メディカルエッセイ

115 医師が医師を誹謗する弊害 2012/8/20

2012年7月17日、大阪地裁は、名誉毀損があったとして、医師を誹謗中傷した医師に110万円の支払いを命じました。この事件に対する我々医師からみた印象というのは、一般の方からみたものと少し異なるような気がします。医師が医師を誹謗中傷するということは、いわば「医師のタブー」なわけで、今回はこのことについて述べていきたいと思います。まずはこの事件を振り返っておきましょう。以下は報道をまとめたものです。

 2010年9月、福岡市中央区の美容外科医院で院長をつとめる40代の医師が、大阪市東淀川区の美容外科医(64歳)を誹謗中傷する内容をインターネット掲示板「2ちゃんねる」に書き込みました。具体的には、「ここの医者は独りよがりの考えでおかしな手術をすることで有名」「口ばっかりで腕が伴っていない」「悪徳医」といった言葉を使いました。

 大阪の美容外科医は患者さんからこの書き込みのことを知らされました。そこで、福岡市の美容外科医に1,100万円の損害賠償を求めた訴訟を起こしました。大阪地裁の判決は、「投稿(書き込み)は原告(大阪の医師)の技能が低く、患者に多大な精神的ショックを与えるほどの失敗例があるという内容で、社会的評価を低下させた」と指摘し、福岡の医師に110万円の支払いを命じました。

 この事件に対する世間一般の見方は、「福岡の医師が大阪の医師の<営業妨害>をおこなった。だからそれに対する支払いが裁判で認められた」、というものだと思われます。しかし、我々医師はそのように捉えているわけではありません。この福岡の医師がとった行動というのは医師からみれば<掟>を破った、あるいはタブーを犯した到底許されるものではないのです。

 日本医師会が公表している『医の倫理綱領』の第4項は「医師は互いに尊敬し、医療関係者と協力して医療に尽くす」というものです。つまり我々医師は他の医師をいつも尊敬し互いに学ぶ姿勢を維持しているのです。一般の方からみればこれは単なる「きれいごと」に聞こえるかもしれません。なぜ、我々は他の医師を尊敬することができるのか。その理由はいろいろありますが、『医の倫理綱領』の第1項もそのひとつです。第1項には、「医師は生涯学習の精神を保ち、つねに医学の知識と技術の習得に努めるとともに、その進歩・発展に尽くす」とあります。まだまだ医学というのは分からないことだらけで、分からないことだらけだからこそ、常に知識と技術の習得に努めなければならず、普通の医師であれば日々努力を重ねています。常に知識と技術の習得に努めている他の医師を尊敬するのは当然なわけで、誹謗中傷などというのはまったく考えられないことなのです。

 ここで誤解のないように言っておくと、医師は他の医師の医療行為に対し"無条件で"賛同したり、賞賛したりしているわけではありません。それどころか、他の医師の行為に対して疑問を抱いたり、「自分ならこうしたいが・・・」という気持ちを持ったりすることも頻繁にあります。

 では、そのように他の医師に疑問や反対意見をもったときにどうするかというと、カンファレンスや研究会、学会などの場で意見交換をしたり、医師専門の掲示板やメーリングリストに投稿したり、学会誌に論文を書いて反論したり、あるいは直接その医師にメールや手紙を書いたり、ということをするわけです。カンファレンスの場などでは、ときに激しい論争になることもあり、会場の空気がピンとはりつめた緊迫した状態になることもあります。しかし、このような意見交換(というよりは"激論")がおこなわれるのは互いに尊敬し合っているからともいえるわけで、激しく討論しあった医師どうしが仲が悪いというわけではありません。

 福岡の医師(被告)が大阪の医師(原告)の診療に疑問があるなら、このような正当な方法で意見を述べるべきなのです。訴訟で被告は「医学的見地からの公正な論評で名誉毀損にあたらない」と主張したと報道されていますが、本当にこのようなことを言ったのなら呆れてしまいます。2チャンネルというものの悪口を言うつもりはありませんが、「医学的見地からの公正な論評」を2チャンネルに「おかしな手術」「口ばっかり」「悪徳医」などの言葉を使って書き込むことが「公正な論評」なのでしょうか。

 私自身は2チャンネルというものの存在は以前から知っていますがあまり関心の持てるものではありません。しかし、今回の事件が報道されたことでこの事件についての書き込みをみてみました。驚くべきことに、5分もたたないうちに大阪の医師の名前も福岡の医師の名前もそれぞれのクリニック名も判ってしまいました。

 そこで二人の医師の経歴を調べてみると、原告の大阪の医師は形成外科領域で40年近く診療に携わっているベテラン、被告の福岡の医師は美容外科を始めて10年少しの経歴です。あらためてこの事件を考えてみると、年齢も経歴もかなりの先輩である医師を、よく「おかしな手術」「口ばっかり」などという言葉を使って誹謗中傷できたな、と呆れます。

 この事件を取り上げた医師の掲示版をみていると、「大阪の医師も2チャンネルの書き込みなど無視しておけばよかったのに・・・」というものが多いのですが、おそらく大阪の医師も当初はそのように考えていたことでしょう。大阪のクリニックのウェブサイトをみると、「何人もの患者さんからご指摘をいただいた2チャンネルの書き込み・・・」という表現がありましたから、おそらくこの医師は自分のためではなく、患者さんの名誉を守るため、つまり「自分が手術をしてもらった医師の悪口を書かれることが許せない」という患者さんの気持ちを代弁した訴訟だったのではないか、と私はみています。

 おそらく被告の福岡の医師は気づいていないでしょうが、この無責任な書き込みで傷ついたのは原告の大阪の医師ではありません。その大阪の医師を受診している患者さん、さらには自分自身が診ている患者さんをも傷つけています。自分を診てくれている医師が他の医師の悪口を2チャンネルに書き綴って裁判で訴えられて負けた、という患者さんの気持ちを考えてもらいたいと思います。

 さらに弊害はまだあります。このような事件が報道されると、医師どうしというのは互いにライバルを蹴落とすことを考えているものなのだ、という印象を世間に与えかねません。

 医師と他の業種の違いのひとつはここにあります。普通の企業であれば、新製品の情報や製品の設計図などは他に持ち出さないのが普通でしょう。しかし医師の世界というのは、「難治性の疾患にこのような治療をおこなって成功した」とか「難易度の高い手術に対してこのような手技を導入すればうまくいった」などの情報を"惜しみなく"公開するわけです。これは、「是非他の先生方もためしてください。そして患者さんに貢献してください」という気持ちがあるからです。つまり、自分が診ている患者さんだけでなく他の医師が診ている患者さんにも喜んでもらいたい、と考えるのが(まっとうな)医師なのです。

 医療というのは公共性を有するものです。実際、医師の倫理綱領には「医師は医療の公共性を重んじ・・・」という文言があります。もしも、一般の患者さんが「医療機関どうしは仲が悪い」といった印象を持ってしまえば、どの医療機関を受診すべきか、ということに悩まなければならなくなります。「まずは近くの医療機関を受診して、そこで診られなければ適切な医療機関を紹介してもらう」、これが患者さんにとって最も有益な考え方であり、医療機関は他の医療機関と協力しているからこそこのような考えが成り立つのです。

 あるいは、美容外科の領域というのは、通常の<医療>とは完全に別のものと考えるべきなのでしょうか・・・。


参考:メディカルエッセイ
第26回(2005年10月) 「後医は名医?!」
第100回(2011年5月) 「美容医療と一般医療はどこが違うのか」

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