はやりの病気

第215回(2021年7月) アルツハイマー病の新薬が期待できない理由

 5月から開始したメルマガ「谷口恭の「その質問にホンネで答えます」」で、複数の読者の方から質問をいただいた、エーザイが米国から承認を得たアルツハイマー病の新薬「アデュカヌマブ」を取り上げました。

 メルマガでは、私自身は「この薬にはさほど期待していない」ことを紹介しました。その後、様々なご質問が届いたために、「はやりの病気」でこの新薬を取り上げ、さらにアルツハイマー病をどのように考えるかについて私見を述べたいと思います。

 まずは基本的事項を確認しておきましょう。

・アルツハイマー病の新しい薬「アデュカヌマブ」が米国FDAから"認可"を受けた。ただし「迅速承認制度」を利用した認可であり、販売後に「検証試験」が義務付けられており、この試験で有効性が示せなければ認可が取り消しになる。

・費用は高額で、米国では4週間に一度の注射で年間約610万円がかかる。

・日本では現時点では未認可。

・FDAの承認を審議した専門家委員会(諮問委員会)は、2020年11月、賛成0、反対10、保留1で承認を支持しない勧告を出していた。

・FDAが諮問委員会の勧告に従わなかったことに反発し、同委員会のメンバー3名(2名という報道もある)が辞任した。

 諮問委員会のすべての決定がFDAの判断に直接つながるわけではありませんが、委員会で賛成0、反対10となった新薬が承認されたということは、常識的に考えて問題でしょう。なぜ認められたのか私には分かりませんが、少し経緯を詳しく紹介しましょう。

 アデュカヌマブの説明を始める前に、「アルツハイマー病はなぜ起こるか」について2つの仮説があることを確認しておきます。1つは「アミロイドβ仮説」、もうひとつは「タウ仮説」と呼ばれます。

 アミロイドβ仮説は、アルツハイマー病の患者の脳細胞に多く認められるアミロイド斑がアルツハイマー病の原因だとする考え方です。アミロイド斑が原因なら、そのアミロイド斑がつくられないようにすればアルツハイマー病は防げるだろう、という単純な発想です。そして、これまで世界中の会社がアミロイド斑を抑制する薬の開発にしのぎを削ってきました。アデュカヌマブはそのひとつというわけです。

 もうひとつの仮説であるタウ仮説は、脳に存在する「タウ蛋白」と呼ばれる蛋白が神経に変化をもたらせてアルツハイマー病が発症するという仮説です。ならば、そのタウ蛋白を抑制する薬ができれば特効薬になるのではないかと考えられ、こちらも世界中の製薬会社が日々研究に勤しんでいます。

 二つの仮説のうち、最初に脚光を浴びたのはアミロイドβ仮説で、エーザイは早くから着目していました。実際、エーザイはβセクレターゼ阻害剤と呼ばれるアミロイドβの産生を阻害する薬剤を開発しています。イーライ・リリー社のソラネズマブ、ロシュ社のガンテネルマブなども抗アミロイドβ抗体と呼ばれるアミロイドβ仮説に基づいた薬剤です。しかし、どの薬剤もアミロイド斑を減らすことには成功しても、肝心の臨床効果を証明することができず、開発は暗礁に乗り上げていました。全体的な流れは、アミロイドβ仮説からタウ仮説に移行しつつありました。

 そんななか、抗アミロイドβ抗体のアデュカヌマブが突然FDAの承認を受けたわけですから、我々医療者は大変驚いたのです。なんで今さら、アデュカヌマブなの??、という疑問が払拭できないのです。

 実際、FDAが審査の対象とした2つのアデュカヌマブの臨床試験のうち「ENGAGE」と呼ばれるものは、アミロイドβの量が減ってはいたものの臨床評価では認知機能の改善が認められなかったのです。もうひとつの臨床試験「EMERGE」では認知機能の改善についても有意差をもって認められたとされていますが、劇的に症状が改善するとは言い難いとする意見があります。

 「ENGAGE」について、「対象者全員で解析するといい成績が出なかったが、高用量を投与した群だけでみれば効果が認められた」とエーザイは主張しています。ですが、高用量での使用では、約4割に脳出血や脳浮腫といった重大な副作用が出現しています。高用量で使用した場合は、安全性が高いとは言えないのです。

 先に基本的事項として紹介したように、アデュカヌマブは「迅速承認制度」で認可されました。こういった経緯を改めて確認すると、認可するのはさらなる検証をしてからでもよかったのではないかと私には思えます。

 さて、ここからは今後の"予想"をしたいと思います。エーザイ(及び共同開発のバイオジェン)は今後どのような戦略をとるかというと、おそらく米国の神経内科医に一斉にアプローチをかけます。そして、受け持ちの患者のできるだけ多くにアデュカヌマブを使ってもらうよう働きかけます。おそらく、患者に投与すればするほどその医師に個人的利益が得られるような手を使うでしょう。同時に、日本の厚労省にも働きかけ、「米国では承認後これだけ大勢に使用されている」といったデータを出して早い承認を求めます。

 おそらく同社は販売後の検証試験でいい結果が出ない可能性を見込んでいます。ならば同社にとって一番いい戦略は何か。それはできるだけ短期間にできるだけ多くの患者に使ってもらうことです。効果は関係ありません。なぜなら、使われれば使われるほど同社に利益が出るからです。検証試験の結果、やっぱり効果は認められず認可が取り消されました、となってもOKです。効果が認められなくても返金する必要はなく、すでに十分な利益を得ているわけですから。

 このように私の予想はかなり穿ったものです。では、太融寺町谷口医院の患者さん(の家族)からアデュカヌマブを使いたいという希望があった場合はどうすればいいでしょう。その場合、ここに書いたようなことも説明した上で、それでも希望される場合は、アデュカヌマブを処方している病院を紹介するでしょう。他に治療薬がない場合、「効かなかったとしても一縷の望みがあるのなら使いたい」という患者さんの気持ちがよく分かるからです。

 しかし、アルツハイマー病を発症していない若い人に対して私が言いたいのは、「この疾患に対する特効薬は現時点ではない。すべきなのは予防とリスクを知ること」です。ただし、予防といっても、暴飲暴食、喫煙、肥満、運動不足などがリスクになることはある程度は事実ですが、これらをすべて改善させたとしても発症するときは発症します。そもそも、それなりに年をとれば誰にでも発症しうるのがこの病です。

 リスクについては今挙げたものもそうですが、それらより決定的な因子は「遺伝」です。そして、そのリスク(ApoE遺伝子のタイプ)は血液検査で簡単に分かります。ただし、誰にでも実施してよいわけではなく、ルールやガイドラインがあるわけではないのですが、「若者は受けるべきではない」というのが私見です。例えば、結婚前の若いカップルが受けたとして、ひとりはリスクが非常に低く、ひとりはすごく高かった(ApoE遺伝子がε4・ε4)として、結婚を躊躇するようなことにはならないでしょうか。

 他方、出産を終え、ある程度の年齢になった人であれば、いつまで働くか、事業の継承をいつおこなうか、といったことを考える上でもアルツハイマー病のリスクを知っておくことは有益ではないでしょうか。

 「アルツハイマー病のリスクが高くても、アデュカヌマブがあるからもう安心」とは考えない方がいいでしょう。

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参考:
はやりの病気第179回(2018年7月)「認知症について最近わかってきたこと(2018年版)」