はやりの病気

第39回 首が痛い~頚椎症(私の体験)~ 2006/11/21

以前このコーナーで、私が冬を苦手とするのは自分が「冬季うつ病」にかかっているかもしれないから、という話をしましたが、もうひとつ冬が苦手な原因があります。それは、私のある持病が寒くなると悪化するというものです。

 その持病とは「頚椎症」です。「頚椎症」というのは広い概念であり、原因も症状も様々なのですが、大まかにまとめると、「頚椎(首の骨)やその周囲の組織が原因で首、肩、腕、手などに痛みやしびれが出現する疾患」のことを言います。(このため症状からみたときの病名は「頚肩腕症候群」となることもあります)

 私がこの疾患に悩まされるようになったのは、2002年の7月、医師になってわずか2ヶ月しかたっていない頃です。

 病院での仕事を終え自転車で自宅近くの食堂に行ったその帰りでした。違法駐車していた車の右側を通り過ぎようとしたところ、突然開いた運転席のドアが私に激突し、その瞬間から私の記憶はなくなりました。

 救急車が到着し救急隊の人に声をかけられて私の意識は戻りました。そのときは状況がよく分かっていませんでしたが、救急車の車内で自分が今どのような状態にあるのかが分かるようになりました。肩や後頭部を強く打っていて出血もありましたが、痛みはそれほど強くなく、救急病院で撮影したレントゲンやCTでも骨折や頭蓋内出血はなく安心しました。

 ところがです。翌日の昼過ぎあたりから突然首が痛くなり、その後、右腕にも痛みは波及し右手のしびれも出現してきました。事故直後のものとは異なるなんとも言えない鈍い頭痛がとれなくなり、吐き気まで伴うようになったのです。

 そのときは医師になってまだ2ヶ月でしたから、こんなことで仕事を休みたくありません。なんとか無理して仕事を続けるつもりでいたのですが、これではまともに働けず周囲に迷惑をかけてしまうと考え、事故の翌々日の昼前に上司に相談しました。

 ただちに大学病院の整形外科外来を受診し精密検査を受けました。頚椎のレントゲンにははっきりとした異常はありませんでしたが、MRIを撮影すると、椎間板に軽度の変形と炎症がありました。おそらく事故が契機となり椎間板に変化が起こり、その結果神経根が圧迫され、痛みやしびれといった神経症状が出現しているのだろうとのことでした。

 結局私は入院することになり退院したのはその27日後でした。しかし、退院後も症状はとれず、病院で働きながら空き時間をみて首の牽引を継続することにしました。ところが、ある日いつものように牽引をしている最中に突然頭痛と吐き気が起こり嘔吐しました。そして、この日を最後に牽引ができなくなりました。

 その後も仕事を続けながら定期的に通院し、いろんな薬を試したり、レーザー治療を試みたりもしたが、痛みは少しましになったかと思えば再び悪化するといった状態が続いていました。ただ、我慢できないような激痛ではなく、しびれはありましたが握力は徐々に回復していましたので、仕事が続けられないことはありませんでした。ときおり頭痛に悩まされましたが鎮痛薬を内服することでなんとかしのいでいました。

 研修医の間は医師には休みはほとんどありませんが、それでもなんとか時間を見つけて私は様々な治療を試しました。西洋医学では限界があると考えた私は、いわゆる民間療法と呼ばれるものも試しました。少々値段が高くてもこの痛みがとれればそれだけの価値はあると考え、自費診療の指圧や整体に通ったこともあります。

 しかし一年以上かけて様々な治療を試しましたが、これといって有効な治療方法は見つかりませんでした。ただ、症状の悪化には一定の傾向があることが分かるようになってきました。よく言われるように、天気の悪い日の前日に痛みが悪化するのです。しかし私の場合、もっと顕著なのは、寒くなると症状が悪化するということでした。ですから寒くなってくると、予防的に鎮痛剤を内服することによって症状を和らげるようにしました。

 そうこうしているうちに、これまでになかったある程度有効な治療法が見つかりました。事故から2年が経とうとしているときのことです。その時研修を受けていたクリニックがプラセンタエキスの注射を扱っていました。プラセンタエキスが頚椎症に効果があるという科学的なデータ(evidence)はありませんが、私のような症状にも効くことがあると言われていたので、試しに何度か注射してみました。すると、劇的というわけではありませんが、ちょうど暑くなりだす季節ということも重なってなのか、痛みはかなり改善しました。実際、それからは少なくとも寒い冬の日以外は鎮痛剤をほとんど飲んでいません。

 プラセンタエキスの注射を初めて数ヶ月してから、私はスポーツジムでの運動を再開しました。学生の頃は週に2~3回ジムに通っていましたが、医師になってからは時間がほとんどとれず断念していました。しかし、医師を続けながらでも、週に一度くらいはなんとか時間を見つけられないことはありません。この事故のためにジムは断念していたのですが、事故から2年半が経過してようやく運動を再開することができました。

 実は私はジムでの運動がひとつの目標でした。入院中に、ある医師が(その医師はとても高い地位の方です)、当時研修医の身分であった私を気遣ってくださり、忙しい中何度もベッドサイドに来てくださいました。その医師は、事故が原因ではありませんが私と同様の症状になったことがあり、一時は手術まで考えられたそうです。しかし、手術は受けずに痛みが軽減するのを待ち、運動を開始することによって症状が大きく改善したそうです。この医師は整形外科医ではありませんし、私にくださったアドバイスは医師としてのものではなく、いわばひとりの元患者としてのものです。しかし、私には大変強い印象となり、事故から運動を復活させるまでの2年半の間、この医師の言葉を忘れることはありませんでした。

 現在の私の症状は、しびれは残っていますが、握力はほぼ元の状態に戻っています。右腕にあった表現しがたい焼けるような感覚(これを「灼熱感」と言います)もなくなり、痛みについては真冬の寒い日を除けばほぼ消失しています。頭痛もほぼなくなりました。

 さて、頚椎症についてまとめましょう。頚椎症はクビに原因のある様々な症状のことを言い、症状の程度も様々です。「神経根」といって脊髄から出た直後の神経の固まりのような部分だけが圧迫されれば、私が経験したような痛み、しびれ、灼熱感などが中心ですが、さらに変形が高度になり、脊髄そのものが障害を受けると、字が書けない、ボタンがかけられない、といった症状が出ることもあります。下肢にも障害が出現し、つっぱって歩きにくくなることもあります。さらにひどくなると膀胱直腸障害といって、排尿ができない、大便ができない、などの症状に悩まされることもあります。

 原因は、私のような外傷性よりも、むしろ加齢によるものが多いと言えます。ですから外傷がなければ10代や20代で出現することはまずありません。40代以降の疾患と考えていいと思います。

 治療は、症状が強く脊髄そのものが障害を受けている場合は手術が選択されることが多いのですが、私が体験したような程度であれば手術になることはあまりありません。しかし、決定的な治療法があるわけではなく、安静、鎮痛剤、レーザー治療(痛みの部位にソフトレーザーを照射する)、牽引など様々な方法から自分にあったものを時間をかけて見つけていくことになります。

 私には効果のあったと思われるプラセンタエキスは科学的な確証がありませんから、初めからすすめられるものではありません。運動については、周囲の筋肉を鍛えることによって頚椎にかかる負担が少なくなりますから理論的に効果があると思われます。

 私の症状はここまでよくなったのですからこれ以上の希望を持つのは贅沢かもしれませんが、次のような想いが頭をよぎることがあります。

 もしも冬が来なければ私はどれだけ幸せなのでしょう・・・