完全に断ち切れるのです。ここまでくると人生観まで変わることも珍しくありません。
最後に一点。今回述べたプロトピックのことも含めて、私がウェブ上で述べていることや診察室で患者さんに話していることは、ほぼすべてアトピーのガイドラインに沿ったものです。私は決して「アトピーの名医」ではなく、ガイドラインどおりに治療をすすめているだけです。ときどき何時間もかけて私の元を受診する人がいますが、あなたの近くにもガイドラインどおりの標準的な治療をしている医療機関は必ずあることは覚えておいてください。
注1 プロトピックは副作用がまったくないわけではありません。使い始めたときの刺激感以外に覚えておかなければならないのが感染症です。特にヘルペス感染症が悪化した「カポジ水痘様発疹症」は重症化することもあり、ときに入院治療が必要になります。また、プロトピックを怖がる人で発ガンのリスクを言う人がいますが、これは動物実験と、海外で乳児に大量に使ったときの結果であり、成人に適切に使用すれば怖がるようなものではありません。(下記医療ニュースも参照ください)
注2 プロアクティブ療法はプロトピックの専売特許というわけではなく、ステロイドを用いたプロアクティブ療法も有効性が認められています。しかし、プロトピックが使えるのであればプロトピックでプロアクティブ療法をおこなうべきではないか、と私は考えています。尚、(念のために補足しておくと)プロアクティブ療法は、ニキビ治療薬の「プロアクティブ」とは何ら関係がありません。
注3 ステロイドは多くの会社から販売されていますが、プロトピックは現在マルホ株式会社からしか販売されていません。このため、プロトピックを推薦するような内容を書くとマルホ株式会社から私が利益を得ているのではないかと感じる人がいるかもしれませんが、そのようなことは一切ないことをお断りしておきます。
注4 今回は触れていませんが、抗ヒスタミン薬(第2世代以降の眠くならないタイプ)もアトピーには極めて有用な薬剤です。昔の(第1世代の)抗ヒスタミン薬は、眠くなるだけでなく、眠くならなかったとしても認知力、記憶力、集中力などが欠如するという大きな問題がありました。しかし第2世代の抗ヒスタミン薬ではそのようなことがほとんど起こらないことが分かっており、また一部の抗ヒスタミン薬は(プロトピックと同じように)予防的にも使えることが分かってきています。
注5 アトピーのある人には、不眠、不安、うつ症状などがみられることが少なくありません。これらの症状はアトピーが原因であることが少なからずありますし、原因でなかったとしても、アトピーが悪化因子になっていることはよくあります。ですから、アトピーの治療には(簡単ではない場合もありますが)メンタル面でのケアも必要になってきます。アトピーが原因で就職活動や恋愛をためらっている人がいますし、外出自体を避けている人がいますが、我々医師の目標は単に皮膚の状態を改善するのではなく精神的にも社会的にも「健康」になってもらうことなのです。
参考:
はやりの病気第78回(2010年2月) 「アトピービジネスとステロイドの誤解」
はやりの病気第44回(2007年4月) 「患者さんごとのアトピー性皮膚炎」
医療ニュース2010年3月24日 「米国の子供、アトピーの治療薬で46人がガンに」
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| 98.いろいろな魚介類のアレルギー 2011/10/20 |
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11月上旬から夜間の救急外来にじんましんの患者さんが急増するんです・・・
これは、以前、福井県で救急医療に携わる医師から聞いた話です。じんましんは年中みられる疾患ですが、福井県では11月から急激に、しかも比較的重症のじんましんの症例が夜間に増えるそうなのです。この答えは「越前ガニの解禁日が11月6日だから」だそうです。
じんましんの原因は様々で、食べ物が原因のものはさほど多くはありませんが、たしかに一定の割合で食べ物のじんましんの患者さんは太融寺町谷口医院にも受診されます。そして、食べ物のじんましんのなかでもカニは重症化することがあります。
なかには意識を失うケースもあり、対応が遅れれば命にかかわることもありますから、福井県の救急外来では、冬場はカニのアナフィラキシー(じんましん症状が重症化し血圧が下がり意識を失う状態)を念頭に置かねばならないそうです。
食べ物由来のじんましんで比較的頻度が多いのは、カニ以外では、エビ、コムギ、サバ、ピーナッツ、豚肉などです。じんましん全体の症例数からみると食べ物が原因のものは、頻度は多くありませんが(注1)、ときに重篤化することがあります。
私が最近学んだ、食べ物が原因のじんましんで興味深いと感じたのは、子持ちカレイによるもので、重症化するケースも少なくないそうです。これはある学会で島根の医師が紹介していたのですが、島根も福井と同様、冬に重症のじんましんの症例が増えるそうなのです。このじんましんの原因を調査した結果、子持ちカレイが原因であることが判ったとのことでした。
さらに、この症例が興味深いのは、カレイに対して反応がでるかどうかの検査(特異的IgE)は陰性となることが多く、しかし、牛肉もしくは豚肉に対する検査で陽性となるそうなのです。これは、つまり、元々牛肉もしくは豚肉に対するアレルギーがあり、子持ちカレイに含まれる一部のたんぱく質が牛肉か豚肉に似ていることで、子持ちカレイを従来の”敵”である牛肉や豚肉と身体が間違えて認識したことによると考えられるのです(注2)。
じんましんを引き起こす食べ物のアレルギーのなかでも魚介類は重症化しやすいと言えますが、実際に魚介類にアレルギー反応を示す人は、その魚介類を少しでも摂取すればアレルギー反応を示します。このアレルギーを便宜上「本物の魚アレルギー」としておきます。
さて、あなたの身の周りに(もしくはあなた自身も該当するかもしれませんが)次のような”魚アレルギー”を有している人はいないでしょうか。それは、「いつも出るわけではないが、たまに魚介類でじんましんなどのアレルギー症状がでる・・・」、というものです。
先に、「じんましん全体でみると食べ物のアレルギーによるものはごくわずか」という話をしましたが、しかし一方で、このように「自分は魚介類のアレルギーがある」と考えている人は少なくありません。実は、「魚介類のアレルギーではないのだけれど、魚介類を食べることでじんましんが出る」、という人は珍しくないのです。これはどういうことでしょうか。主な原因は2つあります。
1つは、「アニサキスによるアレルギー」です。アニサキスというのは魚に寄生する虫、つまり寄生虫です。アニサキスといえば、強烈な胃痛や腹痛を起こすアニサキス症が有名で、アニサキスは、サバ、イカ、イワシなどに寄生しています。よくみると肉眼でも見えるほどの大きさなのですが、調理人がさばいているときには気づかずに食卓に出され、食べる人もそれに気づかずに食べてしまうのです(注3)。
アニサキスが胃痛や腹痛をきたすのは、アニサキスそのものが胃粘膜や腸管粘膜に進入しようとすることで起こります。この痛みはかなりの激痛で、夜間に救急搬送されることもしばしばあります。駆除薬があるわけではなく、アニサキスによる胃痛が疑われると胃カメラを入れて直接アニサキスをピンセットのようなもので取り除くことになります。腸の奥の方まで行ってしまった場合は、アニサキスが自然に死滅することを待ちますが、痛みが増悪するような場合は、緊急手術をせざるを得ないこともあります。
さて、今回お話したいのは、胃痛・腹痛をきたすアニサキス症ではなく、アニサキスによるアレルギーです。アニサキスが寄生している魚を食べると、じんましんが出現することがあるのですが、アニサキスが寄生していない魚を食べればもちろん症状は起こりません。
そしてここからが興味深いところなのですが、胃痛や腹痛をきたすアニサキス症は、加熱するか冷凍するかで(下記注3も参照ください)ほぼ完全に予防することができますが、アニサキスに含まれるアレルギー反応をおこす成分は加熱でも冷凍でも消えませんから、どのように調理をしても起こるときは起こるのです。
ですから、「毎回ではないけれども、サバやイワシなどの青魚、あるいはイカを食べたときにじんましんが出ることがある」、という人はアニサキスアレルギーを一度は疑うべきです。この場合、アニサキスに対するIgE抗体を測定します。必ず、というわけではありませんが、もしもアニサキスにアレルギーがでれば陽性と出ることが多いといえます。
もうひとつ、魚アレルギーではないのだけれど、ときどき魚でじんましんが出現する、というケースがあります。これは、新鮮さを失った古い魚を食べたときにおこりやすい、という特徴があります。
これはアレルギーによるものではなくヒスタミンによるものです。ヒスタミンというのはアレルギーを引き起こす物質ですから、そのようなものを食べればアレルギー症状を起こすのは当たり前なわけです。では、なぜ食べ物にヒスタミンが含まれているのか、というと、これは魚がもともともっているヒスチジンというアミノ酸が、魚に寄生している微生物によってヒスタミンに変わるからなのです。通常、アレルギーというのは、身体がヒスタミンを生成して反応が起こるのですが、このケースはヒスタミンを含む魚を食べることによって起こっているというわけです。
魚に寄生している微生物がそのような”悪さ”をするのには時間がかかります。ということは新鮮な魚では起こりにくく、古い魚でおこりやすいのです。そして、ヒスタミンは加熱や冷凍で変性するわけではありませんから、煮ても焼いても(もちろん刺身でも)起こるときは起こります。ヒスチジンを多く含む魚は、サバ、イワシ、サンマ、カツオ、マグロなどで、日本人がよく食べるものばかりです。これらを食べるときは鮮度が落ちていないかを注意しなければならない、というわけです。
以上述べてきたように、”魚アレルギー”には、本物のアレルギー、アニサキスアレルギー、古い魚のヒスタミンによるアレルギー様症状、などがあり、それぞれによって対処法が異なります。まずは、正しい診断をつけなくてはなりません。気になる症状があれば一度医療機関で相談してみるべきでしょう。
では今回のまとめです。
@本物の魚アレルギーは少量摂取でも起こり、重症化するケースがある。過去に魚を食べたあと、全身に広がるじんましん、呼吸困難、喘息発作、意識障害などのエピソードがある場合は検査が必要。
A本物の魚アレルギーの治療としては「原因となる魚を避ける」以外にない。また、牛肉と子持ちカレイのような交叉反応にも注意しなければならない。
Bアニサキスアレルギーの場合は、アニサキスが含まれている可能性のある魚の摂取は避けるべき。胃痛や腹痛が起こるアニサキス症の場合は加熱(もしくは冷凍)で予防できるが、アニサキスアレルギーは予防できない。
C鮮度が落ちた魚の場合、魚に含まれるヒスチジンがヒスタミンに変性し、これがアレルギー様の症状をきたすことがある。加熱や冷凍は効果がなく、そのため鮮度の落ちた魚は食べるべきでない。
注1:「じんましんなのに前の病院では血液検査をしてくれなかった・・・」と不平を言われる患者さんがおられますが、血液検査でじんましんの原因がわかるケースというのはごくわずかです。食べ物が原因の可能性があるときには血液検査をおこないますが、その可能性がなければ血液検査は”ムダな検査”となることが多いのです。ですから、前の病院で血液検査をしなかったのは、その医師が怠慢だからではなく、患者さんの余計な負担をなくそうと努めているのです。しかし、このクレームは非常によく聞きます。ということは、血液検査は不要と話した私に対する不平を別の病院で言われている患者さんも少なくないのかもしれません。
注2:このような現象を「交叉反応」といい、比較的頻度の多いものにラッテクス・フルーツ症候群があります。これはラテックス(一部のゴム製品)をアレルゲン(つまり”敵”)と身体が認識し、ラテックスと分子レベルでの構造がよく似ているフルーツ(バナナ、キウイ、アボガドなどが有名)を食べると、身体がそのフルーツをラテックスと認識し、その結果アレルギー反応が起こります。
注3:サバにはかなりの頻度でアニサキスが寄生しています。私が医学部の学生の頃、授業で各班にサバが配られ、アニサキスがいないかを探す実習がおこなわれたことがあります。学生がサバを解剖して調べると、なんとすべての班でアニサキスが(しかも大量に!)見つかったのです。講義をされた先生は、「私はサバを生で食べません」と話されていました。私自身もしばらくはシメサバなどの摂取を控えていたのですが、元々サバは大好物なので、今はおそるおそる食べるようにしています。できるだけよく噛むように食べますが(寄生虫ですから噛み殺せるはずです)、食べた後しばらくは腹痛が起こらないかが気になります。尚、どうしてもサバを生で安全に食べたければ、マイナス20℃以下で24時間以上冷凍させれば、アニサキス症についてはまず大丈夫だろうと言われています。(本文で述べているようにアニサキスアレルギーは防げません)
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| 97.新しいHPVワクチンと尖圭コンジローマ 2011/9/20 |
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待望のHPVワクチン、サーバリックスが日本で発売されたのは2009年12月のことでした。私は、「このワクチンが発売されたことは歓迎し普及につとめたいと思うが、公費負担が広がることはないだろう」、という予測を立てて、それをコラム(下記参照)で述べました。
ところが私の予想に反して、新潟県魚沼市の公費負担の発表を皮切りに全国の自治体で次々と全額負担、もしくは一部負担が発表されていき、私の予測はまったく外れてしまいました。しかし、今のところ教育現場で混乱が起こっているという話もあまり聞きません。これだけワクチン普及が上手くいっているのは学校の先生をはじめとする教育者の方々の努力の賜物だと思います。もちろん、地域の産婦人科医やプライマリケア医、行政、市民団体などの貢献も小さくありませんが、現場で生徒とその父兄にHPVワクチンの話を直接されている学校の先生方の苦労は相当なものだと思われます。
私が小学生や中学生にHPVワクチンが普及しないと考えていた理由は、まだ性交渉の経験がない女子生徒に対して、まず性交渉の説明をして、性交渉で感染する感染症があることを説明して、そのひとつがHPVであることを伝えて、さらにHPVに感染したからといってそのなかの一部の人しかガンにはならないということを話し、ワクチンを接種したとしても子宮頚ガンの定期的な検査は必要なのですよ、ということを説明し理解を得るのが相当困難であると考えていたからです(今でもそう考えています)。さらに、これを父兄にも伝えなければならないわけです。
学校の先生の説明の仕方によっては、生徒に対して悪影響を及ぼすということがなかったとしても、父兄からクレームが来ないかということを心配します。また、教育現場で性の話をすると一部の保守的な市民団体や政治団体からクレームや、ときにはあからさまないやがらせを受けることもありえますから、そういったことも気になります。
サーバリックスの発売から遅れること1年9ヶ月、もうひとつのHPVのワクチンであるガーダシルが2011年9月についに日本でも発売となりました。ガーダシルは日本ではサーバリックスに遅れをとるかたちとなりましたが、世界的にはガーダシルの方が先に市場に登場していますし、市場占有率(シェア)もガーダシルの方が上です。(サーバリックスとガーダシルのどちらを中心に扱っているかは国によって様々で、例えば英国ではサーバリックスが国の無料プログラムに取り入れられています。米国では州にもよりますがガーダシルを採用している地域の方が多いようです)
さて、日本では、ガーダシルが発売となったことで、公費負担がある地域ではどちらを選択するかという議論が出てくるでしょうし、医療の現場でもどちらをすすめるか、という課題がでてきます。
ここで簡単にサーバリックスとガーダシルの違いを確認しておきたいと思いますが、その前にHPVについておさらいしておきましょう。HPV(Human Papilloma Virus)というウイルスには100種類以上のサブタイプがあり、どのサブタイプがどのような疾患の原因になるかというのはある程度わかっています。例えば、尖圭コンジローマなら#6と#11であることが多く、子宮頚ガンなら#16と#18に多いことは知られています。しかし、#16と#18以外にも、例えば、#31、#41、#51、#52なども子宮頚ガンを起こすことがあります。子供の手指などによくできるイボ(尋常性疣贅(じんじょうせいゆうぜい)と言います)は、#2、#4、#7に多いことがわかっていますが他のサブタイプでも起こりえます。ときに尖圭コンジローマとの鑑別に悩むことのあるBowen様丘疹という性器にできるイボは悪性化することもある放置してはいけないイボですが、これは#16で起こりやすいことが分かっています。
このように多くの種類があるHPVに対し、サーバリックスは#16と#18にのみ有効です。2つのサブタイプに有効ですからサーバリックスは「2価ワクチン」と呼ばれます。一方ガーダシルは#16と#18以外にも尖圭コンジローマの原因となる#6と#11にも有効で、合計4つのサブタイプに対する効果がありますから「4価ワクチン」と呼ばれます。
では話を戻しましょう。教育現場でどちらのワクチンをすすめるか、ですが、まず価格が重要になると思われます。全額公費負担ならどちらでも接種者負担はゼロですから代わりありませんが、公費負担が部分負担である場合、あるいは医療機関で成人が接種する場合は、どちらかを選ぶ際に値段がひとつの重要な要因となるでしょう。
次に、価格が同じとき、あるいは、価格を考えずに効果だけを考える場合にはどうすればいいでしょうか。
アジュバント(adjuvant)という言葉をご存知でしょうか。これはワクチンに添加することにより、予防効果を高めることのできる物質のことです。サーバリックスとガーダシルでは異なるアジュバントが使われており、サーバリックスの発売元であるグラクソ・スミスクライン社によれば、サーバリックスのアジュバントがガーダシルのそれよりも効果があるそうです。しかし、双方のワクチンの約7年間の研究では、どちらも#16と#18に対するワクチンの効果はほぼ100%であり、現時点では臨床的に有意差があるわけではありません。
次に、ガーダシルの最大の特徴である#6と#11の効果についてみていきましょう。こちらもワクチン接種でほぼ100%防げると言われており、尖圭コンジローマが大変やっかいな感染症であることを考慮すると、サーバリックスよりもガーダシルに分がありそうに思われます。(尖圭コンジローマについては下記コラムも参照ください) しかし、ワクチンの対象となる女子生徒のお母さんと話をしている医師に聞くと、「うちの娘は性病とは無縁です! 子宮頚ガンの予防だけで充分ですからサーバリックスにします」と言われることがあるそうです。HPVも性交渉を通して感染するわけですから、このお母さんの理屈は筋が通っていないように思われるのですが、このような声が実際にあるそうです。
今後、ワクチンを接種する女子生徒の親御さんに2つのワクチンの違いを説明しなければなりません。私は、この説明の際に誤解やトラブルが生じないかということを懸念しています。尖圭コンジローマという感染症を説明するときに、「尖圭コンジローマとは性器にできるイボです」と言われてもピンとこないでしょう。写真を見せればどのような疾患か理解しやすいですが、外性器の写真を女子生徒やその親御さんに見せることに問題がないとはいえません。(私は、女子生徒も聴講するHIV関連の講演をおこなうとき、講演の主催者と話をして外性器の写真をスライドから外すことがしばしばあります) HPVと子宮頚ガンの関係ですら理解を得るのが相当困難であるところに、尖圭コンンジローマについても説明しなければならないとなると、よほど上手く話さなければ誤解を招く恐れがあります。
