メディカルエッセイ

第103回(2011年8月) 僕は友達ができない

 現代社会はいとも簡単に"友達"ができてしまう社会・・・、と言っていいのではないかと思えます。この原因はもちろんインターネットの普及です。若い世代になると、mixiの経験がない、という人を探すのに苦労するくらいですし、他国に比べて普及していないと言われているフェイスブックの利用者もどんどん増えています。

 一部の保守的な人たちからは、顔も見ずにネットで知り合った人を友達と呼べるのか、と否定的な意見も出ているようですが、その"友達"に就職先を紹介してもらったり、周囲の誰にも話したことのない悩みを打ち明けたり、あるいは結婚にまで至ったケースもあったり、というのが現実ですから、現代社会では、まだ顔を見ていなくても"友達"と言ってもかまわないでしょう。

 私自身はこのようなツールを利用していませんが、関心のある人は積極的にITを使って"友達"との交流を楽しむべきだと考えています。IT技術が発達したおかげで、相手の都合を考えずにメッセージを送信することができるのはひとつの産業革命とも言えます。電話しかない時代には、「この時間相手は何をしているかな。もう寝ているかな・・・」ということをまずは考えなければなりませんでしたし、時差のある海外に連絡をとるのは一苦労でした。もう我々は電話しかなかった時代に戻ることはできないでしょう。せっかくこの時代に生きているのですから、時代の特権を利用してどんどん友達をつくるべきだと思います。

 mixiやフェイスブックといったSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を使えば、世界中で"友達"が簡単にできます。性別、年齢、国籍、住所を問わず、気の合う友達がもてる、というのは本当に夢のような社会だと思います。私の周りをみてみても、例えば40代の大変地味な生活をしている男性が、たくさんの大学生の"友達"が(それも世界中に)いたり、30代の普通の主婦が世界中に同世代の主婦とネットワークをもっていたり、といった感じです。

 しかし、このような時代の中でもSNSを使って安易に友達をつくってはいけない人たちがいます。それは「医師」です。

 2011年7月14日、英国医師会(British Medical Association)は、同会のウェブサイトで「フェイスブックなどで友達をつくってはいけない」という内容の忠告を同国内の医師に対しておこないました(注)。

 英国医師会は、その忠告のなかで、現在診療中の患者や過去に診療したことのある患者も含めて、交流サイト「フェイスブック」経由の「友達リクエスト」を認定すべきではないと勧告しています。同医師会は、(元)患者と医師が「友達関係」となるのは不適切、と考えているというわけです。ただし実際には「友達リクエスト」を承認する医者は少ないだろうとの見方を示しています。さらに、英国医師会は、医師だけでなく医学生であっても同様である、ということを強調しています。

 この英国医師会の忠告をみたほとんどの世界中の医師は、おそらく「そりゃそうだろ」と感じていると思います。この感覚は、実際に医師になってみないとわからないかもしれませんが医師と患者は友達になれない(なるべきでない)のです。しかし、この感覚はまだ医師になっていない医学生にはなかなかわかりづらいものがあります。英国医師会のこの忠告を読んだとき、私は医学部の授業のひとつのシーンを思い出しました。

 それは医学部4回生のときのある先生の講義でした。ある日その先生は、「患者とばったり道端で会い話しかけられたときどうすべきか」という質問をしました。そして、なんと学生全員(約80人)にその回答を聞いて回られたのです。医学部の授業時間というのは学ばなければならない量を考慮すると非常に短いため授業時間は大変貴重なものです。その貴重な時間を使って学生全員にこの質問をされたのですから驚かずにはいられませんでした。学生の回答は「挨拶だけしてすぐにその場を立ち去る」というものから、なかには「喫茶店などに入って話を聞く」というものまでありました。この質問に対する先生が話された<正解>は「できるだけ速やかにその場を立ち去り患者さんの話はできる限り聞かない」というものでした。この質問に対して私自身が何と答えたかは記憶にないのですが、この<正解>を意外に感じたことは覚えています。「ちょっと(患者さんに対して)冷たすぎないか」というのが私の率直な印象だったのです。

