メディカルエッセイ

41  それでもあなたはまだ働きますか 2006/6/19

先日、タイのある地方都市の空港でドイツ人の若いカップルと知り合いになりました。そのカップルは、長期休暇を利用してタイに旅行に来ているとのことでした。男性はまだ学生だそうなのですが、女性は企業に勤務しているとのことです。

 「どれくらいタイにいるのか」という私の質問に対して、「合計で6週間タイに滞在する」との返事が帰ってきました。

 6週間のタイ旅行!

 学生である男性はいいとして、なぜ女性がこのような長期休暇をとれるのでしょうか。彼女は答えました。

 「ドイツではほとんどの企業で6週間の夏休みがもらえるのよ」

 6週間もの夏休みをもらえる日本の企業など私は聞いたことがありません。それどころか、IT関係などの新興企業では休みがほとんどないという話をよく聞きます。私がそれを話すと、

 「たしかにドイツでもIT関係の企業は休みが少ないけれど、それでも最低2週間は休みがとれるわ。もちろん連続で2週間よ・・・」
 
 私がまだ商社勤務をしていた頃の話・・・。

 ドイツのある企業を担当していた私は、その企業のある器械を、日本で輸入販売を開始するプロジェクトチームの一員でした。その器械は、当時の日本市場では画期的なものであり、そのプロジェクトは会社をあげてのものでした。器械を日本仕様に合わせるためにいくつもの問題点が出現し、当初予定していた発売日が大幅に延期されていました。そして、ついに準備が完了し、いよいよ来週から発売となったある日、そのドイツの企業の担当者から一枚のFAXが流れてきました。

 「明日から2ヶ月の夏休みをとるから、日本での発売は2ヵ月後にしてほしい・・・」

 こんなこと、日本で通用するでしょうか。自分の夏休みのために、取引先が社運をかけて販売を開始しようとしている商品の発売を延期するなんて、そんなことできるわけがありません。日本人なら、自分の担当している商品を販売してくれる会社のためなら、むしろ自分の休みを返上して働こうとするでしょう。
 
 日本人は働きすぎだ、とよく言われます。

 2006年6月10日のBangkok Postに掲載された記事によりますと、2003年の製造業における各国の年間労働時間は、日本が1975時間、アメリカが1929時間、イギリスが1888時間です。そして、フランスは1539時間、ドイツは1525時間だそうです。これは製造業の数字ですから、日本のホワイトカラー、特にIT関係の企業に勤めている人は2000時間を軽く越えることでしょう。

 ここで日本の医師について考えてみたいと思います。きちんとしたデータは見たことがありませんが、日本の医師、とりわけ研修医の労働時間が長いことはよく知られています。

 研修システムが充実していると言われているアメリカの研修医は、週に80時間以内の研修しか受けられないことになっています。これは厳格に規定されており、もしも週に80時間を越える労働(研修)をしたことが当局に知られると、その病院は、研修医を雇用することができなくなる、などといった厳しいペナルティが課せられます。

 私がこの80時間という数字を聞いたときに、「よくそんな短時間で研修ができるな」という感想と同時に、「うらやましい」という気持ちがあったのも事実です。日本の研修医の1週間の労働時間は、軽く100時間を越えると思われるからです。

 これをドイツの製造業の労働時間と対比させてみましょう。年間1525時間ですから、1年間が52週とすると、週あたりの労働時間は、なんと29時間!となります。

 極端な比較かもしれませんが、日本人医師とドイツ人製造業者の労働時間はこんなにも差があるのです。

 先にあげたBangkok Postの記事は、日本大学で実施されたひとつの研究を紹介しています。その研究によりますと、日本人が睡眠時間を削って働くことによって、結果として年間およそ3兆5千億円もの損失があるそうなのです。長時間労働は生産性の低下につながるだけでなく、睡眠不足から起こる交通事故、さらには過労死まで引き起こすということが、この研究で述べられているようです。

 この記事には、同じような研究も紹介されています。1990年に実施されたアメリカの研究では、睡眠不足によって年間1500億ドル(約15兆円)もの損失があるそうです。
 
 このような研究は医師を対象としたものもあります。

 『New England Journal of Medicine』2005年1月13日号に掲載された論文によりますと、24時間以上連続して病院に勤務する医学インターンが自動車衝突事故を起こす確率は、長時間勤務をしないインターンの2倍以上であり、報告されたニアミスの数も5倍であることが分かったそうです。

 24時間以上の連続勤務というのは、他の職業ではあまりないかもしれませんが、医師では当たり前のようになっています。私は現在、医師として5年目になりますが、いまだに研修医と同じような勤務体系をとっているため、一晩働いて次の日は朝からそのまま外来担当ということもよくあります。

 これが医師として当たり前の姿なんだ、という気持ちもありますが、こういったデータ、特にニアミスが5倍になる、などといったデータを示されるとぞっとします。

 もうひとつ、医師を対象とした研究をご紹介しましょう。

 『JAMA』2005年9月7日号に掲載された論文によりますと、医師が夜間の激務をこなした後には、注意、覚醒性、運転シミュレーションの成績が、血中アルコール濃度が0.04から0.05%の時と同程度に低下することが分かったそうです。

 血中アルコール濃度が0.04から0.05%というのは、ビールで言えば大ビン1から2本程度で、ほろ酔いというよりは、ある程度酔っ払ったような状態です。そんな状態で医師としての仕事をこなしているなどということは、にわかには信じがたいのですが、『JAMA』に載るほどの論文ですから、このデータはきちんと実証されたものであると言えるでしょう。

 医師に限らず、あまりにも激務が続くと、その後に待っているのは過労死です。過労死などというのは他の国ではあり得ず、そのため「過労死」の英語(国際語)は「karoshi」です。

 長時間労働は、酔っ払った状態へと導き、仕事の効率を落とし、ミスを引き起こす可能性も強くなり、挙句の果てには「karoshi」となるかもしれない。そして、日本社会全体でみれば、3兆5千円億円の損失・・・。

 もしも、日本人全員が長時間労働をやめて3兆5千億円を取り返し、ドイツのように6週間の夏休みが取れると仮定してみましょう。日本の労働人口はおよそ7千万人ですから、3兆5千億円損していた分を均等に分け与えるとすると、ひとりあたりの取り分は、およそ5万円ということになります。

 5万円のお小遣いがもらえて6週間の夏休み・・・。

 6週間もの夏休みがあれば、海外のリゾート地にでもでかけてゆっくりと休養を取りたいものです。けど、小遣いが5万円では心許ない、というか飛行機代すらでません。

 ならば、もっと残業して仕事を増やし、小遣いを貯めてから旅行にいけばいい・・・。

 こういう発想をしてしまう私は、やはり典型的な日本人なのでしょうか・・・。

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