マンスリーレポート

2011年9月号 楽しい勉強を自分のものにするために

 前回のこのコラムでは、試験勉強についてお話しました。最大のポイントは「過去問を繰り返し解く」ということだったわけですが、この勉強はお世辞にも楽しいものとは言えません。初めのうちは、最初は解けなかった問題が解けるようになると多少は気分がいいかもしれませんが、そのうちに必ず飽きてきます。しかし、飽きてしまう程に過去問を解けば合格はすぐそこにある、とも言えるわけです。試験勉強に楽しみがあるとすれば、過去問を解く過程のなかで自分の知らなかった世界がみえたときでしょうか。しかし、解答が要求されるのは面白さとは別のところにあることが多いものです。模擬試験で高得点を取れたときに嬉しくなるのは事実ですが、これは学問本来の楽しみではありません。

 さて、今回お話したいのは、試験勉強とは異なる勉強についてです。そして、これが「本来の勉強」であり、「知識を増やすことを目的とする楽しんでおこなえる勉強」です。「試験を受ける必要のない勉強」という言い方でもいいでしょう。

 ところで、私のところにメールで勉強の相談をしてくる人は全員が何らかの試験を受けることを前提としています。これは当たり前のことで、試験を受ける必要のない勉強のことで悩みを相談しようとする人などいるわけがありません。なぜなら楽しんでおこなえる勉強は各自が勝手に楽しめばいいわけで、他人に相談するような性質のものではないからです。

 例えば、日本史に興味がある人は、本屋に行くか、インターネットで検索して他人の書評や本の売れ行きを参考にして面白そうな本を買えばそれで済む話です。これからの世界経済に興味があって最新の考えを知りたいなら、インターネットで情報を集めたり、新聞社主催のセミナーにでかけたり、専門家のブログを参照したりすればいいだけの話です。

 では、今回私は何を話したいのかというと、それは「得た知識や情報をいかにして忘れないようにするか」ということです。あなたには、次のような経験がないでしょうか。

・あのときのあの先生の講義はすばらしかった記憶があるのだけれど、今ではその内容をほとんど思い出せない・・・

・あのときに読んだあの本は感動して何度も読み直すことを誓ったけれど、一度も読み直していない。何が書いてあったかさえもうろおぼえになっている・・・

・数ヶ月前に新聞で面白い記事を見つけた。役に立つからと思ってその記事を切り抜いたけれどどこかに紛失してしまった・・・

 いかがでしょうか。多少なりとも似たような経験があるのではないでしょうか。実はここに挙げた3つの悩みはいずれも私自身が経験しているものです。私はこのような体験をすると「もったいない」という気持ちに襲われて自分がイヤになるために、なんとか得た知識を効率よく整理する方法はないか、ということを長年考えてきました。これまでに試みた方法は多数あり、例えば大きめの手帳にポストイットを貼りまくったり、クリアファイルを使って新聞や雑誌のスクラップをつくったり、ノート整理の時間をつくるようにしたり、少し高級なキャビネットを買ってみたり・・・、と様々な方法を試して、そして併用して、また自分なりの改良を加えて悪戦苦闘してきました。しかし、残念ながら結果に満足のいくものはありませんでした・・・。「でした」と過去形なのは、現在はかなりこの問題を克服することができていると考えているからです。

 というわけで今回お話したいのは、私が日々おこなっている「知識や情報の整理術」についてです。といってもこの方法は何も奇をてらったようなものでも意表をつくようなものでもなく、ごく簡単な方法で、コストも安く、誰にでもできる方法で、読む人によっては「なんだ、そんなの自分が前からやっていることじゃないか」と感じる人もいるかもしれません。

 では、その方法をお話したいと思います。それは「パソコンのテキストファイルで情報を整理する」というものです(注1)。あまりにも幼稚な方法に愕然とした人がいるかもしれませんが、もう少し読んでもらえると嬉しいです。例をあげて説明したいと思います。

 私は職業柄、学会で講演やセミナーを聞いたり、勉強会に出席したりする機会が多く、これらは私にとって効果的な勉強のチャンスです。その道の専門家が話をし、その場で質問をすることだってできるわけです。私は時間の許す限りこのような機会をつくるようにしています。最近のスケジュールを話せば、8月28日(日)は東京で開催されたアレルギー専門医セミナーに出席し、9月4日(日)は大阪でおこなわれたプライマリケア関連の勉強会に出席しています。これらは大変貴重な経験であり得たものは少なくありませんでした。もちろんメモを取りますが、このメモを見直さなかったとすると、半年もすれば、そのセミナーに出た価値もなくなる程に記憶があいまいになります。そこで私はセミナーなどに出席した場合は原則24時間以内に、テキストファイルでメモ(ノート)を整理することを習慣にしています。そして適当なタイトルをつけパソコンに保存しておきます。

 本を読んで有益なものがあったときは、それをやはり24時間以内にテキストファイルでメモをつくります。本は最後まで読むと、どこに何が書いてあったかが分からなくなりますから、気になったところには折り目をつけておきます。そして読み終えてから、パソコンに向かいながら折り目のついたページのみを読んでいき、必要と感じたことをメモするのです。

