はやりの病気

第48回 誤解だらけのHTLV-1感染症(後編) 2007/8/22

前回は、HTLV-1感染症が、ワクチンもなくウイルスを駆逐する方法もなく、このウイルスが引き起こす疾患はどれも大変な難病であり、さらに感染者は日本国内で120万人以上と極めて多いのにもかかわらず、世間からはほとんど注目されていないという話をしました。

 今回はこの注目度の低さの理由を考えていきましょう。

 1つは、このウイルスに感染しても必ずしも発症するわけではないということです。ATL(成人型T細胞白血病)の場合は感染者の約5%が、HAM(HTLV-1関連脊髄症)は感染者の0.2%が発症すると言われています。紅皮症や皮膚悪性リンパ腫については、私はデータを見たことがありませんが、おそらく数パーセント程度だと思われます。

 一方、同じレトロウイルスであるHIVの場合は、無治療の場合、感染してもエイズを発症しない人はおよそ300人に1人の割合でしか存在しません。

 しかし、この理由だけでHTLV-1の注目度の低さを説明できるでしょうか。たしかにHIVは(無治療の場合)99%以上の確率でいずれエイズを発症するのに対し、HTLV-1は90%以上の人がその生涯を無症状のまま過ごします。しかしながら、性交渉などで他人に感染させる可能性は常にあるわけですから、性交渉や出産の際に注意しなければならないという点についてはHIVと差があるわけではありません。
 
 私の個人的な意見を言えば、HTLV-1が注目されない最大の理由は、「感染者の地域的な偏り」です。

 理由は分かっていませんが、HTLV-1に感染している人の多数は、九州や四国の山間部、沖縄、近畿地方の山間部などに集中しています。このため、首都圏ではHTLV-1感染症を「風土病」ととらえています。実際、1991年に厚生省がまとめた報告書では、「地域差が大きいので国が全国一律に関与するより自治体の裁量に委ねるのが望ましい」として、国としてのHTLV-1への対策はほとんどおこなわれていません。

 HTLV-1感染症は、B型肝炎ウイルスやHIVと同じように性感染や血液感染の他、母子感染もありますから、本来は妊婦への抗体検査を実施すべきなのですが、現在妊婦検診が無料でおこなわれているのは、鹿児島県、宮崎県、長崎県の3県だけです。

 このように、HTLV-1に対する世間の関心が低いのは、世論やマスコミだけではなく、厚生労働省や地域の行政にも責任があるのです。

 しかしながら、HTLV-1陽性者の全員が地域に偏って居住しているわけではありません。今年の5月にHTLV-1関連の国際会議が神奈川県で開催され、その会議で、会議の組織委員長を務めた東京大学大学院の教授は、「首都圏でも20-30万人の感染者がおり、放置されているに等しい。国をあげての対策が必要」と訴えています。(報道は5月22日の毎日新聞)

 首都圏に20-30万人の感染者がいて、妊婦への抗体検査がおこなわれていないなら、若い世代の間にかなりHTLV-1陽性の人がいるはずです。そして、その若い人たちが性交渉などを通してウイルスを蔓延させている可能性もあるわけです。

 こう考えると、累計で1万3千人程度しか確認されていないHIVなどよりも、よほど感染の可能性が高いといえるでしょう。

 一方、行政が指揮をとる妊婦検診とは対象的に、献血では輸血に使う前にすべての血液に対してHTLV-1の抗体検査が実施されています。もちろん、HTLV-1だけでなく、前回冒頭で述べた他の感染症、すなわち、HIV、梅毒、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルスの検査もおこなわれています。

 ならば、献血で自分がこれら5つの感染症に罹患していないかを調べてしまえばいい・・・、そう考える方もおられるかもしれません。しかし、献血の目的は、「輸血が必要な患者さんに対して無償で自らの血液を献上する」というものであって、決して「自分の感染症の有無を確認する」というものではありませんし、そのような目的の献血はあってはならないことです。

 例えば、不特定多数の異性(もしくは同性)と性交渉があるような人の場合、あるいは注射針の使いまわしをしたことがある人や、(特に海外で)タトゥーを入れたことのあるような人の場合、検査目的で献血するなどという行為は許されるべきではありません。そんなことをすれば、輸血用の血液が準備されるまでにかなりの費用と時間がかかってしまい、輸血が必要な患者さんの命を縮めることになりかねません。(通常、献血された血液の感染症の抗体検査は、数十人分の血液をまとめておこない、そのなかで陽性反応がでればその数十人分の血液を分割して確認検査をおこない抗体陽性の血液を絞り込んでいきます。この作業にかなりの時間と費用が費やされます)

 私個人の意見を言えば、本来行政がこれら5つの感染症の検査を無料で保健所などでおこなえるようにすべきだと思うのですが、現時点ではHTLV-1も含めた抗体検査を誰もが無料で受けることのできる地域はありません。

 ならば自分の身は自分で守るしかありません。新しいパートナーができたときは、各自の責任で検査を受けるのが最も現実的な対処方法なのです。

 そのときに忘れてはならない大切なことがあります。

 もしも、あなた自身が、あるいはあなたの新しいパートナーが、HTLV-1を含む感染症に罹患していればどうするのか、という点について事前に話し合っておくということです。

 なんらかの感染症に罹患していることが分かった新しいカップルが、「では、私たちがお付き合いをするのはやめましょう」となるなら、検査を実施する我々医療従事者にしてみれば、「いったい、何のための検査なんだ・・・」となってしまいます。

 そうではなくて、なんらかの感染症に、あなたが、もしくはあなたのパートナーが感染しているのであれば、「その感染症に一緒に向き合っていこうね」という話を事前にしておくべきなのです。

 私の経験で言えば、このような話を事前にきちんとおこないカップルで検査をしにくるのは圧倒的に西洋人に多いという印象があります。

 愛情は感染症なんかに決して負けない・・・

 このことに気付く日本人がもっと増えることを切に願います・・・。