メディカルエッセイ

39  わいせつ医師を排除せよ!② 2006/5/15

少し古い話になりますが、1994年に大阪のある開業医が売春禁止法で逮捕されました。この開業医は結婚していながら韓国人の女性を愛人として囲っていました。そして、その愛人と共同で大阪ミナミに売春施設を経営していたのです。売春婦として働かせていた女性は日本人ではなくタイ人でした。

 それだけではありません。この開業医は、同僚や後輩の医師、さらに自分の患者さんに対しても売春婦を斡旋していたといいますから驚きます。

 「売春」という問題は非常に複雑で、「よくないことだからやめましょう」などと言うだけでは何の解決にもなりません。おそらく日本にまで来て身体を売っているタイの女性は、貧困地域の出身であり、売春で稼いだお金で一家を養っているのでしょう。タイは母系社会であり、女性が両親を支えるという伝統があります。

 私にはそんな女性たちを非難することはできません。キレイ事の好きな人は、「貧しくても普通の仕事で頑張っている人もいるんだから売春はよくない」、などと言いますが、人にはそれぞれ事情があるのです。学歴のない地方出身のタイ女性は、バンコクなどの都会にでてきてもせいぜい日当が150バーツから180バーツ程度で、これは日本円にすると500円程度です。

 タイの地方の女性は結婚が早いですから、10代ですでに二人の子供がいるということも珍しくありません。(ちなみにタイの中流から上流階級の女性は日本人よりも初婚が遅いようです。ある中流階級の女性は、バンコクだけでみると、たぶん平均初婚年齢は30歳くらいだと言っていました。)さらにタイでは、自分の夫が他に女を見つけて家を出て行くということが当たり前のようにあり、日本のように慰謝料を払うような男性はほとんどいません。(私がタイのエイズ施設でお会いした女性患者さんの大半がこのパターンです。)

 タイにいても身体を売るしか生活する方法がないところに、日本人からうまい話をもちかけられて、というよりほとんど騙されて日本に不法滞在しているのが彼女らなのです。医師であれば、そんな彼女たちを救う立場にあるはずです。この開業医は、そんな彼女たちに売春をさせて自らは暴利をむさぼっていたというのですから、怒りを通り越してなんと言えばいいのかわかりません。

 ついでにもうひとつ述べておくと、日本に不法滞在しているタイ女性でHIV陽性の人は、タイではなく日本で感染しているという事実があります。これはタイで取材したときに分かったのですが、タイ女性を日本に斡旋しているブローカーは出国前に必ずHIVの検査をしています。検査でもれている女性もなかにはいるかもしれませんが、それでも大半は日本で感染しているのです。実際に私は、日本でHIVに感染し、現在はタイの施設に入居している患者さんを知っています。

 私はこの開業医に直接会ったことはありませんが、この開業医をよく知る医師を何人か知っています。ところが、誰もこの開業医を悪いように言わないのです。この理由は私には皆目見当がつきません。違法行為を行い、良心や道徳的観念のない人間がどうして他の医者から非難されないのでしょう?世間から見れば医師独特の考えがあるのでしょうか?今後、この問題についても追って行きたいと思います。ちなみにこの開業医は今も開業医として仕事を続けています。

 最近雑誌でみたケースをご紹介いたしましょう。これは医師が逮捕された事件ではなくて、東京に住む20代のある女性がある雑誌に投稿を寄せたものです。

 その女性は、女性誌の広告をみて都内のある美容外科クリニックを受診しました。院長の話によると、今ならキャンペーン中で、美容外科手術を安く受けられることに加え、そのクリニックが経営している美容学校にも入学することができて卒業後は美容の仕事が与えられるそうです。しかしその価格は合計で370万円。彼女には到底支払うことのできない金額でした。値段を聞いてしぶっている彼女に院長はすかさず言ったそうです。「じゃあ、特別に150万円にしてあげよう。」

 彼女は少しあやしいと思いながらも、これだけの値引きをくれるなら申し込まなければ損と考え、その場でカードローンにサインをしたそうです。

 翌日の夕方、院長の携帯電話に電話をするように言われていた彼女は、約束どおりに電話を入れました。院長は今から講義をするから指定の場所に来るように、と言ったそうです。院長の指示した場所に行くと、そこは学校とは到底思えない単なるワンルームマンションだったそうです。そして、そこで彼女はこの医師に強姦されました。

