はやりの病気

第18回 風邪に抗生物質は必要か 2005/10/15

 私は医師になるまでは、数年に一度程度しか風邪をひいていなかったのですが、医師になってからは、毎年必ず、それも年に数回は風邪をひくようになりました。季節の変わり目はほぼ必発で、今年はインフルエンザにも罹患しました。

 なぜ、突然風邪をひきやすい身体になったかというと、過労という問題もありますが、年中風邪の患者さんと接していることが最大の原因です。特に、私は現在も週に一度、小児科の外来を担当していることもあって、子供から風邪をうつされることが少なくありません。子供の咽頭を診察するのは大変で、なかなか口を開けたがらない子供の喉の奥まで見せてもらおうとすると、どうしても唾液が私の顔にかかるのです。

 さて、今回は「風邪の適切な治療」について考えてみたいと思います。というのも、最近、一般の(医療従事者でない)ある人から、「風邪に抗生物質を出す医者ってどうなんですかね~」というコメントを聞いたからです。

 この人は、風邪で抗生物質を処方するのは過剰診療と考えているようです。こういう意見が出てくるのは、一部のマスコミが「風邪に抗生物質を処方するのはいい加減な医者」というような報道をしているからなのかもしれません。

 では、本当に風邪に抗生物質は不要なのでしょうか。
 
 「風邪」というのは、実は定義が曖昧で、こういう状態が風邪、とはっきり示すことはできませんが、ここで医学的に言葉を整理してみたいと思います。

 まず、「風邪」とは広い意味では、「鼻から肺にいたるまでの気道に炎症をきたす病原体による急性感染症」となると思います。さらには、「感染性胃腸炎」など、気道よりもむしろ、腹痛や下痢、嘔吐などを主症状とする感染症も「おなかの風邪」などと言われることがあります。「おなかの風邪」まで議論を広げると、ややこしくなりますので、今回は、「気道に炎症をきたす病原体による急性感染症」だけを取り上げてみたいと思います。

 さて、「気道に炎症をきたす病原体」には、どのようなものがあるのでしょうか。最も一般的で頻度の多いのがウイルスで、次に多いのが細菌、頻度はぐっと下がりますが真菌(カビの一種)や、さらに頻度は低いものの原虫などによるものもあります。

 「風邪」をごく狭い意味で使うと「ウイルスによる気道感染症」ということになると思います。一般的に、このタイプの風邪は、それほど高熱が出ず、症状も軽く、仕事を休むまでもないことが多いと言えます。医学的にはこのタイプの風邪は「感冒」と呼ばれ、英語では「cold」となります。以前、アメリカ人に聞いたことがあるのですが、風邪で会社を休むときは「cold」だと言ってはいけないそうです。「cold」は軽い風邪であるという社会的な認識があり、そんなことで会社を休むのはけしからん、と思われるそうです。

 このタイプのウイルスによる軽い風邪には、抗生物質は不要です。抗生物質は、細菌を死滅させることはできますが、ウイルスを殺すことはできませんから、投与しても意味がないのです。このタイプの風邪に抗生物質を処方するのは、たしかに過剰診療であるといえるでしょう。

 さて、ウイルスによる風邪がすべて軽症かというとそうではありません。何事にも例外はあるのです。一般的に軽症の風邪をもたらすウイルスは、ライノウイルス、エコーウイルス、コロナウイルスなどですが、インフルエンザウイルスは誰もが知っているように簡単に重症化します。老人がインフルエンザに罹患すると、命にかかわることもあります。

 また、一時マスコミを騒がせた「SARS」も、原因ウイルスはコロナウイルスの一種だという説が有力でありますし、小児に感染しやすいアデノウイルスも、ときに入院が必要なほどの重症化をきたすことがあります。このように、インフルエンザウイルス以外にも重篤な症状をきたすウイルスがあるのです。

 次に細菌感染による風邪をみていきましょう。細菌感染による風邪は、通常「感冒」とは呼ばれず、炎症の強い部位に応じて、急性咽頭炎、急性扁桃炎、急性気管支炎、急性肺炎などという病名がつけられます。細菌感染は、感冒に比べて、高熱が出ることが多く、咳や咽頭痛などの症状も強くできます。病原体が細菌なわけですから、この場合は抗生物質が非常によく効きます。原因菌は、溶血連鎖球菌、黄色ブドウ球菌、肺炎球菌、インフルエンザ菌など様々です。(インフルエンザ菌というのは細菌であり、一般にインフルエンザと呼ばれているのはインフルエンザウイルスのことを指します。)

