マンスリーレポート

2008年2月号 市場経済の中でのすてらめいとクリニック

開業医も含めてすべての医師(医療従事者)を公務員にすべきである。

 これは私が一貫して主張していることですが、実際はほとんどの医療機関が市場経済の中で機能しています。「市場経済の中で機能している」というとむつかしく聞こえますが、要するに「利益を出さなければつぶれる」ということです。

 しかし、医療の原則を考えたときに、医療機関は利益を追求すべき組織ではありません。そもそも病気や怪我で元気に働けない患者さんからお金を徴収するわけですから、医師としてはできるだけ患者さんにとって安くつく治療を考えます。疾患によっては、保険適用外の薬がある場合もありますが、この場合でも、まずは保険診療でまかなえる安い治療法からすすめるのです。

 けれども一方では、「利益を出さなければつぶれる」のは事実なわけで、いくら一生懸命診療をしても税金が払えなければ倒産してしまいます。

 ならば、例えば開業医の給与を公務員くらいのものに定めて、「利益」や「納税」のことを考えなくてもいいようにすればどうでしょう。こうすれば、医師は医療に専念できますし、これが結果として患者さんのためにもなるでしょうし、不正請求のような問題もなくなって、いいことばかりとなるのです(と私は思っています)。

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 すてらめいとクリニックはオープンして1年がたったところで棚卸しをおこないました。

 棚卸しをしてみて驚いたのは、想像をはるかに超える在庫をかかえていたことです。薬や注射器などの衛生材料、検査キットなどの総額が一月分の売り上げ額ほどにもなっており、顧問税理士によれば、すてらめいとクリニックは「過剰在庫を抱えた不健全な経営状態」なのだそうです。

 患者さんからみれば、待ち時間が長いことが多いですし、ほとんどいつもたくさんの患者さんが待合室にいますから、「ここのクリニックは儲かっているんだろうな・・・」と感じられるかもしれません。
 
 しかし実際には、一応一年目で黒字経営にはなっていますが、「儲かっている組織」とはとてもいえない財政状況です。

 この理由のひとつが「過剰在庫」にあります。では、なぜ過剰に在庫を抱えているかというと、これまですてらめいとクリニックでは、「たとえひとりの患者さんだけに必要な薬でも仕入れる」ことを徹底していたからです。

 以前にも述べましたが、ほとんどすべての患者さんは院外処方よりも院内処方を望みます。これは薬局に薬を取りに行く手間が省けるからだけではなく、院内処方の方が「安くつく」からです。

 患者さんが望むなら院内処方にしよう・・・。これを1年間続けた結果が過剰在庫になったというわけです。

 ところで、4月の保険点数及び薬価改正で、医療機関の利益(特にクリニックの利益)は確実に下がります。これは国の財政状況が芳しくないことが原因ですから、やむをえないことだと思いますが、私たちのようなクリニックに勤務する者からすれば死活問題となります。

 院内で討議した結果、今後すてらめいとクリニックでは、一部の薬剤については院外処方とさせてもらうことにしました。具体的にどういった薬剤を院外処方とするかについてはまだ完全に決まっていませんが、緊急性のないような薬、例えば、漢方薬や生活習慣病の薬が候補に上がっています。逆に、できるだけ早く投薬を開始すべきような薬剤(抗生物質や鎮痛剤、ステロイドなどが該当します)は、従来どおり院内処方となる予定です。

 もうひとつ、今月からすてらめいとクリニックでできなくなる診療があります。それは「手術」です。実は、保険診療での手術はほとんど利益がありません。すてらめいとクリニックでの手術は、皮膚のできものをとる手術が中心ですが、できるだけ傷跡を目立たせないようにするために、表面の縫合以外に、皮下で吸収糸の縫合をおこなってきました。使用していたのは半年ほどで皮下組織に吸収される特殊な糸です。傷を目立たなくするためには、この皮下での縫合がポイントで、手術の大部分の時間はこの縫合に費やされます。糸の値段も高ければ縫合に時間もかかるのです。しかし、現行の保険制度では、このような縫合をおこなっても評価されませんし、糸の価格を患者さんに請求するわけにはいきません。

 それに、すてらめいとクリニックでは手術日をつくっているわけではありませんから、これまで手術は午後2時から4時の休憩時間におこなっていました。手術は私ひとりではできず、必ず看護師にはそばにいてもらう必要があります。こうなると看護師の休憩時間がなくなります。

 こういった理由で、少しさびしい気もしますが、当分の間すてらめいとクリニックでは手術をしない(手術をある程度専門でやっているような他の医療機関に紹介する)方針でいこうと考えています。(事故などで出血があってその場で縫合が必要な場合は従来どおり縫合処置をいたします)

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 この市場経済の中で医療機関が利益を出そうと思えば、何かに特化して診療をおこなうのがいいでしょう。例えば、同じような疾患だけをみれば使う薬が限定され大量購入によって仕入れコストは下がります。

 また、手術だけをおこなうようにすれば、高価な糸を安く仕入れることも可能ですし、効率よく業務を運営していけるでしょう。

 一方、すてらめいとクリニックのように、「どんな方のどんな症状でも診ます」というコンセプトでいけば、経営的には非効率と言わざるを得ません。

 しかしながら、「これまでどこに行くべきか分からなかったけどここで診てもらえてよかった」という患者さんの声を励みにがんばってきた我々にとっては、今後もこの方針だけは変えないつもりです。

 開業医を公務員に、というのは現在では非現実的でしょうが、少なくとも市場原理主義にのっとった利益追求を目指すのではなく、「どんな方のどんな症状でも診ます」は最後まで貫くつもりです。