 ここでは雑誌の記事を簡単にまとめましたから、作り話のように聞こえますが、その記事ではここにまでいたる経緯が詳細に記載されており、私には作り話には思えませんでした。これが本当なら、この女性が被害届を出せば、この医師(本当に医師かどうかは疑わしいですが)には、強制わいせつ罪ではなく、強姦罪が適応されるはずです。

 わいせつ医師だけでなくわいせつ医大生というのもいます。

 1999年に報道された「慶応大学医学部集団レイプ事件」をご存知でしょうか。これは慶応大学医学部の学生4人が、そのうちのひとりが所有しているマンションに女性をつれこみ集団で強姦した事件です。しかもその様子をビデオカメラにおさめていたというのですから悪質極まりない事件です。

 当然、これら学生は全員退学となりましたが、このうちのひとりは数年後に、ある国立大学の医学部に入学したそうです。ということは、今頃はどこかの病院で医師として働いていることが予想されるわけです。

 私がわいせつ医師に対して最も問題だと思うのは、逮捕された医師に対する制裁が、せいぜい数ヶ月から数年の医業停止となるだけで、医師免許を剥奪されることがないという事実です。そして、これはあまり知られていないことですが、仮に医師免許を剥奪されたとしても、数年後には医師として復活することが現状のシステムでは可能なのです。これは医師免許を剥奪されたとしても、医師国家試験に合格したという事実は消えることがないという理由によるものです。

 実際、前回そして今回ご紹介した医師たちは、一定の謹慎期間を経た後、何事もなかったように医師として働いているのです。慶応大学を退学になってから国立大学に入学しなおした医大生には、何事もなかったかのように医師免許が与えられている可能性が強いのです。

 医事事故を起こす医師が社会的に制裁を受けるのは、事例によってはやむをえないと思いますが、それ以前に、まったく同情の余地のない「わいせつ医師」に対して、もっと厳しい処罰が与えられるべきではないでしょうか。

 ところで、ときどき一般の方から、「医者は女性の裸が見れるからいいですね~」と言われることがあります。

 これはとんでもない誤解で、実際に医療現場を少し経験すれば分かりますが、そんなものはよくもなんともありません。

 例えば、女性の胸を診察するときは、乳房のために、心音や呼吸音が聞きにくくなりますから、短時間で正確に診察をするためには、卑猥な気持ちで乳房を観察している暇などありません。性感染症の診察のときなどは、ほんの少しの皮膚の変化やおりものの正常、あるいは臭いなども確認しなければなりません。診察でみる女性器というのは例えばポルノ映画で見る女性器とはまったく違うものなのです。また、私は経験がありませんが、乳癌の専門医であれば乳房を触って診察をおこないます。これとてほんの少しの異常も見逃すことができませんから、男性として女性を見ることなどできないのです。

 「キレイな女性を診察するときはうれしいですか」と質問されることもありますが、これも答えは「NO」です。診察室では患者さんが入ってこられるときから診察が始まっています。患者さんの歩き方、表情、仕草などにも我々は注目しています。診察室のなかでは、街で女性を見るようには見られないのです。

 それにもうひとつ重要な問題があります。若い女性患者さんは、医師に対して容易に恋愛感情を持ってしまうことがあります。これを「転移」と言い、特に精神疾患を患っている患者さんに多いという特徴があります。私は学生時代に、「どうして精神科の先生は女性患者さんに冷たい態度をとるのだろう」と疑問に思っていたのですが、これは「転移」を予防するためだったのです。ベテランの精神科医は、恋愛感情を抱かせることなく巧みに患者さんの心を開かせることができます。この「転移」を防ぐためにも、我々は女性を女性と見てはいけないという暗黙のルールがあるのです。
 
 そろそろまとめに入りましょう。我々医師は『全員』、と言いたいところですが、ご紹介したようにとんでもないわいせつ医師がいるのも事実ですので、『ほとんどの医師』は女性患者さんに対して、わいせつな意識を持っていませんから安心して医師にかかってください。

 けどやっぱり、『ほとんどの医師』では説得力がないですね・・・。