マンスリーレポート

2010年12月号 私が電話キライな理由

今に始まったことではないのですが、私は友人や知人から「なんで携帯にでないの?」と怒られることがしばしばあります。その理由は、携帯電話の電源を入れていないから、または携帯電話を持ち歩いていないから、なのですが、少し詳しく述べたいと思います。

 私は携帯電話というのは昔から好きではなく、「世の中から消えてほしい・・・」と思うことすらあります。

 元々電話はあまり好きでないのですが、電話嫌いが決定的となったのは医師になってからです。何しろ、医師になれば、特に研修医の間は、真夜中でも呼び出しは当たり前ですから、真夜中の携帯電話は「すぐに出勤せよ」という意味なのです。しかも夜中に呼び出され病院に行って、患者さんが落ち着いたので寮に戻るとすぐに別の患者さんの件で呼び出され、そうこうしているうちに朝になり・・・、ということもあるのです。もちろん朝からは通常の業務が待っています。

 私はNPO法人GINAの関係でしばしばタイに渡航しますが、実はタイに行って大変なのが電話の多さです。タイ人は日本人にも増して電話が大好きな国民といえば、タイをよく知る人なら納得されるでしょう。タイに渡航するときは、GINAの関係者だけでなく友人にも、タイに行くよ、と伝えておくのですが、着いた日から頻繁に電話が鳴ります。

 タイ人の変わっているところは、こちらが電話に出なければ何度でもかけなおしてくることです。日本人であれば、「相手が携帯を見ればこちらの番号が残っているんだから相手からのコールバックを待とう」と考えるでしょう。ところが、タイ人は何度でも、まさに文字通り何度でもかけてきます。初めのうちは、たまたま私の知人にそういうタイ人が多いのかな、とも考えたのですが、そうでもないのです。実際、タイの流行歌にも「何度も何度も電話しているのにどうしてあなたは出てくれないの・・・」という歌詞が出てきます。

 そんなわけで、勤務医の頃もタイに渡航しているときも、私にとって頭痛のタネのひとつが携帯電話だったのですが、太融寺町谷口医院(開業当初は「すてらめいとクリニック」)を開業した当初は、クリニックの電話に悩まされました。

 夜間に普段診ている患者が急変することもあるんだから開業医は患者からの電話をいつでも取れるような状態にしておかなければならないだろ!、とキビシイ意見をお持ちの方もいますが、実際にひとりの医師が24時間ですべての患者さんからの電話に対応するのは相当困難です。

 開業してから1年間くらいは、交通費の節約と諸業務を効率的にこなすために私はクリニックで寝泊まりをしていました。風呂は近くの銭湯に行き、銭湯が休みの日は、身体は水でしぼったタオルで拭いて、頭は冷たい水道水で直接洗っていました。こういう話をすると、「大変だったんですね」と言われることがありますが、一番大変だったのは真夜中に鳴る電話です。

 たしかに、ふだん診ている患者さんが急変したときに電話にでるのは当然なのですが、当院は若い患者さんがほとんどで、急変というのはほとんどありません。ときどき、喘息で診ている患者さんが夜間に発作を起こす、ということはありますが、これは救急車を呼んでもらうのが最善です。(日頃から発作を起こす可能性のある患者さんにはそうするように話をしています) また、普段は風邪やじんましんで診ている患者さんが突然の腹痛を起こしたときなどは、私の元に電話をするより直接救急病院を受診するか、よほどひどければ救急車を呼ぶのが適しています。

 当時、私のところに深夜によくかかってきていた電話は、「眠れない・・・」「わけもなく不安になってきた・・・」「熱がでてきたような気がする・・・(熱がでたわけでなはい!!)」などです。

 たしかに私は日頃診察室で、「健康上のことで気になることは何でも言ってくださいね」と話していますが、真夜中でも電話してください、とは言った覚えがありません。話をよく聞くと、眠れなかったり不安感が強くなったりすることにはそれなりの理由があることもあり、患者さんの気持ちが分からない訳ではないのですが、真夜中に何度も起こされると、こちらの疲労度が限界を超えてしまいます。

 さらに、当院に一度もかかったことがないという患者さんからも電話がありましたから、今思うとあの頃は本当に大変でした。しかも住んでいるところが、東京とか、なかには北海道からなんていうのもありましたから、いつのまにか「(当時の)すてらめいとクリニックは深夜の悩み相談室」という噂があったのか、と疑いたくなります。

 開業しておよそ1年がたった頃、私が利用していた深夜にも開いている銭湯が閉店となり、クリニックでの寝泊まりでは風呂に入れなくなったため、クリニックの近くに仮眠のとれる風呂付のアパートを借りました。これで、銭湯の開いている時間を気にしなくてよくなった、とほっとできましたが、それ以上に安堵感を得たのは、もう真夜中の電話に出ずに済む、ということでした。そんなに嫌ならクリニックの電話に出なければいいんじゃないの、と思われるかもしれませんが、鳴っている電話を無視するにはかなりの勇気がいるものです。現在は、診察終了後は留守番電話をセットしています。携帯電話の番号を患者さんに伝えることは原則としてありません。

 ところで、クリニックを開業している医師のなかには、すべての患者さんに「いつでも電話してくださいね」と言って、クリニックのものだけではなく自分の携帯電話の番号も教えている医師がいます。

 私はこういった先生方に頭が上がりません。先日、このような対応をされている先生に話を聞いてみたのですが、「実際に夜中に電話がかかってくることなんてほとんどないよ。夜中に息を引き取ったときでさえ、電話をしてくるのは朝になってからのことが多いよ」、と言われました。一方で、開業1年目のときの私は、「24時間対応」などと一言も言った覚えがないのに頻繁に電話で起こされていたのです。

 さて、そんな電話恐怖症の私は普段どうしているかというと、最近は携帯電話の電源を切っています。ただし、突然電話をかける必要がでてきたときには携帯電話は便利な代物ですから、こちらからかけるときだけ電源を入れます。そして用が済めば再び電源を切ります。

 よく考えると、私はなんて自分勝手な人間なのでしょう・・・。

 けれども、これは言い訳ですが、私はパソコンの電子メールは頻繁にチェックし、原則24時間以内には何らかの返答をするようにしています。これは患者さんからの問い合わせに対しても同様です。また、一度も当院を受診したことのない方からの健康に関する問い合わせにも迅速に対応するよう努めています。

 電子メール(携帯のではなくパソコンの)なら、相手の都合を考えずにメールを送信できますし、見たいときに見ることができますし、内容を保存して後で参照することもできますし、私はコミュニケーションの大部分をパソコンの電子メールで済ませようとしています。

 もしも誰もが携帯電話を持たなくなり、基本的なコミュニケーションをすべてパソコンの電子メールにしたら、誰もが効率的に仕事や日常の雑務をこなせて時間が有効に使えるのではないでしょうか・・・。

 ふと、顔を上げて周りを見渡すと、多くの若い人たちが楽しそうに携帯電話で話をしています。今日はある学会がこのホテルでおこなわれているのですが、休憩時間を利用して私はロビーでノートパソコンを広げているのです。

 若い人たちが楽しそうに携帯電話で話をしているそのすぐ近くで、私は5分、10分単位でスケジュールを確認し、合間にこのようなコラムを書いているのです。(コラムを書くのは息抜きになっていいのですが・・・) 今日は学会終了後、大阪に戻って前日のカルテをチェックして、先週の検査結果とレントゲンを見直して、家に帰り食事ができるのは22時頃で、明日は午前4時半に起きて・・・。

 私が電話キライなのは生活にゆとりがないことの証なのかもしれません・・・。