メディカルエッセイ

116 待つ苦痛と待たせる苦痛 2012/9/20

外来患者の4人に1人が病院で診察を受けるまでの待ち時間に不満を持っている・・・

 2012年9月11日、厚生労働省は2011年の「受療行動調査」を公表しました。上記は、そのなかの「待ち時間」に関する調査結果です。この調査は2011年10月18日から20日の3日間、厚労省が無作為に抽出した全国の500病院(岩手・宮城・福島を除く)を受診した患者約10万人が対象となっています(注1)。

 外来での不満で最も多い原因が「診察までの待ち時間」で25.3%、2位が「診察時間」の7.8%、3位が「精神的なケア」で6.0%となっています。

 待ち時間に関して詳しくみてみると、「待ち時間に非常に不満」は6.9%、「やや不満」が18.4%で、合わせて25.3%にのぼります。実際の待ち時間は「15分未満」が21.6%、「15分以上30分未満」が22.6%、「30分以上1時間未満」が21.0%と、「1時間未満」が全体の65.2%を占めます。

 この調査を正確に読むには少し解説が必要であり、また医療者からの観点も述べておいた方がいいと思います。

 まず、この調査の対象となっているのは「20床以上の病院」のみです。通常(大きな)病院であれば「予約制」を引いていることの方が多いですから、予約がなかなか取れないという問題はありますが、待ち時間はそれほど長くないはずです。ではなぜ25%以上もの人が「待ち時間が長い」と考えているかというと、予約制を引いていない病院もあるということ、予約外でもみてもらえるが予約優先のため相当時間待たなければならない病院があるということ、そして、予約制なのだけれど医師の診察が長引いてそれが積み重なって待ち時間が長くなっていること、などがあるからです。

 厚労省の調査結果によれば「1時間未満」の待ち時間が65.2%となっています。私はこの数字をみて驚きました。それは、約3分の2の患者さんの待ち時間が1時間以内であり、にもかかわらず待ち時間に不満を感じている人が4人に1人以上となっていることに対してです。

 厚労省のこの調査は20床以上の病院が対象です。もしもクリニックや診療所を調査に加えれば、待ち時間の平均は短くても2時間程度にはなるでしょう。そして、「待ち時間の不満」は・・・、ちょっと想像するのが怖いくらいです。

 患者さんの立場に立って医療をおこなう、というのは医療の原則ですが、今回は「医療者の立場に立って待ち時間を考える」ことにお付き合いいただきたいと思います。

 我々医療者も職場を離れれば一人の市民ですから、レストランや買い物で並んで待つこともありますし、患者として医療機関を受診して待たされることもあります。そんなときは「こちらも忙しいんだから早くしてくれ!」と叫びたい気持ちになることがあります。ですから、(言い訳がましいですが)我々は患者さんに「病院では待つのが当然のことです」と思っているわけでは決してありません。我々としても、患者さん(多くは早く帰宅して安静にする必要がある!)の診察はできる限り早くしてできる限り早くお帰りいただきたいと考えているのです。

 「待つ苦痛」が辛いことは承知していますが、「待たせる苦痛」も相当辛いものです。太融寺町谷口医院の会議では、待ち時間対策として「患者さんが1秒でも早く帰れるように何ができるかを考える」ことにしていて、毎回のようにスタッフ全員で検討しています。私自身も、例えば、カルテには診察時間には必要最低限のことだけ記載して不足分は後で書くようにしていますし(そのため診察後のカルテ記載時間は1日あたり3~4時間になります)、診察室を離れてレントゲンの撮影をおこなうときには、どちらの足から踏み出せば診察室を早く出られるか、といったことまで考えています。

 また、診察そのものを短くするために、可能な限り早口で話すようにしています。このため、私の話し方が早すぎる、と感じている患者さんも少なくないでしょう。診察時間中に看護師や他のスタッフから報告や相談を受けるときは、「できる限り手短に、結論から話す」ということをルールにしています。

