マンスリーレポート

2007年11月号 医師は誰のために存在すべきか 

医師は患者さんのために存在する・・・

 私はこれまでこのように考えて仕事をしてきました。「患者さんのために」というのは医師という職業人にとってのものであり、自分のプライベートや家庭を犠牲にしてまで、という意味ではありませんが、これまでの医師としての生活で、「患者さんのために・・・」という気持ちを忘れたことはないつもりです。

 しかしながら、「自分のために仕事をしている」という側面があるのもまた事実です。医学の勉強を継続するのはタイヘンですが、それでも充分なやりがいがあり、勉強したり知識や技術を習得したりした成果がそのまま患者さんの健康に反映されますから、これほど自分にとって楽しいこともないのです。「楽しむために医師をしている」と言えば、不謹慎な表現に聞こえるかもしれませんが、私が楽しんで仕事をしていることは事実です。

 すてらめいとクリニックを開院させてはや10ヶ月が経過した今、「誰のために存在すべきか」に対する答えが少し変わってきているように感じます。

 もちろん、「自分のため」「患者さんのため」という意識には今も変わりないのですが、新たに「仲間(従業員)のため」という要素が加わったように感じるのです。そして、誤解を恐れずに言えば、「患者さんのため」よりもむしろ「仲間のため」の方が私にとって重要ではないかと思うのです。

 こんなことは勤務医の頃は考えたことがありませんでした。勤務医の頃は、医療従事者であれば患者さんのために全力を注ぐのが当たり前であって、医療者全員がそのことを考えていればそれだけで充分、と思っていました。

 ところが、すてらめいとクリニックを開院させて、従業員は諸事情によりほぼ全員が入れ替わるかたちとなりましたが、今一緒に働いている仲間は全員が熱心でいつも患者さんの立場でものごとを考えています。勉強熱心であることも、すてらめいとクリニックの従業員に共通することで、週に1から2回の勉強会はいつも大変盛り上がります。そして、勉強会で学んだことを患者さんのために役立たせるような努力もしています。

 こんな仲間をみていると、組織のトップに位置する私としては、「仲間のために」、もっと言うと、「仲間の幸せのために」力を注ぎたいと思うのです。

 そして、私が「仲間の幸せのために」働くことが、結果として「患者さんのために」なるように感じるのです。

 10月29日は私の39回目の誕生日でした。

 その日の昼休みにカルテ整理をしていると、突然スタッフのひとりが私の元にやってきて、なにやら深刻な表情で「先生、ちょっと話があるんですけど・・・」と言ってきました。会社の経営者やその他組織のトップの方なら分かると思うのですが、この従業員の「ちょっと話が・・・」というのは不吉以外のなにものでもありません。最悪の場合、「実家に帰らないといけなくなって・・・」とか「新しい仕事がみつかっちゃって・・・」とか、要するに退職の申し出であることが多いのです。

 私は不吉な予感を払拭できないまま、彼女の指示通り、奥のスタッフルームに足を運びました。

 すると、テーブルが綺麗に整理されており、その真ん中には私のためのバースディケーキが用意されていたのです!!

 これには本当に驚きました。クリニックでは毎朝ミーティングをおこなっていますが、私の誕生日のことなど誰も話題にしていませんでしたし、まさかサプライズで誕生日会を開いてもらえるなどということは夢にも思っていなかったからです。

 私自身がスタッフの誕生日を覚えていてプレゼントを渡していたとすれば、そのようなことを少しは期待したかもしれませんが、プレゼントを渡すどころか、私は従業員の誕生日を調べようと思ったことすらないのです。

 バースディケーキのろうそくを息で吹き消す体験が前回いつだったかはもう記憶がありません。去年の誕生日は数人の方からメールをいただいたことを除けばなにもイベントがありませんでしたし、その前の年はタイにいましたが私は誰にもその日が自分の誕生日であることを告げませんでした。

 ケーキを用意してもらうというのは嬉しい反面、かなり照れくさいものがあり、そのような状況に慣れていない私は、何とお礼を言っていいか分かりませんでした。

 その日の夜、私はスタッフ全員がこの日のために事前に様々な準備をしていてくれたことを想像しました。ケーキは数日前から予約してくれていたでしょうし、私に気づかれないように、何度も秘密のミーティングを重ねてくれていたのでしょう。こんな私のためにアイデアを考えて時間を費やしれくれたことが嬉しいのです。
 
 私は日頃、スタッフに対し優しく接しているわけではありません。スタッフの言動が患者さんに不利益をもたらすことがないよう厳しく注意することもあります。「スタッフからある程度嫌われることがあっても仕方がないな・・・」と考えていたこともありましたから、誕生日会は意外であって、そして本当に嬉しかったのです。

 もうひとつ、その日の夜に考えて分かったことがあります。それは、クリニックのスタッフ全員がとても仲が良いということです。もしも、スタッフどうしの仲が悪ければこのようなイベントは決して開かれることがなかったでしょう。

 スタッフ全員が仲がよく勉強熱心で仕事に真摯に取り組んでいる、これ以上の理想はないでしょう。このような環境で仕事ができる私は本当に幸せだと思います。
 
 医師は患者さんのために存在する・・・。それが真実であることは変わりませんし、私の場合はNPO法人GINA代表の立場でエイズ患者さんやエイズ孤児のために努力し続ける義務もあります。

 しかしながら、それら以上に、仲間に楽しんでもらいたい、幸せになってもらいたい、という気持ちが強くなっているのです。