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 毎月20日更新
 「しゃべるカラダ」~おとなになる、ちょっと手前のあなたへ~


№1 「皮膚感覚のエモーション」 2008/1/20
№2 「痛みと心の関係」 2008/2/20
№3 「おしっこが教えてくれること」 2008/3/20
№4 「春の眠りに誘われて」 2008/4/20
№5 おすすめの「全身泥パック」 2008/5/20
№6 「ダイエットは面白い?!(前編)」 2008/6/20
№7 「ダイエットは面白い?!(後編)」 2008/7/22
№8 「シミの原因メラニンは味方か敵か!?」 2008/8/20
№9 「救命の主役は“大阪のおばちゃん”」 2008/9/20
№10 「心肺蘇生は愛と勇気とハイテンション!?」 2008/10/20
№11 「Mさんとの約束」 2008/11/22
№12 「僕は僕のすべて」 2008/12/23

「オレンジ」
     
 
しゃべるカラダ№12 最終回 「僕は僕のすべて」
  
 今年1月から始めたこのコラムも今月が最終回となりました。始めの頃は、
日々の看護の中で感じたことをテーマにしていましたが、いつの間にか私的
な興味が中心となり、日常生活で気になったカラダの不思議について自由に
書かせて頂きました。

 私はこの一年間、コラムで何を書こうかという気持ちもあって、自分の心
とカラダの声をよ~く耳をすませて聞いてきました。看護学校で習った教科
書には解剖学や生理学について詳しく書いてありますが、私のおしゃべりな
心やカラダの声はもっと複雑でややこしく、なかなか教科書どおりにはいき
ません。そんな心とカラダの声を無視するのも、受け止めてつきあっていく
のも私自身なんだよなぁ、とコラムを書きながら感じてきました。

 さて、最終回となる今回のテーマは「僕は僕のすべて」です。

 皆さんご存知かもしれませんが、これは携帯電話AUのCMで流れている
嵐の新曲のタイトルです。私は嵐の猛烈なファンというわけではありません
が、彼らが歌う「今ここにいる僕が僕のすべて、それだけは変わらない」と
いうフレーズが今の私の気持ちと重なり、その思いを最後に伝えたいと思い
ました。

 私は20代半ばから看護師を目指しましたが、そのきっかけとなったのが、
いじめを受けてつらい思いをしている子どもたちとの出会いでした。

 私は短大を卒業しOLとして働いていましたが、休日はボランティアで不
登校の子どもたちと関わっていました。その頃、不登校生の数は増加の一途
をたどり、いじめによる自殺が相次いでいました。命をすり減らすほどのつ
らい気持ちを味わった子どもたちの心とカラダからは、押し殺された悲鳴が
聞こえていました。しかし当時の私は、ただ子どもたちの話しを聞くだけで
何もしてあげることができませんでした。

 将来に向けて夢いっぱいであるはずの子どもたちがどうして自ら命を失う
選択をしなければいけないのでしょうか。いじめを受けた子どもたちが話し
てくれる内容は、大人の私が聞いても胸が押しつぶされそうなほど残酷で、
よく一人でここまで耐えてきたなと思うことばかりでした。

 子どもたちはもうこれ以上傷つけられまいとして、貝のようにしっかりと
フタをしてその身を守ろうとします。ランドセルを見るだけで吐き気がする
ことも、親に学校に行きなさいと言われる度にお腹が痛くなることも、体が
自分の身を守ろうとしている大事なサインであり、必死の自己防衛だと私は
思いました。

 本来、子どもたちはエネルギーの塊のような存在であり、そのキラキラと
した個性の輝きは、隠そうにも隠しきれるものではありません。親も友達も
信じられないと貝のように閉ざした子どもたちの心の内側からは、じっとう
つむいていてもあふれるほどの元気パワーが見え隠れしていました。

 子どもたちが持っている内なるパワーには計り知れないものがあります。
しかし、友人から言葉や暴力で自分を否定され、親や教師からは登校への強
いプレッシャーを受け、子どもたちはいったい誰に、「本当は元気パワーがい
っぱいの自分もいるんだよ」と安心して表現することができるのでしょうか。

 人は皆それぞれに自分でも気づかないほどの元気パワーがあり、「私が私
である」ということをそのままに受け入れられ、安心の関係が成立する時に
その力が強く引き出されるのだと思います。

 子どもたちから心やカラダの悩みを聞くたびに、私はそんな風に思ってき
ましたが、看護師になった今も、同じようなことを高齢の患者さんや末期癌
の患者さんに感じています。

病気になると、あらめてこれまでの人生がクローズアップされてきます。
病気という気づきによって、今ある自分を受け止める。そして、周りからも受
け止められていると思えたとき、その人本来の豊かさや元気パワーが発揮
され、目の奥が輝いてきます。そんなとき人は、もっと深い安心を手にする
ことができます。私はこれまで、そんな患者さんたちに出会い、充分すぎる
ほどの内なる元気パワーを感じてきました。それは、自己否定に苦しむ社会
的難病とも言えるHIV感染やAIDSに携わる中でも学んできたことです。

 今の私はまだまだ看護師として頼りなく、しんどい思いをしている子ども
たちや患者さんに何もできないかもしれませんが、来年も「あなたはあなた
のままが素晴らしい」と熱いメッセージを送り続けたいと思います。そして
私自身も、今ここにいる私のすべてを大切にしていきたいと思っています。

 これまで「しゃべるカラダ」のコラムにおつきあい頂きありがとうござい
ました。来年からも様々な形で、カラダの不思議や看護の面白さについて発
信していきたいと思っています。
     2008/12/23
                

しゃべるカラダ№11 「Mさんとの約束」

 先日、久しぶりに部屋の整理をしていると懐かしい本がでてきました。こ
れは初めての看護実習で出会った患者Mさんから頂いた「妻の大往生」とい
う本で、私にとって忘れられない一冊です。

