はやりの病気

第19回 咳 2005/10/27

咳を訴えて、外来を受診される患者さんは大勢おられます。時間もバラバラで、明け方の咳がひどくて、朝一番の外来に来られる方もおられれば、夜間の突然の咳で、救急外来に飛び込んで来られる方も少なくありません。

 もちろん、咳の原因にもいろいろあって、我々は治療を考える前に、まずは、その原因探索をおこないます。今日は、もしも咳で悩んだときにどうすればいいかを考えていきましょう。

 まず、咳というのは誰もが自覚する症状ですから、ごく軽症であれば病院を受診せずに、しばらく様子をみようということになると思います。例えば、風邪をひいたときのような場合です。

 前回このコーナーで、風邪も放っておいていいものから、直ちに高度な医療行為の必要なものまで様々である、というお話をしましたが、そうはいっても、風邪の大半は軽症ですから、経験的に病院には行かずに、あるいは市販の風邪薬や咳止めで様子をみよう、となることも多いと思います。

 よくあるのが、風邪は治ったのに、つまり、熱は下がって喉の痛みもとれたのに、なぜか咳だけが続いて、何か他の病気にでも罹患したのかな、と思って心配になって受診されるというケースです。

 こういうケースの多くは、「感冒後咳嗽」と言って、多くの患者さんが経験されているようです。特に悪い病気ではないのですが、市販の咳止めを飲んでも一向に治らないために、医療機関を受診されることが多いようです。

 実は、医療機関でも、このタイプの咳はなかなな治療するのがむつかしいことがあります。一般的な咳止めが効かないことが少なくないからです。そのため、医療機関を次々と代える患者さんもおられます。

 けれども、このタイプの咳は、根気よく、医者と相談しながら、自分にあった治療薬を探していくと、そのうちにいいものが見つかることも多いと言えます。どんな薬剤が効くかというと、これは本当にケースバイケースで、標準的な西洋薬が効く人もいれば、漢方薬が劇的に効く人もいます。

 なかには、喘息の治療で使用する吸入薬がよく効く人もいます。特に、明け方の咳に悩まされているという人は、気管支喘息の治療と同じような薬剤が極めて有効なケースが少なくありません。

 この状態は「咳喘息」という病態の可能性があります。「咳喘息」というのは、気管支喘息のように、レントゲンを撮影しても、聴診器で肺の音を聞いても異常がないのですが、気管支喘息と同じような治療をおこなえば劇的に改善するという疾患です。

 そして、この「咳喘息」の患者さんというのは、軽いアレルギー疾患を持っていることがあります。例えば、花粉症のような、季節によっては軽い鼻炎と結膜炎に悩まされるようなタイプのアレルギー疾患を有している人に多く見られるような印象があります。

 日頃、外来で咳を訴えて受診される患者さんで、もっとも頻度の高いもののひとつが、気管支喘息です。気管支喘息は、誰もが知っている国民病のような病気で、治療法も確立していますが、不幸なことに、毎年何千人もの方が喘息が原因で命を奪われています。

 気管支喘息という病気は、これまでに世界中で多くの研究がなされ、現在ではすぐれた薬剤がたくさんあります。医師の指導のもと、適切な治療をおこなっていれば、命を失うようなことはかなりの確率で防げるはずです。

 にもかかわらず、年間何千人もの方が亡くなるというのはどういうことでしょうか。
 私の印象としては、適切な治療を受けていない人がいることがひとつの原因ではないかと思います。

 というのは、特に夜間に救急外来をしているときに、喘息発作を起こして患者さんが搬送されてくることがあるのですが、こういった患者さんのなかには、自己判断で通院をやめている人が少なくないからです。

 気管支喘息という病気は、慢性の疾患であり、根気強く治療を続けていく必要があります。年中呼吸困難に苦しめられるというわけではなく、ときには数ヶ月にわたり、調子いい状態が続くこともあります。そういうときに、医師の判断によるのではなく、自分で「もういいだろう」と判断して治療をやめてしまう人がおられるのです。

 これが、非常に危険なことなのです。喘息の治療は、毎日規則的に吸入したり内服したりする薬剤もありますが、発作時のみに使用するタイプの薬もあります。勝手に治療をやめてしまう患者さんは、「定期的な薬を吸ったり飲んだりしなくても、発作が出たら(あるいは出そうになったら)、すぐに効くタイプの吸入薬を使えばいいや」、と考えていることがあるのです。

 気管支喘息の患者さんは、病気とかなり長いお付き合いになる、ということを自覚して、医師と一緒に病気に向き合っていくことが大切なのです。

 ところで、医師の立場からみると、喘息の患者さんは、特に夜間などではもっとも多くみる疾患のひとつなのですが、ときに重症な患者さんも来られますから、もっとも緊張感の要する疾患である、と言えます。

 軽症であれば、吸入のみをおこなってもらいますが、ある程度重症化していれば、点滴をおこなうことになります。点滴で劇的によくなることも多いのですが、なかには、点滴をおこなってもほとんど改善せず、緊急入院してもらって、持続的な点滴をしながら、同時に酸素を吸ってもらうこともあります。
 こういう患者さんの多くは、先に述べたように自己判断で治療をやめていることが少なくありません。

 もしもあなたが、喘息に罹患していたり、喘息の疑いがあると言われているなら、きちんとかかりつけ医を持って、そのかかりつけ医と一緒に喘息という病気としばらく付き合っていくんだ、という気持ちを持たれるべきだと思います。

 咳で悩んでいる患者さんのなかには、重大な病気に罹患しているというケースもあります。その代表が、肺ガンと肺結核です。

 肺ガンは、誰もが知っているガンのひとつで、発見が遅れがちになることがよくあります。健康診断で発見された、というケースがもっとも多いでしょうが、なかには長引く咳から発見された、ということもあります。ですから、風邪を引いたわけでもないのに、突然咳が始まって、しかもなかなか治らない、というときには疑ってみるべきかもしれません。

 肺結核も、長引く咳から発見されることがよくあります。

 肺結核という病気は、衛生状態が悪い地域に住んでいる栄養がきちんと摂れていない人が罹患しやすいという特徴があります。ですから、通常は、先進国ではあまりみられない病気です。

 ところが、この病気は、なぜか先進国のなかでは、日本だけが例外的に多いという特徴があります。

 私が、タイのエイズホスピスでボランティアをしているとき、アメリカから来ていた同じくボランティアの医師に、「日本では結核が依然多い」という話をすると、「Surprising!」と言われました。先進国であるはずの日本に、結核が多いことが理解できない、と言うのです。

 ただ、日本に多いと言っても地域的な偏りがあって、関西で言えば、大阪の「どやがい」というか、ホームレスの多い地域に集中しています。

 けれども、それだけではありません。最近では、ごく普通の若い人が結核に罹患している場合が珍しくなくなってきているのです。どういう人に多いかというと、「無理なダイエット」をしていて、極端な低栄養状態になっているような人です。

 ダイエットについては、また別の機会にゆっくりと述べたいと思いますが、何事も極端なことをおこなうと、思わぬ落とし穴が待っているというわけです。

 咳には、これら以外にも、心不全、後鼻漏、気管異物、逆流性食道炎、気胸、肺塞栓、など様々な原因疾患がありますから、気になるようなら、お近くのかかりつけ医を受診するようにしましょう。