はやりの病気

第61回 舌の痛み~舌痛症~ 2008/9/22

それは私が入院していた頃の話・・・。

 交通事故で首から腕の激しい痛みや手のしびれに悩まされ入院生活を余儀なくされた私は、毎日夕方になると決まって舌にピリピリとした痛みを感じていました。

 この痛みは、最初は誤って噛んでしまったのかな・・・と思って鏡を見てみてもまったくそのような傷がありません。また「できもの」のようなものもありません。かといって"気のせい"というものでもなく、はっきりとしたピリピリとする痛みがあるのです。その痛みが気になって本を読むこともできません。

 しかし夕食時には、少なくとも夕食を食べているときにはあまり痛みを感じずに、食事に苦労することはありませんでした。そしてこの痛みは夜寝る前にも出現します。ただ、その痛みで寝られないかというとそういうわけでもありません。

 その痛みは毎日だいたい決まった時間に出現します。"激痛"というわけではありませんし「その痛みが気になって・・・」という以外は日常生活に影響することもありません。

 この症状はいったい何なんだ・・・。当時私は医師になったばかりの研修医でしたから、乏しい医学の知識をフル動員して考えましたが、この痛みに該当する病気の名前が見当たりません。

 やがて、この痛みは「舌痛症」であることを知りました。(私の記憶の限りでは、6年間の医学教育では舌痛症について学びませんでした)

 舌痛症とは、「外見上の異常がなく、また貧血や感染症といった原因があるわけでもない痛み」のことで、心身症のひとつとして位置づけられることもある原因不明の舌の痛みです。

 詳しい教科書を見てみると、「舌痛症は50~70歳代の女性に多く男性には少ない」と書かれていますが、30代の私に出現したというわけです。

 不思議なもので、入院中あれほど気になっていた舌の痛みは、退院後しばらくすると完全に治りました。そして6年以上たった今でも一度も再発していません。今考えると、入院中の不安から起こった心身症だったのかな・・・という気がします。

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 さて、すてらめいとクリニックを受診する患者さんのなかにも、けっこう舌の痛みを訴える人がいます。医師が患者さんから「舌が痛い」という症状を聞いたときに、最初に舌痛症を疑うというようなことは普通はしません。

 まずは、よく観察して傷や炎症、腫瘤がないかどうかを確認し、さらに口腔内の他の部位に炎症や異常所見がないかを確認します。もしも舌苔が多ければ、顕微鏡でカンジダの有無を確認します。さらに、唾液が充分にでているか、口腔や口唇に他の症状が出現していないか、などについても問診をおこないます。必要があれば血液検査をおこなうこともあります。

 舌の痛みを呈する病気には、舌痛症以外にも、腫瘍(癌)、ヘルペスやカンジダといった感染症、ドライマウスに伴うもの、亜鉛不足、貧血、膠原病などもあるからで、これらを見逃して安易に舌痛症という診断をつけるようなことはあってはならないからです。

 教科書には「50~70代の女性に多く・・・」と書かれていますが、すてらめいとクリニックを受診する患者さんだけでみてみると、舌痛症が女性の方が多いのは間違いないとしても、20代の女性や30代の男性にも珍しくはありません。そして、全員ではないものの、大多数の患者さんがなんらかの"不安"を抱えています。特に多いのが「癌になったのではないか」という不安、そしてもうひとつが「感染症に対する不安」です。

 よくよく問診してみると、知人や親戚が「舌癌になって・・・」というケースがありますし、なかには「エイズのひとつの症状として舌に痛みがでてきたのではないかと思って・・・」というものもあります。こういったケースでは、癌やエイズでないことを説明すると、それだけで数日後には軽快する場合もあります。

 やっかいなのは、特に具体的な不安をもたらす要因があるわけではないけれど漠然とした不安感や抑うつ感のある場合です。こういうケースでは、心配の種となっている原因が分からないために治療もむつかしいことが少なくありません。

 症例によっては、抗うつ薬や抗不安薬を使用するとよくなる場合もありますが、一時的に改善しても再発することもあります。また、漢方薬を使うケースもありますが、この場合、「どんな舌痛症もこの漢方薬で劇的に治る」というものはなく、その患者さんの他の症状や(東洋医学的な)体質を診察した上で、適切な漢方薬を選ぶことになります。

 長引くときは長引く舌痛症ですが、月に1~2度程度通院してもらっていくつかの薬を試しているうちに大多数の患者さんは治癒します。(薬が効いたのか、自然に治ったのか区別がつかないこともありますが・・・)

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 舌痛症という病気は、明らかな痛みはあるものの、確定させる検査もなければ、医師によって処方する薬が違うことも多々ありますし、患者さんサイドからみればときにたいへんやっかいな病気にうつることがあると思います。

 もしも舌に痛みを感じたときは、それでも医療機関を受診するようにすべきです。もしも原因がカンジダやヘルペスといった感染症であれば病原体をやっつけることによって症状は消えますし、亜鉛不足や貧血があるなら飲み薬やサプリメントで治ることもあります。

 また自分自身では気づいていないけれども、社会的あるいは精神的に不安要因があってそれが原因で舌痛症が生じている場合もあります。この場合、医師と話をするだけでも症状がとれることがあります。

 もともと何らかの不安があって、舌痛症が出現し、その舌の痛みがさらに不安を大きくして・・・、といった悪循環に陥らないためにも早めの受診が有効だというわけです。