ところで、尖圭コンジローマという疾患は男性にも起こります。また一部の肛門ガンや陰茎ガンもHPVのハイリスク型(#16や#18)の関与が報告されています。ということは、男性からもガーダシルを接種したいという声が当然でてきます。実際、アメリカではFDA(食品医薬品局)が男性への接種を承認していますし、ガーダシルの公費接種をいち早く始めたオーストラリアでも男性への接種が普及しているそうです。
日本でもガーダシル接種を希望するという男性は多いのですが(すでに太融寺町谷口医院にも数人の男性から問い合わせが入っています)、ガーダシルの販売元であるMSD社によれば、「日本では男性については承認をとっておらず今後も申請する予定はない」そうです。海外では何の問題もなく接種できるワクチンが日本では認められないわけですから、接種を希望する男性からみれば不公平という気持ちになります。ガーダシルには保険適用がなく成人女性も自費で接種しているわけですから、「(女性と同じように)お金を払うといっているのに何で打ってくれないの?」という声がでてくるのは当然でしょう。我々医師の立場からみても、尖圭コンジローマが何度も再発し精神的にも相当しんどい思いをされた患者さんのことを考えると(注1)、男性も接種できる日が来ることを願いたいと思います。
尖圭コンジローマという厄介な疾患に対する理解が広がれば、女性からだけでなく、男性からも「副反応などがでても自己責任で接種をしたい」という声が増えていくのではないかと私は考えています。また、時間はかかるでしょうが、教育の現場でも尖圭コンジローマという感染症についての理解が広がり、生徒たちに性感染症について考えてもらえる機会が増えることを願いたいと思います。
さらに、尖圭コンジローマはコンドームをしていても感染しますから、「コンドームで性感染症がすべて防げるわけではなく、性感染症の予防で最も重要なことは、自身が誠実になりお互いが信頼しあうこと」という考えが普及することを切に願います。
参考:
メディカルエッセイ第89回(2010年6月)「日本は「ワクチン後進国」の汚名を返上できるか」
はやりの病気第77回(2010年1月)「子宮頚ガンのワクチンはどこまで普及するか」
NPO法人GINAウェブサイトより「悩ましき尖圭コンジローマ」
注1:すでに尖圭コンジローマを発症している人にワクチン接種をしたとしても、感染しているHPVを退治することができるわけではありません。しかし、臨床的に「再発」ではなく、「再感染」して尖圭コンジローマを発症していると思われる患者さんもおられますから、女性だけでなく男性からも需要があるのは当然だと思われます。
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| 96.放っておいてはいけない頭痛2011/8/20 |
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私が大学病院の総合診療科の外来をしていた頃、患者さんからの訴えで最も多いもののひとつが頭痛でした。「頭痛でなんで大学病院?」と感じる人もいるでしょうが、どこの大学病院の総合診療科にも頭痛を訴えて受診する人は少なくないのです。
大学病院に頭痛で受診するケースは大まかに2つに分けられます。ひとつは、頭痛で困っておりこれまでいくつかの医療機関を受診したけれどもよくならないから受診したというケース、もうひとつは、頭痛以外に、例えばめまい、倦怠感、微熱、などがあって、「どこの科を受診すべきか分からない」と考えて大学病院の総合診療科を受診するケースです。
頭痛で受診する人は、大学病院だけでなく太融寺町谷口医院にも多いのですが、太融寺町谷口医院では、大学病院を受診するタイプの症例に加え、他のタイプの患者さんもいます。まずは、そのあたりのグループわけについて述べてみたいと思います。
まずひとつめのグループは、先に述べた大学病院を受診するのと同じような動機があるタイプです。すなわち、「これまでいくつかの医療機関を受診したけれど満足いく治療がされていない」と感じている人や、「他にも症状があってどこの科を受診していいか分からない」と考えている人です。こういった人たちを便宜上「積極的に治療を希望しているグループ」と呼ぶことにします。
次のグループは、「必ずしも治療に満足しているわけではないけれども医療機関で鎮痛剤を処方してもらおう」と考えているタイプで、この人たちは、薬局の薬よりも医療機関で処方してもらう薬の方が自分にあっているから薬だけもらえればそれでいい、と考えています。患者さんのなかには、別のことで受診して、”ついでに”鎮痛剤の処方を希望するような人もいます。このグループを「消極的に治療を希望しているグループ」と呼ぶことにします。
最後のグループは、いわば医療機関での治療をあきらめている人たちです。「医療機関で相談したけどありきたりのことしか言われないから」、とか「どうせ相談しても痛み止めの処方だけで終わるから」などの理由で、医療機関での治療をあきらめて、市販の薬に頼っている人たちです。このグループを「治療を希望していないグループ」とします。なぜ、この人たちが頭痛で悩んでいることが分かるかというと、別のことで受診を続けているうちに、「他に困ったことはありませんか」と聞くと、「実は以前から頭痛が・・」と話されることがあるからです。
ここで頭痛にはどのようなものがあるかを確認しておきましょう。まず今回取り上げている頭痛は「慢性の頭痛」です。したがって、1週間前の事故が原因の頭痛とか(外傷性の硬膜下血腫、くも膜下出血、脳挫傷などが考えられます)、頭痛持ちではないのにもかかわらず突然激しい頭痛が発症したようなケース(くも膜下出血、脳内出血、あるいは帯状疱疹などが考えられます)は除外しておきます。
慢性の頭痛に限って話を進めていきます。従来の教科書には、慢性の頭痛の代表には@片頭痛、A筋緊張性頭痛、B群発頭痛、の3つがあると書かれています。しかしながら、実際にはこれらにあてははまらない頭痛がありますし、B群発頭痛は非常に稀です(私は医師になってこの診断をつけたことは一度だけです)。A筋緊張性頭痛は、最も多いと考えている人(医療者も含めて)が多く、俗に「肩こりに伴う頭痛」と言われることがありますが、実際には@片頭痛に肩こりが伴うことも少なくありません。結論から言えば、少なくとも私がこれまで診てきた患者さんのなかでは@片頭痛が最も多いという印象があります。
というわけで、片頭痛について話をすすめていきたいのですが、その前にもうひとつ、最近注目されている頭痛について述べておきたいと思います。それは「薬物乱用頭痛」と呼ばれるもので、これは簡単に言えば、「鎮痛薬を使い続けるうちに痛みへの敏感さがまし常に痛みを感じるようになった状態」となります。つまり、鎮痛剤(市販のものも病院で処方されるものも含めて)をあまりにもたくさん飲み続けたことによって、ちょっとした痛みにも耐えられなくなっているような状態です。鎮痛剤を飲み続けたことが原因ならすぐにやめればいいではないかと考えられますが、すでに身体は鎮痛剤なしでは生活できないような状態になってしまっており、ますます鎮痛剤を必要としてしまう、という悪循環に陥ってしまっているのです。
以前別のところで述べたことがありますが(下記コラム)、市販の鎮痛剤だから安全というわけでは決してありません。むしろ副作用が起こりやすいような鎮痛剤が薬局で簡単に買えてしまうのが現状なのです。
さて、先に「慢性の頭痛は片頭痛が圧倒的に多い」ということを述べましたが、ここで片頭痛の治療についてお話したいと思います。片頭痛でも軽症であれば市販の鎮痛剤を痛くなったときに飲む、という方法で問題ありません。どのようなものを「軽症」と呼ぶかですが、一般的な鎮痛剤がよく効いて、飲む頻度は月にだいたい10回以内、がひとつの目安となります。これを超えるようなら医療機関で相談すべきと考えればいいでしょう。
片頭痛がある程度重症化すると、一般的な鎮痛剤(医療機関で処方されるものも含めて)はあまり効きません。このようなケースではトリプタン製剤と呼ばれる片頭痛の「特効薬」を用います。これは非常によく効くことがあり、たとえ効果が不十分であったとしても、トリプタン製剤を飲んでから一般的な鎮痛剤を重ねて飲めば非常に効果があります。ですから、ある程度重症の片頭痛の患者さんは「トリプタン製剤を手放せない」と言います。しかし、値段の高いのが難点で1錠900円以上(3割負担であれば約300円)します。残念ながら「いい薬なのは分かっているんだけど高すぎて私には無理です」と話される患者さんもいます。また、かなり重症の人になってくるとトリプタン製剤でも効かないことがあります。(トリプタン製剤については、下記「片頭痛を治そう」を参照ください)
最近になって、片頭痛の大変すぐれた予防薬が処方できることになりました。これはバルプロ酸ナトリウム(商品名は「デパケン(R)」「セレニカR」など)と呼ばれるもので、元々はてんかんの薬として使われていたものです。現在もてんかんにはすぐれた薬剤ですし、躁病や躁うつ病にも使われることがあります。海外では以前から大変すぐれた片頭痛の予防薬として使われていて、日本でも認可の要望が強く、2011年6月から本格的に処方可能となったという経緯があります。
なぜバルプロ酸ナトリウムが効くのか、ですが、元々片頭痛がおこりやすい人というのは脳内の神経細胞が興奮しやすい状態にあると言われています。(実際に、片頭痛が生じているときは脳波に異常がでるという報告もあります) てんかんにも有効なバルプロ酸ナトリウムは脳細胞の興奮をおさえる作用があり、これを一定量血中に保つことによって片頭痛が起こりにくくなるのです。また、たとえ起こったとしてもトリプタン製剤を飲めばすっと効くことが多く、トリプタン製剤単独よりも高い効果が期待できます。また、値段の高いトリプタン製剤に頼らなくても、「バルプロ酸ナトリウムの予防的投与+痛くなったときに一般的な鎮痛剤」で充分コントロールできることもあります。
片頭痛を放っておくと、一般的な鎮痛薬が効かなくなり薬物乱用頭痛を引き起こすばかりでなく、そのうちにめまい、耳鳴り、肩こり、イライラ、・・・、など他にも様々な症状がでてきます。こうなると、診察のされ方によっては、「単なる不定愁訴」と言われて頭痛薬ではなく精神安定剤を処方される、といったことにもなりかねません。
程度にもよりますが、市販の鎮痛剤が効かなくなってきたときや量が増えているようなときはかかりつけ医に相談するようにしましょう。特に、先に述べた「治療を希望していないグループ」に入るような人はもう一度ご自身の頭痛についてよく考えてみるのがいいでしょう。
参考:
メディカルエッセイ第97回(2011年2月)「鎮痛剤を上手に使う方法」
トップページ「片頭痛を治そう」
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| 95.アルツハイマーにどのように向き合うべきか 2011/7/20 |
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「刑事コロンボ」で有名なアメリカの俳優ピーター・フォークが先月(2011年6月)に他界されたことが世界中で大きく報じられました。マスコミの報道をみていると、偉大な俳優を失ったことに対する寂しさやセンチメンタリズムが伝わってきますが、ほとんどのマスコミが、晩年にアルツハイマー病を発症していて自分が「コロンボ」であったこともわからなくなった、ということを強調しているように感じられました。
アルツハイマー・・・。この病名を聞いたことがないという人はほとんどいないでしょうが、その理由は罹患者の多さよりも、病気に対する恐怖があまりにも大きいからではないでしょうか。
1968年生まれの私の印象で言えば、アルツハイマーという名称が一躍有名になったのは有吉佐和子の小説『恍惚の人』が映画化され、世間の注目を浴びた頃からではないかと思われます。「恍惚の人」という言葉は私が子供の頃に何度も聞いた記憶があり、たしか流行語にもなっていたと思われます。しかし、wikipediaで調べてみると『恍惚の人』が公開されたのは1973年ですから、少なくとも私は(当時5歳ということになりますから)この映画を映画館で見ていることはなく、テレビで放送しているのを見たのかもしれませんが、特に記憶に残っている映画のシーンというのはありません。けれども、「恍惚の人」という言葉はしっかりと記憶にあり、「恍惚の人=アルツハイマー」という図式が私の頭の中でできあがってしまったのは事実です。
アルツハイマーに対して多くの人が恐怖を感じるのは、自分で自分のことが分からなくなり、まともな意識があれば大変恥ずかしいと思われる行動や言動を繰り返し、周囲に散々迷惑をかけるからでしょう。実際、私は医師になってから、「お願いやからアルツになったら安楽死させてくれ」と何人もの友人から言われました(注1)。確かに、アルツハイマーが進行すると、暴力的になったり、徘徊して警察のお世話になったり、家中に糞便を撒き散らしたりすることもあります。こうなると、家族の苦労は想像を絶する程にまでなります。ある患者さんは、アルツハイマーが進行した姑の面倒を泣きながらみている自分の母親に同情し、「できることならばあちゃんを殺したい」と漏らしていたことがあります。
しかし、アルツハイマーは程度も症状も様々で、この患者さんの祖母のように家族が疲労困憊(という生易しいものではありませんが)するケースもあれば、家族の顔やトイレの場所は分からないものの、一日中ベッドに座って四六時中ニコニコしているだけの人もいます。「恍惚」という言葉も、否定的な意味がある一方で、何かに心を奪われてうっとりとしているほのぼのとしたイメージもあるのではないでしょうか。
さて、アルツハイマーを医学的な観点からみていきましょう。まず、どれくらいの人がかかっているかというと、現在の日本の認知症の患者数はおよそ230万人と言われており、アルツハイマーはその半数と考えられています。ということは約115万人ということになります。割合で言えば、115万人/1億2千万=約1%となります。65歳以上の10%、80歳以上の25%がアルツハイマーになるという統計があり、2050年には日本では65歳以上が40%となると言われていますから、今から40年もたてば、日本の全人口の4%がアルツハイマーを発症していることになります。(これはアルツハイマー型認知症のみで、他の認知症は含まれていないことに注意してください)
世界全体でみると、アルツハイマー病の罹患者はおよそ2,400万人程度であろうと言われています。この数字を大きいとみるか小さいとみるかですが、世界の人口が約70億人ですから人口の0.4%が有病者ということになり、日本単独でみたときよりも有病率は低くなります。しかし、この数字は今後数十年で確実に増加、しかも極端に増加するのは間違いありません。
そもそもアルツハイマーに罹患する人が増えるのは社会が高齢化するからであり、アジアやアフリカの平均寿命が50代の途上国であれば、アルツハイマーなどという疾患はほとんど問題になりません。一方、かつては発展途上国と呼ばれていた国も、ここ10〜20年の発展がすさまじく、例えばタイや中国では、現在最も問題になっている疾患は糖尿病や高血圧、あるいは悪性腫瘍といった生活習慣病です。かつてのように結核やマラリア、エイズで若い命が失われ長生きできなかった国ではもはやありません。そしてこのような国々ではアルツハイマーの罹患者が確実に増えていきます。
世界的に高齢化社会が進行すると、悪性腫瘍と同様、間違いなくアルツハイマーは世界規模で増加します。アルツハイマーは悪性腫瘍と異なり、罹患しても生命予後には大きな影響を与えませんから、社会全体でアルツハイマーと向き合っていかなければなりません。アルツハイマーは、21世紀後半の最も身近で最も深刻な疾患になるのではないかと私は考えています。
いくら厄介な病気であったとしても治癒する病気であれば、さほど心配することはないかもしれません。実際、人類は、結核を克服し、マラリア対策に成功し、エイズにも優れた薬剤を開発しました。これらの疾患にはまだまだ取り組まなければならない課題がたくさんあるのは事実ですが、予防と治療をしっかりおこなえば恐れる病気ではすでになくなっています。
ところがアルツハイマーは、最近になり新薬が次々と承認され、日本にも合計4つの薬(注2)が揃うことになりましたが、例えば、半年間薬を飲めば完治する結核のように治療ができるわけではありません。重症化することをいくらか遅くすることは期待できますが、何事もなかったかのように”完治”するわけではないのです。
では、どのように予防すればいいのか、ということですが、結論から言えば、アルツハイマー予防に有効性がきちんと認められているものは現時点ではありません。たしかに、「20代で言語スキルが高いとなりにくい」、「地中海ダイエットがいい」、などといった研究があるのは事実です。なかには「携帯電話がアルツハイマーを予防する」といったものもあります(注3)。しかし、これらの研究は規模がそれほど大きくなく、必ずしも科学的に実証されているわけではないと考えるべきでしょう。
医学誌『Archives of Neurology』2011年5月9日号(オンライン版)に掲載された論文(注4)によりますと、「アルツハイマーに有効な要因や、またリスクとなる要因について明らかなものは現時点ではない」とされています。この研究は、1984〜2009年に先進国在住の50歳以上の男女を対象としたアルツハイマーに影響を与える因子を調べた合計18の研究を、2010年に米国立衛生研究所(NIH)が改めて総合的に検討したものをまとめています。
アルツハイマーの予防効果があると言われている、イチョウ葉エキス(日本でもサプリメントで出回っています)、ビタミンB12、ビタミンE、ω3脂肪酸、βカロチン、果物・野菜の積極的な摂取、などでは有効性が認められなかったそうです。特にイチョウ葉エキスとビタミンEについては、かなりの確証をもって、有効性なし、という結果がでています。
地中海式ダイエット、葉酸、少量から中量のアルコール摂取、認知活動、身体活動では、たしかにアルツハイマーのリスクを低減させる可能性はあるとされていますが、「充分にエビデンス(科学的確証)をもって」とまでは言えなかったそうです。
アルツハイマーのリスクになる因子としては、糖尿病、高脂血症、喫煙ですが、これらも充分なエビデンスをもってして、断言することはできないそうです。
じゃあアルツハイマーを防ぐにはどうすればいいの?、となりますが、常識的に健康的と考えられるライフスタイルが重要であることに変わりはありません。実際、この論文の執筆者であるMartha L. Daviglus博士は、「現在のエビデンスの質が“不充分”でも、運動や血圧コントロール、禁煙を実施し、肥満に注意し、適切な睡眠時間を維持するといった健康的ライフスタイルを守るべきである」、とコメントしています。
私自身の考えもまったく同じです。少なくとも「認知症になったら安楽死させてくれ・・・」と知り合いの医師に頼むよりははるかに現実的な対策です。
注1:「安楽死」という言葉を使えば内容が柔らかく感じられますが、言いたいのは「認知症になったら殺してくれて」ということです。もしも認知症が原因で命が奪われることがあればこれは「安楽死」ではなく「殺人」です。このあたりをきちんと説明しようと思えば「安楽死」の定義から述べていく必要がありますが、今回はこれ以上の議論はしないでおきます。
注2:アルツハイマーの薬は、日本ではこれまで1999年に承認されたドネペジル塩酸塩(商品名はアリセプト)しかありませんでしたが、最近3種類の新しい薬が承認されました。1つは「メマンチン塩酸塩(商品名はメマリー)」で、アリセプトとは異なるメカニズムで作用するため、アリセプトとの2剤併用も可能となります。2つめは「ガランタミン臭化水素酸塩(商品名レミニール)」で、これはアリセプトと同じ作用機序で効きますが、アリセプトよりもマイルドなためにアリセプトの副作用が強い人には適しているかもしれません。3つめは、「リバスチグミン(商品名イクセロンとリバスタッチパッチ)」で、これは貼り薬です。
