マンスリーレポート

2005年12月号 2005/12/03

 先月はチェンマイのホテルからレポートをお届けしましたが、今月は熊本のビジネスホテルからです。いつもお金のない私は、今日も風呂トイレ共同の安ホテルに泊まっていますが、比較的新しいホテルなので快適です。ホテルを決めるときに、初めから共同トイレや共同風呂を避ける人もいるでしょうが、小さい頃から貧困が当たり前だった私にとってはまったく気になりません。富裕層に生まれてこなくてよかったな、とつくづく感じます。

 今回の熊本出張の目的は、日本エイズ学会参加です。本日が初日でしたが、興味深い発表が多く非常に有意義な時間を過ごせました。医学部を卒業して4年近くたった今、よく思うのは、やっぱり勉強は楽しいもんだ、ということです。医師という職業をしている限り、日々勉強が義務付けられていますが、日々おこなっていることは教科書や論文を読んだり(あるいは書いたり)することで、講演を聴く機会はそれほど多くありません。学会や研究会に参加すれば、著名な先生方の講義を聴くことができ、新しい知見を知ることができるので本当に楽しいのです。

 最近、神戸大学の大学院生の方々に、エイズに関する話をさせていただく機会がありました。同じような講演は何度もおこなってきていますが、今回は私にとって非常に楽しいものとなりました。というのも、多くの質問や意見をいただいたからです。どこで、講演をおこなってもある程度は質問や意見をいただけるのですが、今回はどの学生さんも非常に熱心で、後日質問のメールをくれた方も何人かおられました。

 さすがは大学院・・・。今回講演をさせていただいた教室には、大学を卒業してすぐに大学院に入学された方もおられますし、一度社会に出てから再び学問の世界に戻ってこられた方もおられます。どちらにしても、学問に真剣に取り組みたいから大学院に通われているわけです。就職に有利かなと思って・・・、とか、みんなが行くから・・・、とか、そんな理由で通う大学生なんかじゃなくて、学問が好きで真剣に取り組んでいる、そんな方の集団ですから、議論を交わすのは本当に楽しいのです。

 自分も仕事をやめて大学院で学問に没頭してみたい・・・・、そんな考えすら頭をよぎりました。

 ところで、私は現役時代(1987年)に、神戸大学を受験して不合格となっています。しかも受験した学部は教育学部・・・。教育学部を受験して不合格となった大学で、その大学院生に講演をおこなうというのは・・・、なんとも言えない複雑な気持ちでした。

 話を熊本に戻しましょう。

 熊本は会社員時代に出張で来たことがあります。たしか1993年だったと思いますので12年ぶりということになります。93年にはご飯やお酒がおいしい、ということ以外には特に感じるものもなかったのですが、医師になってこの土地に来てみると感慨深いものがあります。

 それは、熊本には、水俣病があり、ハンセン病があり、成人性T細胞白血病があるからです。これらは、いずれも患者さんがいわれのない差別を受けていた(受けている)という事実があります。

 なぜ、病気によって差別を受けなければならないのか・・・。私にはそれがまったく理解できません。

 水俣病はチッソという会社が排出したメチル水銀が原因であり、罹患した患者さんにはまったく責任がないのです。しかも患者さんの多くは子供たちだったのです。
 ハンセン病の歴史が差別の歴史であったことはよく知られています。あきらかにむちゃくちゃな「らい予防法」という法律が撤廃されたのは1996年で、まだ10年もたっていません。ハンセン病はよほど濃厚な接触をしない限りは他人に感染しませんし、感染したとしても有効な治療薬があります。なのに、差別は依然として残っていると言わざるをえません。数年前に、ある旅館がハンセン病の患者さんの宿泊を拒否したという事件がありましたが、現在は廃業しているその旅館は熊本にあります。

