メディカルエッセイ

25 日本の医師はこれだけ不足している!! 2005/10/15

2005年9月22日、財団法人社会経済生産性本部が、「国民の豊かさの国際比較」を発表しました。発表によりますと、日本は、経済協力開発機構(OECD)加盟30カ国中、総合で第10位にランクされたそうです。2004年には総合第14位だったために、4ランク上昇したと喜びの声がある一方で、詳細を見渡すと決して楽観はできないという慎重論があるようです。

 この国際比較の項目のなかには、健康指標というものも含まれており、健康指標だけでは第8位です。ここでは健康指標に含まれる項目を少し詳しくみていきたいと思います。

 まず、平均寿命の長さでは第1位、人口当たりの病院ベッド数は(多い順に)第2位、乳児死亡率(少ない順に)第3位、人口あたりの死亡者数(少ない順に)第9位、国民ひとりあたり健康支出(多い順に)第17位、国民ひとりあたり公的健康支出(多い順に)第14位です。そして、人口あたりの看護師数は(多い順に)第19位、人口あたりの医師数は(多い順に)、なんと30カ国中、27位です。

 平均寿命やベッド数が世界のトップに位置していながら、医師数が下から4番目の低さであるというのは、つまるところ、ひとりの医師がたくさんの患者さんをみていて、なおかつ質の高い医療を供給しているということになります。今回の社会経済生産性本部の発表では、医師の平均勤務時間は発表されていませんが、もしもこういう統計がとられたなら、日本の医師の勤務時間の異常なほどの長さが浮き彫りになったに違いありません。(先日の国勢調査では、1週間の勤務時間を書く欄がありましたが、私は117時間でした。)
 
 日本の医師数が少なすぎるというのは、こういった統計をみても明らかです。

 しかしながら、日本の厚生労働省は1990年代後半あたりから、医師数を抑制すべきであるという主張をし続けてきました。具体的には、2020年を目途に医学部の定員を10%削減するという目標を掲げていました。実際、私が医学部在学中の頃から、○○大学医学部は何年後かになくなる、とか、△△大学医学部と××大学医学部は近いうちに統合される、などという噂がとびかっていました。

 私は、自分の本のなかでも繰り返し主張していますが、医師数が多すぎるということは絶対にありません。こんなこと、自分の身の周りをみれば明らかです。患者サイドから考えてみても、大病院はもちろん、診療所を受診しても、長時間待たされたあげくに、数分間の診察というのは珍しくありませんし、医師サイドからみても勤務時間が長すぎるのは明らかです。

 では、こういう現実がありながら、なぜ厚生労働省は医師を抑制すべきだという主張を続けてきたかというと、それは、少子化と高齢化社会、人口減少から、徴収できる税金と保険料は頭打ちになり、それでは、医師の給与の現状維持ができないからに他なりません。

 厚生省と同様、医師数抑制を主張し続けてきた日本医師会によれば、「医師が過剰になれば、粗製乱造で医療の質の低下を招くとともに、医師の失業につながりかねない」、そうです(asahi.com 2005年3月12日)。

 果たして本当にそうでしょうか。本当に医師が過剰、というか、他の先進国並みになれば、医療の質の低下を招くのでしょうか。

 少なくとも、睡眠不足から判断力の低下をきたすことはなくなるでしょう。最近発表されたアメリカの論文によりますと、睡眠不足の医師はアルコールを飲んでいるのと同程度に判断力が鈍るというデータがあります。

 また、医師が増えれば、医師ひとりあたりが診る患者さんの数が少なくなり、患者さんひとりひとりにじっくりと取り組めることになります。現状では、入院患者さんのところに行くのが1日に一度だけであったり、また外来では、積み上げられたカルテを横目で見ながら、目の前の患者さんを早く終了させることを考えなければならないということが日常茶飯事なのです。このような診察をして、病院の経営者は喜ぶかもしれませんが、我々医師にとっても、患者さんにとっても、お互いあるべき姿ではないのです。