注3:「20代で言語スキルが高いとなりにくい」は、医学誌『Neurology』2009年7月8日号(オンライン版)に 「Clinically silent AD, neuronal hypertrophy, and linguistic skills in early life」というタイトルで掲載された論文で紹介されています。 (http://www.neurology.org/content/73/9/665.abstract?sid=b605d701-93be-429f-93e4- 6a5141e51080)
「地中海ダイエットがいい」は、2009年に医学誌『JAMA』に掲載された「Adherence to a Mediterranean Diet, Cognitive Decline, and Risk of Dementia」という論文で紹介されています。 (http://jama.ama-assn.org/content/302/6/638.full.pdf+html?sid=83cc59be-b47c-4a67-ac38- 823a5dfb0f9d)
「携帯電話がアルツハイマーを予防する」は医学誌『Journal of Alzheimer's Disease』の2010年1月号(オンライン版)に掲載されている「Electromagnetic Field Treatment Protects Against and Reverses Cognitive Impairment in Alzheimer’s Disease Mice」という論文で紹介されています。 (http://www.j-alz.com/issues/19/vol19-1.html)
尚、出所は省略しますが、これら以外にも「週に10km程度の歩行が予防になる」「勤勉が予防になる」「コーヒーで予防できる」などといった研究もあります。
注4:この論文のタイトルは、「Risk Factors and Preventive Interventions for Alzheimer Disease」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://archneur.ama-assn.org/cgi/content/abstract/archneurol.2011.100v1? maxtoshow=&hits=10&RESULTFORMAT=&fulltext=Martha+L.+Daviglus&searchid =1&FIRSTINDEX=0&resourcetype=HWCIT
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| 94.小麦依存性運動誘発性アナフィラキシー 2011/6/20 |
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お茶石鹸を使っているとまぶたが痒くなるようになった。そしてあるときパンを食べた後急いで出かけたら気分が悪くなって意識がなくなり救急搬送された・・・
2011年5月、(株)悠香は、重篤なアレルギー症状が多数報告されたことを受けて、ついに自社製品「悠香の石鹸(茶のしずく石鹸)」(以下「お茶石鹸」)の自主回収を始めましたが、冒頭の症状はこの石鹸を使うことにより生じた症状です。(私が直接診察した症例ではありませんが・・)
食物依存性運動誘発性アナフィラキシーという名前のアレルギー疾患は以前から存在し、ときどき(太融寺町谷口医院の患者さんで言えば疑い例も含めると年間5〜6例)受診されます。この疾患は教科書的には「稀」とされているのですが、軽症例まで含めれば決して稀な疾患ではない、と私は感じています。お茶石鹸で有名になった小麦依存性運動誘発性アナフィラキシー(以下WDEIA)も、食物依存性運動誘発性アナフィラキシー(以下FDEIA)のひとつではありますが、従来型のWDEIAとお茶石鹸によるWDEIAとは少しタイプが異なります。
いろいろ話すとややこしくなりますので、まずはFDEIAについておさらいしておきたいと思います。
食物依存性運動誘発性アナフィラキシー(food-dependent exercise-induced anaphylaxis)は、特定の食べ物を食べた後に運動をすると、全身にじんましんが出たり気分が悪くなったりめまいがしたりします。重症化すると血圧が大きく下がり意識を失うこともあります。
「特定の食べ物」で多いのが、成人であれば最も多いのが小麦、次いでエビやカニなどの甲殻類です。小児にも起こりますから、例えば給食でパンを食べて5時間目の体育の時間に発症というのは典型例のひとつです。成人であれば、慌しいなかで朝食のパンを食べて電車に乗り遅れないように駅まで走って行って発症、というパターンがあります。
ただしこの病気は、小麦を食べただけでは出ませんし、小麦+運動で必ず出るかと言えばそういうわけでもありません。ですから、<純粋な>小麦アレルギーの人であれば、小麦を食べると何もしなくても(そしてそれがごく少量の小麦であったとしても)アレルギー症状が出現して危険な状態になりえますから小麦は<絶対に>食べてはいけませんが、FDEIA(WDEIA)の場合は、運動しなければ食べても症状がでません。患者さんのなかには、小麦+運動+寒冷(要するに寒い季節のみ出現する)や、エビ+運動+疲労などで発症するという人もいます。また、病名とは合わなくなりますが、運動をしなくても、コムギ(エビ)+アスピリンなどの鎮痛剤、で症状が出現することもあります。
じんましんを訴えて受診する患者さんに対し、問診からFDEIAを疑ったときは疑わしい食物に対する抗体(IgE抗体、RASTとも呼ばれます)を測定します。重症例であれば、陽性となることが多いのですが、注意すべきは小麦(WDEIA)のときで、通常の(運動に関係ない)小麦アレルギーであれば「コムギ」もしくは「グルテン」(という小麦に含まれる蛋白質)が陽性となるのですが、WDEIAの場合は、これらが両方とも陰性になることが少なくないのです。この場合は、ω5グリアジンという小麦に含まれる、より小さい蛋白質に対するIgE抗体を調べます。WDEIAであれば絶対にω5グリアジンが陽性となるわけではありませんが、この項目が保険診療で計測できるようになって随分診察がしやすくなったと私は感じています。
さて、お茶石鹸に話を戻しましょう。お茶石鹸によるWDEIAは、通常のWDEIAとは症状が少し異なります。通常のWDEIAは、<小麦を食べる+運動>の後、皮膚症状が全身に出現するのに対し、お茶石鹸によるものは、<小麦を食べる+運動>の後、「まぶたが腫れる、顔がかゆくなる」といった顔面に限局した症状が大半で、じんましんや痒みが全身に広がった例はあまり報告されていません。しかも顔面のかゆみや赤みもごく軽度なものもあります。しかし、皮膚症状は顔だけでも一気に意識消失まで進行することがあるのです。
そしてお茶石鹸によるWDEIAが通常のWDEIAと異なるもうひとつの点は、先に述べたω5グリアジンが陽性とならない、ということです。コムギもグルテンも、そしてω5グリアジンもすべて陰性となってしまうことがあるのです。「それじゃあ、なんでお茶石鹸が犯人だと分かるの? 本当にその人のアナフィラキシーの原因は小麦なの?」という疑問がでてきます。これを証明するのには次の手順が必要になります。まず、お茶石鹸を使い出してからWDEIAを示唆する症状が出現していることを確認し、お茶石鹸で使われている「加水分解コムギ」で反応するかどうかを調べる検査をおこないます。お茶石鹸によるWDEIAの人は、この「加水分解コムギ」に強く反応し、その後普通のコムギにも反応するようになることが研究で分かっています。一方、通常のWDEIAの人はお茶石鹸に使われている「加水分解コムギ」では反応しない(か、反応してもごく軽度な)のです(注)。
我々の実感としては、このようなきちんとした検査をおこなっておらず確定はできてないけれども、状況からお茶石鹸によるWDEIAではないかと疑われる例があり、また、そもそも「お茶石鹸によるWDEIA」などという疾患は、例えば夜間当直している救急医にとってはなかなか疑えるものではありません(これを「見逃した」とするのはあまりにも酷です)。また、お茶石鹸による皮膚のかゆみがすべてWDEIAとなるわけではありません。太融寺町谷口医院にもこの石鹸が原因と思われる接触蕁麻疹(まぶたが腫れて痒い)の患者さんが過去に何人かおられましたが、WDEIAを強く疑うようなエピソードを有している人はいませんでした。しかし、このような患者さんも、そのうちWDEIAをおこさないとも限りません。ですから、我々医師は、報告されている例よりも実際ははるかに多い症例があるのではないかと感じており、販売中止が望ましいと考えていたわけです。(別のところでも述べましたが、厚生労働省が危険性を公表したのは2010年10月で、自主回収したのは2011年5月です。なぜ2010年10月の時点で自主回収されなかったのかという疑問が私には払拭できません)
お茶石鹸によるWDEIAをいったんおこしてしまうと、(加水分解コムギの含まれている)お茶石鹸は二度と使うことができないのは当然としても、今後小麦を絶対に食べられないのかというと、これは難しい問題です。まず、小麦摂取後の運動は危険ですからやめなければなりません。運動しないときも注意しなければなりませんが、小麦を完全に避けるというのは思いのほか大変です。主治医とよく話し合ってどの程度の小麦制限をすべきかを考えていく必要があります。小麦入り食品の代表は、パンとうどんですが、実際にはほとんどのソバにも含まれていますし、ラーメンやパスタにも入っていますから、麺類はほぼNGということになります。また、カレー、天ぷら、唐揚げ、ハンバーグ、ソーセージなどにも含まれていますから、食事から完全除去するのはかなり困難です。(だからこそ、(株)悠香には早期に自主回収してほしかったのです・・・)
さて、WDEIAの原因となっていたお茶石鹸に含まれていた加水分解コムギですが、現在流通している石鹸(2010年12月8日以降に販売されたもの)にはすでに含まれていないそうです。(しかし、それ以前に販売されたもので使われていないものが現在でも多数あると言われています) ここで、ひとつの疑問が出てきます。それは、「加水分解コムギ」が使われているスキンケア・ヘアケア製品は他のメーカーからも多数販売されているということです。(私が使っているシャンプーにも入っていました) では、なぜ「悠香の石鹸」にだけアレルギーが発症したのでしょうか。これは推測になりますが、ひとつは、「悠香の石鹸」に含まれていた「加水分解コムギ」は分子量が大きいなど何らかのアレルギーを起こしやすい要因があったということ、もうひとつは石鹸ですから目の周りの敏感な部位をこすることによって「加水分解コムギ」が体内に侵入しやすかったこと、が考えられます。
最後に、診察室でしばしば感じるアレルギーに関する「誤解」について述べておきたいと思います。かぶれや薬疹が疑われる患者さんに対して、「化粧品(や薬)が原因の可能性がありますよ」と言うと、「そんなはずはありません。なぜならもう半年間も使っているからです」と答える人がいますが、通常アレルギーというのは使い続けるうちにでてきます。お茶石鹸によるWDEIAも患者さんの多くは数ヶ月から数年間はまったく無症状だったのです。「過去にはなかったから・・・」というのはアレルギーを否定する根拠にはなりません。スギ花粉症でも、「生まれたときから・・・」という人はおらず、たいていは成人してから、なかには80歳を超えてから発症、という人もいるのです。
スキンケア製品が原因のアレルギー疾患というのは、ときに患者さんからも医療者からも疑いにくく、疑っても証明するのがむつかしいのですが、放置すると重症化することもあります。治療もケースバイケースで、小麦などのアレルゲン完全除去が必要な場合もあれば、そうでない場合もあります。症状出現時の対処方法も様々です。ですから、医師と患者さんがよく話し合って必要な検査・治療を適宜おこなっていかなければならないのです。
注(2011年11月16日付記):文中の「加水分解コムギ」はグルパール19Sと命名されたものであることが分かっています。加水分解コムギすべてにアレルギー反応が起こるわけではなく、グルパール19Sが含まれているかどうかがポイントとなります。グルパール19Sが含まれている加水分解コムギが使われている(いた)石鹸は「茶のしずく石鹸」を入れて18種類あり、これらはすべて回収対象となっています。詳細は、下記医療ニュース「「茶のしずく石鹸」で66人が重症」を参照ください。グルパール19Sは、特殊な検査試薬を皮膚に少量刺入して調べることができます。(これをプリックテストといいます。現在当院ではおこなっていません) 尚、血液検査(特異的IgE)では、ω5グリアジンはほとんどが陰性(もしくは低値)ですが、コムギやグルテンには陽性を示すこともしばしばあり、この点が、通常のコムギ依存性運動誘発性アナフィラキシーと異なります。
参考:
アレルギーの検査
医療ニュース
2011年11月16日「「茶のしずく石鹸」で66人が重症」
2011年5月21日「「茶のしずく石鹸」が自主回収」
2010年10月20日「小麦入り化粧品、特に”お茶石鹸”に注意」
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| 93.てんかんを正しく理解するために 2011/5/20 |
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2011年4月18日午前7時45分頃、栃木県鹿沼市内の国道293号線で、てんかんに罹患している26歳男性がクレーン車を運転中にてんかん発作を起こし、集団登校を行っていた小学生の列に突っ込みました。報道によりますと、9歳から11歳の児童6人が全身強打で死亡しました。
児童6人が死亡、という大きな事故ですからマスコミの取り上げ方もかなり大きかったように思われますが、てんかん患者の自動車事故というのはこれまでもときどき報道されています。
少し例をあげると、2010年12月、三重県四日市市の踏切で、てんかん患者の男性が乗用車を運転中に意識を失い自転車3台に追突し、踏切内に押し出された男性2人が急行列車にはねられて死亡しています。
2008年3月には、横浜市の県道で、てんかん患者の男性がトラックを運転中にてんかん発作を起こし対向車線に逸脱し14歳の男子中学生がひかれて死亡しています。この事件では被告は禁固刑の実刑判決がでています。
つい最近の2011年5月10日にも、広島県福山市の県道で、てんかん患者の男性が軽自動車を運転中に発作を起こし小学生の列に突っ込み児童4人が重軽傷を負っています。
1〜2年に一度くらいの割合で、新聞の片隅にてんかん患者の自動車事故が報道されているような印象が私にはあるのですが、冒頭で述べた事件は被害者が6人もの児童だったこともあり大きく取り上げられたのでしょう。そして、この加害者を糾弾する声が世論から上がっています。
てんかん患者の運転、と言えば、作家筒井康隆氏の「断筆宣言」を思い出す人が多いのではないでしょうか。これは、筒井氏の小説『無人警察』のなかに、「てんかん患者を差別する内容がある」として、日本てんかん協会が筒井氏と、この小説を国語の教科書に掲載する予定であった角川書店に抗議をおこない、角川書店が筒井氏の同意を得ずに教科書から削除したことに対して、筒井氏が怒りの意思表示として断筆することを宣言した、というものです。
『無人警察』の舞台は未来社会で、レーダーか何かで人の脳波を遠方から測定することのできる器械が登場します。この器械は、てんかん患者が出す異常脳波を検出することができ、異常波を出している運転者を検知すれば直ちに病院へ収容するきまりになっているとか、そういう内容だったと思います。(私の記憶はうろ覚えです。すみません・・)
日本てんかん協会が筒井氏に抗議をおこなったのは1993年ですが、当時はてんかんの患者さんやその家族も筒井氏を非難し、筒井氏の自宅には大量の抗議の電話やFAXが寄せられたそうです。たしかに、この小説の解釈の仕方によってはてんかんに対する差別と取れるような箇所があったと思われます。一方、(これもうろ覚えで恐縮ですが)筒井氏は、「自分は差別しているのではなく、てんかん患者は直ちに病院へ収容すべき、といった差別観が世間に存在していることを訴えたかった」というようなコメントをされていたように記憶しています。
『無人警察』が差別に値するかどうかは各自で考えていただくことにして、話を医学的な観点に戻したいと思います。
まず押さえておきたいのが、「『無人警察』事件」があった1993年当時、てんかんに罹患している人は車の免許が法的に取得できなかったということです。これは1960年に制定された道路交通法によるもので、第88条に「てんかん患者には第1種および第2種免許を与えない」と規定されています。しかし、実際には、自らがてんかん患者であることを申告せずに、免許を取得している人も少なからずいました。
こういった事態に対し、「てんかん患者が法を犯して運転免許を取得するなど許せない」という声があったのは事実です。しかし、てんかん発作は幼少時期のみで、すでに発作が起こらなくなってから10年以上経過している人からすれば「なんで運転できないの?」となります。
てんかんという病は日本だけにあるわけではありませんから、この問題は当然どこの国にも存在していました。参考までに、てんかんの有病率には地域差はなくどこの国でもだいたい人口の1%程度だろうと言われています。日本のてんかん患者は推定100万人とされています。
20世紀の半ば以降、てんかんに有効な治療薬が次々と開発され、うまく薬を使えば発作がかなりの確率で抑えられるようになってきました。そして、発作が2年以上おこらなければ再発は極めて少なく、薬の中止も可能であるということが実証されるようになりました。この流れを受けて、米国では1949年に、イギリスでは1960年に、てんかんを有していても運転免許を取得することが可能となりました。
しかし日本の対応は遅く、世界各国が道路交通法を改正しているのにもかかわらず、21世紀になっても、日本は、てんかんであるというだけで運転免許を取得できない稀な国のひとつとなってしまったのです。しかし2002年6月、遅ればせながらも日本でも道路交通法が改正され、てんかんがあったとしても一定の条件を満たせば運転免許を取得することができるようになりました。
「一定の条件」はかなり細かく規定されていますので詳しくは述べませんが、おおまかに言うと、一定期間てんかん発作がなく今後も起こる可能性が極めて少ないようなケースであれば免許取得が可能とされています。しかし、これは「普通免許」であり、「大型免許」や「第二種免許」に対しては現時点では認められていません。冒頭で紹介しました栃木県のケースでは被告はクレーン車を運転していたわけですから弁護の余地がありません。
私は、今回の事件がきっかけとなり、てんかん患者に対する運転免許交付に厳しい条件を付けるよう求める声が上がらないかということを懸念しています。栃木県の事件では、過去にも人身事故を起こして執行猶予中だったことと、クレーン車を運転していたという許しがたい事情があります。一方、良心的な(というかほとんどの)てんかん患者さんは、道路交通法に基づいて免許を取得しているのです。
今後、てんかんに対する風当たりがきつくなれば、きちんとコントロールできているのに免許が取りにくくなるといったことが起こるかもしれません。あるいは、正式な手続きを経て免許を取得しているのにもかかわらず、てんかんを理由として職場で運転を禁じられるとか、就職そのものが不利になるとか、もっと言えば適当な理由を付けられて解雇に追い込まれる、といったことがおこらないかということを危惧します。