 成人性T細胞白血病は、あまり有名でないかもしれませんが、HTLV-1というウイルスが原因の白血病です。白血病に罹患しなくてもこのウイルスをもっていればHAMと呼ばれる神経の病気になることもあります。このウイルスは血液、精液、母乳などに含まれているため、針刺し事故や薬物の静脈注射の使いまわし、あるいは性交渉、または授乳で感染します。ウイルスを保有している人は、日本に約120万人いると言われていますが、九州や四国、三重県南部の山間部に多いという特徴があります。それほど有名にならないのは、潜伏期間が数十年と極めて長いことと、ウイルスを保有していても必ずしも発症するわけではないことが原因かと思われます。

 血液、精液、母乳にウイルスが含まれているということは、HIVとよく似ています。(ただしHTLV-1は腟分泌液には含まれていません。)HIVがいわれのない差別を受けている現実は明らかですが、HTLV-1はそれほど大きく取り上げられることはないようです。しかしながら、このウイルスを保有している人がまったく偏見を持たれていないかというと、そんなことはないでしょう。おそらく患者さんやキャリアの方は、相当な苦労をなさっているものと察します。

 こういった疾患の患者さんが多い熊本では、しかしながら、これらの疾患に対する研究がどこよりも進んでいますし、差別に闘ってきた人もおられます。「ハンセン病の神様」と呼ばれる加藤清正は、熊本でハンセン病の患者さんのために半生を費やしました。イギリスのハンナ・リデル女史は熊本でハンセン病の患者さんをみて救済に立ち上がりました。

 時間があれば、しばらく熊本に滞在してこれらの疾患について調査をしてみたいのですが・・・。そういうわけにもいかないので、文献をあたって勉強してみようと考えています。

 日本エイズ学会は1日から3日まで開催されますが、私は2日の夕方には熊本を出なければなりません。3日と4日は小倉で日本性感染症学会が開催されるからです。どちらかが一日ずらしてくれればどちらもフル参加できるのに、重なっているために途中までしか参加できないのです。

 少々グチになりますが、いつも学会に参加するとこういうフラストレーションがたまるのです。今回のように日程が重なることもありますし、ひとつの学会でも興味深い発表が同じ時間に別の会場でおこなわれることは頻繁にあります。ポスター展示や企業の製品展示もやっていることがあり、それらも興味深いのですが、きちんと見ようと思えば、どこかで時間をつくらなければならなくなり、その間は講演を聴きにいけません。

 せっかく高いお金を払って参加しているんだから(学会に参加するには1から4万円程度の参加費が必要ですし、それ以外にも年会費で数万円がかかります)、メインの講演はビデオ録画して会員に配るとか、そういう工夫をしてもらいたいのですが、そういう話はほとんど聞いたことがありません。

 まあ、とは言っても、これだけ貴重な研究報告や発表を直接聞くことができるというのは、幸せなことなんだと思います。お金がなくて、風呂トイレ共同のホテルにしか泊まれないといっても、それすらできない方もおられるでしょうし、所属している組織から休暇をもらえず学会に参加したくてもできない医師や看護師は大勢いるはずです。私の場合はどこかの常勤医というわけではないために、比較的自由に時間がつくれるのです。
 
 来年の4月に大阪市内にクリニックをオープンする予定でいます。自分のクリニックをもって毎日診療をおこなえば、同じ患者さんをずっと診ることができますし、自分がいいと思った検査や薬を処方することもできますから(病院勤務だとそういうわけにはいきません。病院によってできない検査があったり、取り扱っていない薬剤も多々あるからです)、今よりも遥かに患者さんにとって満足度の高い医療に取り組めると考えているのですが、一方では今のように時間がつくれないという問題が出てきます。

 やはり、あれもやりたい、これもやりたい、というのはわがままな要望なのでしょう。しかし、一方を選択したがためにもう一方がまったくできない、というのも辛いことなわけで・・・・。

 まあ、とりあえずはクリニックを軌道に乗せるのが先決なのでしょう。4月からオープンするクリニックで働いてみたい看護師さんはおられませんか。興味のある方がおられましたら、一度お問い合わせください。