 本の著者は、角刈り頭がよく似合う、テレビやラジオタレントでお馴染み
の永六輔氏で、胃ガンの宣告を受けた妻を、娘2人とともに自宅で看取った
在宅ホスピスの記録です。

 この本を私に下さったMさんは肝臓癌を患っており、Mさんもまた自分
らしい最期について考えていました。

 今回は、思い出の本をもう一度読み返し、私がMさんと過ごした時間を感
じるままに振りかえってみました。

 Mさんは、毎日のように側にいる実習生の私に、これまでの人生を総まと
めするように色々な話をしてくれました。Mさんはこれまで仕事一筋で、定
年後にやっと、奥さんと一緒に山登りや旅行をはじめたそうです。入院され
る数年前には南極旅行にも行かれ、「あなたに南極で撮ってきた映像や写真を
見せてあげたい」と、その素晴らしさを何度も話してくれました。

 看護実習1年生の私にとって、Mさんは何をするにも初めての患者さんで
した。髪を洗うことも、体を拭くことも上手くできない私に、Mさんは何度
も辛抱強く付き合って下さり、「あなたがいい看護婦さんになるためなら、私
にできることを何でもお手伝いするよ」と言ってくれました。

 実習半ばに入ると、治療はほぼ終了しましたが、Mさんは高熱が続いてい
ました。実習の終盤に入っても、Mさんの体調不良は続き、ほとんどの時間
をベッドで過ごしていました。

 実習の最終日、Mさんはこれから看護婦になるあなたに読んでほしいと「妻
の大往生」を私にくれました。そして、「この人のようにボクも自宅で自分ら
しい最期を迎えたい。あなたに患者の願いや思いを大切にできる看護婦さん
になってほしい」と言われました。

 Mさんは続けて「ボクが退院したら、南極の映像を見に家に来て下さい」
と、電話番号を書いた小さなメモを一緒にくれました。私はそれを頂いてよ
いのか迷いましたが、「ぜひ伺います」と約束しメモを受け取りました。

 Mさんとの実習期間が終わり、数ヶ月が経過しました。私はその間、随分
と悩みましたがMさんに会いに行くことを決めました。実習中に出会った患
者さんのお見舞いに行くことは認められていませんでしたが、私はどうして
もMさんとの約束を守りたかったのです。

 私はMさんと連絡をとり、お家に伺いました。そして、奥さんと3人で南
極の映像を見ながら、つかの間の楽しい時間を過ごしました。私は少し元気
になったMさんの顔を見ることができて幸せでした。今度は訪問看護師とし
てMさんの家を訪れたいと、その時私は真剣に思っていました。

 その後半年以上が経ち、私はいつものように実習を終えて病院の近くを歩
いていました。すると、偶然にもMさんの奥さんにお会いしたのです。私達
は予期せぬ再会に大喜びしましたが、一息つくと奥さんの表情がゆがみまし
た。そして「ごめんね、主人は少し前に亡くなったの」と言われました。

 私はあまりにも突然なことで言葉がでてこず、その場で泣き崩れました。
Mさんの奥さんは「お父さんは、最期まで生きようと頑張ったのよ」と、私
の背中をさすってくれました。

 Mさんは体の限界まで自宅で生活され、自分で食事をし、トイレに行こう
と頑張られたそうです。しかし病状が急変し病院に運ばれ亡くなられました。

 あの時のことを思い出すと今でも胸がつまります。最期の時を自宅で迎え
ることがMさんの望みであれば、私はその思いを支えたかった。今でもその
ことが私の心から消えません。

 自分らしく「生きること」や「死ぬこと」を問い続けたMさんに、あの時
私が看護学生ではなく看護師だったら、いったいどんなことができたのだろ
うかと考えてしまいます。

 看護師になって5年目、看護技術や知識を習得してもそれだけでは決して
よい看護は生まれないことを実感する今、私はどんなことをこれから学んで
いけばいいのか、歩き応えのあるナース修行の道はまだまだ続いています。

 心とカラダの不思議に日々感動し、患者さんの「自分らしい生き方」に心
から応援できる味のある人間になりたい!そして、いつの日か天国にいるM
さんに、「いい看護婦さんになったなぁ」とはなまるをもらえたらうれしいな。
    2008/11/22
                

しゃべるカラダ№10 「心肺蘇生は愛と勇気とハイテンション!?」

 先月は、交通事故にあった少年をものすごいスピードで救命した大阪のお
ばちゃんのお話をしました。事故以来、あのおばちゃんは私の憧れの存在と
なり、スーパーマンのように空を飛びながら、今日も街のどこかで倒れてい
る人を救助しているだろうなと勝手に想像して楽しんでいます。

 現場にいながら何もできなかった私は、すっかり自信をなくしてしばらく
落ち込んでいましたが、偶然にも肺蘇生のトレーニングを受ける機会が与え
られ元気を取り戻しました。これは救命の達人に近づくチャンスだと思った
からです。

 講習会の当日、私はものすごく張り切っていました。ところが、主催団体
である「大阪ライフサポート協会」の皆さんはもっと張り切っていて、私は
そのパワーにまず驚いてしまいました。

 会場はいくつかのグループに分かれていて、各班に一人協会のリーダーが
付いてくれました。はじめのうちは、額に汗を流しながら熱心に指導をして
くれるリーダーのテンションについていけず、恥ずかしさもあってメンバー
全員が役割をゆずりあう遠慮がちな心肺蘇生を行っていました。

 代表の方は、「必死になって心臓マッサージ(胸骨圧迫)を行っている最中
に、たとえ肋骨が折れたとしてもその人の命にかわるものはありません。民
法、刑法においても、実施者が救急患者から責任をとわれることはないので、
迷うことなく人命救助に努めて下さい」と話されました。

