メディカルエッセイ

12 医師免許更新はなぜ実施されない? 2005/4/2

政府の規制改革・民間開放推進会議が、小泉首相に提出する答申に盛り込む方針だった「医師免許の更新制導入の是非について05年度中に結論を出す」との項目が削除されることになりました。推進会議は、厚生労働省と折衝したうえで同意を得ていましたが、自民党の医療関係議員が強く反対し、削除に追い込まれたとのことです。

 医師免許の更新制は、ミスを続発する医師を排除するなどして医療の質を向上させるのが目的で、こうした医師の処分と再教育制度の確立も提言しようとしていました。

 読売新聞によりますと、医師会や医療関係議員らは、「これは医師イジメだ」と強く反発したとのことです。また、推進会議側には「医師の既得権益を守るためだ」と不満がくすぶっているそうです。

 ところで、欧米やオセアニア諸国では、一定の年数が経れば、すべての医師は免許を更新するために試験を受けなければなりません。おそらく先進国のなかでは、日本だけが免許更新制度がないのではないでしょうか。

免許更新制度がないということは、一度医師国家試験に合格してしまえば、よほどのことがない限り免許を剥奪されることはないということを意味します。

 更新制度の是非を議論する前に、この日本の特殊な制度をもう少しご紹介しましょう。刑事事件などを犯して、業務停止の処分を受けた医師が毎年発表されています。

 最近では2005年2月4日に、刑事事件などで有罪が確定した医師ら合計38人の処分が厚生労働省から発表されました。今回最も重かったのが、東京女子医大病院事件で証拠隠滅罪に問われ、懲役1年、執行猶予3年の有罪判決を受けた男性医師で、医業停止1年6か月を命じられています。この医師は刑事事件で有罪が確定していながらも、1年6ヶ月が経過すれば、医師として仕事に復帰することができます。もちろん復帰するための試験などもありません。

 実際の罪の重さと、事件の重大さは、必ずしも相関するとは限らず、また人によってもとらえ方が異なります。私は、個人的には、覚醒剤取締法や強制猥褻罪で刑事罰を受けたような医師が現場に復帰することに嫌悪感を抱いていますが、これらの法律で刑事罰を受けた医師でも1年以内の医業停止にとどまることがほとんどです。

 それでは、富士見産婦人科事件(不必要な手術で患者の子宮摘出などをした)や、あるいは殺人などのように、免許停止の処分を受けた医師はどうなるのでしょうか。

 実は、医師免許停止の処分を受けた医師も、一生医師の仕事に戻れないかというとそうではないのです。

 医師免許停止の処分を受けた医師であっても、一定期間おとなしくした後に、申請手続きをすれば再び医師として仕事をおこなうことができるのです。これは、医師免許停止の処分を受けても、医師国家試験に合格したという事実は消えない、という理由によるものです。そして医師国家試験というのは毎年合格率が90パーセント前後という非常に合格しやすい試験なのです。

 つまるところ、日本という国においては、いったん医師国家試験に合格してしまえば、あるいは少し乱暴な言い方をすれば、いったん医学部の入試に合格してしまえば、よほどのことがない限り、いえ、よほどのことがあっても、医師として医業に従事できなくなるということはないのです。

 医療のレベルが低い医者が、医業停止や医師免許停止の処分を受けるというわけでは必ずしもないと思いますが、今回、政府の規制改革・民間開放推進会議が、医師免許更新について言及したことは、そういった既存体質に風穴をあける、いい機会だと私は考えていました。

 ところが、現実は、日本医師会や医療関係の議員による反対で、医師免許更新についての議論は見送られることになりました。その理由が、「医師に対するイジメ」というのは少し幼稚すぎる反論ではないでしょうか。なぜ免許の更新が医師へのイジメになるのでしょう。

 日本医師会の偉い方々や、議員の先生方のように、それほど患者さんと接する機会のない方が反対しているわけですが、これは、実際に日々患者さんと接している医師の意見をどれほど反映しているのでしょう。

 いえ、日々臨床をしている医師よりも、患者さんの意見を尊重することが最も大切なことではないのでしょうか。

 私は臨床医ですが、一患者の立場に立てば、自分を診察してくれるのは、常日頃から知識と技術の習得に努め、新しい見解にも熟知しているような医師であってほしいと思います。医師会の偉い方々や議員の先生方は、そのあたりについてどのように考えておられるのでしょうか。

 なるほど、こういった偉い方々は、病院や医療従事者とのコネを持っています。したがって、自分や自分の身内が何か病気になったときも、そのコネを駆使して、適切な医療機関を受診したり、腕のいい医師を見つけることはたやすことでしょう。

 しかしながら、一般の市民はそういったネットワークを普通は持っていませんし、マスコミなどが発表している「いい病院のリスト」などというのは、はっきり言ってあまり当てになりません。(この理由については機会があれば別のところで述べたいと思います。)

 おそらく、国民の大多数は医師の免許更新に賛成なのではないでしょうか。政府の規制改革・民間開放推進会議が言うように、免許更新により、医療ミスを犯す医師が減少するかどうかは分かりませんが、少なくともすべての医師が、免許更新に向けて勉強することになるでしょうから、国民というか患者さんの立場からみればこれは歓迎されるべきことなのではないかと思います。

 では、我々一般の臨床医がどのように考えているかお話しましょう。この、医師免許更新については以前からよく言われていることであり、我々医師どうしの話でもよく話題になります。

 結論から言えば、私の知る限り、ほぼすべての医師が免許更新制度を望んでいます。たしかに、自分が更新の試験で合格点を取れなければ、少なくとも次の試験までは失業してしまうわけで、そういうリスクを抱えなければいけなくなるわけですが、それでも私の知り合いのすべての医師は賛成の立場にあります。

 もちろん私も直ちに免許更新制度を導入すべきだと考えています。

 自分が不合格になるかもしれないというリスクを抱えなければなりませんし、常日頃の勉強でも大変なのに、免許更新のための勉強もしなければならない、となると時間的にもかなりしんどくなることが予想されます。にもかかわらず、免許更新に賛成するのは、もちろんそれが患者さんのためになると考えているからです。医師というのは、日々自分の専門領域にかたよった勉強をしていますから、免許更新の試験があれば、自分の知識を見直すいい機会になるのではないでしょうか。

 最後に、他の政府の政策との比較をしてみたいと思います。今よく話題になる、「郵政民営化」と、「アメリカの牛肉輸入」について、ここでは考えてみましょう。どちらの問題も、国民にアンケートをとれば、賛成と反対に分かれるようです。賛成が圧倒的大多数とか、逆に国民のほとんどが反対しているとか、そういうことはないようです。

 ところが、この医師免許更新については、実際に調査したわけではありませんが、おそらく国民の大多数が賛成するのではないでしょうか。にもかかわらず、案が見送られたというのは、国民の意見をまったく無視していると言わざるをえません。そこのところを考えていただきたいものです。