メディカルエッセイ

6 研修医は本当にしんどいか 2004/7/8

「研修医って大変なんでしょ」

 私は現在3年目の医師で、いわゆる「研修医」は卒業したことになりますが、この言葉を研修医の2年間の期間にどれほど聞いたか分かりません。最近はテレビなどで、休みなく働く研修医の姿がえがかれたりして、世間の方々に「研修医は大変な職業」という認識ができあがっているようです。

 98年には関西医大附属病院の研修医が26歳という若さで急性心筋梗塞で死亡し、また99年には横浜市立大医学部附属病院の研修医がうつ病から自殺にいたりました。これらの死亡はともに「過労死」と認定され、世間に研修医の大変さが認知されるようになりました。

 けれども本当に研修医とはそんなに大変な職業なのでしょうか。たしかに研修医は早朝から深夜まで病院に拘束されますし、深夜に患者さんが急変したり、緊急処置の必要な患者さんが運ばれてくれば、寝ていても電話で起こされます。もちろん休日などほとんどなく、私の場合も、1年目のときに1週間休暇をいただいてタイ国にボランティアに行った以外は、2年間で丸一日休めたのは10日ほどです。そのうえ、研修医としての給料だけではとうていやっていけませんから、月に何度かは、他の病院で当直のアルバイトをすることになります。

 こうやって文章にしてみると、たしかに研修医とは決してラクな職業ではなさそうですが、私は他の職業と比べて、研修医だけが大変な職業とはとうてい思えません。

 というのは、私は医師になるまでアルバイトも含めれば、20近くの仕事をしていますが、どの仕事もそれなりに大変で、研修医だけが特殊な仕事であるなどとはまったく思えないのです。

 例えば、私が18歳のときにアルバイトをしていた旅行会社では、社員の人は一年間で丸一日休めるのは1日あるかないかでしたし、ほぼ毎日早朝から深夜まで激務に追われていました。朝5時に起きてパンフレットを街頭に配布しにいき、出勤するとまず掃除をおこないます。昼間は通常業務に加え、お客さんのクレーム処理などの仕事もあります。ときには事務所に怒鳴り込んでくるお客さんにも対応していました。お客さんに殴られた蹴られたということも一度や二度ではありません。そのうえ聞けばびっくりするような安い給料しかもらっていないのです。

 アルバイトの私は、主に沖縄などの観光地で働いていましたが、仕事でミスをすると眉毛を剃られたり、熱湯をかけられたりというイジメもありました。(ただしこれらの「イジメ」は陰湿なものではなく、文章では上手く表現できませんが、笑いのあるイジメであり、イジメられる方もそれほど苦痛ではなかったのですが・・・)

 また、私が19歳のときにウエイターのアルバイトをしていたディスコでは、お客さんからだけではなく、先輩方からも殴る蹴るの「ご指導」を受けていました。水商売の世界というのはその業界に一日でも早く入った人間がエラいという社会ですから、19歳の私が、中学卒業と同時にその世界に入った17歳の2年目の「先輩」から蹴られるということも日常茶飯事だったというわけです。

 私が正社員をしていた会社では、さすがに暴力というものはありませんでしたが、製品の納期が間に合わないときなど、寝る暇もないほど働いていました。

 一方研修医というのは、ときどき泥酔した患者さんに殴られるというようなものはありますが、先輩医師から暴力をふるわれるということはまずありませんし、多くの患者さんは研修医であったとしても敬語で接してくれます。また、看護師など他の医療従事者もずっと年齢が下の研修医に対して、丁寧に敬語で接してくれることが多いといえましょう。10年以上も先輩の看護師さんや検査技師さんが、入ったばかりの研修医に対して、どうしてそこまで丁寧に接する必要があるのだろうと、私はいつも感じていました。

 例えば、患者さんの縫合処置をするとき、道具をすべて用意するのは看護師さんで、処置が終われば後片付けをするのも看護師さんです。薬を決めるのは医師ですが、それを準備したり会計をしたり事務的な説明をするのはすべて他の医療従事者です。医師がすることは処置と病状の説明だけです。夜間の当直のときなど、患者さんからの電話をとったり注射や採血をしたりするのはすべて看護師さんで、医師の診察と処置が必要なときだけ、起こされるだけで、それらがなければずっと寝ているだけです。

 私の場合を例にとってみても、勤務時間というか拘束時間だけをみてみると、週に100時間を越えますが、そのなかには寝ている時間もけっこうあるのです。

 看護師さんの方が、勤務時間はたしかに研修医よりは短いでしょうが、その大変さはずっと上なのです。

 もしも研修医が本当に大変な仕事なら、離職率が高くなるはず。しかしながら、実際のところ、私の知る限りでは、仕事のキツさがイヤでやめた研修医というのはほとんどいません。データがないのではっきりと数字で示すことはできませんが、他の職業と研修医の離職率を比べると、天と地ほどの差があるに違いありません。

 では研修医は気楽な仕事かというと、そういうわけでもありません。研修医が本当の意味で大変なのは、治らない患者さんを目の前にしたときでしょう。こういうときに本当のしんどさが訪れるのです。教科書を読んでもどうしていいか分からないですし、先輩医師に助言を求めても、そのしんどさが軽減されることはほとんどありません。
 
 「研修医は大変な仕事か」という質問に答えるとするならば、不治の病や死を目前にした患者さんやその家族と接するときに、他の職業ではなかなか感じることのないしんどさがあるということになります。
 
 「医師になりたいけれど(特に研修医の)仕事って相当大変なんでしょうか」こういう質問をする人にこの文章が参考になれば幸です。