メディカルエッセイ

第112回(2012年5月) 生活保護に伴う誤解

 生活保護に対する批判が強くなってきています。

 現在の経済状態の悪化を背景として、生活保護受給者が増加の一途をたどっており、昨年(2011年)6月に200万人を突破というニュースを聞いたところですが、それから1年もたっていないというのに現時点(2012年5月)で210万人を越える勢いです。

 なぜこんなにも生活保護受給者が増えているのか。働き盛りの世代の増加が著しいことが最大の理由と言われています。では、なぜ働き盛りの世代の増加が目立つのかと言えば、もちろん仕事(雇用)が見つからないからですが、最近は雇用保険に加入していない非正規社員が増えたために、仕事を失うと一気に一文無しとなりアパートの家賃も払えずに生活保護に頼らざるを得ない、というケースが目立ちます。

 生活保護が増えるということは、国の予算を圧迫するわけで、本年度(2012年度)の給付総額は3兆7,000億円を超える見通しだそうです。3兆7,000億円を210万人で割って、ひとりあたりの受給額を計算すると、約1,800,000円(3,700,000,000,000円 ÷ 2,100,000人 = 1,764,904円)となります。

 つまり、生活保護が認められると、行政から年間180万円相当の給付を受け取ることができるわけですから、働きたくても仕事がない人からみれば、頼りたくなるというのも理解できますし、また頼らざるを得ない人が少なくないのが事実でしょう。

 一方、ひとりあたり180万円もの負担をするのは納税者です。辛いことも我慢しながら一生懸命働いている労働者からみれば、働かずに給付を受け取れる生活保護受給者に否定的な気持ちをついつい持ってしまうことも分からなくはありません。

 もしも、生活保護受給者が、例えば障害を負っているとか、両親の残した借金のせいでやむにやまれず・・・、という人ばかりなら、納税者も納得するでしょう。しかし、実数はよくわかりませんが、生活保護受給者のなかには、例えば海外旅行にでかけたり、高価なアクセサリーを身につけていたりする者がいるのも事実です。先日、私の知人が、知り合いの生活保護受給者が最先端のスマートフォンを持っていることに腹がたった、と言っていましたが、この気持ちは理解できます。

 ところで、一人当たり180万円相当の内訳は、現金給付も含まれますが約半分を占めるのが医療費です。生活保護受給者は原則として医療費が無料となるのです。

 最近、生活保護受給者に対する医療が不適正ではないのか、という議論が増えてきています。生活保護受給者が複数の医療機関を渡り歩き、大量の薬剤(睡眠薬や抗不安薬が多い)を手に入れて闇のマーケットで高値で販売している、というニュースがときどき報道されています。

 また、2009年に発覚した奈良県大和郡山市のY病院が生活保護受給者の診療報酬を不正請求していた事件は大変ショッキングでしたが、マスコミのなかにはこのような例は氷山の一角とみる向きもあります。

 このような事件を並べて書けば、受給者は薬を無料で入手し高値でさばき、医療機関は受給者を集めて不要な治療をしている、というふうに思われますが、極端な事件だけがクローズアップされると真実が分かりにくくなってきます。

 たしかに、私自身の経験からも否定的な感情を持ってしまう生活保護の患者さんがいるのは事実です。私が大学病院の総合診療科の外来をしていたとき、生活保護のある患者さんは、けっして重症ではないのに、「MRIをとってくれ」「一番上等の薬をくれ」「待ち時間が長いのは気に入らん」などといちゃもんをつけてきました。一般の(善良な)患者さんは、(私がMRIを撮影しましょうと言うと)「必要なのはわかるんですが、MRIは高すぎて今は無理です」とか、「薬は少々の副作用は覚悟しますから一番安いものをだしてください」(これは太融寺町谷口医院の患者さんに多い)とか、言われますから、生活保護で横柄な態度の患者さんを診察すると、やる気が失せてしまいそうになることがあるのは事実です。

 しかし、生活保護の患者さんはこのような人ばかりではありません。現在太融寺町谷口医院に通院されている生活保護の患者さん、特に働き盛りの人は、複数の難治性の疾患を抱えていて、とても仕事どころではない人が大半です(注1)。