 さて、我々医師が風邪症状を呈している患者さんを診察するときには、ウイルス感染なのか、インフルエンザウイルス感染なのか、細菌感染なのかを見極めなければなりません。どのようにして見極めるかというと、これは臨床症状と血液検査、レントゲンなどから総合的に判断するしかありません。このときにどのような病原体に感染しているかということを迅速に判定できればいいのですが、今のところ、迅速に判定できるのは、溶血連鎖球菌、インフルエンザウイルス、アデノウイルスの3つだけです。これら以外は医師の経験に頼るしかないのです。そして、細菌感染と判断すれば、抗生物質を投与し、インフルエンザと診断すれば抗インフルエンザ薬を処方し、通常のウイルス感染と判断すれば、抗生物質は処方しません。

 患者さんのなかには、「あなたは一般のウイルスによる感冒だから抗生物質は不要だと思います」と言っても、どうしても抗生物質を処方してほしいという人が少なくありません。先ほど述べたように、ウイルス感染か細菌感染かの判定は、最終的には医師の力量に委ねられ、100%の確信はもてませんから、「これから重症化するかもしれないからどうしても抗生物質を処方してください」と言われれば、現実的には処方することもあります。この点が、抗生物質の過剰投与につながっており、実際、全世界の抗生物質消費量のおよそ4分の1が日本で消費されているというデータもあります。

 医師が自分の力量に頼りすぎたために、結果的には患者さんを不幸にさせたかもしれないという症例があります。

 以前、3ヶ月の乳児が、風邪症状を訴え、ある病院を受診しました。その乳児の血液検査ではC反応性蛋白(CRP)の値が3.18と軽度であったために、診察医は抗生物質を処方しませんでした。ところが、その後症状が急激に悪化し、10時間後には死亡してしまったのです。病理解剖の結果、その乳児はWaterhouse-Friderichsen症候群という、急激に副腎の機能が低下し、死にいたる病態に移行したのです。

 この症例は訴訟になり、医師側が敗訴しました。抗生物質を投与していれば死亡はまぬがれたかもしれないというのが判決理由です。ただ、Waterhouse-Friderichsen症候群は極めて稀な疾患であることと、重症化するのがあまりにも急激なために、たとえ抗生物質を投与していても助かったかどうかは分からないという弁護側の言い分も一部は認められたようです。

 一見ただの風邪にみえる症状が実は極めて危険な状態であるということは、それほど多くはありませんが、充分にありえることは知っておいた方がいいでしょう。

 1歳1ヶ月の小児が、喘息性気管支炎(小児に多い風邪の一種)と診断され、帰宅したとたんに呼吸困難になり死亡したという事例があります。

 子供だけではありません。風邪症状を訴えた35歳男性が、喉頭蓋炎(気管の入り口が腫れあがるため窒息してしまう)をきたし、入院直後に死亡したという例(この患者さんは抗生物質を数日前より投与されていました)もあります。

 また、一般開業医を受診した45歳男性は、急性気管支炎、急性扁桃炎と診断され、解熱鎮痛薬を処方され(抗生物質は処方されず)帰宅しました。しかし、その後呼吸困難が出現し、その診療所を再診しました。医師は重症と診断し、すぐに救急病院に行くように指示し、自らは自分の車でその救急病院に向かったそうです。ところが、この男性も急性喉頭蓋炎の状態になり窒息死しました。

 このように一言で「風邪」といっても様々であり、薬剤が一切必要ない状態から、直ちに入院して高度な医療を受けなければならないような場合まで様々なのです。

 「風邪に抗生物質は必要か」、この問いには、イエスともノーとも言えません。ケースバイケースであり、気になるようなら自分で重症度を判断せずに、医療機関を受診することが必要なのです。

  • RSS配信
  • RSSヘルプ

新着情報

一覧を見る

2018/09/25

本日(9/25)の14時までの予約診察は若干空きがございます。ご希望の方は電話(06-6364-41477)にて予約をお取りいたします。