 私はこの言葉に心を動かされました。そうです、迷いや遠慮は心肺蘇生に
よる救命率を下げる原因になります。必要なことは、1秒でも早く心肺蘇生
を実行できる行動力と、その人を救助したいと思う愛と勇気、そしてパワー
全開のハイテンションな気持ちなのです。

 懸命に指導して下さるリーダーに引き込まれるように、私たちグループも
いつの間にか全員汗だくになっていました。メンバーの一人は、飲み会の帰
りに突然同僚が心肺停止に陥ったことを想定し、人形に向かって「おい、お
まえ急にどうしたんや!大丈夫か~!」と必死になって呼びかけていたのが
印象的でした。

 講習会の1週間後、私には重要な任務がありました。それは、すてらめい
とクリニックの定例勉強会で、心肺蘇生法の実技を担当することでした。院
長はこの日にあわせて心肺蘇生用の人形とAEDを用意してくれていたので、
私も気合をいれて臨みました。

 今回学んだ心肺蘇生の方法は2005年のガイドラインで改定されたもので、
私はその中でも心臓マッサージの重要性をスタッフ全員と共有したいと思い
ました。

 これまで心肺蘇生法の手順は人工呼吸を2回行い、その後心臓マッサージ
を行っていましたが、人工呼吸が直接口対口の場合、薄いシートなどを口に
あてて感染予防ができない時や、気がすすまない時は省くことが可能になり
ました。(医療機関では救命器具を用いた酸素投与等の処置が行われます)

 最近の研究では、血液中には一定の酸素濃度が含まれているため、心臓マ
ッサージのみと人工呼吸付の心臓マッサージを比べても、救命率は同等程度
と言われており、一刻も早く心臓マッサージを優先させた方が救命率も上が
ると考えられています。

 そのため、大切なのは行われる心臓マッサージの質です。速度は1分間に
100回のペース(「アンパンマンマーチ」や「世界に一つだけの花」の曲の速
さと同じ)で、深さは傷病者の胸が4~5㎝沈み込む程度です。そして、上手
に行えている人でも2分間を目安に交代を依頼します。これは一人で行う場
合は別ですが、質を落とさず効果的な圧迫を続けるために非常に重要なこと
です。

 私たちは勉強会の後半に、突然受付で患者さまが心停止を起こされたこと
を想定し、スタッフ全員で心肺蘇生法の実技を行いました。受付からナース、
院長へとバトンを渡すように必要な救急器具を揃え、終始声をかけながら、
チームワークよく心肺蘇生法を実施することができました。

 今月より、すてらめいとクリニックの待合室にはピカピカのAEDが設置
されています。できることなら使用することなく日々の診療に努めたいと思
いますが、万一の時にはあの大阪のおばちゃんに負けない大きな声とスピー
ドで、スタッフ全員一丸となり全力を尽くしたいと思っています。

 大阪では毎年約5千人の方が病院の外で心停止となり、救急隊の到着後に
心肺蘇生を開始しても多くの方は助からないというのが現状です。

 「救命の連鎖」の最初の一歩になれるよう、あなたも心肺蘇生法を学んで
みませんか?興味がある方は「大阪ライフサポート協会」をはじめ、定期的
に講習会が行われていますのでぜひ参加してみて下さいね。
     (2008/10/20)
                   
しゃべるカラダ№9 「救命の主役は“大阪のおばちゃん”」

 先日、私は自転車に乗ってホームセンターに向かっていました。その途中、
いつもの大通りを走っていると、反対の道路でドンという鈍い音が聞こえ、
バイクと少年が道路脇で倒れていました。

 近くにいた年配の女性はものすごい大きな声で、「あの車がぶつけたで!
誰か車のナンバー覚えて」と叫んでいます。女性の声があまりにも大きく、
周りの通行人は立ち止まりその事故に注目し始めました。女性はすかさず「あ
の車は左に曲がったで、逃げたんとちゃうか!」「誰か救急車を呼んで!」と、
周りの人に状況を伝え協力を求めています。

 しばらくすると、逃げたと思われた車は現場に戻り、運転手はバイクの少
年に声をかけていました。倒れていた少年は自力で歩行ができない様子で、
到着した救急車に乗って運ばれていきました。

 私は自転車を止めて、事故後の様子を映画のワンシーンのようにじっと見
ていました。そして、急にハッと我にかえりました。少年の意識はハッキリ
していましたが、もしかしたら大量出血や骨折の可能性があったかもしれま
せん。

 また、突然急変して救命処置を必要とする状況になっていたかもしれませ
ん。私はなぜすぐに少年の状態を確認し救急車を呼ばなかったのかと、何も
行動しなかった自分を情けなく感じました。

 それに比べて、私の近くにいた女性はどうでしょう。その女性はまさに大
阪のおばちゃんという感じで、周りにいる人に遠慮なく声をかけ、救急車を
呼ぶ協力を通行人に求めていました。その素早さはあっけにとられるほどで、
その場で必要とされる行動をすべて理解しているようでした。

 このような事故は、私の身近でまたいつ起こるか分かりません。今度は目
の前で倒れた方が心肺停止に陥っているという状況も考えられます。

 街中では病院のように救命処置の器具は揃っていませんし、救急車が要請
を受けてから現場に到着するまでの所要時間は約6~7分かかると言われて
います。

 心臓停止の負傷者を3分間放置すると死亡率は約50%となり、5分後には
さらに高率となります。命を救うチャンスは何よりも第1発見者の行動にか
かっているのです。おばちゃんが倒れている少年を発見し、119番を促した
スピードはまさに救命の達人級でした。

 その後、おばちゃんはお腹がすいたのか、何もなかったかのように足早に
近くのレストランに入っていきました。きっと大盛りランチでも食べながら
成すべきことを果たした達成感を味わっていたのでしょう。

 一方、私はこの事故があってから街中で迅速な救命処置ができるかどうか
不安になっていました。私にはいったい何かできるのだろう・・・。そんな
ことを考えていた矢先でした。偶然にも心肺蘇生のトレーニングを受ける機
会が与えられたのです。
(つづく)
      2008/9/20
                       