 医療機関の方も、生活保護の患者さんを積極的に診ているところは、在宅医療にも熱心であり一生懸命に取り組んでいるところが多いはずです。しかし、この点について、ときにマスコミはねじれた報道をおこないます。例えば、2012年5月11日の読売新聞(オンライン版)の社説では、「(生活保護)受給者ばかりを集め、診療報酬を稼ぐ悪質な医療機関も存在する」と述べられています。

 この記者が分かっていないのは、生活保護であろうが3割負担であろうが、医療機関に入ってくる料金は同じということです。生活保護の場合は支払い基金から10割が支払われ、3割負担の場合は7割が支払基金から、残りの3割は患者さん本人から徴収しますから、患者さんが生活保護を受けていようがいまいが医療機関が受け取る報酬は同額です。

 読売新聞は、医療の必要のない生活保護受給者を集めている、と言いたいのかもしれませんが、こんなことは到底考えられません。郡山市のY病院は、わざわざ大阪まで生活保護受給者を探しだしてバスに乗せて病院につれて帰って入院させていた、といったことが報道されていましたが、こんな例は極めて特殊なものです。

 また、Y病院は「やってもいない治療をやったようにみせかけて診療報酬を請求していた」と報じられましたが、こんなことする医療機関は(探せば他にもあるかもしれませんが)通常は考えられません。そもそも我々医師の仕事というのは、いかに検査を減らしていかに薬を減らすかが目標なのです。

 この社説のように、(Y病院のような)極めて特殊な事例があるというだけで、「悪質な医療機関も存在する」という表現をすることは報道のあり方として問題ではないでしょうか。読者によっては、あたかも悪質な医療機関が少なくないのではないか、という印象をもちかねません。今年(2012年)の2月、(読売新聞ではありませんが)大手新聞会社の記者が覚醒剤取締法で逮捕されましたが、良識を持った一般人であれば、だからといって新聞記者の多くが覚醒剤を使っているとはみなしません。

 今は、不正に薬を入手する一部の受給者や、ごく一部の悪徳医療機関を糾弾することよりも(もちろんこういった事実があれば白日の下にさらすことは必要ですが)、働き世代の受給者にどうやって仕事を見つけてもらうか、ということに集中すべきであり、そのための提案をおこなうのがマスコミの使命ではなかったでしょうか。

 現在大阪市の橋下市長は、生活保護受給者が受診できる医療機関を指定することを検討しているそうです。私はこの考えに賛成です。現在大阪市には生活保護の患者さんが大半を占める医療機関が数十軒あるそうです。そういった医療機関では医療者も生活保護の制度や実態に詳しいに違いありません。ならば、そういう施設を生活保護受給者が受診できる医療機関に指定するのが現実的ではないでしょうか(注2)。

 さらに、そういった医療機関に、可能であればハローワークの職員に常駐してもらうというのはどうでしょう。医療者とハローワークの職員が相談して、その患者さんにできそうな仕事を探すのです。また、その医療機関で、求職している生活保護受給者のための勉強会やセミナーを積極的に開き、通院していない生活保護受給者でも参加できるようにすればどうでしょう。

 消費税アップも所得税引き上げも私自身としてはやむを得ないと考えていますし、橋下市長がおこなっている職員の給与引き下げもけっこうだとは思いますが(やりすぎて公務員の士気が下がらないかを懸念しますが・・・)、その前に、生活保護受給者に社会復帰をしてもらうことが受給者にとっても社会にとっても有益であることを忘れてはいけません。

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注1:現在太融寺町谷口医院では、生活保護の患者さんは原則として大阪市北区在住の方に限っています。生活保護受給者は地域の医療機関にかかる、というのが生活保護の理念だからです。(数名の患者さんは、北区以外の地域から通院されていますが、複数の疾患を一度に診察する必要があり、なおかつその患者さんの自宅近くには同じような診療をおこなっている医療機関がない、という例外的な場合のみに限ってです)

注2:生活保護受給者が受診できる医療機関が指定されることになれば、太融寺町谷口医院が(たとえ市から依頼があったとしても)指定医療機関になるのは現実的ではありません。谷口医院では在宅医療をおこなう余裕がありませんし、これ以上生活保護の患者さんを診察するのは極めて困難だからです。指定制がひかれたときには、現在谷口医院にかかられている生活保護の患者さんには、指定病院を新たに受診してもらうようお願いすることとなります。