はやりの病気

第38回 本当に恐ろしい拒食症 2006/10/19

先月、マドリードのファッションショーで極端に痩せている女性が出場禁止にされたというニュースが世界中で話題となりました。

 2006年9月18日のロイター通信によりますと、「痩せているモデルは出場禁止」という突然の通達を受けて、出場させる予定だったモデルを総入れ替えした有名なデザイナーもいたそうです。

 このファッションショーはマドリードの地方行政が主催しており、BMIを基準に出場資格を規制しました。BMIとは日本も含めて世界で最も使われている体格を表す指標で、「体重(キロ)÷身長(メートル)の2乗」で計算します。例えば、身長が2メートル、体重が88キロなら、88÷2x2=22となります。一般的には22~23が標準とされていますが、若い女性の多くは22を太っていると考えているように思われます。マドリードのファッションショーではBMIが18以上であることが出場の条件となりました。

 このような動きはスペインだけではなく、すでにイギリスとミラノでも規制の導入を検討しているようです。

 このような規制が多くの地域で導入されれば、出場できなくなるモデルが続出し、ファッション業界は大きな改革を強いられることになるとみるファッション関係者は少なくありません。
 
 痩せすぎたモデルを出場禁止にするのは、ファッションショーが若い女性に与える影響が小さくないからです。実際、モデル(特にスーパーモデル)に憧れて無理なダイエットに励む若い女性は日本にも大勢います。そして、最近では拒食症となる女性の低年齢化が進んでいることが問題となっています。

 2006年9月19日の共同通信によりますと、2005年に小児科を受診した拒食症の子供は944人もいて、過去に衰弱や自殺で26人が死亡していることが全国294の病院に対する調査でわかったそうです。また、低身長や脳の萎縮などの後遺症の恐れのある初潮前の女児は過去に386人が確認されているそうです。

 私は初潮前の拒食症の女児を診察した経験がありませんが、普通の内科外来を受診される患者さんのなかに拒食症の方がときどきおられます。もっとも、本人は拒食症という自覚がなく、よくあるのが「身体がむくむ」「眠れない」「うつ状態である」といった訴えです。身体がむくめば本人の身体イメージが変わりますし、不眠やうつは生活に支障をきたしますから自分の意思で受診をします。もちろんこのような訴えで受診されるすべての患者さんが拒食症というわけではありません。全身の診察や血液検査をおこなって初めて拒食症を疑うことになります。拒食症が疑われればそれを患者さんに話すことになりますが、これを理解してもらうのに苦労することは少なくありません。もしも本人に拒食症という自覚があり、それを治したいという意思があるなら、精神科を受診してもらうのですが、そう簡単にはことが進みません。

 「嘔吐が続く」という訴えで内科外来を受診される方もいます。この場合は子供が繰り返し吐いている姿を親が見つけて病院に連れてくるというケースが多いと言えます。

 拒食症が恐ろしいのは「死に至る病」だからです。もちろん拒食症になった人すべてが死亡するわけではありませんが、死亡率は5%から15%と言われています。これだけを見ると早期に発見された悪性腫瘍などよりも遥かに高い数字です。死因は心不全や自殺が多いのですが、違法薬物に手を出す者も少なくなく薬物中毒による死亡もあります。少し年輩の方なら、カーペンターズのカレン・カーペンターが拒食症から心不全をきたし死亡したことをご存知かと思います。

 拒食症は本人に自覚がないだけでなく、よほど進行しない限り他人からもなかなか分かりません。一般的に、拒食症の患者さんというのは、明朗活発で責任感が強く、成績優秀で親の言うことをよく聞く努力家、いわゆる優等生タイプであることが多いのです。しかし、実は影で下剤や利尿剤を乱用していたり、ときには抑うつ状態になったり、ひどい場合は違法薬物や自殺企図をおこなうこともあります。

 一般的には他人から分かりにくい拒食症ですが、ある程度進行していれば医療機関で診断をつけることができます。身体を診察すれば、むくみがあることが多いですし、脈拍数は少なく、体温も低いのが特徴です。全員ではありませんが産毛が濃くなっている人もいます。血液検査をすればカリウムの値が下がっていることが少なくありません。ここまでくれば問診で生理がないことを確認して拒食症を積極的に疑います。過食症が伴っている場合は、吐きだこや虫歯などが見つかることもあります。

 重症化すればホルモン値が異常を示すようになります。また脳のCTやMRIを撮影すると脳が萎縮していることもあります。

 このように拒食症とは大変恐ろしい病気なのです。イギリスでは若い女性の1%が拒食症を患っていると言われています。日本では0.1~0.2%との報告があります。

 拒食症の原因はもちろん過度のダイエットですが、それ以前に「ヤセ」に対する強い憧れが問題です。現代社会で美しいとされている女優やモデルが痩せすぎていることが拒食症の若い女性を大量生産しているという指摘は間違っていないと思われます。

 治療はもちろん適切な食事を摂ることですが、それ以前に「自分は病気を患っている」という自覚が必要です。これが非常にむつかしくて、精神科医による専門的なカウンセリングが必要になることが多いのです。

 拒食症は、進行すると消化管が機能しなくなるからなのか、食べる気があっても身体が食事を受け付けなくなることもあります。また、萎縮した脳が与える影響も無視できません。それに、無理なダイエットで痩せた身体は決して美しいものではありません。ハリウッド女優やスーパーモデルのなかでも適度な筋肉と健康的なボディラインを有している女性が最も美しいのではないでしょうか。
 
 患者さんの多くは若い女性ですから、カレン・カーペンターと言ってもほとんどの人は知りません。そこで、拒食症からコカイン中毒をきたしリハビリ生活を過ごしたと言われているイギリスのスーパーモデル、ケイト・モスを私はよく引き合いに出すのですが、10代の女性のなかにはケイト・モスを知らない人もいます。

 これからは、マドリードのニュースを患者さんに話そうと考えています。冒頭で紹介した有名デザイナーは次のように述べています。

 「一日ですべてのモデルを入れ替えなくてはならなかった。18人もだよ。この出場禁止の通達のおかげでいろんな問題がおこった。けど、この業界は若い女性に対する影響が大きい。健康なスタイルをアピールするのは悪いことではない。だから僕はこの通達に反対するようなことはしないよ」