しゃべるカラダ№8 「シミの原因メラニンは味方か敵か!?」

 あれは忘れもしない2年前の夏のことです。私は化粧をしようと鏡の前に
座り、ふと右頬に楕円形のシミを発見してしまいました。

 私は昔から少し年配の女優さんが好きで、その理由は彼女達の演技力はも
ちろんのこと、笑った時のしわやうっすらと見えるシミが魅力的に思えたか
らです。しわやシミにはその人の豊かな人生や、にじみでる優しさが一緒に
刻まれているように感じられ、私もそんな女性になりたいと憧れてきました。

 しかし、突然のシミの登場に私は動揺が隠せませんでした。右頬にある影
がシミと分かった時には「今はまだなくていいのに~!」と叫びたい気持ち
でした。そして、突如現れたこのシミは少しずつその存在を主張し、さらに
色濃くなる気配をみせています。

 海やプールが大好きな私は、毎年夏になると半端じゃないほど日焼けをし
ていました。小学生の頃から日焼け大会で連続優勝をし、中高生の時には部
活動で始終グランドにいたため、きれいな日焼けの小麦色を通り越し、友人
から「コーヒー豆」とあだ名をつけられていたほどでした。

 そして、学生時代に紫外線を浴び続けたダメージが、いよいよシミとなっ
て私の頬に現れたのでしょう。私はシミの原因として考えられる「メラニン」
こそお肌の大敵だと思い恨みました。しかし、色々と調べてみるとどうもそ
れだけではなさそうなのです。

 メラニンは、皮膚や髪の色を決定する色素であり、紫外線などのダメージ
から私たちの肌細胞の核を守るという重要な役割を持っています。

 私たちは夏だけでなく、ある一定量の紫外線を毎日浴びて生活しています。
もしメラニンがまったく存在しなければ、肌は紫外線など外部の刺激から想
像もつかないほどの損傷を受けてしまうことになります。

 メラニンが作られるのは、私たちの体が紫外線から肌細胞を守ろうとする
防御反応なのです。メラニンは、まさに体に本来備わっている日傘だと言え
るのかもしれません。

 そして、作られたメラニンは表皮の細胞に受け渡され、新陳代謝によって
古い角質とともにはがれてその一生を終えます。しかし、この代謝がスムー
ズに行われなかったり、何らかの理由で通常よりたくさんメラニンができて
しまったりすると、排出が追いつかずシミとなって肌表面に残ってしまうこ
とになります。

 肌の新陳代謝が乱れてしまう原因は紫外線だけでなく食生活や、ホルモン
バランス、睡眠不足や喫煙、飲酒、また過度のストレスなども理由として考
えられます。

 シミの原因となる「メラニン」を悪者と考えるか、それとも大切な体を紫
外線から守ってくれる味方と考えるべきか迷ってしまうところです。

 子どもの頃のように活発な新陳代謝で、紫外線に当たってもシミの残らな
い生活を送りたいものですがそうはいきません。年齢を重ねるということは、
さまざまな経験や大切な思い出が心に残るように、その証をシミとして体に
残していくことなのかもしれません。

 さて、これからこのシミを甘んじて受けようか、それともシミ対策に燃え
ようかこれもまた迷うところです。

 強い日差しがまだまだ続く毎日ですので、コーヒー色にまで肌が焼けない
ように、まずは紫外線対策をしながらゆっくり考えようと思います。

     2008/8/20
                      
しゃべるカラダ№7 「ダイエットは面白い?!(後編)」

 前編は、1年間に50キロもの減量に成功した著者が考案した「レコーディ
ング・ダイエット」法について紹介しました。

 今回は、そのダイエット法に挑戦した私の「レコーディング・ダイエット
体験記」と、その後の心の変化についてお伝えしたいと思います。

 現在の私の体重は、ダイエットを開始してから約1ヶ月間で2キロ減量し、
そのあと徐々に増え始めて今は元の体重に戻りそうなあやし~い雰囲気が
漂っています。

 私は今「レコーティング・ダイエット」法の「上昇」とよばれる3つ目の
段階で停滞しています。

 最初の「助走」「離陸」の段階は、食べたいものを我慢しないということ
が重要なポイントでしたが「上昇」の段階ではいよいよカロリー制限がは
じまります。

 私はどうもこの「制限」という言葉が苦手で、体重減少の風に軽やかに乗
りうまく「上昇」することができません。

 2つ目の「離陸」は、「助走」にプラスして一見難しそうなカロリー計算が
中心だったのですが、携帯サイトのカロリー表を利用するといつでもどこで
も調べられるので非常に便利でした。食べた物のカロリーが思っていたより
高くて驚いたり、またその逆もあって喜んだりと、私は楽しみながらカロリー
計算を続けました。

 たとえば、私は最近になってホルモンが食べられるようになったのですが、
そのカロリーの低さにはびっくりしました。大部分のホルモンのカロリーは、
牛肉や豚肉の他の部位に比べて約半分以下です。お肉をがっつり食べたいけ
どカロリーが気になる日の夕食にホルモン焼きはおすすめの一品です。

 その反対にお肉料理にあわせて使うタレには注意が必要です。先日、私は
夕食に豚しゃぶを作り、少しふんぱつして濃厚なごまだれをたっぷりかけて
食べました。

 そして、私はごまだれの瓶に書かれているカロリーをみて驚きました。そ
のラベルには大さじ1杯で54カロリーと表示されているのです。私は5杯
かけて食べたので、なんとたれだけで270カロリーも食べていました。

 それに比べて、台所にあった100円均一で買ったごまだれは、大さじ1杯
19カロリーと同量使用しても95カロリーです。タレだけでもこんなにも
違いがあるだなと私は感心してしまいました。

