はやりの病気

第17回 掌蹠膿疱症とビオチン療法 2005/09/30

「掌蹠膿疱症(しょうせきのうほうしょう)」という病気が、ここ数ヶ月で一躍有名になったように感じます。その理由は、女優の奈美悦子さんがこの病で苦しまれ、その体験を記者会見されて、本も出版されたことが大きいように思われます。

 私は現在、週に一度、ある病院で皮膚科の外来をしていることもあり、掌蹠膿疱症の患者さんも数人診させてもらっています。

 症状は、手のひらと足の裏に水ぶくれのようなものができ、つぶすと白から薄い黄色の膿のようなものがでてきます(これを「膿疱」と言います)。痒みを強く訴える人もいればほとんど痒くないという人もいます。

 奈美さんが体験されたように、掌蹠膿疱症は骨関節炎を伴うこともあり、場合によっては耐え難い激痛が走ります。着替えるのに数十分かかるということも珍しくありません。

 しかしながら、掌蹠膿疱症は、適切な治療をおこなうことによって、痛みを取り除くこともできますし、薬剤を使用することによって、皮膚の症状を治すこともできます。

 最近、奈美さんが実施された掌蹠膿疱症の「ビオチン療法」について、患者さんから質問される機会がありましたので、私も奈美さんの書かれた『死んでたまるか!』を読ませていただきました。

 タイトルからも分かるように、掌蹠膿疱症に骨関節炎が伴った場合、耐え難い激痛が走り、このまま死んでしまうのではないか、あるいは、死んだ方がまし、と思われる方もおられると聞きます。奈美さんは、女優をされていることもあり、激痛以外にも、手のひらの症状を隠すのにかなりの苦労をされたことと察します。また、女性であれば(掌蹠膿疱症は女性に多い)、女優でなくても見た目の問題にはナーバスになられるでしょう。

 ビオチン療法の話に入る前に、奈美さんが体験された苦悩について別の角度からみていきたいと思います。

 奈美さんは、掌蹠膿疱症という診断がつき、治療を開始されるまでに随分と多くの病院や診療所をドクターショッピングされています。そして、著書のなかではこのように述べられています。

 「内科、皮膚科、整形外科等々、ほとんどの医師は、私の病気「掌蹠膿疱症」という病名があることすら知らなかったのです。」

 こんなことが本当にあるのでしょうか。掌蹠膿疱症は、「ありふれた」とは言いませんが、皮膚科医であれば誰でも患者さんを診ているでしょうし、そもそも医師国家試験にも出題される「医師であれば当たり前の疾患」です。掌蹠膿疱症を知らなければ、医師国家試験に合格することはないでしょう。ですから、家庭医(プライマリケア医)はもちろん、たとえ皮膚科や整形外科以外の専門医であろうとも、病気の名前を知らないということはあり得ないのです。

 では、なぜ奈美さんはこのような発言をなされるのでしょうか。奈美さんが虚偽を言っているとは思えませんし、実際に複数の医療機関を受診されたのも事実でしょうし、かといってこの病気を知らない医者がいるとも思えませんし、謎は深まるばかりです。

 さて、話を本題に戻して、この病気を疑ったときにはどうすればいいかを考えていきましょう。

 まず、手のひらに皮疹ができる病気というのは多数あります。かぶれ(接触皮膚炎)、水虫、汗疱、掌蹠角化症、掌蹠膿疱症などが比較的頻度が高いといえますが、手足口病(子供に多いが大人にもできる)や川崎病(こちらは子供がほとんど)といったものもあります。激しい痒みを伴うものから、ほとんど自覚症状のないものまで、症状は様々です。

 治療にうつるまえに、まずは診断をつけなければなりません。問診と皮疹の状態、それに顕微鏡の検査を組み合わせれば、簡単に診断がつく場合がほとんどですから、まずは医療機関を受診すればいいでしょう。「絶対やめてください」、とは言いませんが、自分で、水虫と思って市販の水虫の薬をつけたり、単なる湿疹と思って市販のステロイドを塗ったりするのは危険です。そういうことをすると診断がつきにくくなったり、かえって治癒を遅くすることも多々あるからです。なかには治すために使った市販の軟膏にかぶれて皮疹がひどくなったという人もいます。ですから、初めから医療機関を受診する方が無難であると言えるのです。

