マンスリーレポート

2009年9月号 選挙よりも政策よりも大切なこと

2009年8月30日に実施された第45回衆議院選挙の投票率は69.28%もあったそうです。2005年の第44回選挙の投票率は67.51%で、このときも投票率の高さが世間の注目をあびましたが、今回はさらに投票率が上昇したというわけです。

 これだけ投票率が高かった最大の理由は、やはり我々国民が社会の現状に満足していないからでしょう。

 一般的に選挙の投票率は高い方がいいとされており、あまりにも低いと政治に民意が反映されないと言われることがあります。そのため各国各地域は投票率を上げるために様々な趣向を凝らしており、選挙を理由なく棄権すれば罰則を課せられる国もありますし、その逆に選挙に行った人に抽選でプレゼントが支給されるようなところもあるようです。

 しかし、投票率が高いということがそのまま民度の高さを示しているわけでもありません。例えばサダム・フセインが大統領であった頃のイラクの大統領選挙の投票率は100%、つまり選挙権のある人全員が投票していたことになります。そしてその全員がサダム・フセインを大統領に選んでいたわけです。この選挙を民度の高い選挙と呼べるはずがありません。

 また、イラクほど極端な例をもちださなくても、投票率が異常に高い国というのは不安定であるということは想像すれば容易に理解できます。例えば、ある国で革新派の政党が政権を取る勢いにあり、この政党が「政権をとればプロレタリアート革命を起こし国民の財産を没収する」というマニフェストを掲げているとすれば、おそらくほとんどの人が投票に行くでしょう。また、ある国で保守系の政党が政権を取りそうな状況で、この政党が「徴兵制復活」を謳っていれば、やはりほとんどの人が選挙に行くでしょう。

 一方、投票率が低い国というのは、政治体制がそれなりには安定しており、どこの政党が政権を取ろうともそれほど自分たちの生活が変わらない、と国民が考えているということになります。

 さて、話を戻しましょう。第45回衆議院選挙は、高い投票率の結果、民主党の圧勝となり与党であった自民党が惨敗しました。これは、おおまかに言えば、国民の多くが現状に満足しておらず、かつ民主党の掲げている公約(マニフェスト)に国民が期待していることを示していると言えるでしょう。(自民党が無能だからやむを得ず民主党に・・という声もあるようですが・・・) 

 その民主党のマニフェストをみてみると、子供手当て、出産支援、年金制度の改革、医療・介護の再生など、医療や福祉の充実が目立ちます。我々医療従事者からみても、これらは評価すべきことが多く、特に「医学部定員5割増し」は早期の現実化を望みたいと考えます。

 民主党が目指している方針は、一般的には「大きな政府」と呼ばれるものだと思われます。格差をなくし、すべての人が安心して暮らせる社会を目指しているのが民主党の基本的な考え方です。(こういう政府を目指すのであれば、その財源をどうするのだ、という問題が必ず出てきます。民主党はその財源として消費税増額を示しておらず、マニフェストは絵に描いた餅じゃないか、という意見もありますが、ここでは財政に関するこういった政治的な問題には触れないでおきます)

 前回の衆議院選挙では「郵政民営化」が争点となり、それを推進した自民党が圧勝したわけですから、国民は言わば「小さな政府」を望んだ、ということになります。今回はその反対に「大きな政府」を掲げる民主党が勝利したという構図になります。

 しかしながら、「大きな政府」が実現すれば、(財源の問題が解決したとしても)本当に我々の暮らしは豊かになるのでしょうか・・・。

 実は、私がこのように考えるようになったのは、ある"経験"があったからです。

 私は、特定の支持政党を持っていませんが、かといってノンポリというわけでもありません。政治活動をしようと思ったことはありませんが、「どういう政治やどういう社会システムが理想か」ということについてはしばしば考えます。ヨーロッパ(特に北欧型)の福祉国家が理想かもしれない、と考えたこともあります。

 しかし今は、というか今の日本では「大きな政府」は現実的でないのではないか・・・、と感じています。私がこのように感じるようになった"経験"についてお話しましょう。

 その"経験"とは、ひとりのタイ人女性との会話です。そのタイ人女性は留学で日本にやって来て、卒業後も日本の企業に就職し日本人男性と結婚しています。この女性と子育ての話をしているとき、彼女はこう言ったのです。

 「子供を生むなら日本でなくタイで生みたい。そしてタイで育てたい・・・」

 私はこの言葉に大変驚きました。たしかに日本は決して高福祉国ではなく、あえて命名するなら「中福祉国」となるでしょう。一方、タイはどのように贔屓目にみても「低福祉国」です。特に子育てについて考えてみると、まず貧困家庭に生まれれば義務教育である中学にすら行けないこともありますし、奨学金のようなものもごくわずかしかありません。日本で言う生活保護のようなものもほとんど皆無ですし、義務教育でも教科書は有料ですし(安いですが)、高校進学は最近ようやく一般的になってきましたが、大学進学となるとよほどの金持ちでないと無理です。そもそもタイの貧富の格差は、最近の日本でいう「格差社会」などとは比べ物にならないくらいの<絶対的な格差>なのです。

 私は、日本よりも高福祉を実現させている国の人に、「子供を育てるなら自国で・・・」と言われたならすぐに納得できたと思うのですが、日本よりも低福祉の国の人にこれを言われたことに驚いたのです。
 
 この女性は続けました。

 「たしかに日本は医療・年金や福祉はタイよりはるかに充実していて、教育にしても普通の生活をしていれば子供を大学まで進学させることは可能だと思います。けど、日本人は他人に対してはあまり優しくありません。タイ人は見ず知らずの人であっても困っている人がいれば助けようとします。私は、日本人は勤勉で優秀だと思いますが冷たいように感じることもあるのです。自分の子供にはタイ人が普通に持っている優しさを身につけてほしいのです」

 私はこの言葉に反論できませんでした。そしてこう考えるようになったのです。今の日本に欠けているのは政策でも有能な政治家でもない。まずは我々ひとりひとりが、本来日本人が持っていたはずの(と私は思っています)、他人を思いやる"優しさ"ではないだろうか・・・。

 私の悲観的な意見を述べれば、(民主党が与党になることとは関係なく)「大きな政府」が実現すれば、今の日本であれば、自分は働かずにいかにラクをするか、といった自分勝手なことを考える輩が続出するような気がするのです。

 もしも国民ひとりひとりが、(タイ人だけでなく)日本人が元来持っていたはずの"優しさ"を取り戻すことができれば、大きな政府などなくても、我々は安心して暮らせるのではないか・・・。今、私はそのように考えています。

 さらに、その"優しさ"が当たり前のようになれば、当たり前の結果として「大きな政府」が誕生するのではないか、と感じることもあります・・・。

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2018/09/25

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