そのような雰囲気が生じれば、てんかんを持っている人はますます周囲に隠そうと考えるかもしれません。てんかんという病は、現在でも差別がまったくないとは言えないのです。ですから、てんかんであることを職場などで隠している人は依然大勢おられます。しかし、てんかんという病は、周囲にそのことをあらかじめ告げておくよりも隠しておく方が、その人にとってときにデメリットが大きい場合があるのです。
今回の事件を受けて、てんかんの既往を厳格に管理せよ、という意見が出てきています。例えば、診察した医師はそれを保健所に届けて保健所が運転免許の取得状況を確認すれば隠れて免許を取得できなくなるだろう、という考えです。しかし、このようなことが行われればますます偏見が持たれかねませんし、てんかんという診断を付けられるのを避けるために医療機関を受診しなくなる患者さんもでてくるかもしれません。こうなれば患者さんにとっても社会にとっても大きな損失となります。
てんかんは不治の病ではありませんし他人に感染させるものでもありません。てんかんが理由で差別的な扱いを受けるというようなことは絶対にあってはいけないことです。まずは国民ひとりひとりがてんかんという病気を理解し、自分がてんかんだったら・・、という観点で運転免許について考えるべきだと思います。
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| 92.エコノミークラス症候群を防ぐには 2011/4/20 |
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東日本大震災発生後に度々耳にする病気のひとつに「エコノミークラス症候群」があります。今回は、この病気のメカニズム、治療法、予防法などについて述べていきたいのですが、その前に、一見覚えやすいけれども誤解も招きやすいこの病名についてみていきたいと思います。
まず、なぜ「エコノミークラス症候群」などという奇をてらったような病名がついたかと言えば、元々は飛行機のエコノミークラスに長時間座ることにより起こりうることから名づけられたからです。しかし、この病名は、「では、ビジネスクラスに座れば起こらないのですね」、というイメージを与えることになりかねません。
ところが実際は、ビジネスクラスに座ろうがファーストクラスに座ろうが、起こるときは起こります。エコノミークラスに座席を取ることが問題なのではなく、長時間同じ姿勢で座りっぱなしであることに原因があるのです。長時間同じ姿勢で座ることにより、下肢の静脈内に血の塊(かたまり)ができやすくなるのです。この血の塊のことを「血栓(けっせん)」と呼びます。そして、血栓が何らかのきっかけで静脈内を移動し、それが肺の血管につまると、突然呼吸困難に陥り、重症例では死に至ることもあります。これがこの病気のメカニズムです。
エコノミークラスが必ずしも原因ではありませんから、この病気の名前を「ロングフライト血栓症」、あるいは「旅行者血栓症」という名前に変えようと言われたこともありましたが、どうもそれほど社会に浸透していないようです。依然として「エコノミークラス症候群」という名前の方が知られているのではないでしょうか。
ではもう少し学術的な呼び方はないのか、と気になるところですが、我々医療者は、下肢の静脈に血栓ができた状態を「深部静脈血栓症」、そして肺の血管に血栓が詰まった状態を「肺血栓塞栓症」と呼んでいます。
私個人としては「エコノミークラス症候群」といった誤解を与えかねない病名には少し抵抗があるのですが、他の言い方と比べても依然世間に浸透してしまっている命名ですから、こうなればエコノミークラス症候群の病態を、名前だけでなく、その内容を詳しく知ってもらうのが現実的な医療者の使命ではないかと今は考えています。
東日本大震災の被害者に多発したのは、もちろんエコノミークラスの席に座っていたからではありません。寒さに震え同じ姿勢を維持したことが原因です。現地で調査した医師の報告によりますと、検診に参加した被災者の約3割に深部静脈血栓症が認められた、とするものもありますし、車の中で寝泊りしている被災者だけを対象とした調査では約50%に認められた、とするものもあります。
被災者が車の中や体育館などで、少ない毛布で寒さに耐えて縮こまって安静にしている姿が想像されますが、体を伸ばしていれば防げるというものでもありません。大きなベッドで上を向いて寝ていたとしても起こるときは起こります。後にも述べますが、手術の後にも深部静脈血栓症は起こりやすいのです。
では、どのような人に起こりやすいのか、つまりどのようなことがリスクになるのか、をみていきたいと思います。
エコノミークラス症候群のリスクを挙げていくと、先に述べた術後の他、外傷も要注意です。ケガをして出血すると、止血が必要になりますから体は分子レベルで血を固まらせようとします。傷を負った部位の出血が止まるのはもちろん望ましいことですが、その一方で血が固まりやすくなるためにエコノミークラス症候群のリスクが上昇してしまうというわけです。
その他のリスクとして、高齢、女性、肥満、高血圧や糖尿病、喫煙、薬などがあげられます。薬については、特に注意しなければならないのは、低用量ピルや更年期障害の治療で用いるエストロゲン製剤です。
よく低用量ピルを飲んでいる患者さんから、「どうしてタバコがいけないのですか」と聞かれますが、その理由の1つはエコノミークラス症候群のリスクを上昇させるからです。参考までに、「WHOの低用量ピルの使用に関する基準」というものがあり、この分類で「分類4」になると原則として低用量ピルは使えないのですが、その分類4の1つに「35歳以上で1日15本を越える喫煙者」とあります。
こういったリスクはひとつひとつはさほどでなかったとしても、積み重なるとかなりのハイリスクになると考えるべきです。例えば、軽度の肥満があり、薬を飲むほどではないけれども血圧が高く、喫煙している40代の女性は、できる限りピルは避けるべきです。
さて、女性であること、高齢であること、震災でケガをしてしまったこと、などは自分の力ではどうしようもできないことですし、血圧が高いことも必ずしも本人の責任ではありません。では、リスクのある人がエコノミークラス症候群を防ぐにはどうすればいいのでしょうか。
どうしても知っておきたいのは「運動」と「水分摂取」です。
運動という言葉に抵抗がある人もいるかもしれませんが、心配しなくてもここでいう「運動」とは、ちょっとした歩行やストレッチのことです。例えば、ずっと座りっぱなしという人は、ときどき立ち上がって歩けばいいのです。また、足首を回したり、ふくらはぎを伸ばしたりして下半身の軽いストレッチをおこなうのも効果的です。
「水分摂取」は文字通りなのですが、女性の場合、これができておらず自覚のない人が意外に多いということを知っておくべきでしょう。一般の尿検査で、「比重」といってどれくらい尿が濃いかを調べる指標があるのですが、この比重の高い女性が男性に比べると非常に多いように私は感じています。患者さんに質問してみると、「水分を摂るのが苦手・・・」「仕事でトイレに行けないので・・・」「足がむくむのがイヤなので・・・」といった答えが返ってくることが多いと言えます。
被災地なら、清潔なトイレの確保に苦労することもあるでしょうし、夜間に共同トイレに女性ひとりが行くことに危険が伴うこともあるでしょう。しかし、トイレの回数を減らすために水分摂取を控えてしまうと、それだけエコノミークラス症候群のリスクが上がることは知っておかなければなりません。
運動と水分摂取を心がけることの他に知っておくべきことは、「下肢が腫れてくれば直ちに受診を」ということです。血栓が肺の血管まで飛んでいけばエコノミークラス症候群になるわけですが、下肢の血管内に血栓ができて、血のめぐり(循環)が悪くなると下肢が腫れてくることがあります。(しかし下肢が腫れることなくいきなり肺の血管が詰まることもあります) 太融寺町谷口医院の患者さんのなかにも「足が腫れた」と言って受診する患者さんのなかにこの状態(深部静脈血栓症)の人がいます。確定診断をつけるにはエコーで血栓の存在を確認するか、血液検査で血が固まりやすくなっていないかを知る指標(D-ダイマー、TATなど)を調べます。
治療については、軽症では外来で診ることもありますが、下肢の腫れが強いときや、胸痛や呼吸困難があれば入院してもらうことになります。(呼吸困難があれば、エコノミークラス症候群以外の理由でも入院ですが) また下肢の腫れを繰り返すような人には「弾性ストッキング」という深部静脈血栓症を予防することのできる特殊なストッキングを履いてもらうこともあります。
最後にエコノミークラス症候群をまとめておきましょう。
@エコノミークラス症候群は、下肢の静脈内でできた血栓が肺の血管に詰まることで発生し、呼吸困難が起こり死に至ることもある。
A飛行機のエコノミークラスに座るからではなく、同じ姿勢をとることがリスクになる。
B正式な病名は「肺血栓塞栓症」で、「ロングフライト血栓症」、「旅行者血栓症」といった呼び方もある。
C「同じ姿勢」以外のリスクとして、手術後、外傷、高齢、女性、高血圧や糖尿病、薬(特にピル)、脱水、などがある。
D予防は、適度な運動と水分摂取。また、ハイリスク者にはあらかじめ「弾性ストッキング」を使用してもらうこともある。
E重症例や突然の発症の場合は入院治療が必要になることも多い。
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| 91.不定愁訴という病 2011/3/20 |
不定愁訴(ふていしゅうそ)という言葉をご存知でしょうか。
これは我々医師が医師となり実際に診察を始めると、早かれ遅かれ必ず遭遇する患者さんから聞く訴えであり、そして始めのうちは、どのようにして治療していいかわからずにとまどってしまうものです。
例をあげたいと思います(注)。
【症例】34歳女性。主婦。1年くらい前より、めまいと頭痛を自覚するようになった。市販の痛み止めを飲んでもそれほど効かないが、家事はなんとかおこなえている。半年くらい前からしびれを自覚するようになった。しびれはそのときによって起こる場所が異なる。2ヶ月くらい前から動悸と胸が圧迫されるような感じをときどき自覚するようになり、最近は息苦しさも感じるようになり受診することとなった。
この症例に対して、ひとつひとつの訴えに対して検査をしたとしましょう。めまいと頭痛があるから脳のMRIを撮影し、耳鼻科的な平衡機能の検査をおこない、しびれについては頚椎のレントゲンを撮影し、動悸があるから心電図に胸部レントゲン、さらに採血と採尿をおこなったとしましょう。「絶対に」とは言いませんが、このようなケースでは多くの場合、異常所見が見つかりません。このように、患者さんはいろんな訴えを言うのだけれど、検査をしても何も異常がでずに治療が必要でないことが多いものを「不定愁訴」と呼びます。
不定愁訴の最大の特徴として「症状が多彩である」ということがあげられます。さらにひとつひとつの症状も変化することが多いという特徴があります。例えば、「先週は倦怠感とめまいでしんどくて今週はそれらは少しましになったけど、今度はしびれが出現して、そのしびれは昨日は両腕にでたけど、今日は足にでてきた・・・」、といった感じです。
入院中の患者さんがこういった不定愁訴を訴えることがしばしばありますから、ほとんどの医師が医師になって比較的早い時期に経験します。そして患者さんは、その症状がいかに苦しいかということを力説します。なんとか患者さんの力になりたいと考えている若い医師(研修医)は悩みます。なにしろ、不定愁訴などというものは医学の教科書にはほとんどでてきませんから臨床経験の浅い医師にとってみれば馴染みがありません。しかし、苦しいと言っている患者さんを放っておくわけにはいきません。かといって検査をしても異常がでず、鎮痛剤を処方することくらいしかできません。そして、多くの場合、どのような薬を処方してもすべての訴えがなくなることはないのです。
不定愁訴は症状が多彩ですから、患者さんはしばしばドクターショッピングを繰り返します。例えば、動悸がするから循環器内科を受診したけれど異常がないと言われ、次に呼吸器内科を受診した。また異常がないと言われ、耳鼻科、婦人科、脳外科、ペインクリニック、などを受診し、いつのまにか財布のなかは医療機関の診察券だらけになっている、というケースも珍しくありません。
「総合診療」という言葉が次第に知れ渡ってきた数年前から、こういった不定愁訴の患者さんは、総合診療科に集まるようになってきました。例えば、私が大学病院の総合診療科の外来を担当していたとき、1日の患者さんの半数近くが不定愁訴と思われるような日もありました。
もっとも、患者さんの方は、自分の症状を「不定愁訴」とは思っておらず、「いろんな症状がでてきているから重い病気に違いない。なんとかして正しい診断をつけてもらわなければ・・・」という気持ちを持っています。
ですから、診察する医師の方が「それは不定愁訴といって治療する必要のないものですから病院に来る必要はありません」などと安易に言ってしまうと、患者さんは納得しませんし、「今度こそ」という思いを抱き、新たな医療機関を探すことになります。私自身は、大学病院の総合診療科でも、太融寺町谷口医院でも、少なくない不定愁訴の患者さんを診てきましたが、患者さんによっては、過去に受診した医療機関の検査データや、これまでの経過を丁寧にワープロで作成したプリントをまとめたファイルを持参することもあります。
では、我々医師は不定愁訴の患者さんと遭遇したときにどのようにしているのでしょうか。まず、患者さんの訴えから単なる不定愁訴と感じても、安易に決め付けてはいけません。数はそれほど多くありませんが、太融寺町谷口医院の例でみても、「一見、不定愁訴に思われる症例が実は放っておいてはいけない病気であった」というケースがあります。
例えば、「長引く倦怠感と下痢、発汗が半年前から続いているがこの前の健康診断では異常がないと言われた」と言って受診した30代の男性が結核であったという症例、「4ヶ月前からだるさと微熱としびれがでたり消えたりする」と言って受診した20代の男性がHIVであった症例、「動悸と不眠で困っていて2つの病院にいったけど、どちらも安定剤しか処方してくれなかった」と言う訴えの20代女性が甲状腺機能亢進症であった症例、「むくみとイライラがあり前の病院では生理周期にともなう正常のものと言われたけど納得できない」と言って受診した20代女性が全身性エリテマトーデスという膠原病であった症例、などがありました。これらの症例では、「安易に不定愁訴と決め付けてはいけない」ということを改めて考えさせられました。
あと注意しておかなければならないのは、女性の不定愁訴のなかには、更年期障害や月経前緊張症候群(PMS)という観点から治療をすべきものがあるということです。私の場合、月経前緊張症候群の患者さんは比較的多数の症例を診ていますが(下記コラムも参照ください)、更年期障害を疑ってそれが重症であれば、更年期障害に力を入れている婦人科クリニックを受診してもらうことがあります。更年期障害に対しておこなう「ホルモン補充療法」は専門医がおこなうべきだからです。
もうひとつ、比較的早い段階で紹介受診してもらうのは「慢性疲労症候群」を疑ったときです。程度にもよりますが、疲労感が強く仕事を辞めざるを得なくなり日常生活に困難をきたしているような場合は、専門医に紹介することも検討します。
さて、結核やHIV、甲状腺疾患、更年期障害、慢性疲労症候群などを除外したあとにどうすべきか、ですが、患者さんの話をよく聞くと、強いストレスが影響していたり、精神的な問題があったりする場合がしばしばあり、こういう場合、精神科の受診をすすめることがあり、患者さんが同意すれば紹介状を書きます。
精神科受診に同意されない場合、あるいは精神科受診までは必要のないような場合は、私が診ることになりますが、患者さんの自宅があまりにも遠い場合は近くのクリニックを受診するよう助言します。不定愁訴の患者さんはすでにドクターショッピングを繰り返していることが多く、電車で何時間もかけて来られるケースがしばしばあります。一度や二度の来院で症状が完全になくなることは期待できず、たいていは何ヶ月もかかることになりますから、自宅が遠いと通院が続かないのです。
なかなか治療のとっかかりがつかみにくい不定愁訴ですが、それでも何度も通院してもらい、話を聞き、場合によっては漢方薬などで治療を続けると、よくなっていくケースもまあまああります。(再び悪化することもありますが・・・)
不定愁訴という病は、検査をしても異常がでずに、薬を使っても一気に治ることはほとんどないために、医療者からは歓迎されないことが多いのですが、患者さんの側からみれば苦しんでいるのは事実なわけですから、たとえ劇的な治療効果が出なかったとしても、医療者は根気強く取り組んでいかなければならない疾患ではないかと私は考えています。
参考:はやりの病気第25回(2006年2月)「生理前の様々な苦痛-月経前緊張症候群-」
注:ここでとりあげた症例は、私が診察した複数の患者さんをヒントにしてつくりあげたフィクションです。もしもあなたに、登場人物と似たような境遇の知り合いがいたとしても、それは単なる偶然であるということを銘記しておきたいと思います。 |
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| 90.B型肝炎の訴訟と遺伝子型 2011/2/20 |
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ここ数年間「B型肝炎訴訟」という言葉が頻繁に新聞紙上に登場しています。これは、簡単に言えば、過去に集団予防接種時の注射器の使いまわしが原因でB型肝炎ウイルス(以下HBV)に感染したのは国に責任があるとして、感染者が政府に対し和解金の支払いを求めている訴訟のことです。
訴訟は東京、大阪、福岡などでもおこなわれていますが、政府は2011年1月28日、札幌地裁が示した和解案を受け入れることを発表しました。これで、集団予防接種+HBV感染があれば、誰でも補償の対象になるのか、と思われましたが、政府は補償には3つの条件を付けています。3つの条件とは、次のとおりです。
@集団予防接種を受けたことを証明しなければならない(母子手帳やBCGなどの接種痕)
A母子感染、父子感染を否定しなければならない
B遺伝子型がAeは補償の対象外とする
@については、注射の瘢痕が目立たず母子手帳も失くしていればどうするのだ、という問題があります。自治体によっては予防接種台帳が残っているかもしれませんが、数十年前の記録が必ずしも残されているとは限らないでしょう。ですから感染者によってはこの証明に苦労する人がでてくることが予想されます。
Aは本人と母親もしくは父親の遺伝子型を調べて、同じ遺伝子型であれば補償の対象から外す、と言っています。しかし、同じ遺伝子型というだけで、母子(父子)感染と完全に断定するには無理があるように思われます。遺伝子解析を詳しくおこなえばかなりの確率で母子(父子)感染か否かを特定できると思いますが相当のコストが伴います。(なぜ母子感染だけでなく父子感染が起こりうるのかは後述します)
Bは遺伝子型がAeと判明した時点で、無条件に補償の対象外とされてしまう、ということです。
AとBについて詳しく説明していきたいのですが、まずはHBVの遺伝子型についておさらいしておきましょう。
HBVはその遺伝子の違いから遺伝子型A〜Hの8つに分類されます。どの遺伝子型が多いかについては地域により偏りがあります。少し古いですが2006年の献血者のデータ(注1)によりますと、日本で最も多いのが遺伝子型Cで全体の85%を占めます。次いで遺伝子型Bの12%、そして遺伝子型A,Dと続きそれぞれ1.7%、0.4%となります。遺伝子型E〜Hは日本での報告はほとんどありません。