 新聞については国内外のものをインターネットで多数読むようにしています。しかし「読む」のは記事ではなく見出しです。見出しに興味があれば「出だし」(英語ではleadと言います)を読み、面白ければ続きを読みます。そして後から参照する価値があると判断すれば、文章をコピーしてテキストファイルに貼り付けます。もしもその記事に図表や写真があれば、それをコピーするのではなく、その記事のURLのみを貼り付けておきます。図表や写真はファイルが重たくなるために何かと不都合があるからです。ファイルはあくまでも「テキストファイルのみ」としておくのがポイントです。

 海外の新聞に比べると日本の新聞はオンライン版のグレードは相当低いと言わざるを得ません。しかし、日経新聞は有料ですがかなり充実しています。私は日経の現在の有料のオンラインサービスが始まるまでは、新聞記事を切り抜いてそれをスキャナーで取り込んでファイルに保存していました。すると、検索ができないだけでなくファイルが重くなるために何かと不都合だったのですが、オンラインサービスが始まってからこの問題が一気に解消されました。現在私は日経については従来の紙媒体とオンラインサービスの両方を申し込んでいるためコストは高くつきますが、そのコストに見合う価値があると考えています。

 論文については、著名な医学誌に掲載されている論文が少なくとも概要(abstract)についてはインターネット上で無料で読めますし、最近は全文が無料のものもあります。また有料のものも通常は5~10USドル程度で購入できますから、必要なものはクレジットカードでその場で決済して読むようにしています。そして、やはりテキストファイルで文章を保存しておきます。

 自分で作成した講義やセミナーのノート、本を読んだ後に作成したメモ(注2)、新聞や雑誌のオンライン版や論文のコピーなどは、すべてテキストファイルに変換し、これを月ごとのフォルダーに入れていきます。このときのポイントは「どのような内容であれすべてその月のフォルダーに入れる」ということです。講義ノートも新聞記事も論文もすべて同じフォルダーに入れるのです(注3)。

 さてこの方法が本領を発揮するのはここからです。私のような凡人でなくても多くの人はファイルを作ってから半年もたてば、どのファイルに入れたかの記憶が曖昧になるのではないでしょうか。例えば、新聞で、「葉酸の取りすぎに注意」というような記事をみたときに「たしか2~3年前に、葉酸は積極的に摂取しなければならないという話を聞いた気がする・・・」と感じたとしましょう。このとき、パソコンの検索機能を使って調べるのですが、どのフォルダーにその情報が入っているのかを思い出すのは大変困難です。しかし、「2~3年前」というのはまあまあ当たっているものです。自信がなければ「過去4年間」に検索条件を変えればいいだけの話です。せっかく検索をかけるなら過去4年間で自分が葉酸について興味深いと感じた記事を全部みてみようと思ったとします。検索条件を「過去4年間」としキーワードを「葉酸」とすればそれらがすべてでてきます。これをグーグルやヤフーを使って「葉酸」で一般的な検索をすると莫大な情報が出てきますから、過去に自分が興味深いと感じたファイルだけが検出されるのとは天と地ほどの差があります。

 テキストファイルでの保存とその検索、という方法で私の勉強法・整理法は随分と変わりました。「革命」と言ってもいいでしょう。なにしろ、「あの情報(あの記事、あの講義ノート)はどこへ行った?」と悩む必要がもはやないのです。私のイメージでは、パソコンのファイルは私の「第2の脳」となっているのです(注4)。

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注1 テキストファイルの管理にはWordなどではなくエディタを使うべきです。エディタであれば、立ち上がりが早く余計な機能が一切ついていませんから検索も非常に早いのです。文書の整理にはエディタに勝るソフトはないと私は考えています。エディタには様々なものがありますが、私は「秀丸」を14年間ほど使い続けています。

注2 新聞記事や論文の整理、講義やセミナーのメモ作成などは、私は職場でおこなっていますから職場にあるパソコンに保存しています。しかし、本を読んだ後につくるメモは自宅であったり、出張先であったり、旅行先であったりします。しかしこれらのメモも他の情報と一緒にしておいた方が便利です。そこで私は、読書後のメモは、例えば出張先に持っていたノートパソコンで作成し、【書評】という文字を入れたタイトルをつけて、自分宛にメールをして、後から職場のパソコンにうつしています。この作業は少々面倒くさいですが、忘れたとしても後からメール検索をすればすぐに見つかりますから実際には問題になることはありません。

注3 フォルダーは基本単位を「2011年9月」といった月単位にするのが便利です。この下に下位レベルのフォルダーをつくってもかまいません。私は「医療関連」「社会関連」「GINA関連」の3つの下位フォルダーをつくっています。「2011年9月」の上位レベルのフォルダーとして「2011年」というものをつくります。あとから「あの情報はたしか2011年に得たものだ・・・」と考えれば、「2011年」のフォルダーを対象として検索をかければどの下位フォルダーに入っていても検索されます。

注4 パソコンが壊れたとき、あるいは火災などにあったときにすべての情報が失われてしまうというリスクがあります。そこで私は、月に一度程度、これらファイルを圧縮して(テキストファイルだけですから容量はわずかです)自分の複数のメールアドレス宛に送信するようにしています。このことにより私の「第2の脳」は、例えばグーグルが倒産しない限りは永遠に失われることはないのです。