 これからしゃぶしゃぶを食べる度に、自分が濃厚なごまだれを使うか100円
均一のごまだれを使うか悩むかもしれません。しかし私は食べたいものを
制限したり、我慢をしてまでつらいダイエットをするのはやっぱりいやだと
思いました。

 「上昇」段階では、「一日の摂取カロリーを一定範囲内に抑える」ことを目
指すため、私はやはりこんな気持ちではこのダイエットは続けられないと思
いました。

 しかしダイエットは別にして、私は「レコーティング(記録する)」そのも
のがだんだんと面白くなってきました。

 私は食べたいものを食べて、毎晩その内容と量をノートに書き、そして体重
を計っています。それを毎日繰り返していると、ふと自分がとても大切なこ
とをしているような気分になってきました。

 食べたいものを食べることができる安心感や喜びは、自分の気持ちに余裕を
与えてくれます。そして食べた物やその量を書くことで、私がその食べ物を
選んで食べたという納得感や満足感が得られるようになってきました。

 それはただ単純に食べたいものを食べたというだけでなく誰とどんな風に食
べたかも影響しているのかも知れません。

 私はこれまでの記録を振り返り、この2ヶ月間の食生活を思い返してみました。

 昼食は注文したお弁当をスタッフ全員で食べることが多く、みんなで美味しい
ね~と絶賛しながら楽しく食べています。夕食は、きつねうどんだけの質素な
日もあれば外食して美味しいものを食べたりと様々ですが、記録を見ると誰と
どんな話をしたのか光景まで思い出されて、私は再び楽しい気持ちになること
ができます。

 もちろん、楽しい気持ちばかりで食事をしているわけではありませんが、記録を
始めてから美味しく食べられることの喜びや、心の豊かさを以前に増して感じる
ようになりました。

 これではもう「レコーディング・ダイエット」ではなく、ただの「食事日記」だ
と笑われてしまいそうですが、食べることに対して自分がこんなに大事に考えて
いるとは予想外の発見でした。

 私はもうしばらくこの食事記録を続けてみようと思います。そして、また自分の
心にどんな変化が起きるのか楽しんでみようと思っています。

     2008/7/22        
                     
しゃべるカラダ№6 「ダイエットは面白い?!(前編)」

 最近、メディアや雑誌などで取り上げられている、専門家も驚く目からウ
ロコのダイエット法をみなさんはご存知ですか?

 その究極のダイエットとは、作家で評論家である岡田斗司夫氏が自ら
編み出した「レコーディング・ダイエット」法というものです。

 著書によると、このダイエットに必要なものはメモ帳とペンだけ!運動も一
切不要、一日に食べたものを記録するだけで簡単に痩せられるのだそうです。

 作者はこのダイエット法で1年間に約50キロの減量に成功し、「ダイエットは
楽しく知的な行為であり、この上なく楽しくエキサイティングな経験だ」と記し
ています。

 紀伊国屋書店でこの本を立ち読みしていた私は「ダイエットがエキサイティ
ングなわけないやろ~!」と、思わずつっこみを入れたくなりました。

 私は以前に勤務先の先輩たちと、その名も「ダイエットクラブ」を作ったことが
あります。それは3ヶ月で体重を4キロ減量する競争で、期間中ダイエットに成
功しなかった人は、参加者全員に高級焼肉をおごるというものでした。

 ダイエットクラブの参加者は全員体重測定をし、各自それぞれの方法でマイ
ナス4キロの減量を目指してスタートしました。

 私は大好きなアイスクリームやケーキなどカロリーの高いデザートを絶ち、
油物、さらにお酒まで止めました。そしてご飯やパンなどの炭水化物を口に
しない方法でダイエットに望みました。

 最初の頃は、私は高い焼肉をおごりたくない一心で頑張れたのですが、
だんだんと自分で禁止した食べ物が食べたくて仕方なくなりました。

 次第に、私の頭の中はジューシー揚げたての豚カツと、注ぎたての生ビー
ル、生クリームたっぷりのケーキと、食べたい物のオンパレードで占領されて
いきました。私は好きな食べ物を我慢しないといけないのはこんなに苦しいも
のかと痛感し、ハーゲンダッツの店の前を通るのが拷問のように思えました。

 私は食への欲求が断たれたことで心まで荒み、働く気力さえ奪われていき
ました。最後には、ダイエットはもう二度としたくないとヘトヘトになってクラブを
退会しました。

 三ヵ月後、無理なダイエットを行ったほとんど全員が減量に成功しました。
しかし、その後の食べまくり飲みまくりの生活がたたり、私を含めリバウンド者
続出で散々な結果は言うまでもありませんでした。

 そんな哀れなダイエット経験のある私ですが、本屋で立ち読みをした後、
なぜかこの「レコーディング・ダイエット」法をやってみようと思いました。理
由は単純かもしれませんがなんだか面白そうに思えたからです。著者のよう
に1年で50キロ減量という感動的な経験はできなくても、今度こそダイエッ
ト成功によるエキサイティングな感情を少しでも味わってみたいと思いました。

 この本は1時間半程度で通読できるように仕上げられていて、私は通勤
時間を利用して2,3日で読み終えました。そして、私は強い決意もなく5月
中旬からこのダイエット法を始め、現在もなんとなく継続しています。

 それでは、著者が考えた「レコーディング・ダイエット」法について簡単に
紹介したいと思います。

 このダイエット法は6つの段階に分かれています。1つ目は「助走」、2つ目は
「離陸」と、いうように飛行機の発進プロセスになぞらえて順を追って上昇から
軌道到達まで至ります。

  現在、私は1つ目の「助走」の段階です。私は今まで通りの食生活を行い、
カロリーのことなど考えず毎日食べたいものを食べています。この段階でやる
ことは「口に入れたものと体重を記録する」という、ただこの1つです。

