メディカルエッセイ

第23回(2005年9月) 「クスリ」を上手く断ち切るには③(全4回)

 これまで、覚醒剤、麻薬、大麻、MDMAと、違法薬物をみてきました。残りを簡単に片付けておきましょう。

 「マジックマッシュルーム」というキノコが一時大量に出回りました。このキノコは、幻覚が見られるというのが特徴で、例えばバリ島の伝統的な儀式などでは今でも使われています。大量に出回った最大の理由は、最近まで合法だったからです。合法だったといっても、それは取り締まる法律がなかったからであって、危険性は以前から指摘されていました。そして、2002年の6月に、麻薬取締法のなかの指定薬物に加えられたのです。

 麻薬取締法について簡単にみておきましょう。この法律は、正確には「麻薬及び向精神薬取締法」といい、そこで指定されているのは、狭義の麻薬であるヘロインやモルヒネだけではなく、コカインやLSD、その他医薬品として扱われている向精神薬の一部が含まれます。そして、マジックマッシュルームもこのなかに入れられたというわけです。

 しかし、マジックマッシュルームが違法になったとたんに急速に別の薬物が普及しだしました。それらは「合法ドラッグ」と呼ばれるもので、麻薬取締法やその他の薬物を取り締まる法律では規制できないものです。これらは、違法とされている物質を少し変化させるだけで、取り締まる法律がなくなり合法となりますから、堂々と販売されるのです。

 これでは、いくら法律を増やしても「いたちごっこ」になります。そこで、2005年の4月から、麻薬取締法が改正され、これまで合法ドラッグとされていたものも「麻薬に類似するもの」となり規制の対象となりました。

 これで、依存性や中毒性のあるすべての薬物が違法となったわけです。
 
 もうひとつだけ、違法薬物について述べておきましょう。

 それは、「シンナー」です。日本でよく問題になるのは「トルエン」で、純度の高いものは通称「純トロ」と呼ばれています。これは「毒物及び劇物取締法」で規制されています。シンナーは、他のどんな薬物よりも簡単に手に入りますから、ついつい手をだしてしまう機会が多いかもしれません。しかし、シンナーは、短期間に視神経、呼吸器、循環器に障害ももたらし、そのうち脳細胞も障害されることになります。

 シンナー中毒で死亡する中学生の報告もそう珍しいことではありません。一方、中学生に常用者が多いのに対し、成人してからシンナー中毒になるという人はそれほど多くありません。比較的短期間で致死的な状態になる恐ろしい一面を持つ一方で、依存性が他の薬物に比べればそれほど高くないのがその原因だと思われます。

 さて、これまで違法薬物をざっとみてきましたが、私がお話したいのは、それらの危険性だけではありません。

 人間が「クスリ」を欲しがるのには理由があるわけで、やみくもに正論を振りかざし、「違法薬物はやめましょう」と言ってみても何も始まりません。どれだけ説得力があるかは分かりませんが、私なりの薬物対処法をお話したいと思います。

 まず、避けられるのであれば避けるに越したことはありません。一度やって味を覚えてしまうと、そう簡単には抜けられません。麻薬はもちろん、覚醒剤やMDMAでも、一度やってしまったばかりに、断ち切るのにかなりの苦痛と苦労を強いられたという人は少なくありません。「依存しない人もいる」という意見は昔からあり、たしかに一度でも摂取した全員が依存症になるわけではありませんが、誰にでもその危険性があることは知っておくべきです。

 タバコを吸う人なら、禁煙をすることがどれだけ大変かが分かるでしょう。麻薬は論外ですが、覚醒剤でもそのタバコの数十倍の苦痛が伴うと言われています。禁煙の数十倍の苦痛・・・。こう考えると、安易に覚醒剤に手を出しにくくなるのではないでしょうか。
 
 次に、避けられない状況があったと仮定しましょう。若い世代の間では、「今日は、みんなホンネで話そうね」などと言って、覚醒剤パーティをおこなうことが少なくないと聞きます。たしかにみんなで覚醒剤を使うと、全員がハイテンションになり、普段言えないようなことも言えるようになるかもしれませんし、絆が深くなることもあるかもしれません。

