はやりの病気

第27回 急性アルコール中毒① 2006/02/28

少し前になりますが、急性アルコール中毒で夜間に救急病院を受診した大学生が、帰宅後に死亡し、病院が適切な処置を怠った、という理由での医事紛争がありました。判決では、全面的に原告側の主張が認められ、病院及び担当医師の注意義務違反が立証され、病院側は8800万円(原告側の要求は9000万円)を支払うことになりました。

 急性アルコール中毒といえば、夜間の救急外来ではおきまりの疾患のひとつです。この症例のように、ときには命にかかわることもありますし、中毒症状自体が軽症であっても、理性をなくした患者さんが医療従事者に暴言を吐いたり、暴力をふるったりということも日常茶飯事で、我々医師からみれば少々難儀するケースがあります。せっかくつないだ点滴を自ら引き抜いたり、診察室を駆けずり回ったり、と他の患者さんとは趣を異にするのが特徴といえるかもしれません。

 そんな急性アルコール中毒の患者さんたちに、私は思い入れがあります。どのような症状で来られようが、患者さんによって差をつけてはいけないというのが、我々医師のルールなのですが、私はどうしても、急性アルコール中毒という疾患に特別の思い入れを持ってしまいます。

 それは、私の(医学部でなく以前の)大学生の頃の経験によるものです。

 ときはバブル経済真っ盛りの頃、私は関西の私立大学に通っていました。通っていたといっても、大学にはとりあえず籍を置いているという程度のもので、勉強はほとんどせずに、アルバイトや遊びに精を出していたというのが正直なところです。(最近、大学の出席率が上昇しているということがよく言われますが、80年代後半当時は、国全体がお祭り騒ぎをしていたような時代で、授業よりも「遊び」が重要視されていたのではないか、と私は考えています。もちろん大学や学部にもよりますが・・・)

 私は、今でこそほとんどお酒を飲みませんが、当時はほぼ毎日、しかも大量に飲んでいた、というか、飲まされていました。実際、お酒を飲んで吐かなかった日はほとんど記憶にありません。もともと私は、お酒は好きではないのですが、当時の関西では、「酒も飲まれへんようなやつは男やない」とか「つがれた酒をイッキにあけないやつはヘタレや」とか、そういうことが言われており、飲まないわけにはいかなかったのです。(時代や地域のせいにするのもよくありませんね。私の性格もあるかと思います・・・。)

 で、ともかくお酒を飲まないやつは信用されない、みたいな空気が(少なくとも私の周囲には)ありましたから、なんとしてでも飲まなければならなかったのです。

 飲まなければならない、と言っても、飲めないものは飲めません。それで、私を含めたお酒が強くない者がとる道は、「アルコールが身体にまわる前に吐く」というものです。ただ、「吐く」と言っても「トイレで吐いてきます」と言うわけにはいきませんから(そんなことはお酒を拒否するのと同様とみなされ許されません)、なんとか自分が注目されていないような場の空気になるのを待って、タイミングをみて、一気にトイレに駆け込むのです。

 しかし、こういう方法もいつもいつもうまくいくとは限りません。ビールだけ、あるいは薄い水割りだけなら、アルコールが身体にまわるのにある程度の時間の余裕がありますが、これが60度以上の焼酎とか、84度のラムとか、96度のウォッカとかになると、もうほとんど瞬間的に酔っ払ってしまいます。

 そもそも、96度のウォッカなどは、ボトルに「ストレートで飲まないでください」と表示されているのです。それをストレートどころか、イッキで飲まされていたのですから、今振り返るとゾッとします。

 このあたりで、アルコールの致死量についてみていきましょう。

 アルコールの致死量は、成人で体重1キロあたり、5~8グラムと言われています。例えば体重50キロの人であれば、50キロ×5グラム/キロ=250グラムですから、アルコール250グラムでも死にいたることがありうるわけです。5%のビールだけを飲んでいたとすれば、X×0.05=250グラムとなり、X=5000グラムとなります。1グラム=1ミリリットルとすると、5000グラム=5000ミリリットル=5リットルのビールを急激に飲めば死にいたるということになります。5リットルといえば、大ビン7本程度でしょうか。