 この段階では、自分で食べたものを振り返って反省したり、食べちゃいけな
かったなどと罪悪感を持たないのがポイントです。ダイエットをとにかく気楽に
やってみようと思うのが継続の秘訣のようです。


 このダイエット法は、ガンガン運動したり、食事を制限したりという方法では
なく、どうやれば太っている状態から抜けられるかという点と、心理的な行動
療法を主軸に書かれています。

 今年4月から、国の生活習慣病対策として、メタボリックシンドロームの早期
発見を目的とした「特定健診」や「特定保健指導」が始まっています。保健指導
の対象になる方にとっても、このダイエット法の技術や思想はかなり効果的なん
じゃないかなと感じ始めています。
 
 次回は、私の「レコーティング・ダイエット」体験記と、このダイエットによって
私がどんな心理的な影響を受けたかをお伝えしたいと思います。

     2008/6/20
                    
しゃべるカラダ№5 おすすめの「全身泥パック」

 私は今月1週間のゴールデンウィーク休暇を利用して九州旅行へ行ってき
ました。

 初日は北九州市に住む親友と会い、博多でとんこつラーメン、もつ鍋、そ
してずらりと並ぶ屋台で食べて飲みまくりました。ちょうど博多どんたくも
開催されていて、町中がお祭り騒ぎのハイテンションな夜を過ごしました。

 そして2日目、私はついに長年の夢だったあることを体験しました。それ
は有明海の干潮時間に行われる「干潟体験」(ひがたたいけん)です。干潟体
験とは潟スキーとよばれる大きなスキー板を利用して泥の上を滑ったり、干
潟に生息する生物を観察したりする自然体験の一つです。

 私は以前テレビで干潟遊びをしている人たちを見て以来、一度でいいから
干潟に行ってみたいと思っていました。そして実際に干潟体験をしてみると
ものすごく楽しくて、私はすっかり干潟の魅力にはまってしまいました。

 今回は私の干潟体験と、その時に試してみた「全身泥パック」の美肌効果
について考えてみたいと思います。

 干潟体験をした5月4日は絶好の潟日和で、到着するとすでにたくさんの
人達が全身泥だらけになっていました。一般と団体に分かれていて、一般の
体験コースは600円を払うと潟タビと潟スキーを貸してくれます。体験時に
使用するTシャツや短パンと中に着る水着は各自持参です。

 干潟に着くと係の人が潟スキーの使い方を教えてくれました。「片膝を板に
乗せてもう片方の足で泥を蹴って進んで。まぁ、やってみて」と言ってその
係の人はどこかに行ってしまいました。

 私は思い切って勢いよく沖の方へ進んでみました。するとスイスイと泥の
上を板が滑ります。しかし、調子に乗っていると途端に足が泥から抜けなく
なり、わずか数メートルで全く動かなくなってしまいました。

 これはもう泳ぐしかないと考えた私は、両手と両足をズボズボっと泥の中
に入れてみました。すると泥の中の感触は思わず「ウヒョ~!」という声が
でるほど何とも言えなく気持ちいいのです。ちょうどお好み焼きのタネに大
量の山芋をいれたような粘りと弾力が手や足を包みこんでいきます。

 そしてふと沖の方を見ると、少し先でムツゴロウが泥の中から顔をのぞか
せています。ムツゴロウは干潟に生息する代表的な生き物です。私はその姿
をよく見ようと泥の中をもがき近づいてみましたが、さすが干潟の主は素早
い動きであっという間に泥の中に逃げてしまいました。

 息がきれるほど遊んでふと気がつくと、私の体は目のまわり以外全身泥だ
らけになっていました。こうなったら最後は寝転んでみようと、私は仰向け
に大の字になってみました。一面の青空を眺めながら泥の感触を堪能して最
高に気持ちのいい瞬間でした。

 そして干潟体験にはもう一つおまけがついていました。それは海泥の美肌
効果です。シャワーを浴びて腕や顔を触ってみると、肌がスベスベしている
のです。泥エステや、泥パックなど聞いたことがあるようにこれはきっとお
肌にいいに違いないと思いました。

 海泥にはミネラルやアミノ酸、各種のビタミン量が豊富で肌の調子を整え
てくれる成分が含まれています。また泥の吸着作用が、皮膚表面の汚れを取
り除いてくれる効果も期待できます。その他、身体に塗ることで溶解熱の温
熱効果とともに血流を促進させてくれるなど様々な効果が考えられています。

 旅行から帰ると残念ながら私の肌の調子はいつも通りだったので、有明海
の海泥にどれほどの美肌効果があるのかは未知数ですが、あれほど気持ちい
い泥はきっとお肌にも効果があると私は信じています。

 貴重な有明海の自然の恵みは私をすごく幸せな気持ちにしてくれました。
これから暑い夏がやってきますが、ストレス発散にも美肌効果にも「全身泥
パック」の干潟体験はかなりおすすめだと思います。

 私の新たな夢は、毎年開催されている「ガタリンピック」に出場して、人
間ムツゴロウ潟スキー競争で優勝することです。こんなにも干潟に熱くなる
私の前世はもしかしたら泥の中に住む生き物だったのかもしれません。

     2008/5/20
                       
しゃべるカラダ №4 「春の眠りに誘われて」

 窓を開けると風が心地よい緑豊かな季節になりました。

 私たちナースも、桜のピンク色から新緑のグリーンにユニフォームを変え
て気分一新です。季節が変わるのは早いもので、つい先日までカーディガン
を着て仕事をしていたのに、今では動きまわるとうっすら汗をかくほどにな
りました。
 
 しかし仕事を終えて帰る頃、今度は気温が下がりヒンヤリと肌寒くなって
います。前日は暖かい日だったのに、ぶり返した寒さがきっかけで風邪をひ
いたという方はいませんか?季節の変わり目はなにかと体調を崩しやすいで
すよね。

 寒い冬が終わり、春の訪れを感じた私たちの体はいったいどのような変化
をするのでしょうか?