 そんなとき、自分だけ「あたしはやめておくね」などということが言えるでしょうか(このようなプレッシャーのことを「同調圧力」、または「peer pressure」と呼びます)。

 では、このようなケースではどうすればいいのでしょうか。答えになっていないかもしれませんが、周囲の空気が変わろうとも、自分だけ仲間はずれにされようとも、「自分はやらない!」と言うことが必要です。

 長期的にみれば、薬物をやらないという選択が絶対的に正しいわけです。たとえ、そのときのメンバー全員にシカトされようが、友達をなくそうが、世界の大部分の人は、自分の意思を貫いて薬物をやらなかったあなたの勇気に感動するはずです。長い人生のなかで、一度や二度、すべての友達を失ったとしても、自分の信念を通すことの方が大切なのです。それに、それを契機に疎遠になった友達がいたとしても、いずれ、あなたのあのときの勇気の意味が分かって、相手の方から近寄ってくるものです。つまり、「嫌われる勇気」を持つことが大切なのです。

 だから、周囲のプレッシャーに負けない、自分の強い意志が求められるのです。

 人生のどん底に沈んでいたり、何かが原因で自暴自棄になっていたりするときに、ふと目の前に違法薬物があった場合にはどうすればいいのでしょうか。周囲のプレッシャーに負けないような強い意志が普段は持てたとしても、自分の精神状態がまともでないときには、そんな理性は保てません。生きる望みを失っているようなときには、強い意志はどこかに消えてしまっているものです。

 しかし、これには解決法があります。

 それは、薬物に手を出す前に、医療機関を受診するということです。人生のどん底に沈んでいたり、自暴自棄になっているとき、というのは、人間なら誰でもあることだとは言え、正常な状態ではありません。これは、風邪は誰でもひくけれども、風邪をひいているときには正常ではない、というのと同じようなことです。精神状態がすぐれない、というのは、決して珍しい異常ではないのです。

 だから、わざわざ敷居の高い専門の精神科を受診する必要はありません(もちろん受診してもかまいませんが)。自分のかかりつけ医でいいわけです。もちろん、症状が重症で、入院などのより専門的な治療が必要な場合もあるでしょうが、その場合でもかかりつけ医に紹介状を書いてもらえば、すみやかに最良の治療が受けられます。

 何らかの理由で精神状態が正常でないとき以外にも、病院を受診するのが得策であるときがあります。それは、「一度やってしまった薬物を断ち切りたいとき」、です。この場合、例えば覚醒剤が切れたときに、リバウンドはかなりの苦痛を伴います。他人からみれば廃人にしかうつらないようなときもあります。そんな状態では、まともに物事が考えられませんし、手を伸ばせば届く範囲に薬物があれば、再び手を出すのも時間の問題でしょう。

 そんなときこそ、医療機関を受診するべきなのです。
 
 では、医療機関を受診すれば、人生のどん底から救ってくれたり、依存している薬物を断ち切ることができるのでしょうか。答えは「YES」です。もちろん、本人の努力も必要ですし、100%の確率で成功するとは限りません。けれども、少なくとも自分ひとりで悩んだり、カウンセリングだけに頼ったりするよりは、遥かに効果がある、と私は考えています。
 
 また、以前も述べましたが、人間には「日常」だけではなく「非日常」の時空間が必要です。そして、この「日常」と「非日常」を上手く使い分けることこそが、人生を上手に生きるコツである、というのが私の理論で、この理論を用いると、受験勉強のスランプから抜け出せるということを、『偏差値40からの医学部再受験』で述べました。

 人生のどん底に沈んでいたり、依存している薬物のリバウンドで苦しんでいるときなども、実は「非日常」の時空間が必要なときではないか、と私は考えています。

 そして、いずれの場合でも、自分の努力で「非日常」を体験できず、人生の苦しみから抜け出せないときには医療機関を受診することが有効である、と私は考えているのです。

 つづく