メディカルエッセイ

第118回(2012年11月) 解剖実習が必要な本当の理由

 医学部受験を考えているという人から「成績が悪いので不安です」と相談されることがよくあります。こういう質問に対しては、ほぼ例外なく「頑張りましょう」と私は答えています。ところが、「僕は、人の死体を解剖する自信がありません。医学部はやめた方がいいでしょうか・・・」と聞かれることがあり、このときの返答には悩まされます。

 というのも、解剖実習に耐えられなくて、せっかく苦労して医学部に入学したのだけれども退学せざるを得ない、という人が実際にいるからです。

 解剖実習はだいたいどこの大学医学部でも2回生のときにおこなわれます。私の母校の大阪市立大学医学部でも2回生の4月から解剖実習が始まりました。その解剖実習のときに初めて会う「先輩たち」がいます。その先輩たちとは、要するに解剖学の単位が取得できずに留年した人たちです。多くは、勉強不足で解剖学の試験に合格できなかった人たちですが、なかにはテストができなかったのではなく実習に耐えられなくなり途中でドロップアウトしたという人もいるのです。私が2回生になったとき、そのような先輩が1人いました。

 私はその先輩とは一度も話したことがなく名前も覚えていませんが、たしか2年連続で解剖実習を途中でリタイヤし、その年を最後のチャンスと考えている、といったようなことを人づてに聞いた記憶があります。過去2年間は、がんばってみたもののどうしても、ご遺体に向き合いメスを入れる、ということに耐えられなくなり途中から実習に参加できなくなったそうです。3年目は、「今年こそ!」という気持ちで望まれたのでしょう。たしか、実習に対する態度はどの学生よりも熱心だったように覚えています。しかし、2ヶ月が経過したかどうかという頃だったと思います。ある日から実習に来られなくなり、その後一度も会うことはありませんでした。その人が現在何をされているのかも分かりません。

 大阪市立大学医学部のこの私の先輩のように、どこの大学でも解剖実習に耐えられなくて退学する医学生がいるそうです。だいたい、2~3年に1人くらいそのような学生がいて、不思議なことに男性ばかりのようです。たしかに、解剖実習に耐えられなくて退学した女子学生、の話は今も聞いたことがありません。

 私は、この解剖実習に耐えられなくて退学していった人たちと話をしたことがないのですが、退学という選択が苦渋の決断であったに違いありません。医学部入学は簡単ではありませんから、退学してしまうとその苦労が無駄になるという気持ちも出てくるでしょうし、家族など周囲からも残念に思われることでしょう。しかし、耐えられないものは耐えられないのであって、誰も彼らを責めることはできません。

 このような現実があるから、冒頭で述べたように「解剖実習が不安なので医学部受験が心配・・・」という人に対して、どのように返答すべきか悩まされるのです。訓練すれば解剖に耐えられるようになるのか、持って生まれたものであり耐えられない人は何をしても耐えられないのか、私にはこの答えが分かりません。しかし、何の抵抗もなく解剖実習がおこなえる、という人もまたほとんどいないと思われます。

 ご遺体に対面したときのことは、私は今でも鮮明に覚えています。初めから顔を拝見することはできず、まずは右上肢をおそるおそる視界に入れ、ホルマリンに保管されてやや黄色に変色した皮膚の色に自分の目をならしました。そして、体全体を眺めるように視線を動かし、最後に顔を拝見しました。視界に入るこの光景が日常から隔絶されたような感覚をもたらせますが、鼻腔を刺激するホルマリンの臭いがさらに非日常さを増幅します。医学部に来たんだ、という実感が、合格通知を受け取った日や入学式以上に重たく感じられたのはおそらく私だけではないでしょう。

 この日から私は医師の仲間入りをしたような感覚にとらわれました。最初にご遺体にメスを入れるときは緊張し、「この人はどんな人生を歩まれたのだろう・・」などと考えていましたが、1週間もすれば、そのような気持ちは次第に薄れていきました。最初の数日間は肉が食べられませんでしたが、そのうちに実習終了直後から普通に食事ができるようになりましたし、覚えなければならない筋肉、血管、神経などのことで頭がいっぱいになっていきました。もはや感傷的な気持ちに浸っている余裕はありません。

