メディカルエッセイ

44 人は何のために働くのか 2006/9/20

先日、生命保険を生前給付型のタイプに切り替えたので、その際に必要な健康診断を受けるために保険会社に行ってきました。

 健康診断をおこなうのはその生命保険会社に勤務する医師です。その医師はその生命保険会社の社員であり、仕事は健康診断がほとんどで、病院や診療所での一般診療はしていません。

 健康診断が終わった後、少し時間があったので、私はその医師に仕事のやりがいについて尋ねてみました。というのは、医師を志す時点で、「保険会社で健康診断をやりたい!」と言っている医学生や受験生は見たことがありませんし、私の周囲にはこのような仕事をしている医師がいないからです。

 その医師の回答はこういうものでした。
 
 「こんな仕事、誰にも薦められないよ。やりがいはまったくと言っていいほどないし、わりきってやらないとできないよ。実際、この会社にもときどき病院を辞めて就職する医者がいるけど、大半は一年足らずでやめていくしね・・・。ただ、給料は高くて、残業はなくて完全週休二日だし、有給休暇は取得できるし、夜中に呼び出されることもないし、プライベートの充実という観点から考えたら、これほどいい仕事もないという見方もできるんだよ・・・」

 おそらくこの医師のこの意見は本音だと思われます。たしかに、病院や診療所での勤務であれば、勤務時間は長くて、休みもあまりとれないですし、その上日々新しい医学の勉強をしなければなりませんし、論文を書いたり、学会発表をしたり、と時間がいくらあっても足りません。給料にしても、夜間や土日の勤務があるから他の仕事よりも高収入であるわけであって、時給換算すれば医師の仕事はそれほど割高ではありません。時給でみれば、おそらくこの保険会社の給与は、一般の医師の倍以上になるのではないかと思われます。

 社会には保険会社で勤務する医師も必要なわけですから、この仕事を非難するようなことはもちろんできませんし、人にはそれぞれ自身の考え方があるわけですから、こういう仕事についてとやかくいうことは誰にもできません。

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今度は、保険会社の医師とはある意味で対照的な、私の知る医師を紹介したいと思います。

 その医師はヨーロッパのある小国出身です。若い頃にある程度の貯金をし(ただし、ヨーロッパでは医師はそれほど高額所得者ではないため貯金といってもそんなに大金ではありません)、また家賃収入で月に5万円ほどの不労所得があることから、長期でタイに旅行に来ていました。

 その医師は以前からタイが好きで(私には「I "LOVE" Thailand.」と言っていました)、タイへの長期旅行は長年の夢だったそうです。その医師がタイを好きな理由は、物価が安いことと自然が美しいことだと言います。実際、その医師はタイに来てからしばらくは美しいビーチでのんびりと過ごしていたそうです。

 ところが、その医師に転機が訪れることになります。彼がタイに来たのは90年代後半だったのですが、当時のタイは今以上にエイズが大きな社会問題となっていました。家庭や社会から追い出され、行き場をなくした患者さんたちは行くあてもなく彷徨っていたのです。

 その医師は、そんなエイズの実情を目の当たりにし、「こんなにも困窮している人たちがいるのに、私はのんびりとビーチで過ごしていていいのだろうか・・・」という思いが次第に彼を苦しめるようになりました。

 そして、その医師は、ビーチサイドのまったりとした生活を捨てて、タイのある施設で、無給で医療ボランティアをおこなうことを決心したのです。彼が選んだその施設は、周囲には山と田畑しかない田舎で、美しいビーチからはほど遠い世界です。

 その医師は、現在もタイの困窮した患者さんのために、自らの身体も精神も捧げています。現在の月収は、母国での家賃収入の約5万円のみです。

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 「金のために働くんじゃない、なんていうのは単なるキレイ事だ」
 と言う人がいます。また、
 「儲かればどんな仕事だっておもしろくなる」
 と言う人もいます。

 果たして本当にそうでしょうか。

 アンドリュー・カーネギーという大富豪をご存知でしょうか。カーネギー財団、カーネギーホールという名前はきっと聞かれたことがあるでしょう。カーネギーは「鉄鋼王」として有名ですが、実は彼が大富豪になったのは若い頃から「投資」をおこなっていたからです。

 カーネギーは20代半ばですでに大富豪になっていましたが、33歳の頃にこんなメモを残しています。

 「人間は理想とする目標を持たねばならぬ。金儲けは最悪の目標である。富の崇拝ほど悪しき偶像崇拝はない」

 カーネギーは、若い時期から、儲けた富を社会に還元していくことを決めていたが故に、あれほどの成功をおさめることができたのではないかと、私には思えます。

 ヒルティというスイスの思想家がいます。彼は『幸福論』のなかで、次のようなことを言っています。

 「働いていない休息は、食欲のない食事と同じく楽しみのないものだ。最も愉快な、最も報いられることの多い、その上最も安価な、最もよい時間消費法は、常に仕事である」

 私は先に紹介したヨーロッパの医師の話を聞いて、この言葉を思い出しました。

 ここにご紹介した生命保険会社で働く医師とヨーロッパのボランティア医師のどちらがいいか、という議論には意味がありませんが、対照的ともいえるこのふたりの医師の姿を比べてみることは興味深いと言えましょう。

 最後にヒルティの言葉をもう少し紹介しておきましょう。彼は、『幸福論』のなかで、「生まれつき働き好きな人間などありはしない」、と言いながらも次のように述べています。

 人間の本性ははたらくようにできている・・・

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