報告によって数字は異なりますが、日本のHBVの遺伝子型はCとBで大半を占めることは間違いありません。ということは、例えば父親の遺伝子型がCで自分もCであった場合、これだけで「感染は父子感染であり予防接種が原因ではない」と言えるのか、という問題が残ります。現在政府が提示している「同じ遺伝子型であれば補償の対象から外す」というやり方は、かなり乱暴なものであり、予防接種で感染したのにもかかわらず補償から外されてしまう人がでてくるのではないかと私は懸念しています。
ここで、なぜHBVは父子感染が起こるのかを確認しておきたいと思います。HBVはHCV(C型肝炎ウイルス)やHIVなどと比べると極めて強い感染力を有しています。HCVやHIVなどは濃厚な性交渉や血液の接触がなければ感染しませんが、HBVは感染の状況によっては、血液や精液・腟分泌液だけではなく、唾液、汗、涙などにも含まれていることがあります。このため、家庭内ではごく普通のスキンシップでさえも父親から子供にHBVが感染することがあるのです。しかし、普通のスキンシップと針を刺す予防接種では感染のリスクが大きく異なりますから、そういう意味でも「単に同じ遺伝子型だから補償外」とするやり方に私は納得できないのです。
次に遺伝子型Aについて重要なポイントを確認しておきたいと思います。
まず遺伝子型Aは従来日本ではあまりありませんでした。ところが2000年前後から急激に増えだし、2007年には急性B型肝炎を発症した症例の半分以上が遺伝子型Aとなったとの報告があります(注2)。遺伝子型Aの特徴としては、性感染で感染する割合が高いことと、慢性化しやすいということがあげられます。
従来日本に多かった遺伝子型BとCは、成人してから感染すれば、急性肝炎を発症し一気に劇症肝炎となり命を落とすこともあります。しかし、慢性化することはあまりありません。一方、遺伝子型Aは成人してから感染しても、1〜2割程度はウイルスが消えずに慢性化します。この「慢性化しやすい」という特徴が性感染で広がりやすい理由です。
さて、今回政府が発表した補償の対象外とした条件は「遺伝子型がAe」というものです。遺伝子型AはAaとAeに分類されます。Aaはアジア・アフリカ型とも言われ、日本でも少数ながら以前から存在していたタイプで、Aeは従来ヨーロッパに存在していたもので、主に性感染症として2000年前後から一気に日本に入ってきたと言われています。
補償の条件として政府が遺伝子型を持ち出してくることに私は抵抗があり、それは先に述べた、同じ遺伝子型というだけで母子(父子)感染と断定するのは乱暴すぎる、というのも理由ですが、もうひとつ、遺伝子型を調べる検査代は誰が負担するのか、という問題もあるからです。遺伝子型を調べる検査は保険適用がありませんから、全額自費で検査をしなければなりません(注3)。しかもかなりの高額になります。HBVに感染し苦しんでいる人に対してそんな負担をさせることはおかしくないでしょうか。
繰り返しますがHBVはHCVやHIVと異なり感染力が極めて強いのが特徴です。今、政府がすべきなのは、補償の対象を少なくすることに躍起になるのではなく、感染者を早期発見し治療を促すこと、そして新たな感染者を生じさせないことです。
もっとも、政府も感染者の早期発見については重要視しているようで、厚生労働省は2011年2月10日、肝炎対策の基本指針として、「すべての国民に対し肝炎ウイルス検査を受けるよう働きかけることを柱とする」ことを発表しています。
しかし、現時点では東京と大阪を含む大都市でさえ、HBVの検査を無料で受けることはできません。HBVよりもはるかに感染力の弱いHIVは無料で検査が受けられるのに、です。政府は企業の健康診断にHBVを含めることも推奨していますが、これは企業内で感染者が見つかった場合、(解雇など)不当な差別を受けないか、あるいは秘密が守られるか、という問題が残ります。
政府が直ちにおこなうべきことは3つあります。
まず1つめは、集団予防接種で感染した可能性のある人全員に補償をおこなうことです。高いお金をかけて遺伝子型の検索をしたり、裁判で時間とお金を浪費したりするのではなく、可能性のある人には相当の補償をおこない、次の犠牲者を出さないことに目を向けるべきです。
2つめは、誰もが無料で、さらに希望者には(HIVと同じように)匿名で保健所などでの検査が受けられるようにして、陽性者には医療機関を受診するよう助言をおこなうことです。HBVの治療はHIVと同様、格段に進歩していますから、決して「不治の病」ではありません。
そしてもう1つは、希望すれば誰でもワクチンを無料接種できるようにすることです。現在WHO(世界保健機関)に加盟している192ヶ国中171ヶ国が生後すぐにすべての子供にワクチンを接種しています。日本はなぜか、ワクチンをうたない残りの21ヶ国に入っているのです。また、成人のワクチン接種率も日本は恐ろしいくらいに低いのです。ワクチンを接種していなかったために、性感染などでHBVに感染し生死をさまよった、あるいはその後の人生が大きく変わってしまった、という人がどれだけ多いかを、国民が、そして政府が知るべきです。
私が提案するこれら3つのことをおこなえば、それなりにお金がかかるのは事実ですが、HBVは慢性化してしまえば、かなり長期にわたりかなり高価な薬剤が必要になります。さらに肝硬変や肝臓ガンに進行すればさらに莫大な医療費が発生します。直ちにこれら3つの方針をとれば、長期的にみれば結果として医療費削減にもつながるのです。
注1:国立感染症研究所感染症情報センター(IDSC)のウェブサイト内にある「献血者におけるHBV陽性率の動向とB型肝炎感染初期例のHBV遺伝子型頻度」(http://idsc.nih.go.jp/iasr/27/319/dj3193.html)から引用しています。
注2:2008年度国立病院機構共同臨床研究にある「B型急性肝炎における遺伝子型別の頻度と年次推移」を参考にしています。
注3:いくらくらいかかるかは医療機関によって異なりますが数万円くらいはするのではないかと思われます。医療機関によっては、患者負担ゼロでおこなっているところもあり、太融寺町谷口医院もこれまで研究費から捻出し患者負担はゼロにしています。(しかし感染者が増加しており今後も患者負担ゼロでおこなえるかどうかは未定です)
参考:
NPO法人GINAウェブサイトより 「本当に怖いB型肝炎」
はやりの病気第43回(2007年3月)「B型肝炎にはワクチンを!」
はやりの病気第8回(2005年5月) 「B型肝炎」
医療ニュース2007年8月22日 「父子間でのB型肝炎ウイルス感染が全体の1割!」
肝炎ワクチンの接種をしよう
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| 89.こむら返りがおこったら 2011/1/21 |
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こむら返りを一度も起こしたことがない人というのは、そう多くはないのではないのでしょうか。実際、日々の診察室では、老若男女問わず、患者さんから相談されることがしばしばあります。
それほどありふれたこむら返りですが、原因は様々です。例えば、10代の水泳選手が練習中に起こすこむら返りと、70代の高齢者が就寝中に起こすこむら返りでは原因が異なるのが普通です。また、一時的なもので何もせずに放っておいていいこむら返りもあれば、速やかに医療機関を受診すべきこむら返りもあります。激痛が生じる場合もあり、ときどき救急車を呼んで夜間に救急病院に来られる患者さんもいます。
こむら返りの具体的な説明に入る前に、私が以前から疑問に感じ、なおかつ恥ずかしく思っていることを告白しておきたいと思います。それは、私はこむら返りのことを医学部に入学するまでずっと「コブラがえり」だと思っていたということです。医学部に入学すると、(当たり前ですが)先生も学生もみんなが「こむらがえり」と言うので大変驚きました。けれども、これは言い訳に聞こえるでしょうが、たぶん私の田舎(三重県伊賀市)では、コブラがえりと言う人の方が多いのではないかと思います。つまり、コブラがえりは私の田舎の方言だと思うのです。
話を「こむら返り」に戻しましょう。
先ほどこむら返りの原因は若い人と高齢者では異なると述べましたが、年齢で分けるよりも「運動時のみに起こるのか、安静時にも起こるのか」で分類すると理解しやすいと思われます。
まず、運動時になぜこむら返りが起こるかというと、筋肉の疲労や、発汗などによる脱水が原因となって、血液中の電解質のバランスが崩れてしまい、その結果、筋肉を正常に維持できなくなり筋肉が悲鳴を上げて痙攣(けいれん)するというストーリーが考えられます。さらに冷え性があったり、運動不足があったりすると、筋肉が悲鳴を上げやすくなるでしょうからこむら返りが起こりやすくなると思われます。水泳時にこむら返りを経験したことがある人は多いのではないでしょうか。
しかし、運動時のこむら返りは、概して言えば、誰にでも起こる可能性のあるもので、繰り返さない限りは放っておいても問題ないことが多いと言えます。運動時のこむら返りを防ごうと思えば、まず充分な準備運動(特にストレッチ)をおこない、運動前と(できれば)運動中にも水分をしっかりと摂るのがいいでしょう。水分は、水そのものよりも電解質を適切に含んだものがいいですからスポーツドリンクが理想的です。
さて、安静時、特に就寝時にこむら返りを起こしやすいという人は注意が必要です。まず、よくあるのが飲酒が原因になっているものです。この場合は、もちろん節酒するのがいいのですが、「お酒を控えてくださいね」と言って「はい分かりました」と答える人はいても、実行に移す人はあまりいませんから、現実的には節酒のアドバイスよりも、私の場合は水分摂取を勧めています。この場合も、水よりもスポーツドリンクがいいのですが、お酒を飲んだ後に甘いスポーツドリンクは飲みにくいですから、果汁100%のフルーツジュースを勧めることがあります。しかし、後で述べるように、こむら返りは糖尿病の人にも起こりやすいですから、私が患者さんに最も勧めているのは寝る前の野菜ジュースです。フルーツも野菜も電解質が豊富ですが、寝る前にはカロリーの取りすぎにも注意すべきですから野菜ジュースが適しているのです。
就寝時のこむら返りが、汗のよくでる真夏にだけ起こる、あるいは寒くなる真冬にだけ起こるという人もいます。こういった場合、汗をよくかく人には、やはり電解質を含んだ水分(この場合は野菜ジュースだけでなく、低カロリーのスポーツドリンクも有効です)を多く摂ってもらいます。寒い日に起こるという人には就寝時の環境を見直してもらいます。
水分摂取や環境の見直しをしても、尚もこむら返りが続く場合は、何か病気が潜んでいる可能性を考えるべきでしょう。
比較的多く、そして早期に対策を取らなければならないのは糖尿病です。運動時だけでなく安静時にもこむら返りを起こすようになってきている場合は、一度は疑ってみるべきでしょう。実際、当院にもこむら返りがひどくなってきたという訴えで受診された患者さんで原因が糖尿病だったという人がときどきいます。そして多くの場合、まさか糖尿病になっているなどとは思ってもみなかった、と言われます。
若い女性の場合、甲状腺機能低下症が原因ということもあります。この場合、こむら返り以外の症状もみられるのが普通です。例えば、身体が冷えやすい、体温が低い、血圧が低い(これは自覚しにくいですが)、身体がだるい、気分がすぐれない、などという症状があれば一度は疑ってみるべきでしょう。
高齢者の場合は、腰部脊柱管狭窄症が原因のことがあります。これは腰の神経が圧迫されて起こる病気で、こむら返り以外にも様々な症状がおこります。典型的な例で言えば、歩くと足にしびれがでてきて休むと改善するという症状です。このような症状があれば(こむら返りの有無とは関係なく)早目に医療機関を受診すべきです。
これまでみてきたように一言でこむら返りと言っても原因は様々です。まずは原因を明らかにしていくことが必要です。上に述べた、糖尿病、甲状腺機能低下症、腰部脊柱管狭窄症の可能性があれば早めに医療機関を受診すべきですし、これらの疾患が疑われなかったとしても安静時に繰り返すこむら返りは何かの病気の前兆かもしれません。
医療機関を受診する必要がなさそうなときは、自分自身で対処する方法を考えましょう。これも一種のセルフメディケーションです。まずは、水分摂取が充分かどうかを見直してみましょう。特にお酒を飲む人、よく汗をかく人、よく運動をする人は注意が必要です。水分摂取が少ないと考えれば、就寝前に野菜ジュースやスポーツドリンクをコップ1杯程度飲むことをすすめたいと思います。
次にストレッチをしましょう。右の足先を右手でつかんで右のふくらはぎを伸ばすようにします。このとき、左手でふくらはぎをマッサージしてあげるとより効果的です。同じように左もおこないます。運動前と運動後、就寝前にこれらを是非おこなってみてください。尚、このストレッチは、こむら返りが起こってしまったときにも有効です。ときにこむら返りは大変な痛みを伴いますが、まずは落ち着いてこのストレッチをゆっくりとおこなってみてください。
こむら返りには薬がないわけではありません。漢方薬に芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)というものがあり、これは効くときはとても効きます。芍薬甘草湯は医療機関で処方されますが、薬局で処方箋なしで買えるものもあるようですので、試してみてもいいかもしれません。
しかし、多くの症状がそうであるように、「こむら返りを起こしやすいから芍薬甘草湯で対処してればそれでいいや」と考えるのは危険です。先に述べたように、こむら返りは重要な病気のひとつの症状かもしれませんし、薬局で買える薬であっても、もちろん副作用のリスクはあります。特に甘草は副作用でカリウムが下がることがありますから、電解質のバランスが狂ってかえってこむら返りが起こりやすくなった、などということもあるかもしれません。
さて、こむら返りのお話はだいたいこんなところです。この次あなたにこむら返りが起こったときは慌てずにまずはストレッチをおこなってみてください。そして、医療機関を受診すべきかどうか、ご自身でよく考えてみてください。
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| 88.簡単でない高尿酸血症の食餌療法 2010/12/20 |
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健康診断で尿酸値が高いと言われて・・・、という訴えで私の元を受診する患者さんがいます。また、当院に元々かかっている患者さんに対して、何らかの理由で血液検査をおこない、たまたま尿酸値が高いことが分かった、ということもしばしばあります。
尿酸値が高ければそれだけで、とりあえずは「高尿酸血症」という病名が付いてしまいます。一般的には血液中の尿酸の値が7.0mg/dLを越えれば、年齢・性別にかかわりなく高尿酸血症と診断されることになります。
では、高尿酸血症という診断されれば治療を開始しなければならないのでしょうか。
これはそう単純な話ではなく、例えば尿酸値が7.0mg/dL未満でも治療が必要になることがあれば、9.0mg/dLを超えていても治療を見合わせることもあります。詳しく説明していきましょう。
まず、高尿酸血症という病名がつくだけでは痛くも痒くもありません。高尿酸血症を放置しておくと、一部の人は「痛風」と呼ばれる関節が痛くなる症状がでたり、尿路結石(腎臓から尿道までの間の尿路のどこかで石ができて血尿や疼痛が生じます)が起こったりすることがあり、これは(どちらも激痛ですから)治療しなければなりませんし、その原因となっている高尿酸血症も治していかなければなりません。
つまり、痛風(発作)や尿路結石といった合併症を一度でも起こすと、尿酸値は注意深くみていくべきなのです。
では、一度も痛風や尿路結石を起こしたことのない人はどうすればいいのでしょうか。
一般に、高尿酸血症がある人というのは、他にも健康診断や血液検査で異常があることが多いといえます。具体的には、肝機能障害(特にアルコール性肝炎や脂肪肝)、高血圧、高血糖、高脂血症(コレステロールや中性脂肪が高い)などです。それから、忘れてはならないのが、高尿酸血症がある人には肥満が多いという特徴です。
これらがあると、尿酸ではなくこういった異常に対する治療を優先します。なぜなら、心疾患(心筋梗塞など)や脳血管障害のリスクとしては、高尿酸血症よりも、高血圧や高血糖、高脂血症の方が大きいからです。(メタボリックシンドロームの診断基準には、血圧、血糖値、コレステロール値はありますが、尿酸値は含まれていません)
しかし、血圧や血糖値、コレステロールの値に異常があるからといって、直ちに投薬開始となるわけではありません。まずは、食事療法や運動療法といった生活指導が中心となります。
特に太融寺町谷口医院は、若い患者さんが多いこともあり、私はよほどのことがない限り初めから薬を薦めることはしません。若ければ、その気になれば積極的な運動をできますし(高齢者の場合は膝や腰を痛めていることが多く運動しにくいのです)、そもそも血圧や血糖、コレステロールの薬は、いったん飲みだすとかなり長期に服用しなければなりませんから、経済的にタイヘンなのです。(当院には「お金がないから薬はできるだけ少なくして!」という人が非常に多いのです)
当院に多い尿酸値が高い典型的な患者さんは、男性であれば、肥満とまでは言えないけれども少し体重が多くて、少しだけ血圧やコレステロールの値が高い、というタイプです。つまり、メタボリックシンドロームの人、あるいは診断基準はみたさないもののメタボの予備軍に入るような人です。
女性であれば、当院に多い尿酸値が高いのはお酒をよく飲む人です。肝機能(トランスアミナーゼ、ASTやALTのこと)が高いという人もいれば、それらは正常だけどγ(ガンマ)GTPだけが高いという人もいます。中性脂肪も高くなっていることがあります。このタイプの人は、必ずしも体重過多というわけではなく、むしろやせている人も少なくありません。このような人たちに対しては、もちろん節酒をすすめることになりますが、そう簡単にはいきません。何しろ当院の患者さんは、例えば「ビールならどれくらい飲みますか」という私の質問に対して、「毎日○リットルは飲みます」と答える人(女性です)が少なくないのです。普通は、よく飲む人でも「中ビン2本と・・・」という答え方をすることが多いと思うのですが、いきなり「まずはビールを4リットル飲んでから焼酎を・・・」という答え方をされますからときに圧倒されてしまいます。
とはいえ、当院に長く通院されている人は、酒豪であってもそれなりには健康に気を使っていて、定期的に患者さんの方から「そろそろ血液検査をしてください」と言ってこられる場合が多いようです。
話を戻しましょう。血圧やコレステロールが少しだけ高いような人に対しては、食事療法について説明しますが、私はこのとき、高尿酸血症に対しては(痛風や尿路結石のエピソードがなければ)重要視しません。なぜなら、尿酸値を下げることに躍起になるより、血圧やコレステロールを正常にすることの方がはるかに重要だからです。
それに、血圧、血糖、コレステロール、中性脂肪はだいたい同じようなことに気をつけて食事をすればいいのですが、尿酸値に関しては気をつける食べ物が異なるのです。
一般的に生活習慣病やメタボリックシンドロームを防ぐ食事というのは、一言で言えば「和食マイナス塩」です。揚げ物や肉などあぶらっこいものを避け、米を中心とし、根野菜や海草、魚介類、豆類などを中心とした和食を中心にし、塩分の過剰摂取に気をつければ、自然にカロリー過多となることを防げ、血圧や血糖、コレステロールを正常に保てます。
一方、尿酸値が高くならないようにするにはプリン体を避ける必要があり、プリン体を多く含む食品というのが、例えば、イワシの干物、カツオ節、干ししいたけ、などで、これらは一般的に「体に良い」というイメージがないでしょうか。また、「健康のために緑黄色野菜をしっかりとりましょう」と言われることがありますが、緑黄色野菜の代表であるホウレンソウはプリン体を多く含みます。
