メディカルエッセイ

30  ニセ医者とシャブ中東大医大生 2005/12/31

2005年12月6日の新聞記事は我々医療従事者を大変驚かせました。

 33歳の男性が、なんと医師免許を持っていないのにもかかわらず8年半もの間、医師として勤務していたことが発覚したというのです。偽造医師免許証のコピーを提出し、医師になりすまし、複数の病院で勤務し、年収はなんと2千万円もあったというのですから、我々医療従事者だけでなく、一般の方も大変驚かれたと思います。

 この事件はいくつかの問題点がマスコミなどで指摘されていますので、それらをみていきましょう。

 ひとつめに、なぜ偽造医師免許証がバレなかったのか、という点です。私も現在複数の医療機関で仕事をしていますが、雇用契約を結ぶ前には、医師免許証の原本と保険医登録票(こちらはコピーでいいことが多い)を提出します。おそらく被告の男性(以下、「ニセ医者」とします)の勤務先の病院では医師免許証の原本は求めていなかったのでしょう。

 けれども、このニセ医者が偽造に関する高度な技術を持っていて、原本を偽造していたらいったいどうなっていたのでしょうか・・・。

 ふたつめの問題点は、なぜ2千万円もの年収があったのかということです。2004年度の人事院調査のデータによりますと、全国の勤務医の平均給与は28~32歳で月収約73万7000円だそうです。この数字とニセ医者が取得していた年収2千万円には大きな格差があります。

 私が、『医学部六年間の真実』で述べたように、医師の当直アルバイトというのは破格で、なかには一晩で20万円ももらえるところもあるようです。けれども、そのような高額アルバイトは重症の患者さんがひっきりなしに入ってくるような救急医療の現場であって、ニセ医者に務まるとは到底思えません。だとしたら、ごく軽症の患者さんしか来られない病院で働いていたことが予想されるわけで、当然そういう病院は給与はそれほど高くないですから(ただし一般の仕事に比べればそれでも破格です)、どう計算しても2000万円という数字は不可解なのです。

 12月18日に政府が発表した、「診療報酬マイナス3・16%の改正」というのは大きな議論を呼び、医師会を初めとする医療団体は一斉に反対の表明をしています。「これでは医師に充分な報酬が支払われず医療の質が低下する」というのがその理由だそうです。

 しかしながら、ニセ医者が2千万円も稼いでいるんだから、やっぱり医師はもらい過ぎているんじゃないのか、と言われても仕方がないのではないでしょうか。
 
 もうひとつ指摘されている問題点は、(これはマスコミからというよりは我々医師の間で議論になることですが)、なぜ8年半もの間ニセ医者であることを隠し通せたか、ということです。それもニセ医者であることが発覚したのは、医療行為が不十分であったとか、患者さんからクレームが来て、とかではなく免許証の原本の提示を求められて発覚したわけです。ということは原本の提示が求められなければいつまでも続けていた可能性があるわけです。しかもこの二セ医者は、患者さんから評判がよかったというから驚きです。

 医学部での六年間は、医学部受験とは比較にならないほどの勉強をおこなわなければなりません。後半の二年間は臨床実習で実際に患者さんを診察することによっても勉強をおこないます。卒業後は二年間の研修医期間が義務付けられています。しかし、これでもまだまだ不十分で、それからもしばらくは実質研修期間のようなものです。私の場合も、二年間の研修ではまだまだ未熟であることを自覚し、その後の二年間さらに研修医のような生活を続けました。

 ところがこのニセ医者は、定時制の高校を中退した後、都立の病院で一年間見習いをおこなっていたそうですが、そんなことだけで医療行為がおこなえるようになるとは到底思えないのです。(この「見習い」というのもよく分かりません。いったい誰を対象とした何のための「見習い」なのでしょう・・・)

 もしかすると、我々が(私が)思っているほど、現在の医療レベルというのは高いものではなく、たしかに六年間の勉強とその後の研修は大変ではあるけれど、そこからアウトプットされるものは、素人が短期間で勉強して得るものとそんなに変わらないのかもしれません。いや、そんなはずはない!と思いたいのですが、そんなことで意地を張るよりも、今まで通り日々の勉強を頑張る方が私にとってはきっといいことでしょう。

 ところで、今回発覚したようなニセ医者は氷山の一角ではないか、という話があります。私には到底そのようには思えないのですが、インターネットで複数の掲示板を探してみると次のような書込みが見つかりました。
 
>コンタクト屋でアルバイトをしたことがあるんだけど

>医師不在時に、コンタクト屋の店員が医師のふりをして

>診察や投薬をしているのは日常茶飯事のことですよ...

