メディカルエッセイ

62 不合理な医療業界の流通システム 2008/3/21

4月からの保険点数改正で、「病院やクリニックの経営が危機的になる」とか「医師は仕事量に見合う報酬が得られていないのにさらに給与が下がる」、などと言われていますが、全体では0.43%の増加となっています。この数字はもちろん全体での数字であって、多くのクリニックでは収益が下がると見込まれています。

 国自体が巨額の赤字を抱えているわけであり、収益が悪化している会社や給料が下がっている会社員も少なくないでしょうから、医療従事者だけが「仕事を正当に評価してほしい」というのはスジが通らないかもしれません。

 私自身は、自分の本にも書いたように「医師の給与を半分にして数を倍にすべき」という考えをもっていて、さらに「医師は開業医も含めて給与の決まった公務員的な職種にすべき」という意見をもっています。医師の給与が固定であれば、レセプト請求に伴う社会全体での業務時間と人件費が大幅に削減できるからです。(レセプト請求業務の不合理さについては、マンスリーレポート2007年7月号 -私の一番キライな仕事- を参照ください)

 今回は、それ以外に見直すべきと私が考えている医療業界の"不合理"についてお話したいと思います。

 それは、医薬品の流通システムに伴う不合理です。

 病院やクリニックが必要な薬剤を仕入れるとき、直接メーカーから仕入れることは現在の日本ではできません。例をあげて説明しましょう。

 例えば、製薬会社であるX社がYという新しい薬剤を発売したとしましょう。クリニックがYを仕入れたいときに、直接X社に見積もり依頼をすることはできません。

 クリニックは、まずX社と取引のある卸業者に見積もり依頼をします。通常どこのクリニックも3~5社程度の卸業者と取引をしています。例えば、卸業者のA社、B社、C社の3社にYの見積もり依頼を出します。すると、A、B、Cの3社はクリニックに対するYの価格を提示してきます。クリニックでは、これらから最も条件のよい卸業者に対してYを発注します。

 この作業がどれだけ手間がかかるかお分かりでしょうか。

 まず、A,B、Cの3社が見積もり価格を出すまで待たないといけません。さらに、他のビジネスと同じように、いったん提示された見積もり価格を参照して、必要に応じて値引き交渉をしなければなりません。ほとんどの薬剤は粗利額が数パーセント未満ですから、在庫リスクや仕入れに伴う手間を考えるとすでに赤字です。値引き交渉はいかに赤字を減らすかがポイントになります。

 このような手続きを経てようやく薬剤の処方がおこなえるようになります。新たに処方を開始した薬の場合、どの程度効果があるか、副作用がでないかについて充分に注意していく必要があります。そして、充分に効果が期待でき、使いやすい薬であると判断すれば、さらに仕入れ量を増やすことになります。しかし、大量に仕入れるとそれだけ在庫リスクが増えますから、「これだけ購入するからもう少し値引きをしてほしい」といった交渉を卸業者に対しておこなわなければなりません。これも大変な手間になります。

 手間はまだあります。だいたいどの薬も発売開始から10年程度経過すれば、後発薬品(ジェネリック薬品)が発売されます。薬にもよりますが、だいたい後発薬品は10社以上から発売されます。すると、今度は、その後発薬品の会社を調査して、信頼できる後発薬品メーカーの見積もりをとります。この場合も、直接後発薬品メーカーに対して見積もり依頼をするのではなく、やはり卸業者のA、B、C社に対して依頼をすることになります。

 しかし、後発薬品メーカーM社の薬は、A社では取り扱っているが、B社では取り扱いがないといった場合がよくあります。B社としては、後発薬品メーカーはM社ではなく、N社のものなら扱っているとします。すると、クリニックでは、M社とN社を比較検討して、いったんサンプルを入手して、さらに値引き交渉などをおこなうことになります。

 これらの業務にどれだけ手間がかかるかお分かりいただけるでしょうか。上の例では、卸業者をA、B,Cの3社、後発薬品メーカーをM、Nの2社として話をすすめていますが、実際には卸業者の数も後発薬品メーカーの数もこれよりも多く、見積もりから仕入れにはもっともっと複雑な手間がかかります。

 もしもこれらの手間を省けるとしたらどうなるでしょうか。要するに、卸業者の存在をなくせばどうなるでしょう。

 クリニックでは、必要な薬剤を直接製薬会社に見積もり依頼をすることになります。見積もりを依頼するのが1社だけになるわけですから、上に述べた手間は数分の1になります。さらに、「たくさん買うから値引きしてください」といった交渉も直接おこなうことができますから話が早くなります。現在のシステムでは、値引き交渉も、クリニック→卸業者→製薬会社→卸業者→クリニックという流れで連絡していかなければなりません。

 もしもこのようにクリニックが製薬会社と直接交渉できるようになると手間が大幅に削減できて、クリニックでの仕入れ担当者の負担が一気に減ります。その結果、スタッフの勤務時間が減り人件費を削減できることになるでしょう。

 もちろん、クリニックが直接製薬会社から購入することによって薬の仕入れ価格も下がるはずです。現在の流通システムでは、なぜか必ず卸業者の担当者が直接薬をクリニックに持ってきますが、クリニックとしては製薬会社から直接宅配便で送ってもらっても何ら問題はないわけです。

 もしもクリニックがFAXもしくはインターネットを通じて医薬品を直接メーカーから仕入れることができるようになり、さらに宅配便を利用すれば、かなり効率的な仕入れができるはずです。

 そして、ここからが重要なことですが、これが実施できるとクリニックの医薬品での利益がでるはずです。しかし、私は「クリニックに儲けさせて!」と言っているわけではありません。こうすることによって捻出される利益を医療費の削減にあてればいいのではないかと思うのです。

 クリニックとしては仕入れ業務に伴う作業が大きく減りますから、人件費の削減ができて、さらに薬の価格を下げることによって医療費が削減できて、そして患者さんの薬代が大きく減少するのです!

 これほどの名案もないと思うのですがいかがでしょう。私がここで言っているのは極めて単純なことなので、おそらく多くの人が日々感じているに違いありません。

 にもかかわらず、誰も発言しないのは、既存の卸業者を守らなければならない何らかの理由があるからなのでしょうか・・・。