西洋から入ってきた肉類など脂っこいものはダメで、なおかつ尿酸値を上げないためにイワシの干物やホウレンソウ、干ししいたけもNGです!、と言われればいったい私たちは何を食べればいいのでしょうか。
というわけで、私は痛風や尿路結石を起こしたことがない尿酸値が高い人には、プリン体を制限するような食事療法をあまりすすめていません。ただし、水分摂取は励行します。プリン体をたくさん摂っても、水分摂取がきちんとできていれば尿酸は体外に排出されるからです。
ここで私が日々実践している高尿酸血症の患者さんに対する治療をまとめてみたいと思います。
@まず、尿酸値が高いすべての人に水分摂取をしっかりするよう助言します。
A痛風(発作)や尿路結石など合併症のエピソードがある場合は、尿酸値をある程度厳格にコントロールする必要があります。食事療法に加え、薬を使って尿酸値を7.0mg/dL、できれば6.0mg/dL以下にもっていきます。
B合併症のエピソードがなく、血圧やコレステロールに異常がある人、あるいは肥満のある人は、食事をできるだけ「和食マイナス塩」にし、総摂取カロリーに気をつけてもらいます。このとき、プリン体についてはそれほど重要視しません。
C合併症のエピソードがなく、血圧やコレステロールも正常で、肥満もない人で、過剰に飲酒する人に対しては、ときどき飲酒量の確認と血液検査をおこないます。
D合併症のエピソードがなく、血圧やコレステロールも正常で、肥満もない人で、過剰飲酒もない人(単に尿酸値が高いというだけの人)には、水分摂取の励行以外には特に何もしません。
最後にひとつ。尿酸値が高いかどうかは検査をしてみないことには分かりません。痛風発作を起こして初めて自分が高尿酸血症であることに気づいた・・・、そういう人も少なくありませんので、目安として男女とも30歳を超えれば一度どこかで尿酸値を調べておくべきでしょう。
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| 87.超低用量ピルの登場2010/11/21 |
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日本ではピルを使っている人がまだまだ少ないとは言われますが、それでも1999年の低用量ピル解禁以来、利用者は着実に増え、2009年の時点でおよそ82万人の女性がピルを服用しています。これは16〜49歳の女性の約3%に相当します。
もっとも、諸外国に比べると依然ピル利用者は少なく、少し例を挙げると、フランス43.8%。スウェーデン27.4%、イギリス26.0%、アメリカ18.3%、韓国3.7%と、特に欧米諸国の使用率とは大きな差があります。(数字は国連の「World Contraceptive Use-2007」より抜粋)
ピルが諸外国に比べ日本で普及していない理由は、解禁されてまだ11年しかたっていないという歴史の問題もありますが、「副作用が気になって・・・」という人が少なくないからというのも理由の1つではないかと思われます。
私はピルをそれほど積極的に勧めているわけではありませんが、それでも女性の患者さんで、例えば避妊に失敗して緊急避妊を繰り返している人や、パートナーとの関係で弱い立場にいる人(要するに「夫やボーイフレンドに何度言っても避妊をしてくれない」と嘆いている女性)、複数のパートナーがいる人(これは倫理的な問題があるかもしれませんがここでは触れないでおきます)などにはすすめることがあります。
また、月経痛や月経不順のある人には、症状緩和の1つの方法として勧めることもあります。さらに、月経前緊張症候群(PMS)やニキビなどでは治療の1つの選択肢としてピルの話をすることもあります。
ピルは避妊ができるだけでなく、こういった効果も期待できるため、人によっては一石二鳥にも三鳥にもなることがあります。当院の患者さんで例をあげれば、29歳のある女性は、避妊目的で低用量ピルを飲みだしてから、生理が安定し、生理痛はほとんどなくなり、生理の量も少なくなり、ニキビはよくなり、イライラや落ち込みといった月経前緊張症候群の症状がほとんどなくなったと言います。その結果、私生活が充実し仕事にも好影響がでているそうです。
しかし、当然のことながら薬剤にはいい面もあれば悪い面もあります。私が誰にでもピルを積極的にすすめているわけではないことには理由があります。その最たるものは副作用です。日本人は肥満の人が多くないため、血栓症のリスクは欧米諸国よりも小さいことが指摘されていますが、それでも皆無というわけではありません。血栓症というのは、わかりやすく言えば静脈内に血の塊ができて、それで血流がストップしてしまう病態です。下肢の静脈がつまれば足が腫れて痛みがでますし、肺の血管が詰まれば突然呼吸困難に陥ることもあります。ピルを飲めば、それだけで血栓症のリスクが上がる可能性があるのですが、これに肥満、喫煙、高血圧などがあればさらに上昇します。(ですから、少しでもリスクがある人には血が固まりやすくなっていないかどうかを調べるための定期的な血液検査をすすめています)
ピルの副作用は他にもあります。比較的頻度の高いものに、吐き気、むくみ、不正出血などがあります。頭痛はピルを飲んで改善することもありますが、片頭痛はピルで悪化することもあります。
さらに、乳がんのリスク上昇を完全に否定できるか、という問題もあります。一般的には、「更年期以降に用いるホルモン補充療法では乳がんのリスクが上昇する可能性があるけれども(注1)、低用量ピルではその心配がない」、と言われています。しかし、なかには低用量ピルで乳がん(それもホルモン非依存性の乳がん)のリスクが上がるという報告もあります。(注2)
さて、今回お話したかったのは、ピルの歴史を大きく変えることになるかもしれない「超低用量ピル」についてです。これまでも海外では販売されていて、日本でもインターネットなどを通して購入している人がいましたが、ついに今月(2010年11月)、日本でも発売となりました。
この超低用量ピルは「ヤーズ」という名前で、まず1つめの特徴は、含まれているエストロゲンの量が0.02mgと非常に少ないということです。これに対し現在発売されている低用量ピルはエストロゲン含有量が0.03〜0.04mgです。
さらに、もうひとつのホルモンである黄体ホルモンの種類が「ドロスピレノン」といって、これは従来の低用量ピルに含まれている黄体ホルモンとは異なるタイプです。ドロスピレノンは、体内に自然につくられる黄体ホルモンと非常によく似ていると言われています。ということは、少なくとも理論的には吐き気やむくみといった副作用が出にくいということになります。
超低用量ピルは、従来の低用量ピルと飲み方がかわります。従来の低用量ピルは21日間内服して7日間は休薬(もしくは偽薬を飲む)のに対して、超低用量ピルでは、実薬24日+休薬4日となります。
そしてヤーズの最大の特徴は、月経困難症に対して保険適用があるということです。「月経困難症」というのは、分かりやすく言えば「生理痛」のことです。生理痛があれば保険でヤーズを処方することが可能となるのです。これまでは、ルナベルという低用量ピルに保険適用がありましたが、これは「子宮内膜症に伴う月経痛」という制約がありました。ヤーズは子宮内膜症の有無に関係なく生理痛があれば保険診療で処方可能となるのです。
このようにみてみると超低用量ピル・ヤーズはいいことばかりに思えますが、使用にはいくつかの注意が必要です。
まず1つは飲み忘れたときのリスクです。従来の低用量ピルの場合、飲み忘れたとしても通常1〜2日程度以内であれば、気付いたときに飲めば避妊効果は得られます。(ただし不正出血のリスクはあります) 一方、超低用量ピルの場合は、低用量ピルに比べると、飲み忘れることにより排卵が起こってしまい、避妊効果が得られなくなるリスクが上昇します(ただし24時間以内に気付けば問題ないと言われています)。毎日決まった時間に飲むのが苦手な人には不向きかもしれません。
現在低用量ピルを飲んでいる人が超低用量ピルに変更したときには、不正出血が起こるリスクが上昇するかもしれません。これは、中用量ピルを長期で飲んでいた人が低用量ピルに変更したときにもしばしば観察されることです。
さらに、一般論をいえば、新しい薬には予期せぬトラブルが起こる可能性があります。ヤーズの場合、例えば、当初の予想よりも不正出血の副作用が多いとか、期待していたほどむくみや吐き気の副作用が軽減されなかったとか、あるいは避妊に失敗して妊娠してしまったというケースがでてきた、とか・・・、そういう可能性がないわけではないと考えておくべきでしょう。もちろん、発売開始となるまでにたくさんの症例で検討され、高い効果と安全性が認められたからこそ発売となったわけですが、いったん発売された薬がその後中止となったという薬剤は過去にいくつもあります。
当たり前のことですが、薬には利益(ベネフィト)だけでなく危険性(リスク)もあることを忘れないようにしましょう。
注1 ホルモン補充療法の有用性と副作用について検証された最も有名な大規模調査はWHI(Women's Health Initiative study)というものです。この調査は、介入期間の平均が5.6年の時点で、浸潤性乳癌リスクの上昇と、乳癌診断が遅れる危険性が指摘され、そのリスクは利益を上回ると判断されたために、本来2005年3月31日までおこなわれる設計になっていたのですが、2002年7月7日に中止されたという経緯があります。これを受けて、2002年以降、ホルモン補充療法はすべきでないという意見が増えましたが、更年期障害の様々な症状を改善することも判っているため、症例によっては積極的に検討すべき、という意見もあります。
注2 例えば、医学誌『Cancer Epidemiology, Biomarkers & Prevention』オンライン版2010年7月20日号に掲載された論文「Oral Contraceptive Use and Estrogen/Progesterone Receptor- Negative Breast Cancer among African American Women」では、低用量ピルでアフリカ系アメリカ人の乳がんのリスクが上昇したという調査結果が報告されています。下記URLでその論文の概要を読むことができます。
http://cebp.aacrjournals.org/content/early/2010/07/19/1055-9965.EPI-10-0428.abstract
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| 86.新しい睡眠薬の登場 2010/10/20 |
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不眠で悩んでいる人は少なくなく、当院にも不眠を抱えて受診する人はかなりの人数になります。ただし、当院の患者さんの特徴としては、不眠だけの人はそれほど多くなく、不眠+花粉症、不眠+慢性胃炎、不眠+繰り返す膀胱炎、など複数の訴えがあるというケースが大半です。もちろん、不眠+うつ、不眠+不安という人も少なくありません。
不眠を放っておくとなぜいけないか、については改めて論じる必要はないでしょう。不眠が続けば、日中の倦怠感がとれませんし、そのうち身体が重くなり何もできなくなってしまいます。ときどき、「寝なくても平気」と言って四六時中ハイテンションの人がいますが、このような状態が長続きするはずはなく、もし続いているとすれば何らかの病気(躁病が代表です)か、(違法)薬物を摂取しているかのどちらかを考えるべきでしょう。
不眠を放っておくと、うつ病などの精神障害をきたすことがあります。うつがあるから不眠になる、という場合もありますが、不眠を放置した結果うつ病を発症した、というケースもありますから、長引く不眠は放っておいてはいけないのです。
前置きが長くなりましたが、今回は、身体に優しい(と思われる)新しい睡眠薬が普及しだしましたよ、という話をしたいと思います。しかし、その前に、まずは睡眠薬にはどのようなものがあるかについてみていきましょう。
最初に、薬局で処方せんなしでも買える睡眠薬についてみておきましょう。現在は複数の製薬会社からこういった睡眠薬(睡眠改善薬)がでています。代表的なものは、エスエス製薬の「ドリエル」、グラクソ・スミスクラインの「ナイトール」あたりだと思われますが、他社からも発売されています。
睡眠薬を一般の薬局で売っちゃってもいいの??、と感じる人もいるかもしれませんが、これら薬の主成分は、実は抗ヒスタミン薬です。抗ヒスタミン薬というのは花粉症や皮膚の痒みに使う薬で、風邪薬の中にも鼻水を止めることを目的として入れられていることがあります。
最近は花粉症や皮膚の痒みに用いる抗ヒスタミン薬は眠気がこないものを使いますが、こういった眠気のない抗ヒスタミン薬というのは比較的最近開発されたもので、従来の抗ヒスタミン薬は副作用としての眠気がつきものでした。ですから、古いタイプの抗ヒスタミン薬というのは、医療機関では次第に処方されなくなってきています。そして、古いタイプの抗ヒスタミン薬の副作用を利用したのが、薬局で売られている睡眠薬というわけです。
ところで、古いタイプの抗ヒスタミン薬は、医療機関でまったく処方されなくなったのかといえば、そういうわけでもなく、当院の場合、まず妊婦さんの皮膚の痒みや鼻炎に処方することがあります。これは、新しい抗ヒスタミン薬は妊婦さんに投与してはいけないことになっているのに対し、古いタイプの抗ヒスタミン薬は従来から妊婦さんにも使われており、ある程度安全であることが分かっているからです。(ただし、妊婦さんに対しても簡単に処方すべきではなく 、どうしても必要な場合に限られます。さらに眠気の副作用について理解してもらった上での処方となります)
妊婦さん以外にも、花粉症や皮膚の痒みに処方することがあります。それは、副作用の眠気がまったく起こらない人に対してです。古いタイプの抗ヒスタミン薬は値段が非常に安いのが魅力です。(3割負担で1錠あたり2〜3円となります。ただし、診察代や処方代がかかりますから、実際の支払い合計は初診であれば千円程度にはなります) 当然ながら、このタイプの人に不眠があれば、薬局で売られている睡眠薬は効きません。
もうひとつ、妊婦さん以外に花粉症や皮膚の痒みに処方する、というか“処方せざるを得ない”のは、「お金がない人」に対してです。眠気のこない新しいタイプの抗ヒスタミン薬は1錠あたり(3割負担の場合)数十円はしますから、古いタイプのものに比べると10倍以上も高いのです。(注1)
そして、当院での古いタイプの抗ヒスタミン薬の最後の使い方は、「不眠」に対する処方です。(注2) この場合、何らかの事情で、どうしても(ベンゾジアゼピン系を代表とした)一般的な睡眠薬を使いたくない、あるいは使えない、といった患者さんが対象となります。つまり薬局で売られている「ドリエル」や「ナイトール」と同じようなものを処方しているということになります。(注3)
現在最も一般的に使われている睡眠薬はベンゾジアゼピン系(マイナートランキライザーとも呼びます)のものです。代表的なものを商品名であげれば、レンドルミン、ハルシオン、ベンザリン、ロヒプノール、エリミン、といったあたりでしょうか。
ベンゾジアゼピン系の睡眠薬は、適切な使用方法を守れば特に怖がる必要はないのですが、例えば上に挙げた商品で言えば、ハルシオンやエリミンあたりは(詳しくは述べませんが)本来の目的とは違った(危険な)用途に使われることもあり、闇の世界ではそれなりの値段で取引されているそうです。また、使用方法を守ったとしても、長期使用になれば、耐性(効きにくくなること)や依存性が出ないとも限りません。
さらに、ベンゾジアゼピン系の睡眠薬は、中途覚醒したときにその記憶が曖昧になることがあります。つまり、これらを内服し夜中に目覚めたとき、もしもコンビニにでかけたり、誰かにメールをしたりすると、その記憶がなくなっていることがあるのです。ですから、私はベンゾジアゼピン系の睡眠薬を処方するときは、「内服すれば朝まで寝てください。たとえ眠れなかったり、途中で目覚めたりしたとしても、外にでかけることや電話・メールをすることはやめてください」、と助言しています。
さて、そろそろ冒頭で述べた新しい睡眠薬についてご紹介しましょう。これはロゼレム(一般名は「ラメルテオン」)といって、メラトニンの受容体に選択的に結合する薬品です。
メラトニン・・・、聞きなれない言葉かもしれませんが、簡単に言えば、メラトニンは脳内で分泌される睡眠を司っているホルモンです。ロゼレムは体内で生成されるメラトニンと同じように、メラトニン受容体に結合することによって睡眠が誘導されるというわけです。ベンゾジアゼピン系の睡眠薬とは異なり、メラトニン受容体の存在する部位にしか作用しませんから、ベンゾジアゼピン系睡眠薬で生じたような副作用が極めて少ないことが予想されます。
実は、メラトニンはサプリメントとして10年以上前から個人輸入で購入することが可能でした。しかし、何かとトラブルの多い個人輸入ですから、ニセモノをつかまされたり、代金は支払ったのに商品は届かなかったり、という問題もあり、我々医師は「医療機関で処方できるようにすべき」と感じていました。「ロゼレム」は、米国では2005年に承認されていましたが、遅れること5年、2010年4月についに日本でも承認されたのです。
医療機関で実際に処方できるようになったのは、2010年の7月からで、当院では様子をみながら取り扱いを検討し、先月(2010年9月)から処方を開始しています。ロゼレムをすでに積極的に処方している医師に聞いてみると、「効き具合はベンゾジアゼピン系の睡眠薬に比べるとやや鈍いような印象があるが、続けて使用すれば効きやすくなるようだ。ベンゾ系でおこりうる副作用も認められず、今後睡眠治療の第一選択薬となるのではないか」、とのことでした。
新薬には蓄積されたデータが多くなく、予期せぬ副作用が出現しないとも限りませんから、使用には充分な注意が必要ですが、ロゼレムは今後歴史に残るような優れた睡眠薬となるかもしれません。
しかし、その前に、なぜ不眠があるのかについて考えなければなりません。不眠があるから睡眠薬、と単純には進められないことをお忘れなく・・・。
注1:薬の値段が10倍以上違うからといっても総額はさほど変わるわけではありません。例えば、初診で受診し1錠5.6円の古い抗ヒスタミン薬が10錠処方されたときと、1錠116.1
円の新しい抗ヒスタミン薬10錠が処方されたとき、3割負担で前者が1,020円、後者が1,350円になります。ただし、当然のことながら、処方が長期になれば差は開いていきます。上記の試算を10錠ではなく30錠とすれば、前者が1,080円、後者が2,070円となります。
注2:「不眠」に対して抗ヒスタミン薬を処方することは保険診療上認められていません。したがって、当院で不眠に対し抗ヒスタミン薬を処方しているのは、「痒み」や「鼻炎」といった他の症状も合併している場合です。(自費診療でなら不眠の治療目的でも処方可能です)
注3:「ドリエル」や「ナイトール」といった薬局で売られているものも、当院で不眠の治療に用いている抗ヒスタミン薬も共に「古いタイプの抗ヒスタミン薬」ですが、正確に言えば薬の成分は異なります。「ドリエル」など市販の睡眠薬の抗ヒスタミン薬はジフェンヒドラミン塩酸塩というもので、当院で処方しているものは、クロルフェニラミンマレイン酸塩というものです。ジフェンヒドラミン塩酸塩は医療機関で処方する商品名で言えば「レスタミン」というもので、当院には置いていませんが、これを処方している医療機関もあります。
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| 85.NDM-1とアシネトバクタ 2010/9/21 |
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どんな抗生物質も効かない細菌(superbug)がインドで発見された!
