はやりの病気

第31回 心筋梗塞を確実に防ぐ方法 2006/05/01

心筋梗塞を防ぐサプリメントや食品の研究は様々あるが、それらが疑わしいとするデータもあり、実際にどれほどの効果が期待できるのかははっきりしないという話を前回しました。

 かと言って、「じゃあ、サプリメントや食品には何も期待しないことにしよう」とするのも、また極端すぎるような気がします。特に、日本人を対象とした日本の研究についてはある程度は参考にすべきかもしれません。

 例えば、前回、魚の脂にたくさん含まれるオメガ3脂肪酸について否定的な論文を紹介しましたが、最近発表された日本の研究は、「魚を食べれば食べるほど心筋梗塞の危険性は減少する」と結論づけています。

 厚生労働省の研究班は、虚血性心疾患(心筋梗塞とその手前の状態の狭心症を合わせた疾患名)になった258人を、魚を食べる量に応じて5つのグループに分けて比較しました。その結果、魚を「食べれば食べるほど」危険性が減少するという結果がでました。具体的には、5つのグループのなかで最も摂取量の多いグループ(1日約180グラム、ちなみに刺身一切れは約15グラム)は、あまり魚を食べないグループ(1日20グラム以下)に比べて、虚血性心疾患に罹患する率が4から6割も低いことが分かったそうです。

 これまでも、魚を食べれば罹患率は減るというデータはありましたが、「食べれば食べるほど」予防効果があるという結果を出した研究はおそらく初めてではないかと思われます。

 ただ、一方では前回ご紹介したデータのように魚の効果を疑わしいとする発表もありますし、この日本の研究でも、魚をたくさん食べる人のなかにも心筋梗塞を起こしている人がある程度はいるわけです。

 ですから、「魚を食べていれば心筋梗塞にはならない」と考えるのは非常に危険であるのです。

 じゃあ、何を食べればいいのか、あるいは何をすればいいのか、ということになるわけですが、その答えはきちんと用意されています。

 食品やサプリメントの研究では、効果があったとするものでも、その効果が劇的なものであるわけではありません。一方では、誰がみてもあきらか、世界中のすべての研究者が同意する、いわば「確実に心筋梗塞を予防する方法」が存在するのです。

 まずは、研究者や医者なら誰もが認める、心筋梗塞をおこしやすい10個の要因をみていきましょう。それらは、①糖尿病、②高血圧、③高脂血症、④肥満、⑤喫煙、⑥高尿酸血症、⑦男性、⑧加齢、⑨A型気質、⑩ストレス、です。

 お馴染みの言葉も、そうでない言葉もあると思いますので、これらを説明していきましょう。①②④⑤は説明がいらないでしょう。③の高脂血症は、コレステロールもしくは中性脂肪の高い状態を言います。そして、①から⑤までを通常「メジャーファクター」といってこれらが最重要です。

 「メジャーファクター」に対して、⑥から⑩までを「マイナーファクター」と呼びます。このなかで、⑨A型気質について説明をしておきます。「A型」と言っても、血液型のA型のことではありません。臨床医学上、性格を分類することがあり、そのひとつが「A型気質」です。A型気質とは、真面目で責任感が強く何に対しても一生懸命取り組むような性格の人のことを指します。

 「メジャー」「マイナー」という言葉が示すように、実際の医療現場では、我々は①から⑤の「メジャーファクター」を最重要視します。マイナーファクターが1つ、もしくは2~3個あったとしても、そういう人全員が心筋梗塞を起こしやすいと考えているわけではありません。マイナーファクターを重要視しすぎると、責任感の強いある程度の年齢の男性を全員疑わなければならなくなってしまいます。

 一方、①から⑤のメジャーファクターは、1つでもあれば心筋梗塞になりやすい人だと考えられます。もう一度言いますが「1つでも」です。

 私の経験した症例をご紹介したいと思います。

 その患者さんは35歳の男性です。道端で突然胸の痛みを感じそのまま倒れました。近くにいた人が駆け寄るとすでに心肺停止の状態でした。幸いなことに、その近くにいた人というのが、医療従事者ではないのですが救命についてのトレーニングを受けたことのある方で、心臓マッサージを含めた適切な処置をおこない同時に救急車を呼びました。そして、患者さんは当時私が勤めていた病院に搬送されてきました。

