はやりの病気

第179回(2018年7月) 認知症について最近わかってきたこと(2018年版)

 80歳になると二人に一人が罹患すると言われている認知症。かつてはワクチンに期待されたこともありましたが、手掛けていた製薬会社はすべて研究を中止し、一応は効果があるとされている数種類の治療薬も「進行を遅らせることもある」というだけであり、劇的な効果は期待できません。

 ならば早期発見をということになりますが、4年前のはやりの病気「第131回 認知症について最近わかってきたこと」で取り上げた87%の確率で推測できるとするオックスフォード大学の研究もその後報道されておらず、おそらく実用化は困難ということでしょう(注1)。〇〇を食べれば予防になる、有酸素運動は有効?...、などいろんなことが言われていますが、現時点では「△△をすれば確実に防げる」「◇◇をすれば確実に進行が止まる」というものはありません。それでも、世界中からいろんな研究が発表されていますので、今回はそれらを紹介したいと思います。

 まずは「遺伝」についてみていきましょう。アルツハイマーになりやすい遺伝子は"確実に"存在します。そして(ほぼ)万人が認める特定の遺伝子も特定化されています。それは「ApoE遺伝子」と呼ばれるものです。過去のコラム(メディカルエッセイ第179回(2017年12月)「これから普及する次世代検査」)でも紹介したように、ApoE遺伝子をε4・ε4で持っていれば(ε4をホモで持っていれば)、ε3・ε3の人に比べてアルツハイマーになるリスクが11.6倍にもなります。ε4を1つ持っている場合(ヘテロで持っている場合)でも3.2倍になります。

 現在この検査を受ける人が増えてきています。リスクが判ったところで治療法がないのだから検査すべきでない、という人がいますし、例えば結婚前にそんな検査をしてApoE遺伝子を持っていることが判ると、婚約者(やその親)から破談を宣告されかねない、という意見もあります。ですが、例えば現在50代の中小企業の経営者がいたとして、自身のリスクを知っておくことは悪くないかもしれません。なぜなら、将来のアルツハイマーのリスクがあるなら早めに後継者を育てなければならない、とか、今から新しい事業に手を出すなら慎重に進めなければならない、などと考えることもできるからです。この遺伝子検査をすべきかどうかというのは医療者によっても意見が分かれます。

 高血圧と認知症の関係は以前も何度か紹介しました。若年者(60歳未満)の高血圧はアルツハイマー病のリスクになるという報告(医療ニュース2017年6月28日「60歳未満の高血圧は認知症のリスク」)があります。しかし、高齢になってから血圧が上がると認知症のリスクは低下し、その逆に下がる(下げる)とリスクが上がるという研究もあります(医療ニュース2017年4月7日「血圧低下は認知症のリスク」)。この報告は興味深いので、ここでも簡単に振り返っておくと、80歳以降で高血圧を発症した人は、90代で認知症を発症するリスクが正常血圧の人に比べて42%も低かったというのです。また、別の研究では、最も血圧が下がっていたグループは、血圧が最も上昇していたグループと比較して、認知症のリスクが大きく上昇していたとされています。収縮期血圧(上の血圧)の低下は46%もリスクを上昇させ、拡張期血圧(下の血圧)の低下は54%上昇させる、というのです。

 比較的最近発表された論文にも興味深いものがあるので紹介しておきます。医学誌『European Heart Journal』2018年6月12日号に掲載された論文によると、心血管疾患のエピソードのない場合、50歳の時点で収縮期血圧130mmHg以上であれば、認知症のリスクが47%も高いことが判ったといいます。

 これらをまとめると、若い頃(60歳くらいまで)は血圧が高くなると認知症のリスクが上昇し、80歳以降の高齢になればその逆に血圧が上がればリスクが下がるということになります。規則正しい生活、運動・食事療法などで若いうちは正常血圧を維持することが認知症のリスクを下げるのは(おそらく)間違いないでしょうが、薬を使って正常血圧を維持すればリスクが下がるかどうかは分かりません。しかし、80歳以降になって血圧が上がった場合は薬を使うべきでないということは言えそうです。

