メディカルエッセイ

21 「クスリ」を上手く断ち切るには①(全4回) 2005/8/13

前回は、「(違法な)クスリは絶対にやってはいけないが、手を出す気持ちも理解できないわけではない」、という話をしました。その最大の理由は、「クスリ」を使えば、容易に「日常」から抜け出して「非日常」の世界に飛び込むことができ、そこで得られる興奮や快感は、人生に感動を与えることもありうる、というものです。

 けれども、私は医師として、そして個人としても、違法なクスリには断固反対します。反対するだけでは、単なる「正論の振りかざし」であり、説得力がないかもしれませんが、これは反対するしかありません。ただ、代替案も提案したいと考えています。

 その前に、まずは違法薬物を分類して、その危険性を考えていきましょう。

 現在の日本で流通している最大の違法薬物は「覚醒剤」です。一般的に覚醒剤とは、アンフェタミンとメタンフェタミンのことを指しますが、現在の日本で圧倒的に流通量が多いのはメタンフェタミンであり、輸入先は北朝鮮が多いと言われています。そして北朝鮮製のメタンフェタミンは非常に純度が高く、例えばタイなどで出回っているアンフェタミンなどよりも格段に「良品」だとされています。

 覚醒剤は通称「シャブ」と呼ばれます。しかし、最近は、この「シャブ」という言い方がイメージが悪いからなのか、「スピード」とか、その頭文字をとって「エス」と呼ばれることが多いようです。

 また1950年代まで日本の薬局で簡単に買えた「ヒロポン」も覚醒剤であります。おそらく、世界中で覚醒剤が合法だったのは日本だけだと思われます。

 様々な違法薬物があるなかで、覚醒剤だけが日本の社会の隅々まで浸透しており、最もメジャーな薬物になっている原因は、日本人の気質に合うからではないか、と私は考えています。後で述べますが、「大麻」は覚醒剤に比べて、危険性が少ないですし、所持していても罪は軽いですから、大麻の方が流通していてもよさそうに思うのですが、現在の日本では圧倒的に覚醒剤の方が出回っているような印象があります。

 覚醒剤を使用すると、ハイテンションになり、「眠れずに仕事や勉強ができる」とか「確実にダイエットできる」という効能がありますから、現代の日本人の需要に合っているのかもしれません。実際、合法だったヒロポンの効能書きには「痩身」と記載されていたそうです。

 ヒロポンは、タクシーの運転手など、徹夜で仕事をしなければならない人たちの間で流行していましたが、現在も、徹夜で仕事をしなければならないサラリーマンや、一夜漬けをしなければならない学生などが覚醒剤をよく使用しているようです。また、ダイエット目的に使う女子高生や主婦も珍しくありません。

 「エスは上手につきあえば怖くないよ」という人たちは、静脈注射ではなく、吸入(いわゆる「アブリ」)をしているようです。これは覚醒剤をアルミ箔に載せて気化させ、その気体を鼻から吸入するという方法です。たしかに、この方法だと緩徐に体内に吸収されますから静脈注射よりは安全であるかもしれません。しかし、最初はアブリで満足できていても、そのうちにそれでは足りなくなり、いずれ静脈注射に移行するという例は珍しくありません。

 吸入、静脈注射以外によく用いられている方法が、「女性の腟壁に塗布する」という方法です。前回お話した「覚醒剤中毒の女医」も、そうやって使っていたという報道がありますが、この使用法が恐いのは、女性が気付かないうちに男性がコンドームに塗布して挿入し、女性はかつて経験したことのない快感に襲われ、その男性から離れられなくなることがある、ということです。なかには、その快感を「真実の愛に出会った」、ととらえる女性もいるかもしれません。そうなると、心理的にもその男性から離れられなくなってしまいます。

 覚醒剤についてあまり知識のない人は、ここまで読めば「それほど悪いものでもないのかな・・・」と思われるかもしれません。しかし、ここからが覚醒剤の恐ろしいところです。

 医薬品も含めて、多くの薬物には「耐性」というものがあります。最初は少ない量で満足できていたのに、そのうちに同じ量では効かなくなるということです。そのため、量を増やしたり、吸入から静脈注射に移行したりするようになってきます。量を増やしても、また効かなくなり、そのうちにどんどんと一度に使用する量が増えていきます。

