マンスリーレポート

2010年10月号 街ではなく山を目指すということ

このところ、有意義なセミナーや学会・研究会などが多く、木曜日や日曜日はそういったイベントに時間を費やすことが多くなってきています。前回のマンスリーレポートでは、8月末の日曜日に「日本アレルギー学会専門医セミナー」に出席したという話を述べましたが、9月の第1日曜日は「PIPC」といって、主にうつ病や不安神経症など精神疾患に関するセミナーに出席しました。

 PIPCとは、「Psychiatry in Primary Care」の略で、文字通りプライマリケアに従事する医師が精神疾患を診ることができるようになるための教育訓練システムのことです。今回大阪でおこなわれたPIPCのこのセミナーは、ロールプレイングやグループ討論などもたくさん盛り込まれた、言わば「参加型」と呼ぶべきもので、大変勉強になるものでした。

 このサイトでも何度か述べたことがありますが、患者さんとの距離が近くなればなるほど、それだけ患者さんの「心の病」が発見されることが多くなってきます。「心の病」は一筋縄では解決できず、患者さんごとに対応が異なってきます。そもそも患者さんは別に「病」と思っているわけではないけれど、医師の目からみれば「病」ということもありますし、その逆に患者さんは「病」と考えているけれど、我々の目からは正常範囲にしか見えないこともあります。今回のPIPCのセミナーでは、そんな複雑な「心の病」に対し、アプローチの仕方から治療法についてまで幅広く勉強できたように感じています。

 9月の第2日曜日は、大阪で皮膚科関連の学会があったため参加してきました。これもまた、いくつかのシンポジウムや演題発表は非常に興味深いものでした。この学会は土日に開催されていたのですが、土曜日は診察を休むことができず、学会に参加できたのは日曜日だけとなりました。しかし、それでも珍しい症例の発表を聞くことができ、また日頃の治療の工夫などを勉強することができました。

 10月3日には、漢方薬のセミナーに行ってきました。私は以前からある程度積極的に漢方薬を処方していますが、漢方薬を処方すれば100%の症例で効果テキメン、というわけではなく、西洋薬は一切効かなかったのに漢方薬が劇的に有効だった!、という例もありますが、その逆に何種類かの漢方薬を使ってみたけど効果ははっきりしない・・・、という症例もあります。

 今回私が参加した漢方のセミナーのタイトルは『不定愁訴の漢方治療』というものです。「不定愁訴」とは、「疲れがとれない」「頭痛が続く」「めまいがする」「イライラする」など、血液検査や画像検査をしても異常のでない「なんとなく体調が悪い・・・」といった症状のことです。「なんとなく・・・」といっても、悩んでいる患者さん本人は相当深刻であることも多く、放っておくわけにはいきません。しかし、西洋医学では「検査に異常がないから薬なしで様子をみましょう・・・」となってしまい、これでは解決になりません。不定愁訴に漢方薬がいつも有効というわけではありませんが、私は日頃、この不定愁訴を有している患者さんを診る機会が多いため、今回のセミナーは大変勉強になりました。

 このようにクリニックが休診となる木曜日や日曜日にはセミナーや勉強会、学会、研究会などが盛んに開催されるため、医師という職業をしているとなかなか休暇がとれません。ここ3ヶ月程は、自分自身が発表する学会や研究会はありませんでしたが、10月、11月、12月とそれぞれ研究会の発表や講演依頼が毎月1件ずつ入っています。これら発表の準備にもそれなりの時間がかかりますし、事務的な仕事や自分自身でおこなう勉強は診療のない休診日におこなうことになりますから、丸一日休める日などというのは年に数日しかないのです。

 さて、そんななかで私は9月19日の日曜日、久しぶりの休暇をとりました。そして医学部時代の同級生のN君とふたりで山登りをおこないました。N君も医師ですから、時間の確保は簡単ではありません。実は、この山登りの計画は昨年末に立てていました。スケジュールというのは空いていても、数ヶ月前に突然仕事の依頼をされたりすることもありますから、昨年末に山登りの話がでたときも「では夏ごろに予定を決めようか」ではなく、「今から日程だけは決めておこう」ということになったのです。「さすがに10ヵ月先であれば他に予定が入っていないから9月19日は今のうちにおさえておこう」、としたわけです。

 2010年9月19日、この日は朝から快晴で気温も暑すぎない、山登りにはうってつけの天気となりました。ただし、「山登り」といってもそんなに難易度の高い山ではなく、登ったのは武奈ヶ岳(ぶながたけ)という滋賀県にある標高1214.4mの山です。

 山登りは私にとって2回目のイベントです。1回目は医学部の学生の頃、やはりN君に連れて行ってもらいました。このときは槍ヶ岳(やりがたけ)という北アルプスにある標高3,180mの山に登り途中でテントを張って1泊しました。当時はまだ20代でしたから体力もありましたが、今回はすでに40歳を超えています。N君は私よりは若いですが、医師になってからさほど運動をしていないらしく体力に自信がないと言います。そこで、今回は日帰りで行ける武奈ヶ岳程度が適切だろう、となったわけです。

 武奈ヶ岳はどのルートで登るかによって難易度がまったく変わってきます。ほとんどハイキングと変わらないような普通の山道を歩くだけで山頂まで行けるコースもあれば、沢登りに近いような感じで、それなりに危険が伴うようなルートもあります。今回選んだのは、行きのルートにはやや難易なコース、帰りは平易なコースです。ちょうど東から登って西に降りるような感じで、滋賀県から登って下山したところは京都府でした。

 それにしても山登りがこんなに気持ちがよかったとは・・・。たしかに天候に恵まれたという要因もありましたが、それを差し引いても充分に楽しめたと思います。これまで、自分が若い頃は、槍ヶ岳に登ったときでさえ、「時間をみつけて山を目指すことを優先する」という発想はありませんでした。しかし、今回武奈ヶ岳に登ったことをきっかけに、この山登りという行動が長い趣味になりそうだな・・・、そのように感じたのです。

 これまでの人生は、私の趣向は「山を目指す」ではなく「街に出かけよう」というものでした。高校まで田舎で育った私は、18歳で都会にでるとすっかり街の虜となってしまいました。正直に言って「自然」などというものにはたいして魅力を感じずに、人の集まるエキサイティングな場所が好きでした。学生の頃にしていたアルバイトは水商売が中心でした。(さすがに医学部時代には水商売はできず塾講師が中心となりましたが・・・)

 一方、N君は医学部に入学する前は京都大学で別の勉強をしていましたが山岳部に入っていたそうです。N君は、私と異なり、20歳前後の頃から街ではなく山に魅せられていたと言います。

 本格的に山を愛する人たちからすれば、私などは「ミーハーな中年デビューしたにわか山登りファン」に見えることでしょう。けれども、他人がどう思うかは関係ありません。これからの人生、言わば「人生の後半」は、「街」ではなく「山」を目指そう・・・。そのようなことを考えながらその日私は帰路につきました。

 N君とはすでに来年のスケジュールの話をしています。なんとか時間を確保して、できれば1泊してアルプスを目指したい・・・、今の私の一番の楽しみは来年の登山をイメージすることです。