2010年8月11日、ロイター通信でこのニュースが報道され(注1)、日本を含む全世界でNDM-1と呼ばれる酵素を持つ細菌の存在が注目されるようになりました。ロイター通信がこのニュースを配信したのは、医学誌『ランセット』2010年8月11日号に掲載された論文(注2)が元になっています。
日本のマスコミでも、このNDM-1という酵素を持つ厄介な細菌が取り上げられだしたちょうど同じ時期に、今度は帝京大学医学部附属病院での院内感染が注目されるようになりました。
報道によりますと、2010年4月頃から同病院でのアシネトバクターの感染者が相次ぎ、7月に内部調査委員会が設置されたものの、8月に実施された国と東京都による合同立ち入り検査の際に報告していなかったことが判明しました。同病院は、「もう少し早く公的機関に報告し、公表すべきだったと反省している」と会見しています。
その後の同病院の報告によりますと、ほとんどの抗生物質が効かない多剤耐性アシネトバクターが、2009年以降46人の患者から検出され、そのうち27人が死亡しています。その27人のうち9人は院内感染が死亡の原因になっている可能性がある、とされています。
さて、偶然にも同じ時期に、NDM-1という酵素をもつほとんどの抗生物質が効かない細菌が世界のマスコミで報道され、国内では帝京大学の多剤耐性アシネトバクターが報道されました。しかし、アシネトバクターの報道は(少なくとも私の知る限り)国内だけで、海外からは目を向けられていません。まずはこの理由について確認しておきたいと思います。
院内感染は確かにあってはならないことですが、今回問題となっているアシネトバクターや緑膿菌、あるいはMRSAなどは、健常人に感染しても通常は問題になりません。問題となるのは、悪性腫瘍が進行している場合や、移植を受けている場合など、何らかの理由で免疫力が極端に低下している患者さんに感染したときです。
ですから、そのような患者さんが入院している病棟で勤務する医療従事者は細心の注意を払わなければなりません。徹底した感染予防対策というのは、実は大変困難なものではありますが、だからと言って院内感染を発生させ、それが理由で患者さんが死亡するようなことはあってはなりません。
一方、インドやパキスタンで問題となっているNDM-1を持つ新型耐性菌は、健常者にも感染するということが最大の特徴です。NDM-1というのは酵素の名前で、その酵素を持った細菌が「どんな抗生物質も効かない細菌」(これを英語でsuperbugと言います)となります。NDM-1を持つことができるのは、アシネトバクターのような健常者に感染しても怖くない細菌だけではありません。(健常者からすれば、NDM-1を持ったアシネトバクターが登場したとしても怖くありません) NDM-1は、例えば病原性大腸菌や肺炎球菌、あるいはサルモネラ菌や赤痢菌といった健常者も苦しめる細菌が持つこともあり得ます。すると、通常なら抗生物質で治癒できるはずなのに、NDM-1を持っているから抗生物質が一切効かず治療の施しようがなくなるのです。(「NDM-1を持つ新型耐性菌」をここからは便宜上「NDM-1」とします)
健常者がNDM-1に罹患し初の死亡者が出た、というニュースはベルギーから発せられました。8月13日のAFP通信は「South Asian superbug claims first fatality」(南アジアのsuperbugで最初の死者)というタイトルでこれを報道しています。AFP通信によりますと、ベルギー人男性(年齢は報道されていません)が、パキスタンを旅行中に自動車事故に遭い、同国の病院からブリュッセルの病院に搬送されたもののNDM-1を死滅させることができず救命できなかったそうです。
欧米のメディアによりますと、イギリス、フランス、ベルギー、オランダ、ドイツ、カナダ、アメリカ、オーストラリアでもNDM-1の感染が確認されているそうです。日本でも、2009年5月に独協医大附属病院に入院していた50代の男性がNDM-1に感染していたことがわかり、これを9月6日厚生労働省が発表しました。
欧米のメディアは、なぜインドでNDM-1が蔓延したかという点に関して、「インドには、欧米諸国から美容外科手術(cosmetic surgery)を受けに行く人が多い」、と指摘しています。美容外科手術に際して抗生物質を必要以上に使用したがためにNDM-1のような厄介な細菌を産み出したのではないかと、やや非難を込めて報道しています。
一方、インド側は、この指摘に対しては認めていないものの(美容外科手術は重要な外貨獲得の手段ということもあるのでしょう)、ラオ保健次官は「インドでは多くの人々が医師の診察を受けず、自分で薬を買い求めるため、抗生物質の多用により、体内の菌が薬物への耐性を獲得することにつながる。これはやめさせなければならない」と、地方紙に語ったと報じられています。
よく、「日本ほど抗生物質を乱用している国はない」と言われます。詳細は覚えていませんが、私が90年代半ばに読んだ本には、「抗生物質の世界全体の消費量の4分の1は日本である」と書かれていました。実際、日本人は医師側も抗生物質を処方しすぎる傾向がありますし、患者側も抗生物質を求めすぎる傾向があります。
しかしながら、(日本人の抗生物質の大量消費を正当化するつもりはありませんが)日本では普通の薬局で処方せんなしに抗生物質を購入することは不可能です。しかし、インドを初めとする南アジアや、また東南アジアでも、抗生物質が薬局で、もちろん医師の処方せんなしに簡単に買えてしまいます。
私はNPO法人GINA(ジーナ)の関係でタイに渡航することが多いのですが、タイでは薬局によっては抗生物質がごく簡単に買えてしまいます。さらに、みやげ物などの屋台で抗生物質を見かけることもあります。(本物かどうか疑わしいですが・・・)
最近タイでは、抗生物質に関する本格的な調査がおこなわれました。この調査は、マヒドン大学(Mahidol University)、コンケン大学(Khon Kaen University)、ソンクラー大学(Prince of Songkla University)による合同調査で、入手方法や使用状況について聞き取りがおこなわれています。その結果、42%が薬を処方通りに服用していないことが判りました。また医師の過剰投与が問題とする意見も見受けられます。(注3)
欧米ではどうなのでしょうか。欧米の医師は抗生物質をよほどのことがない限りは処方しない、と言われることがあります。実際、オランダでは抗生物質には保険が効かず全額自己負担となるそうです。欧米の医師と話していても、彼(女)らは「抗生物質は明確な理由がなければ処方してはいけない」と言います。
しかし、すべての欧米人が抗生物質をよほどのことがない限り服用しないのか、と言われればそうでもないような気もします。例えば、欧米からアジアにくる旅行者やバックパッカーのなかには、いくつもの抗生物質を携帯している人がいますし、日本では入手しにくいマラリアの薬などを持っていることもあります。彼(女)らはそれなりに医学に詳しいこともありますが、医師の処方や指示なしに自分の判断で抗生物質を内服しているのです。
今後NDM-1に効く薬剤が開発されたとしても、世界規模で抗生物質に対する厳格な規制を設けない限りは同様の問題がそのうち発生することは間違いないでしょう。
注1:このニュースのタイトルは、「Scientists find new superbug spreading from India」で下記のURLで読むことができます。
http://www.reuters.com/article/idUSLDE67A0O120100811
注2:この論文のタイトルは、「Emergence of a new antibiotic resistance mechanism in India, Pakistan, and the UK: a molecular, biological, and epidemiological study」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://www.thelancet.com/journals/laninf/article
/PIIS1473-3099%2810%2970143-2/abstract
注3:この記事のタイトルは、「Abuse of antibiotics is rampant, say researchers」で、下記のURLで内容を読むことができます。
http://www.bangkokpost.com/news/local/194770 /abuse-of-antibiotics-is-rampant-say-researchers
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| 84.「ひきこもり」という病 2010/8/20 |
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家や自室に閉じこもって外に出ない若者の「ひきこもり」が全国で70万人に上る。また、将来ひきこもりになる可能性のある「ひきこもり親和群」も155万に上る・・・
これは、内閣府が2010年7月23日に公表した全国実態調査の結果です。この調査は、2010年2月18〜28日、全国の15〜39歳の男女5,000人を対象に行われ、3,287人(65.7%)から回答を得ています。
「ひきこもり」はその定義にもよるでしょうが、あなたの周りにもひきこもっている人が増えていると感じないでしょうか。
私からみると(医師としてみても一社会人としてみても)、ひきこもりは着実に増えています。私は精神科専門医ではありませんが、それでも日頃はひきこもっているという患者さんや、その家族からの相談を受けることがあります。少し実例を紹介しましょう(注1)。
【症例1】31歳女性。3〜4年前から突然ニキビができてひどくなりだした。これまで複数の医療機関を受診したがよくならず、鏡を見るのが苦痛になりうつ状態となった。そのうち仕事を辞め、ひきこもるようになった。新しい仕事を探さなければならないと思うが、ニキビが気になり面接に行くことができない。ひきこもり歴は1年半。
【症例2】38歳男性。3年間コンビニ以外には出かけたことがない。生活は同棲している女性が支えている。1ヶ月以上咳が続いており、心配した同棲相手が相談のため受診した。本人は「病院には絶対に行きたくない」と言っているとのこと。
【症例3】40歳男性。以前は大企業に勤めており性格も活発であったが、母親によると、ある日突然気分が落ち込み、そのうち退職し、すでに5年以上ひきこもっているとのこと。母親に強く言われ当院を受診した。(母親の付き添いはなく本人がひとりで来院した。尚、母親は「ひきこもりについて相談してくるように」とは言わなかったとのこと) 診察室で、「今日はどのような症状で来られましたか」と尋ねると、「最近太ってきたのが気になって・・・」と、ひきこもりのことには触れない。そこで、「普段は何をされていますか」と聞くと、「自動車関連の会社で内勤をしています」と、ひきこもっていることを言わない。「仕事は楽しいですか」と聞くと、「しんどいこともありますが、人間関係には恵まれていて・・・」、とあくまでもひきこもっていることや精神的に不調なことを隠し通した。
これらはいずれも「ひきこもり」と言える症例だと思います。症例1の女性は、最近少しずつ元気になってきて、ニキビも完治したとは言えませんが、以前ほど悪化しなくなりましたので近いうちに社会復帰が期待できるかもしれません。
しかし、症例2と症例3は、私にはなす術がありません。ひきこもりを専門にしている精神科医を紹介することさえできません。なぜなら、2人とも治療意欲がまるでないからです。しばらくは、同棲相手や両親が見守るしかないでしょう。(しかし、この「見守る」という姿勢は大変重要です)
ところで、ひきこもりが増えていることは専門家からみても間違いないようです。例えば、ひきこもりの第一人者として知られる精神科医の斉藤環氏は、著書『社会的ひきこもり 終わらない思春期』(1998年)のなかで、精神科医を対象としたひきこもりに対するアンケート調査(実施は1992年)の結果を紹介しているのですが、そのなかで、「このような事例の経験がない治療者が意外に多かった」、とコメントしています。90年代前半当時は、精神科医でさえひきこもりはそれほど頻繁に遭遇する現象ではなかったことを示しています。
ひきこもりが増えていること以外にも、以前と現在では特徴に違いがあります。
1つは高年齢化です。以前は、ひきこもりとは若者に特徴的な現象だったのです。1998年に上梓された上記書籍のなかで、斉藤氏はひきこもりの定義を次のようにしています。
「20代後半までに問題化し、6ヶ月以上自宅にひきこもって社会参加をしない状態が持続しており、ほかの精神障害がその第一の原因とは考えにくいもの」
さらに、氏は同書で「実際には20代前半までで事例のほとんどをカバーできる」と述べています。つまり、90年代のひきこもりは若者がほとんどだったのです。それが、現在では高年齢化がすすみ、以前の定義には合わなくなってきているのです。
高年齢化に伴い、ひきこもる「きっかけ」も変わってきています。80〜90年代にかけてのひきこもりは、圧倒的に不登校がきっかけとなるケースが多く、社会人にはみられない現象だったのです。実際、斉藤氏は同書で「ある程度の社会的な成熟を経た後には、こうしたひきこもり状況はほとんど起こりません。少なくとも私はそのような事例を知りません」と述べています。
現在のひきこもりは、「社会人を経験した後で」というパターンが増加しています。冒頭で紹介した内閣府の調査では、ひきこもったきっかけについて調べられています。調査によると、1位が「職場になじめなかった」で23.7%です。「病気」(23.7%)、「就職活動がうまくいかなかった」(20.3%)が2位、3位と続きます。
90年代以前のひきこもりと現在のひきこもりを比較したとき、もうひとつ大きな違いがあります。それは、「精神疾患がある程度の割合で混在していること」です。
先に紹介した斉藤医師が90年代に作成した定義では、「ほかの精神障害がその第一の原因とは考えにくいもの」という条件が入れられています。ところが、2010年4月に施行された「子ども・若者育成支援推進法」に併せて厚生労働省によって作成された「ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン」によりますと、引きこもりは次のように定義されています。
「様々な要因の結果として社会的参加を回避し、原則的には6ヶ月以上にわたって概ね家庭にとどまり続けている状態を指す現象概念である。なお、ひきこもりは原則として統合失調症の陽性あるいは陰性症状に基づくひきこもり状態とは一線を画した非精神病性の現象とするが、実際には確定診断がなされる前の統合失調症が含まれている可能性は低くないことに留意すべきである」
要するに、「ひきこもりのなかには統合失調症が含まれている」と厚労省は考えているわけです。さらに、内閣府の公開講座で公表されたデータでは、ひきこもりのなかで「発達障害」が27%、「不安障害」が22%、「パーソナリティ障害」が18%、「気分障害」が14%、「適応障害」が6%、「統合失調症」などの「精神病性障害」が8%認められたとされています。これら精神疾患を合わせると、実に「ひきこもりの95%に発達障害なども含めた精神疾患が確認された」ことになります。
ただし、私見を述べれば、「パーソナリティ障害」や「適応障害」が本当に病気と言えるか、という疑問が残ります。もちろん病気と呼ぶにふさわしいレベルのものもあるでしょうが、このような”障害”は、定義や解釈の仕方によって正常にも異常にもなります。ですから、「ひきこもりは精神疾患のひとつの症状」としてしまうことには、個人的には抵抗があります。
しかしながら、ひきこもりを治療するに当たっては、最初から医師(重症度の高い症例であれば初めから精神科専門医)が関与するべきだと私は考えています。友達や親戚だけで社会復帰させようとすると、ときに逆効果になることもあり得ます。周囲の者は不安になったりイライラしたりするでしょうが、まずは「暖かく見守る」ことが最も大切なのは間違いありません。
ひきこもりが長期化し、ついに社会復帰できないまま・・・、ということも今後起こりうるでしょう。しかしながら、ひきこもりの生活を終了し社会復帰した人も少なくないことにも注目すべきです。最後に、ジャーナリスト池上正樹氏の『ドキュメントひきこもり「長期化」と「高年齢化」の実態』に登場する、ひきこもりから抜け出した40歳女性のコメントを紹介しておきます。
「ひきこもりを経験して私が思うのは、ひきこもりを抜け出すことによって、新しい人生の価値観が得られるということです。だから、ひきこもりは、新しい自分探しのチャンスだと本人にも家族にも思ってほしいのです」
注1:ここで紹介している3つの症例は、私が診察した患者さん(とその家族)をヒントにしてつくりあげたフィクションです。もしもあなたに、登場人物と似たような境遇の知り合いがいたとしても、それは単なる偶然であるということを銘記しておきたいと思います。
参考:
斉藤環『社会的ひきこもり 終わらない思春期』PHP新書(1998年)
池上正樹『ドキュメントひきこもり「長期化」と「高年齢化」の実態』宝島社新書(2010年)
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| 83.感染性胃腸炎とO157 2010/7/20 |
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O(オー)157などによる腸管出血性大腸菌感染症が増加しています。
国立感染症研究所感染症情報センターによりますと、今年(2010年)の年明けから5月中旬まで、週の報告数は10〜30例前後でしたが、その後増え始め、6月7〜13日の週は174例にまで増加しました。6月13日までの累積の報告数は、2000年以降の同時期で2番目に多い779例になっています。
「記憶に新しい」という言い方がすべての人に当てはまるかどうかは分かりませんが、O157と言えば、1996年に大阪の堺市で集団発生し死者も出て、カイワレ大根が一時悪者扱いされた事件を覚えている人は多いでしょう。
今回は、全国的に感染性の下痢が増加していて、太融寺町谷口医院にも毎日のように下痢を訴えて受診する人がいますから感染に注意しましょうね、という話をしたいのですが、O157についてまずは簡単に振り返っておきたいと思います。
O157が初めて登場したのは(「登場した」ではなく「発見された」が適切かもしれませんが)、1982年のアメリカで、このときはハンバーガーによる集団感染でした。日本では1990年に埼玉県で幼稚園の井戸水で集団感染し園児2人が亡くなっています。このときもマスコミに報道され注目されましたが、やはり決定的に有名になったのは1996年でしょう。
まず5月に岡山で集団感染が報告され、7月には大阪府堺市で爆発的な増加をみせます。最終的な患者数はおよそ8千人で、死者も3人となりました。このときのマスコミの報道は、予防や治療に重点を置いたものというよりは、O157の原因探し、もっと言えば”犯人探し”に躍起になっていたように思われます。そしてついにカイワレ大根が犯人としてまつりあげられました。
このとき私はまだ医師ではなく医学生でしたが、当時の厚生省に対して「そんなこと発表していいの??」という気持ちになったのを覚えています。というのも、そもそもカイワレ大根からはO157が検出されていないのです。そして、1982年のアメリカ以降、O157が検出されているのは、ほとんどが肉類なのです。常識的に考えれば、まずは弁当や給食に使われていた肉や精肉業者を考え、たとえ肉からO157が検出されなかったとしても、カイワレ大根の可能性があるなどと公式発表するなんていうのは方向違いもいいところです。(参考までに、カイワレ大根生産業者らは風評被害を受けたとして国家賠償を求める裁判をおこし国が負けましたが、これは当然です)
その後、O157の名前をあまり聞かなくなったな、と思っていると2000年代に入って2〜3年に一度程度、ときどき報道されるのを耳にするようになりました。最近では、昨年(2009年)大手ステーキチェーンの「ペッパーランチ」が東京と大阪を含む全国数店舗で食中毒を起こし、その原因としてO157が報告されました。
そして、今年(2010年)初頭から急激に報告数が増加・・・。多くの感染症は定期的に猛威をふるいますが、1996年以来14年ぶりに今年はO157の流行の年となるかもしれません。
O157というのは大腸菌の1種です。大腸菌のなかにもいろんな種類のものがあり、実は大半の大腸菌は無害であり誰の腸内にも生息しています。ですから、「腸内で大腸菌が見つかったから治療をおこなわなければならない」というのは誤りです。
多くの種類がある大腸菌のなかでいくつかは人間に悪さをします。この悪さをする大腸菌のことを「病原性大腸菌」と呼びます。しかし、「病原性大腸菌」のなかにもいろんな種類があって、腸管侵入性大腸菌(EIEC)、毒性原性大腸菌(ETEC)、腸管病原性大腸菌(EPEC)、・・・、といった感じで分類されています。病原性大腸菌のなかに腸管出血性大腸菌(EHEC)というものもあり、O157はこのグループに所属します。
O157を含む腸管出血性大腸炎の最大の特徴は、血便をきたす、ということです。下痢で医療機関を受診すると、「血便はないですか」と聞かれますが、医師からみたときに、この血便の有無というのは非常に大切な情報なのです。