 覚醒剤はもちろん違法薬物ですから、裏ルートから購入しなければなりません。(といっても最近はごく簡単に入手できるようですが・・・。)そして、価格は決して安いものではありません。普通のサラリーマンやOLの給料ではとうてい追いつかなくなります。借金をできるところからは限界まで借りるようになります。前回紹介した女医のような立場であれば、病院から金になるものを持ち出すようなこともおこないます。

 家族や友人からも借金するようになります。この時点になれば、本人も返済の目途がつかず、家族や友人を裏切ることになることは理解できるはずなのですが、一度覚醒剤に蝕まれた身体は正常な思考回路を妨げます。それまで信頼関係にあった家族や友人に対して、平気で嘘をつくようになります。そして、そのうちに家族や友人から見放されていきます。

 覚醒剤は、キマっているときには、たしかにハッピーかもしれませんが、これが切れたときにいわゆるリバウンドが確実にやってきます。まるで廃人のように気力や活力がなくなり、脱力感に襲われます。こうなると、再び覚醒剤をキメるまで、まともな行動ができなくなります。もちろん仕事などできません。そして、そのうちに職を失うことになります。

 職を失い、家族や友人に見放されても、身体は覚醒剤を欲しがります。この頃には全身の臓器がボロボロになっており、もはや生命の存続も危なくなります。夜道で倒れているところを補導されたり、救急搬送されたりすることになります。こうなると、逮捕までは時間の問題で、法的な制裁を受けることになるわけです。(病院の尿検査などで覚醒剤反応が陽性になることがあり、これを警察に通報すべきかどうかはむつかしいところです。覚醒剤取締法と医師の守秘義務の兼ね合いがあるからです。これについては改めて述べたいと思います。)覚醒剤中毒で、病院に搬送された人は、入院や懲役になればまだましな方で、実際に命を落とす人も珍しくありません。

 ところで、覚醒剤は、初犯であれば、販売や製造などをしていない限り、実刑になることはあまりなく、執行猶予がつくと言われています。(これに対し、違法薬物の王様である麻薬は、個人で使用しているだけでも、まず間違いなく実刑となります。)

 私は、覚醒剤取締法を直ちに改正して、個人の使用のみでももっと重い刑にすべきだと考えていますが、現在のところそのような動きはないようです。ちなみに、タイではタクシン政権が、違法薬物対策に力を入れ、覚醒剤を大量に所持している人間には容赦なく射殺するような方針を取るようになりました。これはいきすぎたきらいもあり(なんとこれまでに5000人以上もの人々が射殺されており、冤罪も少なくないと言われています)、反省の声も上がっているようですが、タイ国がドラッグ天国から、違法薬物を入手しにくいクリーンな国に変わったのは事実です。射殺まではいきすぎだと思いますが、日本も何らかのかたちで覚醒剤取締法を強化してほしいと私は考えています。
 
 さて、決して忘れてはならない覚醒剤の恐ろしい点がもうひとつあります。それは「感染症」です。

 実際に、覚醒剤を静脈注射する際に用いる注射針の使いまわしで、B型肝炎やC型肝炎に罹患した人は少なくありません。もちろん、HIVに感染することもあります。

 「静脈注射するから感染するのであって、アブリなら心配ないじゃないか」、そのように言う人もいます。

 しかし、先ほど述べたように、覚醒剤に耐性ができ、吸入では効果が得られなくなり、静脈注射に移行する人は決して少なくありません。そして、パーティなど複数で覚醒剤をキメるような場合、ひとりが注射を始めると、そのうちにひとりふたりと注射するようになり、自分だけが注射をしないわけにはいかなくなることもあります。(これをpeer pressureと言います。)

 さらにもうひとつ問題提起をしておきましょう。最近、新型のHIVがニューヨークで発見されました。通常、HIVはヒトに感染してからおよそ10年間の潜伏期間を経てAIDSを発症しますが、抗HIV薬を適切なタイミングで内服することによりAIDSの発症を防ぐことができます。ところが、この新型HIVは、感染してから1年未満でAIDSを発症するのです。さらに、抗HIVが無効だというのです。
 そして、ここからが問題なのですが、この新型HIVに罹患した人の全員が覚醒剤を使用していたというのです。しかも、注射ではなく、吸入で、です。
 これはどういうことなのでしょうか。おそらく新型HIVに罹患した人たちは、注射針の使いまわしではなく、性行為など他のルートで感染したのでしょう。しかし、覚醒剤を高頻度で使用していたために、体内に何らかの変化が起こり、その変化がウイルスを新しいタイプにしたのではないか、私はそのような可能性を考えています。
 
 つづく

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