 しかし、一方では患者さんの話をもっと聞きたいですし、説明ももっと時間をかけておこないたいのです。厚労省の調査の「外来での不満」が、1位の「待ち時間」に続き、2位、3位がそれぞれ「診察時間」「精神的なケア」となっていますが、我々医師としても、診察時間をもっと取りたいですし、精神的なケアにももっと力を入れたいのです。しかし、それらをやりすぎると、待ち時間がさらに長くなってしまいます。

 では、どうすればいいのか。私はこれを医師になる前から主張していますし、上梓した書籍でも述べていますが、「医師の数を増やす」のが最も理に適っているのです。2012年9月10日、厚生労働省と文部科学省は、「地域の医師確保対策2012」を取りまとめ、そのなかで2013年度の医学部の定員を暫定的ではありますが126人以上にすることを認めています。現行の省令では、大学医学部の定員数は1校125人までと定められていますから、この基準に従わなくてもいいという決定をしたというわけです。

 この決定は歓迎すべきことですが、医学部の定員を増やす、医師数を増やす、といった議論になると、反対意見が必ずでてきます。そしてそれは現役の医師のなかから出てくるのです。誤解を恐れずに言えば、医師増員に反対する医師の大半は「何らかの専門医」です。

 歯科医院が過剰であることはよく指摘されますが、例えば、眼科、耳鼻科、皮膚科、糖尿病専門の内科、消化器専門の内科、などは地域によっては飽和している可能性があります。先日、ある医師向けのサイトに掲載されている眼科医のコラムを読んでいると、その眼科専門開業医の半径1.5kmにはなんと合計14軒もの同じような眼科専門開業医があるというのです。こうなってくると、自分が食べていくために「医師増員に反対!」となる医師がでてくることもあるかもしれません。開業医だけではありません。例えば私の知人のある循環器内科医は心臓カテーテルを専門としていますが、心臓カテーテルを積極的におこなえる病院での勤務の空きはほとんどないそうです。

 一方、開業医であろうが勤務医であろうが、プライマリケアや総合診療の現場では医師が大幅に不足しています。特に、開業医の場合、夜や土曜日にも開いていることが多く、病院よりも受診しやすいですから、いろんな訴えを持った患者さんが"大勢"受診されます。

 ここでいう"大勢"は専門医の開業とは実際の人数がまったく異なります。例えば、整形外科専門クリニックでは1日に200人を超えるところも珍しくないそうです。一方、太融寺町谷口医院では午前は完全予約制を引いていますから約25人を超えると予約をお断りしていて、予約制をとっていない午後では40人を超えると2時間以上の待ち時間、50人を越えると3時間以上の待ち時間となります(注2)。

 開業当初には、「健康のことで困ったことがあれば気軽に相談しにきてくださいね」と話していたのですが、もうこのようなことは言えないのが現状です。"気軽に"受診して待ち時間が2時間を越えれば、「待ち時間に不満」となるのは当然ですし、我々も「待たせることが大変苦痛」なのです。

 今回の厚労省の調査に対し、各マスコミは数字をそのまま報道しているだけのように見受けられますが、病院よりも診療所・クリニック、特にプライマリケアを実践しているところでは待ち時間が大きな問題になっていること、患者さんが待つのも苦痛だけれど待たせる医療者も苦痛に感じていること、これを解決するにはプライマリケアをおこなう医師を増やす必要があること、などを報道してもらいたいと思います。


注1;調査結果の詳細に関心のある方は下記を参照ください。

http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jyuryo/11/dl/kekka-gaiyo.pdf

注2:本文では述べていませんが、ひとりあたりの診察に時間がかかるプライマリケアの開業が医師からみて人気がないのは経営的には大変だから、ということが言えるかもしれません。本文で述べたような1日200人を診察する専門医と、1日70人がやっとのプライマリケア医では診療所が得る収入がまったく異なります。さらに、専門医療に比べ、プライマリケアでは検査は少ないですし、薬は安いものが中心(薬がないことも多い)ですから、収入の差は患者数以上の差となります。ですから、医師になってお金を儲けたいと考えている者は(実際はこのような考えを持っている医師はほとんどいませんが)、プライマリケア医は初めから目指さないでしょう。