メディカルエッセイ

33  語学はこんなにおもしろい! 第1回(全2回) 2006/2/15

受験シーズンになって、私にメールをくださる受験生の割合が増えてきました。内容は、「二次試験対策をがんばって合格目指します!」というものもあれば、「センター試験に失敗したので来年に照準を合わせます」というものまで様々です。

 最近目立つ質問に、「医学部二次試験の理科が3科目のところは不利ですか」、というものと、「英語のリスニングの効果的な勉強法ってありますか」、というものがあります。

 「理科3科目」については、近日出版予定の『偏差値40からの医学部再受験テクニック編(仮)』にも書きましたので、ここでは詳しく触れませんが、私としては、不利になることはなく、むしろ有利になるものと思っています。

 今日は、英語のリスニングについてお話したいと思います。

 英語のリスニングに苦手意識を持っている人は非常に多いように思います。実は私も、リスニングは決して得意ではなく、英語の4つの分野、すなわち、リスニング、スピーキング、リーディング、ライティングのなかでは、リスニングがもっとも、そしてダントツで苦手です。
 日本人の多くが英語のリスニングが苦手なのに対して、英語を母国語とする人たちは日本語を勉強するときに、リスニングがもっとも簡単だ、と言います。そしてこれは、英語を母国語とする人だけでなく、他の言語を母国語とする人にとっても同じようです。外国人が受験する日本語検定というのは4級から1級までありますが、日本に数ヶ月もいれば、たとえ日本語検定1級の試験でも、リスニングに関してはそれほどむつかしくないという外国人も珍しくありません。

 この最大の原因は、日本語は母音も子音もその数が多言語に比べて圧倒的に少ないということです。母音を考えてみると、日本語の母音は「あ・い・う・え・お」の5つしかありません。一方、多言語では、英語で12、ベトナム語で15、タイ語で32、中国語は36もあると言われています。(尚、母音の数については、本によって書いてあることが違うので、これらの数字はあくまでも参考程度です。)

 子音については、日本語は、「K、S(SH)、T(TH)、N、H、M、Y、R(L)、W、G、Z、D、B、P(PH)、J」の15個しかありませんが、英語では20個、タイ語では22個、中国語は30以上もあるといわれています。さらに、これらだけではありません。中国語とベトナム語には4つの声調が、タイ語には5つの声調があります。

 文法や作文については、努力すればかなり実力を伸ばすことが可能ですが、リスニングについてはそう簡単には上達しません。よく、「音感のある人は上達が早い」と言われますが、(私も含めて)音感がそれほどなくてもやらなければならない人も大勢いるわけですから、「自分は音感がないから・・・」と言って逃げるわけにはいきません。

 では、どうすればいいかと言うと、繰り返し繰り返し聞く練習をするのです。「なんだ、当たり前のことじゃないか・・・」と思われるかもしれませんが、これは、単に「何度も繰り返し聞けば聞き取れるようになる」という意味ではありません。むしろ、「正確に聞き取れなくても意味が理解できるようになる」ということが重要なのです。そして、そのためには、文法をしっかりとしたものにして、語彙力を増やすことが必要です。

 例を挙げましょう。

 英語を母国語とする人は、「ear」と「year」を正確に区別しますが、日本人でこれらを正確に聴きわけて、そして区別して発音している人はどれくらいいるでしょうか。少なくとも私にはほとんど絶望的です。先ほど日本語の子音に「Y」を含めましたが、実は日本人の多くはこの「Y」が正確に発音できません。「や・ゆ・よ」はそれぞれ「YA,YU,YO」と発音しているのですが、「YI」「YE」については、「I」「E」になってしまう人がほとんどです。五十音の表にも「や・い・ゆ・え・よ」と書かれていることからも、それは明らかでしょう。

 外国人が日本に来て驚くことのひとつに、「日本人は自国の通貨の発音もできないのか・・・」というものがあります。つまり、日本の通貨は「YEN」(円)なのに、これを「EN」と発音するからです。「Y」の発音は、「I」と「J」の中間のような音ですが、これを日本人が正確に発音するのは至難の業です。(しかし、よく考えてみると、なぜ「円」の英語は「EN」ではなく「YEN」なのでしょうか・・・)