 もうひとつ日本医師会が主張している「医師の失業」という問題についても、いったん医師になれば失業はない、という現状の方がよほど問題があるわけで、医師免許をいったん取得すればそれで安泰などと考えている医師がいるとすれば、このことこそが、日本の医療のレベルを低下させることになるのではないでしょうか。

 厚生労働省の「医師数を抑制する」という主張は、どこからどう考えても納得のいかないものです。

 しかしながら、最近になって、ようやく厚生労働省も現実を見始めたようです。新研修医制度の導入とともに、大学の医局には新しい医師が二年間は入局できなくなり、このため多くの医局で人手不足が深刻化しました。特に痛手を被っているのが、産婦人科と小児科で、この2つの科は従来から相対的に人が足らなかったところに、新研修医制度が導入され、結果として関連病院から医局員を引き上げることになり、その結果、その関連病院では産婦人科や小児科をやめざるをえなくなったのです。

 産婦人科については、この傾向が特に顕著で、昨今の医事紛争の増加も重なり、総合病院で産婦人科を標榜するところが全国的に激減してきています。例えば、関西のある中堅都市(人口約27万人)では、ついに出産のできる総合病院がなくなってしまいました。その市では産科を標榜している個人病院が3つだけになり、この市で出産しようと思えばその3つの個人病院に行くしかないのです。これではとうていベッドが足りませんし、例えば喘息や高血圧などを持っている、本来高度医療のおこなえる総合病院で出産すべき妊婦さんはその市では出産することができないのです。

 小児科不足も深刻です。例えば、関西のある総合病院は夜間に小児科の救急外来をおこなっていますが、その地域には、他に夜間に子供をみる病院がないために、多い日では一晩に100人もの患者さんを診なければならないのです。ひとりの小児科医が一晩で100人です。もちろんその小児科医は翌日の朝から通常業務が待っています。この状態で、一晩に100人の患者さんを、的確な判断力をもって、まったくミスをすることなく診察し続けることができるでしょうか。

 産婦人科、小児科以外に深刻なのが麻酔科です。麻酔科医が不足しているために、本来麻酔科医が麻酔をすべき症例に対し、外科医が執刀をしながら麻酔をかけるということが、日本の医療現場ではごく普通におこなわれています。

 他の領域においても、地方に行けば医師不足は深刻です。医師が不足し、存続が危うい病院は少なくありませんし、どこの病院にいっても、数少ない医師が多くの患者さんを診なければならないわけですから、当然医療の質は低下します。

 厚生省は最近になって、ようやく「医師数抑制」の方針を見直すようになりましたが、医学部の定員を増やすという議論にはなっていないようです。

 私は自分の本で主張しているように、医師の数は現在の倍くらいにすべきだと考えています。そうすれば医師側にとっても患者側にとっても、今よりははるかに満足度の高い治療ができるに違いありません。

 こういうことを言うと、では財源はどうするのか、という反論が必ずでてきますが、その答えは簡単なことです。

 医師の数を倍にする代わりに、医師の給与を半分にすればいいのです。よく、「医師が儲けているというのは幻想であって、実際は一部の開業医を除けば、特に勤務医などは安い給与でこきつかわれている」などという人がいますが、これは間違いです。

 先日も、あるテレビ番組で、医師(勤務医)が登場し、「私の給与は1000万円しかないんですよ」と言っていましたが、1000万円を少ないと思っていること自体が異常です。

 ちなみに、民間企業に勤める人が2004年一年間に受けとった一人あたりの平均給与は439万円です(日本経済新聞2005年9月29日)。この医師は、世間の人々がどれくらいの給与を貰っているのか知っているのでしょうか。知っていれば、こんな無神経な発言はできるはずがありません。医師の給与は、その439万円の中から徴収される税金と保険料でまかなわれているのです。こういう発言をする医師がいる限り、医師は世間知らずと言われても仕方がないでしょう。医師は新聞すら読んでいないということなのですから。

 もっとも、医師不足のために勤務時間が長くなりすぎ、新聞を読む時間すらない、ということなのかもしれませんが・・・・。