 春に起こる体のさまざまな変化で、私がまず思いつくのが「眠気」です。
春になるとなぜか眠っても眠っても寝たりない、そんな経験皆さんはありま
せんか?

 私は最近ものすごく「眠気」に誘われて困っています。朝の目覚めが悪く、
眠くてしょうがないのです。さらに、仕事から帰って夕食を食べる頃にはも
う「眠気」がきています。先日は夕食の終わり際に、なんと箸を持ったまま
寝てしまいびっくりしました。

 食事をしていても眠い私の「眠気」は、本当に春だからなのでしょうか?

 詳しい研究はまだこれからのようですが、「春」と「眠気」の関係について
はいくつかのキーワードがあります。

 まず考えられるのが「メラトニン」と「日照時間」です。

 「メラトニン」は脳の松果体というところから分泌される眠気を誘うホル
モンです。メラトニンは夜にたくさん分泌され、朝にはほぼ消えてしまいま
す。日の出が遅く「日照時間」の短い冬は、他の季節よりメラトニンが多く
分泌されています。

 「日照時間」は、1日のうちで直射日光が地表を照らした時間の長さです。
春に最も大きな変化があり、2~4月はその時間が急激に伸びていきます。
 
 寝覚めが悪く眠気が継続する理由は、気温や日照時間の大きな変動、それ
に伴ったメラトニン分泌量の変化が考えられます。

 私たちの体は、そんな外界の環境に体をあわせようとさまざまな働きをし
ています。その中でも活躍してくれるのが、自律神経の「交感神経」と「副
交感神経」です。

 交感神経は、冬の寒さや日照時間の少なさに対応できるように、体温を上
げたり、血のめぐりを活発にさせて代謝をあげようとします。

 一方、副交感神経は春の訪れが近づくと優位に働き、代謝を下げてリラッ
クスした状態になろうとします。春に夜明けまで熟睡できる人が多く、眠り
が深いのも副交感神経の働きが関係していると言えます。

 春の眠気の原因は、冬から春へと季節が変わる時期の昼と夜、また日々の
気温の変動が激しいため、自律神経がその変化に対応しきれずバランスが乱
れるせいではないかと考えられています。

 心地よい気候で冷暖房に頼らずぐっすり眠れるこの季節は、体の中でもホ
ルモンや神経が春にふさわしい体になろうとさまざまな働きをしてくれてい
るのですね。こんなに眠くていいのかと自分を責めたくなっていましたが、
春の眠りに誘われてたっぷり眠ろうかな、それもアリかなぁ~☆と思い直す
この頃です。

     2008/4/20
                       

しゃべるカラダ№3 「おしっこが教えてくれること」

 すてらめいとクリニックでは、初診の方に尿検査をお願いしています。

 尿検査は私の好きな仕事のひとつです。小さなコップにとられた尿を並べ
てみると、カクテルのようにキラキラと様々な色や表情をしています。

 私たちナースは初診の患者さまとお会いする前に、患者さまの尿とあいさ
つするところから始まります。そして、提出された尿は私たちに多くのこと
を語りかけてくれます。

 みなさんは毎日の尿の色やにごり具合などを確認されていますか?

 水洗トイレでは難しいかもしれませんが、尿のいいところは自分でその様
子を確認できることです。

 チェックする時のポイントは、色、ニオイ、量、回数などです。

 健康な人の尿は淡黄色でアンモニア系のにおいがします。黄色の程度は水
分を多く取れば薄くなり、汗をかいたり水分が不足すれば濃くなります。 膿
(うみ)、塩類、細菌、精液、便などが混じった場合は尿が濁ることもあり、
見た感じでは分からなくても潜血(血尿)が検出されたりもします。

 私はビールが好きで夏場はついつい飲みすぎてしまうことがありますが、
そんな時にトイレに行くとびっくりするくらいにおしっこがでます。一般的
にビールを飲むと尿量が増えると言われますが、1日の飲水量の目安は約
1500cc前後です。水分をたくさんとれば尿量も多くなり、汗をかいたり下痢
をすればその分少なくなります。

 尿の回数はどうでしょうか。1日あたりの尿回数は日中に約4~5回、夜間
に約0~1回と言われています。尿回数はもちろん飲水量に比例して変化しま
す。仕事が忙しくてトイレに行く暇がないという方がおられるかもしれませ
んが、膀胱では少しずつ尿量が増し排尿される時を待っています。

 腎臓で作られた尿は膀胱に貯えられ、150~200mlくらい貯まると私たち
は「おしっこに行きたいな」と思います。すぐに行けない場合は我慢する
といつのまにかその気持ちは消えてしまいます。

 膀胱は大人の場合約500ml貯めることができ、約300~400mlくらい
になると我慢も限界になります。

 膀胱の出口にある括約筋という筋肉は、尿を貯めている間はギュッと縮ん
で膀胱の出口を閉めています。そして「おしっこをしよう」と考えると脳か
らの指令が膀胱の出口に送られ、括約筋の筋肉がゆるんで尿が外へ送り出さ
れます。

 口から水分を摂取して尿が排泄されるまでの働きはもちろんのこと、その
成分から体の中の様子が色々と分かる尿は本当にすごいなと思います。

 クリニックの尿検査では、初診時に尿に含まれる潜血、糖、たんぱく質、
白血球を調べますが、必要に応じてさらに詳しい検査を行っています。

 忙しい日々を過ごされている方が多いと思いますが、尿がどんな表情をし
ているか時々みてあげて下さいね。日々いろんな発見があって面白いかも
しれません。

     2008/3/20
  
                      

                
しゃべるカラダ№2 「痛みと心の関係」

 すてらめいとクリニックでは毎日たくさんの採血や注射を行っています。

 採取された血液は、体の様子や不調の原因を具体的に知らせてくれる貴重な情報源です。点滴や注射も、治療や体の調子を整えるためには不可欠なものです。しかし、やっかいなのはあの「痛み」です。

 今回は、痛みのメカニズムや心との関係について考えたいと思います。

 痛みは人間が生きていくために不可欠な原始感覚の一つです。痛みを感じる痛点は、全身に200万~400万個も散在し私たちの身体を守っています。そして刺激のある部位を正確に判断し、触れてしまったらすぐに手を引っ込めるような逃避反射、あるいは防衛反射を行っています。さらに私たちは痛みを通じてそこから学習し、二度と同じような痛みに近づかないよう記憶することができます。

 突然ですが、ここでクイズです。こんな時あなたはどうしますか?