 初めから大病院に行く必要はありません。診断がつけば治療はおのずと決まりますから、診療所レベルで充分です。皮膚科の診療所が近くにあれば受診すればいいでしょうし、皮膚科がなくても、家庭医の立場にある医師であれば、少なくとも初期の診察はおこなうことができます。

 掌蹠膿疱症の診察ですが、まず皮疹から掌蹠膿疱症を疑った場合、関節の痛みがないかを確認することになります。もっとも多いのが胸鎖関節と呼ばれる、鎖骨と胸骨の間の部分です。通常は医師が患者さんのその部位を押さえて痛くないかどうかを確認します。奈美さんは胸鎖関節以外にも様々な部位の痛みを訴えられており、何枚ものレントゲンを撮影することになったようですが、掌蹠膿疱症で骨関節炎を合併するのはそれほど多いわけでなく、押さえても痛みのないという人にはレントゲンを撮影しないのが普通です。

 掌蹠膿疱症の皮疹は、医師であれば見れば分かることもあり、血液検査はおこなわないこともあります。ただし、関節や骨の痛みのある人には血液検査をおこない、炎症の度合いをチェックします。

 さて、治療ですが、軽症であればステロイドやビタミンDの外用薬だけで様子をみます。症状がでたときのみに使用してもらうこともあります。

 外用薬でよくならない場合、次のステップにすすみます。日本では扁桃を摘出したり、歯の治療に使っている金属を外したりといったことをおこなうこともありますが、これらの治療には必ずしも科学的な根拠(evidence)がなく、私はすすめていません。

 最近注目されているのは、ある種の免疫抑制剤です。実は、掌蹠膿疱症はT細胞系(白血球のなかにリンパ球と呼ばれるものがあり、さらにリンパ球を分類するとT細胞と呼ばれる細胞があります)の異常であることが分かっており、同じくT細胞系の異常であると言われている、関節リウマチや尋常性乾癬に使用する薬剤と同じものが有効なのです。

 最も一般的なのは、メトトレキサート(商品名はリウマトレックス)であり、これを内服することにより症状が劇的に改善したという患者さんは少なくありません。ただし、メトトレキサートは、肝障害や間質性肺炎などの副作用が出現することがあり、使用中は血液検査やレントゲン撮影を定期的におこなう必要があります。(これを怠ると取り返しのつかないことになりかねません。検査を怠ったり、使用法を間違えたために命を落とした患者さんもいますから、医師の指示をしっかり聞く必要があります。)

 副作用以外に、もうひとつ問題があります。それは、メトトレキサートに保険適応がないということです。欧米では、一般的な治療であり、ガイドラインにも載っているのに、日本では現在のところ、なぜか保険でこの薬を使えないのです。

 シクロスポリンという免疫抑制剤があり、これもかなり有効です。ただし、この薬も保険が使えない上、高血圧や腎障害が出現することもあり、やはり医師の指示をしっかりと聞くことが重要です。

 また、これら以外にも最近注目されている薬剤が次々と誕生しています。先に述べたように、掌蹠膿疱症が関節リウマチや尋常性乾癬の親戚であるらしいということが分かってきて、関節リウマチの薬を掌蹠膿疱症にも使用するような動きになってきているのです。

 これら以外には、私は試したことがありませんが、漢方薬や、奈美さんが実施されたビタミン(ビオチン)療法というものがあります。ただし、これらも保険適応がありませんし、これらには科学的な根拠(evidence)がなく、欧米ではまったく使われていません。もちろんガイドラインにも載っていません。ただ、漢方薬やビオチンは、メトトレキサートやシクロスポリンに比べて、副作用が少ないという利点はあるかもしれません。

 奈美さんの場合、2004年の8月からビオチンを試されて、2005年の1月に症状が改善してきたそうですが、ビオチンを使用したのはその医師がビオチンだけを薦めたからのようです。(正確には、ビオチン療法だけをしている医師を奈美さんが受診されたようです。)

 奈美さんは、わらにもすがる思いで、秋田までこのビオチン療法を実施している医師を訪ねられたようですが、最初に、少なくとも欧米では標準的な治療である、メトトレキサートやシクロスポリンを試されてもよかったのじゃないかなと思わずにはいられません。

 なぜなら、そういった治療をされている患者さんは短時間で苦しみから解放されているからです。