 けれども、今になればこのことは充分に理解できます。医療機関の外で医師と患者が話をすれば、医師患者関係があいまいになる可能性があります。すると、場合によっては、医師に対する誤解・偏見が生まれ、その結果医師本人や勤務先の医療機関が損失を被る可能性があります。また、医師と患者が近づきすぎると、コミュニケーションの内容によっては、後から「言った・言わない」という問題が起こらないとも限りません。また、それ以前に「特定の患者さんと医療機関の外で会う」ということ自体が(それがたまたまであったとしても)他の患者さんからみれば公平ではありません。

 英国医師会は、友達認定を禁止する理由として、ネット上の表現の解釈のされ方によっては名誉毀損罪や侮辱罪が適用される可能性や、患者のプライバシーが守られなくなる可能性(他人もウェブサイトを閲覧できるから)も挙げています。

 現在の私は、電子メールで患者さんからの質問に返答することがありますが、それはあくまでも医師患者関係に基づいたものです。mixiやフェイスブックは時間がないこともありますが始める予定はありません。私にとって英国医師会の忠告はすっと腑に落ちるものであり、日本でもはっきりと文書化されたものがいずれ必要となるであろうと思っています。

 医師が(元)患者と友達になるべきでないのはもっともだとしても、医師が患者でない他人と友達になるのはかまわないのでは?という意見があるかもしれませんが、現実的にはこれも困難です。というのは、医師でない人たちからすれば医師は医師であり、なかなか"普通の"友達としてはみてもらえないのです。仮に最初は"普通の"友達として付き合いが始まったとしても、そのうち身体のことや健康に関する話題になることがあり、意見を求められることが(よく)あります。そのときに何らかのコメントをすると、それは「友達としてのコメント」ではなく「医師としてのコメント」と見なされてしまうのです。こうなると友達関係なのか医師患者関係なのかが曖昧となってしまいます。ですから、私自身は、新たに、(元)患者さん以外の友達ができたとしても、ある程度の距離をとり、健康の話題には触れないようにしています。

 というわけで、私は医師になってからできた友達と呼べる関係の人というのは、ほとんどが医療従事者かGINAの関連で知り合った人(ボランティアなど)です。昔からの友達の友達は、一応友達になるのかもしれませんが、やはりその人からみれば、私を医師としてみることが多く、なかなか深い関係にはなれません。昔からの友達を通してしか会えないというのが現状です。

 20代の頃の私は、積極的に自分とは別の世界にいる人と友達になるようにしてきました。大学生(関西学院大学)の頃は、大学生以外の友達を見つけるようにし、会社員の頃は同じ会社の人達ばかりと過ごすことを避け、自分の知らない世界を見るように努めていました。そしてこれは私にとって非常にいい経験となったことを自負しています。

 しかし現在は、新たに友達をみつける時間がとれないということもありますが、ある程度親密な関係になる友達というのは、ほぼ医療者かGINA関連で知り合った人に限られます。これをどのように捉えるかですが、これはこれで止むを得ないこと・・・、と今は納得するようにしています。

 けれども、医師を引退してからなら、また別の世界がもてるかもしれません。そのときにはmixiもフェイスブックも始めて世界中で友達を探すことになるかもしれません。そうなると、元患者さんとも友達になれるのでしょうか・・・。この答えについては医師を引退してから(遠い先の話ですが)ゆっくりと考えてみたいと思います。

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注(2019年12月1日改訂):この忠告が読めた過去のページは現在は存在しませんが、「Using social media: practical and ethical guidance for doctors and medical student, standing up for doctors BMA」で検索すると、同じもののPDFが参照できます。UKの新聞「The guardian」はこの忠告を報道しています。その後、英国医師会は医師のソーシャルメディアとの関わりについて何度か忠告を発表しています。2019年3月には「Social media guidance for doctors」が発表されています。このなかで引き合いに出されている2018年に発表された「Social Media, Ethics and Professionalism Guidance」(「Social Media, Ethics and Professionalism Guidance, BMA」で検索するとPDFが参照できます)には「Facebookで医師は患者からの友達リクエストを承認すべきでない」と書かれています。

参考:The Guardian2012年10月28日「恋した患者はFacebookで医師を追う(Infatuated patients use Facebook to stalk doctors )」