 名前を呼ばれて部屋に入ると、笑顔で注射器を握りしめている看護師。
 腕を台に乗せて、採血部位を消毒されるといよいよ採血の瞬間。
 針が腕に近づいてきた時、あなたはどうしますか?

 よし来い!と針の刺される場所をジッっと見つめますか?
 それともエイッ!と目をそむけて針から顔を遠ざけますか?

 顔を遠ざけると選択したあなたは、痛みを軽減させる行動を自らとっていると言えます。

 身体の感覚は、痛みがある部位に意識を向けるかそうでないかによって、感じる痛みの強さが異なります。自分の注意を向けている部位が敏感になると言われているからです。

 不安や恐いという気持ちが高まると痛みの感覚もより鋭敏になり、戦闘態勢に入った全身の血液は心臓など重要臓器に集まります。それによって末端の血管は細く縮み、注射針が血管に入りにくくなったり、フラッとめまいを感じたりすることがあります。

 逆に、お腹が痛い時にお笑い番組をみて夢中になっているときはどうでしょう。その間の痛みは忘れていたなんていう経験があるかもしれません。

 幸いなことに、痛みの記憶は残りにくいと言われています。強烈に痛いと思った感覚も、痛み自体がとれるとあっという間に記憶から抜け落ちてしまいます。そして、それに伴った経験だけが忘れられない思い出となるのです。

 失恋や精神的なショックを受けたことを思い出した時に「胸がきゅん」と痛んだことはありませんか。精神的なショックを感知した脳は、心臓に張りめぐらされた交感神経を通して「きゅん」の元となる刺激を筋肉に伝えます。すると瞬間的に心臓が収縮し、あのせつない痛みが生まれるのです。痛みは単純な生理的現象だけでなく、心の動きと大きく関係し私たちの身体に影響を及ぼしています。

 失恋の痛みは骨折の痛みとほぼ同じレベルだと考えられています。

 忘れられないほどの心の痛みも、いつか思い出となるからこそ生きていきていけるのではないでしょうか。  

 私自身も、失恋した経験を思い出すと今でも胸につまる思いがありますが、自分を成長させ人生を豊かにしてくれる痛みなら大事にしたいなと思っています。

 しかし、採血や注射の痛みはできるだけ避けたいものです。

 当クリニックでは、採血を行う際に音楽を流したり、ベッドに横になってもらうなどしリラックスしてもらえる雰囲気づくりや工夫を行っています。

 採血が苦手だなと思われる方もどうぞ安心して受診下さいね。

     2008/2/20
                                 


しゃべるカラダ №1 「皮膚感覚のエモーション」

 みなさんは自分の体や心についてどれくらい知っていますか。

 私は人間の体って本当によくできているなあと感動します。その感動をみなさんと共有できたらと思ったのが、このコラムをはじめるきっかけになりました。

 第1回目は皮膚感覚についてです。

 先日ラジオを聴いていると、ある外国のミュージシャンがこんな話をしていました。

 来日コンサートをおこなった時に、会場に来ていた日本人女性と握手をすると、うれしさのあまり泣き出してしまったそうなのです。そのミュージシャンは非常に感動し、日本女性の皮膚感覚のエモーションは素晴らしいと話しているのです。私はその話を聞いて「皮膚感覚のエモーション」という言葉が耳に残り、なぜかとても気に入ってしまいました。

 いったい皮膚感覚に感情はあるのでしょうか。いつかいつかと待っていたコンサートの当日、憧れの大好きなミュージシャンと握手ができたその手はどんなことを感じたのでしょうか。ミュージシャンのあったかい手の温度や、ギュッっと握ってくれた力、フニュっと柔らかだった感触でしょうか。そして、そこから得られたものは何とも言えない「気持ちよさ」であり、「喜びの感情」ではなかったかと私は想像しています。

 何かに触れると人は様々な感覚を持ち、それらは単純な生理的レベルで感じられるものから、複雑な心理的影響を受けるものまで多彩です。

 とくに心理的な影響が大きい「気持ちよさ」は心を育むためにも非常に大切な感覚の1つとされているそうです。他者との触れ合いや、フワフワの布団に横たわった時など「気持ちいい」と感じる感覚は「熱い」「痛い」と並んで、生物として生きていくために必要不可欠な原始感覚ともよばれます。

 さらに、触覚にはもう1つ興味深い働きがあります。

 感情をわき起こす機能があるというのです。人は他人に触れられることによって親密さや愛情を伝えたり、それらを感じ受けとるよう進化してきたと考えられているのです。

 たとえば、大好きな人と初めて手をつないだ時の感情は、誰か他の人に触れた時と大きく異なることが想像できます。憧れのミュージシャンと握手をして、泣けるほどうれしいのは皮膚感覚のなせる業というべきなのでしょうか。

 日常生活であまり意識されることのない皮膚感覚ですが、心とこんなにも関係が深いのですね。

 あなたは今日、どんな気持ちのいい感触や感情に出会うのでしょうか。寒い季節なので、温かい湯のみに手をあてたり、お風呂に入って冷えた体をそっと湯船につけたりした時に、その感覚を肌で楽しむかもしれませんね。

 私の気持ちのいい感触は・・・、ここでは内緒にしておきますね!

     2008/1/20
 

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