 診断の結果は心筋梗塞、すぐに緊急処置となり一命をとりとめました。たまたまそばにいたこの人(患者さんとは赤の他人です)の的確な行動がなければ、おそらく助からなかったと思われる症例です。

 30代の心筋梗塞というのはないわけではありませんが、好発年齢というのはもう少し上の世代です。若い人で心筋梗塞を起こすのは、極端な肥満の人に多いということがいえます。しかしこの患者さんは、身長170センチ、体重65キロで決して肥満ではありません。職業はあるスポーツのコーチです。筋肉質でおそらく体脂肪率は15%以下だと思われます。血圧は正常ですし、血液検査の結果、糖尿病も高脂血症もないことが分かりました。

 ただひとつ、忘れてはならないメジャーファクターのひとつ「喫煙」があることが問診で分かりました。この患者さんの心臓の周囲の血管は、かなり動脈硬化が進んでおり、よくこれでスポーツができるな、というほどのものでした。

 私はそれまで、喫煙で動脈硬化が促進されるという知識はもっていましたが、喫煙だけで、しかもこの若さでここまで動脈硬化が起こるとは思っていませんでした。

 5つのメジャーファクターのなかで、①糖尿病、②高血圧、③高脂血症は、特に初期の段階では自覚症状がありません。自覚症状がないまま進行し、気づいたときには手遅れ、という患者さんにお会いすることがよくあります。なかには心筋梗塞を起こして初めてこれらの病気があることが分かったという患者さんもおられます。

 これらの疾患を早期発見するために有用なのは、もちろん健康診断です。特に自覚症状がない人でも年に一度は健康診断をおこなうべきなのです。

 しかし、健康診断以上に重要なことがあります。それは、もうひとつのメジャーファクター、④の肥満です。

 そもそも、①糖尿病、②高血圧、③高脂血症のある人は肥満であることが圧倒的に多いわけです。ですから、日頃から肥満にならないように健康管理をおこなうことが何にも増して重要なのです。肥満にならないようにしていれば、かなりの確率で、糖尿病、高血圧、高脂血症を防ぐことができるというわけです。

 メタボリック・シンドロームという病気を聞かれたことがあるでしょうか。これは、糖尿病、高血圧、高脂血症、肥満が、ひとつひとつはそれほど重症というわけではないけれども、これらのすべてがそろっている状態のことを言います。そして、それぞれは薬を飲んだりする必要のない数値なのですが、放っておくと心筋梗塞などにかかりやすくなるという特徴があります。ですから、ちょっとした肥満、というのも放っておくのは危険です。体重は標準だけども体脂肪率が高いとか、以前に比べてウエストラインが太くなったという人も要注意です。メタボリック・シンドロームというのは比較的新しい言い方で、以前は「死の四重奏」とか「デッドリー・カルテット」とか言われていました。
 
 まとめに入りましょう。心筋梗塞などの心臓病を防ぐには、サプリメントや食品摂取よりも明らかに重要なことがあります。それらは、喫煙をやめて、肥満を避ける、さらに年に一度の健康診断を受ける、というものです。これらを無視して、タバコを吸い続けたり肥満を放っておいたりしながら、毎日大量の魚を食べサプリメントを飲んでいたとしても、いずれ心筋梗塞になるのは時間の問題というわけです。

 患者さんのなかには、タバコを吸い続け、あるいは肥満であることに直面しようとせず、高価なサプリメントを何種類も飲んでいる人がいますが、これは明らかにおかしいのです。それだけのお金をかけるなら、禁煙や肥満の対策に当てるべきなのです。

 では、タバコをやめて、肥満を避けるにはどうすればいいのでしょうか。

 そもそも、こんなことはいちいち言われなくても誰もが知っていることです。今回は、これらが、サプリメントや食事よりもはるかに重要ということを再確認したかったから述べたわけですが、現実的には禁煙や肥満について具体的な対処法を考えていくことが大切です。

 次回は、禁煙について考えていきたいと思います。