 私は、「Y」の発音は難しくないのか、ということをオーストラリア人に質問したことがあります。彼女の答えは、「日本人が難しく感じるのは分からないでもないが、英語を母国語とする人からみればまったく難しくない」というものでした。

同様の質問をタイ人にしたこともありますが、彼女の答えも「簡単です」の一言でした。ちなみに、タイ語では日本のことを「???????」(これを無理やりアルファベットで表記するとyiipunもしくはyiibpunとなると思います)と言いますが、これを正しく発音できる日本人はほとんどいないそうです。彼女によれば、日本人は「YA」や「YU」は発音できるのに、「YI」ができないことが大変不思議で興味深いそうです。
 
 では、日本人は、母国語のハンディキャップから、リスニング習得を諦めなくてはならないのでしょうか。もちろん、そんなことはありません。受験にも英語のリスニングは必須化されるようになってきているわけですから、かなりのハンディがあろうとも克服しなければなりません。

 私は、先ほど「繰り返し繰り返し聞く」ことが大切だと述べましたが、これは「その単語の発音に慣れる」という意味ではなく、「その単語を含めた文章に慣れる」ということです。

 「ear」と「year」は確かに単独で発音されれば聴き取るのは至難の業ですが、文脈と合わせて考えるとそれほどむつかしくはありません。実際、私はこれら2つの単語が聴き取れずに苦労した経験はありません。そのスピーカーが「耳」のことを言っているのか、「年」のことを言っているのかで迷うなんてことは、普通はありえないからです。

 これは「L」と「R」でも同じことです。「glass」と「grass」、「collect」と「correct」などは、それだけで聞くと判別しにくいことがありますが、文脈から察すればそれほどむつかしくはありません。(ただし、TOEICのリスニングの問題でこれらの区別を問うている問題はあります。)

ただ、「L」と「R」については、発音するときには充分に注意しなければなりません。これを曖昧にして発音すると、文章の意味が伝わらないことがよくあります。私はそんな経験をこれまでに何百回としてきています。
 
 英語を母国語としない外国人のこともみておきましょう。

 「L」と「R」の区別は、韓国人も苦手なようです。そのため韓国では幼少児に舌の手術をおこなうこともあるそうです。舌を手術して「L」と「R」の発音が正しくできるのかどうか、私には甚だ疑問なのですが、世界一の受験大国と呼ばれている韓国の教育の狂信的な力の入れように驚きます。ちなみに、韓国人の多くは日本語の「ず」が正しく発音できないようです。私は一度「ミジュをください」と言われて、それが「水」だと分かるまでに随分長い時間がかかったという経験があります。

 タイ語では「L」と「R」は区別されているのですが、欧米人に言わせると、タイ人の「R」は、はっきりと「R」と発音するときと、「L」に極めて近い音を出すときがあるそうです。

 また、タイ語には、日本語はもちろん、英語よりも多数の母音と子音、さらに5つの声調がありますが、発音できない日本語があって興味深いと言えます。タイ人のほとんどは、日本語の「し(SHI)」が発音できません。だから「新幹線」は「チンカンセン」と発音しますし、「ショッピング」は「チョッピング」と言います。また、「Z」の音もタイ語にはなく、そのため「象さん」は「ソウさん」になります。

 その一方で、日本人にはかなりのむつかしさを感じさせる発音がタイ語には多数あります。先に述べた「Y」もそうですし、「C」「P」「T」「K」はそれぞれ2種類(無気音と有気音)あって、これらを厳格に区別しなければなりません。例えば、日本人には(少なくとも私には)、同じように聞こえる「C」を発音するときに、息を出すか出さないかで、まったく別の音として扱うのです。欧米人も、この点についてはタイ語を難しいと感じているようです。

 これらを発音するときに区別しようとすると、例えば「C」については、有気音の「C」は日本語の「ち(CHI)」と同じ音で、無気音の「C」は「じ(JI)」と同じ音で発音すると、問題なく通じることも多いのですが、逆にタイ語を聞くと、どう聞いても「C」の無気音は「じ(JI)」とは聞こえなくて不思議です。これは、タイ語には英語や日本語の「J」の音がないことが原因なのですが、語学のおもしろさはこういうところにもあります。

つづく・・・・