 解剖実習では筆記試験以外に口頭試問があります。これは、ご遺体の横に1人で立たされ、その場で先生から、例えば「肩甲下動脈と胸背動脈を示しなさい」といった問題が出題されるのです。学生はピンセットを持って、これら動脈を探し出して先生に提示しなければなりません。このような問題が4~5問ほど出題され、これが実習中を通してたしか4回ほどあったと思います。この口頭試問で不合格となれば、筆記試験ができたとしても留年となってしまいます。ですから学生としてはまさに必死であり、とてもご遺体に対するセンチメンタリズムを感じている余裕はないのです。

 解剖実習を終了するというのは、医学部の学生にとって儀式を通過したような意味があるのではないか、と私は考えています。ご遺体にメスを入れることによって、生命の重さを感じるのと同時に、人間を「治療の対象」とみることができるようになるのではないかと思うのです。医学部の学生はその後、臨床実習で手術を見学することになりますが、解剖実習を経ていなければ、手術を冷静に観察することはできないでしょう。もちろん、実際に手術をすることもできません。

 顔面を包丁で何箇所も切られていたり、腹部を刺されて腸管が飛び出していたり、あるいは電車に引かれて足が切断されていたり、といった症例を救急の現場で私は何度も経験しましたが、我々医師は誰一人、そのような光景におびえたりとまどったりしません。一般の人からは「目の前の患者さんを救いたいという気持ちがあるからこそなんですね」とかっこよくみてもらえるかもしれませんが、実はそのような高尚なものではありません。どのような状態の患者さんをみても戸惑うことがないのは、医師として高い倫理観を持っているから、といったものではなく、解剖実習という"儀式"を通過しているからではないか、そしてその"儀式"を経ることによって医師という職業人のいわば"本能"が培われるのではないか、と私は考えています。

 切断や顔面の切傷などの外傷をみても怖くないの?、というもの以外に、一般の方からときどき受ける質問に「異性の裸をみてドキドキすることはないの?」というものがありますが、これも普通の医師であれば、まったくありません。誤解を恐れずに言えば、我々は患者さんを「同士としての人間」とはみていません。「物」としてみているわけではありませんが、「患者さん」は「患者さん」なのです。患者さんの歩き方、目線のやり方、声の大きさやトーン、話すときの仕草やクセ、そのようなことすべてに注目しています。(男性)医師が、「外陰部がかゆい」と訴える若い女性の外陰部を診察するとき、周囲も含めて外陰部に、発赤や丘疹など異状所見はないか、帯下(おりもの)の性状や量、臭いに異常はないか、といったことをみていき、瞬時に必要な検査を考えて実施していきます。このとき男性医師はこの患者さんを「異性」とはみていないのです。

 同じように「好みのタイプの患者さんがやってきたらデートに誘いたくなることはないの?」と聞かれることがありますが、これもまともな医師であればありません。つまり、医師からみれば患者さんは「恋愛」はもちろん「友達」の対象にさえもならないのです。一般の方からは分かりにくいかもしれませんが、これは不文律のようなものです。米国では、実際に倫理規定として指針が文章で示されています(注1)。わざわざ言葉にしなくても日本人からすれば常識なのに・・、と思いますが、米国ではきっちりと文章にする必要があるのでしょう。

 患者さんを「同士の人間」ではなく「患者さん」とみることができるようになるのは解剖実習という"儀式"を経たからではないか、私はこのように考えています。つまり、外傷で原形を残していないような患者さん(あるいはご遺体)をみても、異性(同性も)の外性器をみても、美しい女性(や男性)をみても、冷静に診察ができるのは、解剖実習を経験しているから、と私は思うわけで、解剖実習はどのような医師になるにしても避けることができない、というのが私の考えです。

 解剖実習に不安がある、という医学部受験生の気持ちはわからないではないのですが、何と助言していいのか悩まされます・・・。


注1:アメリカ医師会(American Medical Association、AMA)の「医療倫理の指針」(AMA Code of Medical Ethics)に、患者との性的接触についての項目があります。下記に一部を示し、下に簡単な和訳を記しておきます。

Sexual contact that occurs concurrent with the patient-physician relationship constitutes sexual misconduct. Sexual or romantic interactions between physicians and patients detract from the goals of the physician-patient relationship, may exploit the vulnerability of the patient, may obscure the physician's objective judgment concerning the patient's health care, and ultimately may be detrimental to the patient's well-being.

患者と医師の性的接触は不正行為に相当する。 医師と患者の性的関係、あるいはロマンスは、医師と患者のあるべき関係を損ない、患者の弱い立場が悪用される可能性があり、また医師の客観的な判断を鈍らせる可能性がある。つまり、患者にとって有害となり得るのである。

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