 ウイスキーの場合はどうでしょうか。例えば40%のウイスキーでは、Y×0.4=250グラムとなり、Y=625グラム(=625ミリリットル)となり、ちょうどボトル1本程度になります。なんと、ウイスキーボトル1本を急激に飲めばそれだけで死にいたる可能性があるのです。

 では、私が学生の頃、無理やり飲まされたことのある96%のウォッカではどうでしょう。Zx0.96=250グラムとなり、Z=260グラム(=260ミリリットル)となります。ほとんどグラス1杯で死にいたるということになります。

 もちろん、致死量には個人差があります。お酒の強い人と弱い人では当然これらの数字は違ってきます。実際、患者さんにお話をお聞きしていると、信じられないくらいにお酒に強い人がいます。つい先日、診察した患者さんは、毎日ビールを1ケース(350ミリリットルの缶)飲むと言っておられました。私が聞いた最高記録は、毎日ビール大ビン2ケース!というものです。この方は元力士の方で、結局お酒が原因で肝臓を壊されています。

 一方、私のようにお酒が苦手な者は、体重あたり5グラムでも危ない、という意識を初めからもつべきだと思います。

 「正しい知識の欠落」とは恐ろしいものです。医師になるなんて微塵も思ってなかった当時の私には、アルコールの致死量なんてことはまったく知りませんでしたし、知ろうと思ったことすらありませんでした。現在、命のあることに感謝しなければなりません。
 
 急性アルコール中毒の症状についてみてみましょう。まず、多くの人が経験的に知っているのは、顔面紅潮(顔が赤くなる)、頭痛、嘔吐、などでしょう。これが重症化すると血圧低下をきたします。さらに重症化すると、意識がなくなってきます。そして意識がなくなり呼吸状態が悪化することもあります。急性アルコール中毒の主たる死因のひとつは、「呼吸不全」です。

 臨床的にときどき遭遇するのは、嘔吐物が気管につまり窒息するというものです。意識状態が正常であれば、嘔吐物が気管に入るなんてことは起こらないわけですが、アルコールのせいで意識が朦朧としている状態であればこういうことが起こりうるのです。

 また、嘔吐物による窒息や呼吸不全が起こらなかったとしても、意識が朦朧としている状態では、転倒して頭をぶつけ、脳内出血や脳細胞の挫滅が起こることも予想されます。ときに、これらは救急外来での発見が遅れることがあり、命にかかわることもあります。

 また、こういった命にかかわるようなことが起こらなかったとしても、意識がなくなるというのは非常に危険なことです。盗難に合う可能性もありますし(実際私も何度か被害にあったことがあります)、もっと凶悪な犯罪に巻き込まれることもあるかもしれません。

 私はよく意識をなくし、翌朝、銀行の前で寝ているところを警備員に叩き起こされたり、駅前で浮浪者に起こしてもらったり、あるいは次の店で大騒ぎしていたことの一切の記憶がない、なんてこともよくあり、それらをまるで自慢のように話していた時代がありましたが、今思えば恥ずかしいこと極まりない行為であったと深く反省しています。

 一度、「このまま死んでしまうんじゃないか・・・」と思ったことがあります。その日は初めから体調が悪かったのですが、いつものようにトイレで吐いていると、いつのまにか便器に顔をうずめ意識をなくしていました。そして、胃の痛みで目覚めると、トイレが血だらけになっているのに気付きました。かなり大量の血を吐いていたのです。
 今思えば、直ちに救急車を呼んででも病院に行くべきだったのですが、当時の私にはそんな意識はありませんでした。しばらくトイレで休憩し、その後ふらつきながらなんとかタクシーで家に帰りました。胃の痛みはしばらく続いて数日間は何も食べることができませんでした。
 
 医学部入学後、ある講義中にこの状態の正体が分かりました。それは「マロリー・ワイス症候群」と言って、主にアルコールで嘔吐を繰り返し、その結果、胃粘膜に亀裂が入り、そこから大量の出血がおこる病態です。確定はできませんが、私が苦しんだ吐血はこの疾患であったのではないかと思われます。この疾患の講義を受けているときに、私は過去の自分のあさはかな行動が恐ろしく、そして恥ずかしくなりました。

 このように、恥ずかしく、そしてキケンな行為をしていたため、私には急性アルコール中毒がひとごととは思えないのです。過去の自分に対する反省もこめて、現在は治療にあたっています。