 血圧以外の認知症のリスクで、最近話題になっている研究を紹介したいと思います。

 まずはヘルペスウイルスとの関連です。科学誌『Neuron』2018年6月21日(オンライン版)に掲載された論文によると、アルツハイマー病患者の脳では、そうでない人の脳と比べてHHV-6A(ヒトヘルペスウイルス6A)及びHHV-7(ヒトヘルペスウイルス7)の量がおよそ2倍に増加していることが判りました。さらに、これらのウイルスは、アルツハイマー病のリスクを高める遺伝子との相互作用があるといいます。

 HHV-6及びHHV-7はほとんどの子供が幼少期に感染するウイルスです。ワクチンはなく、他のヘルペス科、例えば水痘帯状疱疹ウイルスやEBウイルス、サイトメガロウイルスなどと同様、一度感染すると体内から追い出すことはできません。そして、現在のところHHV-6(A)及びHHV-7がアルツハイマー病のリスクであったとしても、これらのウイルスに有効とされている薬はありません。

 「運動」はどうでしょうか。残念ながら、運動に認知症を遅らせる効果は「ない」とする研究が権威ある医学誌で報告されました。医学誌『British Medical journal』2018年5月16日号(オンライン版)で紹介されています。軽度~中等度認知症に対し、中~高強度の有酸素運動と筋力トレーニングを実施したところ、これら運動で認知障害の進行を遅らせる効果はなく、さらに驚くべきことに、運動をした方が(差はわずかですが)しないよりも認知症が進行したことが判ったのです(当然といえば当然ですが「体力」は改善しました)。

 飲酒はどうでしょうか。大量飲酒が認知症のリスクになるのは疑いようがないようです。医学誌『The Lancet Publish Health』2018年3月号(オンライン版)に掲載された論文でフランスでの110万人以上の認知症患者のデータが解析されています。アルコール依存があると、認知症発症のリスクが男性3.36倍、女性3.34倍に上昇しています。さらに、65歳未満で発症する「若年性認知症」患者の57%がアルコール依存症でることが判りました。

 ここまでをおおまかにまとめると、アルツハイマー病は遺伝である程度決まっており(遺伝子を変えることはできない)、血圧に依存し(血圧の変動はある程度遺伝で決まっている)、運動は無効、ヘルペスウイルスには治療薬がない、飲酒はNG...。では何をすればいいのでしょうか。〇〇を飲めば予防効果あり、といわれるものはいかがわしいサプリメントから医薬品(たとえばアスピリンに予防効果ありとする論文もあります)までありますが、どれもエビデンスレベルが高いとは言えません。現時点で、充分なエビデンスがあるとは言えないながらも誰もが取り組めるもの(取り組むべきもの)は「睡眠」です。

 たった一晩の睡眠不足でもアルツハイマー病リスクが増大するという研究もあるほどで、睡眠不足がいろんな意味でNGなのは間違いありません。では睡眠時間が長ければいいのかというと、そういうわけでもありません。医学誌『Journal of the American Geriatrics Society』2018年6月号に日本人を対象とした研究が紹介されています。

 睡眠時間が5時間未満だと、認知症のリスクは2.64倍、死亡リスクは2.29倍になります。興味深いことに、睡眠時間が10時間を超えると、認知症のリスクが2.23倍、死亡リスクは1.67倍となります。さらにこの研究が注目に値するのは睡眠薬の使用との関連が調べられていることです。睡眠薬を使用すると、認知症のリスクが1.66倍に、死亡リスクは1.83倍になることが判ったのです。

 さて、あなたが今日から取り組むべきことはどんなことでしょうか。

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注1:ただし、それなりに精度の高い検査として「MCIスクリーニング」という検査が普及してきています。詳しくは、次世代検査を参照ください。