血便をきたす疾患には実に様々なものがあり、単なる痔(ぢ)であることもあれば、潰瘍性大腸炎といった非感染性の炎症性疾患であることもありますし、中年以降であれば大腸ガンがみつかることもあります。大腸ポリープによる血便、抗生物質の副作用による血便(偽膜性腸炎)、高齢者であれば虚血性腸炎なども考えられます。危険な性交渉がある人であればアメーバ赤痢がみつかることもあります。
急性の発症で強い腹痛や発熱、嘔吐などがあれば細菌性の大腸炎を考え、血便があればO157も疑います。O157を含む腸管出血性大腸炎がなぜ血便をきたすのかというと、このタイプの大腸菌は「ベロ毒素」と呼ばれる強い毒素を産生するからです。ベロ毒素は腸管粘膜に侵入すると細胞を死滅させ、その結果出血がおこるのです。ベロ毒素が血中に入り、腎臓まで到達すると腎臓の尿細管細胞を破壊し、急性腎不全(溶血性尿毒素症候群)が起こることもありますし、脳に到達すると急性脳症を起こし致死的な状態になることもあります。要するにベロ毒素が大変な曲者で、こいつが血便、腎不全、脳症などの原因になるというわけです。
一般に、「感染症による下痢は下痢止めを使って下痢をとめてはいけない」、と言われますが、O157の場合は特に重要です。なぜなら、下痢止めを使って腸管の動きを止めてしまえば、それだけベロ毒素に悪さをする時間を与えるようなものだからです。
細菌性でもウイルス性でも医師が感染性の下痢を考えたときには、よほどのことがない限り下痢止めは処方しません。放っておいたら下痢がどんどんひどくなり脱水になるような場合であっても下痢止めは使わないのです。脱水のリスクがあると考えれば点滴をおこないます。
さて、O157の被害が小学校や幼稚園、あるいは高齢者の施設に偏って起こっているのはなぜでしょうか。これは、子供や高齢者は抵抗力が弱いために一気に病原体が体内で増殖するからです。実際、成人であればO157に感染しても、無症状、もしくは軽度の下痢で済んでいる可能性があります。症状が軽度であれば医療機関を受診しないでしょうから、O157に感染している人数は、国立感染症研究所感染症情報センターの報告よりもはるかに多いと考えられます。
「生肉なんて食べていないし、食べ物はすべて加熱しています」という人でも感染性の下痢を起こすことはよくありますが、これはなぜでしょうか。よくあるのが、生肉を調理したまな板でサラダ用の野菜を切っていたとか、生肉を調理した後、手をよく洗わないままおにぎりを作った、などというケースです。ですから、料理をする人はこういった点に充分に注意しなければなりません。
O157の場合は、食べ物→人、だけでなく、人→人という感染経路もしばしば報告されますし、人→人の感染性下痢はO157に限らず他の病原体でもおこりますが、これはなぜでしょうか。それは、例えば、下痢をしている人がトイレに → お尻をふくときに病原体が手に付着した → 手洗いが不十分でその手でトイレのドアノブを触った → 次にトイレに入る人がそのドアノブに触れた → その人も手洗いが不十分でトイレから出た後おにぎりを手で食べた、という経路での感染です。
下痢が周囲で流行りだしたとき、いつもにも増して手洗いを徹底しなければなりませんし、料理をつくる人はまな板や包丁にも注意をしなければなりません。それでも気になる人には、携帯できるタイプの消毒液をすすめることがあります。これは、元々医療者用に開発されたものだと思うのですが、最近は薬局で誰でも買えるようになっています。ジェルタイプのものならすぐに乾きますし大変便利ですから、一度試されてはいかがでしょうか。
そしてO157で言えば、最も大切なことは「肉料理に充分に注意する」ということです。少なくとも、カイワレ大根を食べるときよりは注意が必要です・・・。
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| 82.熱のない長引く咳は百日咳かも・・・ 2010/6/20 |
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百日咳が流行しています。百日咳と言えば子供の病気というイメージがありますが、ここ数年は成人の百日咳が増加しており、国立感染症研究所の報告では、今年(2010年)は、第20週(5月17〜23日)の時点で、20歳以上の割合が5割を超えています。
20歳以上の割合は5割、と聞くと、それでも約半数は子供なんだ、と思ってしまいますが、この数字は実態を反映していないと考えるべきです。
まず、なぜ百日咳の患者数を国立感染症研究所が把握しているかというと、百日咳を診断した医療機関はそれを当局に届出なければならないからです。一般に、「特定の感染症」を診断したとき、医師には届出義務が生じます。
この「特定の感染症」というのは、法律で定められており、すべての感染症が該当するわけではありません。例えば、足の水虫を診断したり、腟内のカンジダが確認されたりしてもそれらを届ける必要はありません。「特定の感染症」は、例えば現在流行しているA型肝炎や手足口病、HIV、麻疹などが相当します。そして、百日咳も「特定の感染症」に相当します。
ここからが少しややこしくなります。実は「特定の感染症」というのは、「全数届出感染症」と「定点届出感染症」に分けられます。前者(全数届出感染症)は、すべての医療機関で届出義務が課せられる感染症です。HIV、エボラ出血熱、A型肝炎、などが相当します。一方、後者(定点届出感染症)は、あらかじめ指定されている医療機関にのみ届出義務が課せられます。
百日咳は定点届出感染症に指定されており、「定点」は通常は小児科の医療機関が選ばれます。もちろん、「定点」に選ばれない医療機関もあるわけで、「定点」に指定されているAクリニックを受診すれば届出をされて、「定点」でないBクリニックを受診すれば百日咳と診断がつけられ治療をおこなわれても届出はされないことになります。つまり、あなたがAクリニックを受診するかBクリニックを受診するかによって、その週の百日咳の患者数が変わる、ということになります。
通常、成人が長引く咳で医療機関を受診する場合、「内科」を受診することがほとんどで、あえて「小児科」を受診することはないでしょう。自分の子供を小児科クリニックに連れて行って、子供と同じような症状のある自分を”ついでに”診てもらう、とか、「小児科・内科」で診療をしているクリニックで診察を受けた、という場合であれば届出されることになりますが、一般の内科系クリニックを受診した場合は、届出はされないことになります。
ですから、数字には上がってこないだけで実際には百日咳に罹患している成人は相当数に上るはずです。
しかしながら、百日咳が流行したからといって慌てる必要はありません。なぜなら、ほとんどの場合、成人の百日咳は、咳には苦しめられるものの、通常高熱はでませんし、多少時間がかかることはありますが無治療でも自然治癒することが少なくないからです。
一方、小児では事情が異なります。小児の百日咳は、熱もでますし、激しい咳は周囲が苦しくなる程ですし、嘔吐することもあれば、咳発作が重症化して呼吸困難に陥ることもあります。ワクチン接種をしておらず、無治療であれば、死に至ることも珍しくありません。実際、日本でもワクチンが普及する前は死亡率が10%もあったとする報告もります。
ワクチンが普及すれば、感染者は劇的に減少するのですが、実は百日咳ワクチンには様々な歴史があって、副作用が問題になりいったん供給が中止となったこともあります。改良が重ねられ、現在ではジフテリア、破傷風との混合ワクチン(DPT三種混合ワクチン)が登場し、1994年からは1回目の接種が生後3ヶ月となりました。それまでは2歳で1回目の接種をすることになっていたのですが、生後3ヶ月に早められたのは、百日咳は生後6ヶ月未満で発症することが少なくないからです。(注1)
一般に生後だいたい6ヶ月くらいまでは、お母さんからの免疫(これを「経胎盤移行抗体」と呼びます)があって、多くの感染症にはお母さんが培った免疫力で対処できるのですが、百日咳の場合は、この免疫が期待できないのです。そこで、ワクチンをできるだけ早くから接種する必要があるというわけです。
さて、成人の百日咳ですが、統計に反映されない感染例がかなり多くあり現在も流行していることはほぼ間違いありません。では、医療機関では百日咳を疑った場合はどうしているのでしょうか。
太融寺町谷口医院にも長引く咳を訴えて受診される方は少なくありません。このような訴えは年中あるのですが、ここ1〜2ヶ月は特に増加しているように思われます。ただ、長引く咳→百日咳、と短絡的に決められるわけではなく、アレルギーが関与している咳や、持病の喘息や慢性気管支炎が悪化した場合、ウイルス性の感冒がダラダラ続いている場合、また、マイコプラズマ肺炎であることもありますし、頻度はそれほど多くありませんが結核が見つかることもあります。またタバコを吸う中高年の場合は、COPDと呼ばれる肺の病気であることもありますし、逆流性食道炎の1つの症状といった気道とは関係のないことが原因となっている長引く咳もあります。
一般的に咳が長引いていれば胸部レントゲンを撮影することになるのですが、百日咳はレントゲンで特徴的な像を呈するわけではありません。ですから、レントゲンは、百日咳を見つけるために撮るというよりも、百日咳以外の重症な疾患(結核や肺ガンなど)を除外するために撮影する、といった意味の方が大きいといえます。
血液検査はどうかというと、実は成人の百日咳の場合は、決定的な指標というものがありません。子供の場合は、血液検査の値が百日咳に特徴的になるのですが、成人の場合は、凝集価という値や抗体(IgG抗体)を調べることがありますが決定的なものではありません。また、遺伝子診断(PCR)をおこなえば確定できることがありますが、これは保険適用がなく、もしも検査をするとなるとかなりの高額になります。それにいずれの検査をしたとしても、結果がでるまでに数日から1週間以上かかります。
もしも、百日咳という病気が、何らかの理由で「100%の診断がつかなければ治療を開始してはいけない病気」であれば、なんとしても確定診断をつけなければなりませんが、実際はそうではありません。例えば、クラリスロマイシン(商品名はクラリス、クラリシッドなど)という抗生物質は百日咳によく効いて、同時に同じく長引く頑固な咳の症状がでるマイコプラズマにもよく効きます。
ですから、少し荒っぽい言い方をすれば、その咳がウイルス性やアレルギー性のものではなく、細菌性の上気道炎である可能性が強く(注2)、咳が主症状であれば、クラリスロマイシンを投薬してみるというのは臨床の現場ではしばしばおこなわれる方法のひとつです。もちろん、抗生物質というのは安易に処方すべきものではありませんし、百日咳であることを強く疑っても、ピークを過ぎて治癒過程にあるような場合は、あえて何も処方しない(もしくは一般的な咳止めのみの処方とする)こともあります。
成人の百日咳は、咳が長引くことはあるものの発熱はないことが多く日常生活が妨げられるようになることはそれほど多くありません。また、確定診断がつかなくても治療が開始されることもあり、ほとんどは数日後には治癒しますから、それほどやっかいな病気ではないと言えます。しかしながら、まだワクチン接種をしていない子供にうつしてしまうと大変なことになりかねません。周りに小さなお子さんがいる方は早めに医療機関を受診すべきでしょう。
注1 百日咳のワクチンは終生免疫が得られるわけではなく、成人する頃にはワクチンの効果が消失していると考えられています。また、DPTワクチンは通常下記のようなスケジュールで接種します。
・1期初回接種を、生後3ヶ月から1歳までの間に、3〜8週あけて合計3回。
・1期追加接種を、初回接種後1年から1年6ヵ月後に1回接種。
(2期接種を、11歳くらいにおこないますが、通常このときは、DTワクチン(ジフテリアと破傷風)のみで百日咳はおこないません)
注2 「上気道炎(風邪症状)がウイルス性のものなのか細菌性のものなのかをどうやって区別するのですか」という質問をときどき受けます。それらを区別するには、問診、肺野の聴診、咳や痰の性状、発熱の有無(これはあまりあてになりませんが)、その人の基礎疾患(アレルギー疾患の有無、糖尿病や悪性腫瘍、HIV感染などはないか)、などもありますし、肺炎を疑った場合は胸部レントゲンを撮影しますが、当院では咽頭スワブの染色(咽頭を綿棒でぬぐいそれをスライドに引いて特殊な染色をおこない顕微鏡で観察します)を重要視することがしばしばあります。細菌感染の場合、炎症細胞と呼ばれる一部の白血球が集まっている像が観察されることが多いのです。また、最近ではプロカルシトニンという値を血液検査で測定して細菌感染の有無の参考にするという方法もあるのですが、結果がすぐに出ないことと高価なことから当院ではあまりおこなっていません。
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| 81.慢性腎臓病と塩分制限 2010/5/19 |
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「慢性腎臓病」という病気の名前を聞いたことがあるでしょうか。
「慢性」も「腎臓病」も別段真新しいネーミングではありませんから、なんとなく昔からあったように感じられますが、「慢性腎臓病」というこの病気の名前はそれほど古くからあったわけではありません。
慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease、略してCKDと呼ばれることも多い)は2002年に提唱された、新しい病気の概念です。
この病気の定義は、専門的に言えば、3ヶ月以上続く尿蛋白など腎臓病を疑う異常所見、もしくは3ヶ月以上糸球体濾過量(GFR)が60ml/分(正常100ml/分)、のいずれかを満たす状態、となります。糸球体濾過量というのは、腎臓を構成する糸球体と呼ばれるフィルターの役割を担っている組織が1分間にどれくらいの血液を濾過し尿をつくれるかを示す数値なのですが、これを正確に計測するのはかなり大変です。そこで、実際には、血液検査でわかる腎臓の数値をみて推定式にあてはめることによって、およその糸球体濾過量を算出します。
もう少し現実的な話をすると、例えば健康診断で蛋白尿がみつかり再検査でも蛋白尿が続いたので採血をしてみてその結果から慢性腎臓病という診断がついた、とか、何らかの理由で血液検査をおこなったところ、偶然に腎臓の数値が悪くなっていることが発覚して、そこから慢性腎臓病の診断を受けた、などということが多いと言えます。ここで言う「腎臓の数値」とは通常クレアチニン(Cre)を指します。
慢性腎臓病になるとどのような症状がでるのかというと、初期であれば、まったくといっていいほど無症状です。ある程度進行したところで初めて、尿の量が多い(特に夜間に何度もトイレに行く)とか、身体がむくむ、といった症状が出現します。
この状態がさらに進行すると慢性腎臓病は重症化し、こうなると病名も「慢性腎不全」もしくは「尿毒症」となり、倦怠感、息切れなども出現します。ここまで来れば有効な治療法は人工透析か腎臓移植ということになってしまいます。
慢性腎臓病という病気は2002年に提唱された、と上に述べましたが、実は米国では随分前から、この概念が重要視されていました。それは、腎不全にまでは至らないけれども腎臓の機能が少し低下した状態(要するに慢性腎臓病の状態)になると、将来的に心血管障害(心筋梗塞や脳梗塞など)を起こすリスクが高くなることが分かっていたからです。
ところで、どのような人が慢性腎臓病になるのでしょうか。圧倒的に多いのが生活習慣の不摂生が原因となっている場合です。実際、メタボリック症候群(もしくは予備軍)の人が慢性腎臓病を合併しているケースは非常に多いと言えます。太融寺町谷口医院の患者さんをみてみても、慢性腎臓病と診断がついているのは、40代から60代くらいのメタボ体型の男女が目立ちます。(しかし痩せている人でも慢性腎臓病は珍しくはありません)
ですから、運動療法と食餌療法をしっかりとおこなえば慢性腎臓病のリスクは随分と減らすことができるのですが、そのなかでも最も重要なのは「塩分の制限」です。しかし、塩分の制限というのは決して簡単ではありません。
そもそも塩というのは大昔には大変貴重なものであり、人間の身体は少ない量の塩分摂取で生きることができるようにつくられています。もしも大量の塩分を摂らないと生存できないような身体であれば子孫を残せなかったというわけです。しかし、その逆に、大量の塩分を摂取したときには不要な分は排出する、などといった都合のいい対処をおこなうことはできないのです。
よく言われるように、国際的にみて日本人の塩分摂取量はトップレベルです。2008年の厚生労働省の調査では、成人男性の1日の塩分摂取量は平均11.9グラム、女性で10.1グラムとなっています。昭和時代には15グラム以上、東北地方に限って言えば20グラムを超えていたという報告もありますから、最近は随分と改善してきていますが、現在でも適正摂取量からはほど遠いと言われています。
慢性腎臓病の概念を早くから重要視していた米国では、塩分の制限が盛んに議論されるようになり、今年(2010年)3月には、ニューヨークで、「塩を使って料理をすると店主に罰金 1,000ドル(約 90,000円)を科せる」という法案が提出されました。(報道は2010年3月12日のTelegraph、下記注参照)
さすがにこの法案は議会を通過しなかったそうですが、もしもこの法律が日本で成立したとすると生き残れるレストランは1つでもあるのでしょうか・・・。これほどまでに現在のアメリカでは塩に対する風当たりが強くなっているのです。
塩分制限の世界的な流れを受けてなのか、2010年4月に改定された厚生労働省の「日本人の食事摂取基準」では、塩分の適正摂取量が男性9グラム未満、女性7.5グラム未満に改められています。(5年前の旧基準では男性10グラム未満、女性8グラム未満でした)
塩分の適正摂取量には様々な議論がありますが、例えば、日本高血圧学会が推奨する1日の適正な塩分摂取量はわずか6グラムです。6グラムという基準をすべての日本人が守らなければならないかというと異論は多いでしょうが、慢性腎臓病という診断がつけられれば6グラム以下にすべきというのは、ほとんどの医療者が賛同するところです。(慢性腎臓病のガイドラインにもそう書かれています)
では、食塩6グラムとは実際にはどの程度なのでしょうか。
味噌汁、鍋焼きうどん、五目そば、これら3つの1杯ずつの塩分はどれくらいでしょう。正解は、順に、2グラム、7.4グラム、8グラムです。つまり、慢性腎臓病になるとうどんの1杯も食べられないということになってしまうのです。
もっとも、汁を一切飲まなければ少しくらいは食べてもいいということにはなるでしょうが、塩分摂取量を適正に保とうすれば、寿司や刺身を食べるときも醤油はほとんど使えないでしょうし、健康にいいと言われている青魚でも、塩サバや塩サンマなんてものも食べられなくなってしまうわけです。
では、いったい何を食べればいいのでしょうか。アボリジニ人やアフリカの一部の民族は塩分をほとんど摂らないそうですが、日本で長年生活している人がそういった民族料理で生きていくのは不可能でしょう。
Telegraphの報道によりますと、ニューヨークのマイケル・ブルームバーグ市長は、「すでに公共区域での喫煙は禁止した。レストランでは、メニューにカロリー量の記載を義務付けている。塩の制限は高血圧の人たちを救えるのだ」とコメントしています。
健康のため、病気の予防、などと言われればまったく反論できなくなるのですが、「もしも自分自身が塩分を6グラム以内にせよと言われたら到底不可能だろう・・・」、そんなことを感じながら、私は日々患者さんに塩分制限の話をしています。これではとうてい説得力がありません・・・。
私は一応禁煙には成功したつもりですが、もしも塩分を6グラムにするよう強制されればやっていけるかどうか自信がありません。禁煙にもかなりの努力を要しましたが、塩分制限は禁煙よりもキツイことになるでしょう。
「健康のため」というプロパガンダは、人々からタバコを奪い、高カロリー食を奪い、ついに塩分の制限まで強制するようになってきました。次のターゲットはおそらくアルコールになるでしょう。我々は、人生を楽しむためではなく、「健康のため」に生きているのでしょうか・・・、と皮肉のひとつも言いたくなります・・・。
注1:本文で紹介したTelegraphの記事のタイトルは 「NY restaurants face total salt ban if politician gets his way」で下記のURLで読むことができます。
http://www.telegraph.co.uk/foodanddrink/foodanddrinknews/7424910/NY-restaurants- face-total-salt-ban-if-politician-gets-his-way.html
注2:どのような料理にどれだけ塩が含まれているかについては、厚生労働省が作成している下記のウェブサイトが参考になります。
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/kenkou/seikatu/himan/meal.html
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