>以前にせ医者が精神科病院に勤務していて、よく日医雑誌に投稿していた。頻繁に投稿していたので、緑陰随筆まで書いていたことがあったっけ。

 やはり、ニセ医者は他にも大勢いるのでしょうか。

 ところで、このニセ医者発覚が報道された同じ日に、この事件とは対照的な記事が報道されました。

 それは、東大医学部の学生が覚醒剤中毒で逮捕されたという記事です。報道によりますと、覚醒剤取締法で逮捕されたこの27歳の東大医学部四年生は、超有名進学校の灘高を卒業している超エリートで、高校時代も成績は上位だったそうです。ところが医学部に入学してから覚醒剤にハマりだし4年連続留年していたとのことです。

 私が『今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ』などで指摘したように、シャブ中医師は何も珍しくありません。日頃から覚醒剤中毒者と接し(夜間の救急外来にはよく来ます)、覚醒剤の恐ろしさをよく知っているはずの医師がなぜ自らもシャブ中になるのかについては、『今そこに・・・』に書きましたからここでは述べませんが、危険性を充分に知っているはずの医師でさえ手をだしてしまう覚醒剤の恐ろしさは何度繰り返し強調してもしすぎることはありません。

 医師でさえハマるわけですから、まだ知識が充分でない医学生が覚醒剤に溺れるのは理解できることです。いくら灘高で上位の成績であろうが日本で最難関とされる東大医学部の学生であろうが、そんなことは関係ないわけです。ちなみに東大では2004年の9月に、教養学部の学生が大麻取締法で逮捕されています。
 
 さて、何も珍しくないシャブ中ドクター(医大生)をここで取り上げたのは、覚醒剤の恐ろしさを再確認したかったからだけではありません。というのは、マスコミの報道に疑問を感じるのです。

 例えば、夕刊フジが報道したこの記事の見出しは「東大理Ⅲ(医学部)エリート人生がシャブで霧散」となっており、本文のなかで「クスリにハマり、エリート医師への道を自ら閉ざした学生の堕落ぶりに・・・」と述べられています。

 たしかにこの男が再び医師の道を目指すのは不可能でしょう。しかし「エリート人生がシャブで霧散」というのは言いすぎではないでしょうか。この男はまだ27歳です。おそらく初犯でしょうし販売をしていたわけではありませんから、実刑にはならず執行猶予がつくことになると思われます。

 ならば、人生が終わったわけでは決してありません。灘高から東大医学部に進学するくらいの頭脳を持っているのです。賢い頭脳があるからといって覚醒剤を断ち切れるかどうかは分かりませんが、もし完全に断ち切ったとすれば、その体験を本にするとか講演するとかして、現在もシャブに依存している人を救うような活動はできるのではないでしょうか。なにも東大出身の医師だけが「エリート」ではないのです。

 念のために断っておくと、私はこの男の罪を軽くせよと言っているわけではありません。むしろ、現在の覚醒剤取締法はユルすぎることが問題で、初犯であっても実刑にすべきという考えを持っています。しかしながら、それと同時に、依存症の人から覚醒剤を断ち切る支援や、また断ち切った人に社会に復活してもらう方法も考えていかなければならないとも思っています。

 覚醒剤取締法違反というのは、殺人やレイプとは犯罪の質が違うのです。覚醒剤取締法で逮捕されたとしても、殺人やレイプのような被害者はいませんし、本人の努力次第では充分に社会復帰することが可能なのです。

 だから、私はこのシャブ中(元)医大生を応援したいと考えています。まずは覚醒剤を断ち切ることに専念してもらいたいと思っています。そして、その後は社会のために貢献してほしいのです。

 これからの努力によっては、もしかすると医師になるよりも多くの人に貢献できるかもしれないのです。決して「エリート人生がシャブで霧散」と決まったわけではないのです。

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