メディカルエッセイ

63 カルテの読み方、お教えします。 2008/4/28

「カルテ開示」という言葉がすでに一般的になっているように思われます。

 すてらめいとクリニックでも、「カルテのコピーがほしい」という人が少なくありませんし、他院でのカルテのコピーを持参される方もおられます。

 カルテのコピーが必要な理由も人それぞれで、単に「受診した記念に持っておきたい」という人、「自分の病気が治ったことを他人に示したい」という人、進学や転勤で遠くに行くため「新しいクリニックで見せるためにほしい」という人もいます。

 患者さんからの要望にすぐに応えられるように、私はできるだけ分かりやすく日本語で書いているつもりですが、それでも患者さんにとってみれば分かりづらい表現や略語があると思われます。

 今回は、日頃患者さんからよく聞かれる「カルテ用語」、さらに「カルテの読み方」について解説したいと思います。

 医師にとって「カルテを書く」というのは重要な仕事のひとつで、手をぬくわけにはいきません。カルテは「公文書」の扱いとなり、ときに裁判に使われることもあります。したがって、いい加減なことや虚偽は絶対に書けないのです。「カルテの読み方」に入る前に、まずは「カルテは大変重要な公文書である」ということを確認しておきたいと思います。

 カルテは大変重要なものですから、当然、医学部を卒業するまでにカルテの記載の仕方についても学びます。ただ、正しいとされる「カルテの書き方」は私が学生の頃から比べると随分変わってきているように思えます。

 特に顕著なのが、「カルテは日本語で書かなければならない」というルールです。私がまだ学生の頃は、「カルテは英語で書く方がよい」などと言われており、さらに「英語は医学の世界共通語」などとも言われていました。その言葉を真に受けていた私は、医師になってからしばらくの間は英語でカルテを書いていました。

 ところが、です。医師2年目のときに病棟の看護師長に、「英語でカルテを書くと患者さんに見せるときに分かりづらいから日本語で書き直すように」と言われました。私としては、「これまで英語で書くように言われ、突然英語はダメと言われるなんて、話が違う・・・」という思いもありましたが、ちょうど「カルテ開示」が一般的になりだした時期ということもあり、その看護師長の指示に従うことにしました。それ以降は、私は原則としてカルテは日本語で記載するようにしています。

 「カルテは日本語で書くべきものなんですよ」と患者さんに言うと、「カルテは英語かドイツ語だと思っていました」と言われることがあります。たしかに、以前は英語だけでなくドイツ語でカルテを記載していた時代もあったそうです。

 実際、その名残は今でも残っており、カルテ用語の一部はドイツ語由来のものもあります。私はドイツ語が苦手ということもあり、そういうカルテを読むと私自身が理解できないこともあります。

 カルテに記載しなければならないことは非常にたくさんあります。患者さんの訴え、診察して得られる所見、血液検査や画像検査の結果、これまでにどんな病気をしていてどんな薬を飲んでいるか、薬にアレルギーはないか、妊娠していないか・・・、など非常にたくさんの事項を記録に残さなければなりません。もちろん、病名や処方する薬などについても記載が必要です。

 これらを系統だてて記載するために、現在最も一般的な記載方式は、「SOAP」と呼ばれるものです。Sはsubjective symptom(自覚症状=患者さんの訴え)、Oはobjective symptom(他覚症状=診察で得られる所見)、AはAssessment(評価、病名など)、Pはplan(治療計画)です。

 例えば、胃の痛みを訴えて受診したケースで、診察の結果、胃十二指腸潰瘍の疑いがあった場合、

S) 数ヶ月前から胃が痛い。痛みは食前に顕著で食後ましになる。
O) 腹部触診で心窩部(胃と十二指腸あたりの部位)に圧痛。眼瞼結膜に貧血の所見はない。
A) 胃・十二指腸潰瘍の疑い
P) 胃カメラを予約。同時に胃粘膜保護剤と胃酸分泌抑制薬を処方。

 といった具合です。実際は、もっとたくさんの情報を記載しますし、血圧や体温のデータや、これまでにかかった病気などの情報もあわせて書きます。

 患者さんがカルテをみたときに分からないと思われるものにカルテ独特の略語があります。できるだけ日本語でカルテを書くことをこころがけている私も、略語についてはアルファベット表記を使っています。本当はすべて日本語で書くべきだとは思うのですが、記載にとられる時間を短縮するために現実的にはある程度は略語を使わざるを得ないのです。よく使われる略語を少し紹介すると、

 BP=血圧(blood pressure)、PR=脈拍数(pulse rate)、CBC=血算(count of blood cell, 赤血球や白血球の値)、div=点滴(dripping intravenous injection)、im=筋肉注射(intramuscular injection)、Rp=処方(recipe)、などです。

 医学英語はラテン語由来のものが多く、上に紹介したdivやim、Rpなどもそうです。

 ドイツ語の好きな医療従事者がよく使う略語にKTというのがあります。これはKörpertemperatuの略で「体温」の意味です。私は英語でBT(blood temperature)と書きますが、ドイツ語の好きな医療従事者はKTを使います。また、HrというのはHarunの略で尿のことですが、これも私は「尿」と書くか、英語で「urine」もしくは「Ur」とする方が好きですが、ドイツ語の好きな人は「Hr」と書きます。

 血圧はドイツ語でBlutdruckといい、略語は「BD」になりますが、医療従事者のなかには、血圧を「BP」と英語で書き、尿を「Hr」とドイツ語で書く人もいて、こうなると、英語・ドイツ語・日本語のちゃんぽんとなり大変奇妙なものになってしまいます。これでは患者さんが分からないのも無理もないでしょう。

 カルテ記載で最も頻繁に使われる略語のひとつに「do」というものがあります。

 「do」というのは英語の「ditto」の略で、意味は「(前回と)同じ」です。前回と同じ点滴をおこなうときには、「div: do」と書きます。「ditto」のような短い単語をわざわざ略す必要もないのでは、と感じられますし、私自身は個人的に英語の書類(申込書など)で「ditto」とすべきところを「do」と書いたことはないので、「do」より「ditto」と書くことが多いのですが、不思議なもので「ditto」と書いている私以外の医療従事者をみたことがありません。(さらに、ほとんどの医療従事者は、これを「ドゥー」と発音します。書いたときはdittoよりdoの方が短いのは理解できるとしても、発音するときは「ditto」でいいじゃないか!、と私はいまだにこれに違和感を覚えますが、私以外の医療従事者は抵抗がないようなので私が変わり者なのかもしれません・・・)

 今回紹介した略語は、日頃頻繁に使われるもののなかのごく一部です。おそらくほとんどの人は医療従事者の書くカルテのすべては理解できないでしょう。自分のカルテのコピーをもらって分からない略語があれば遠慮なく質問するようにしましょう。


注:多くの医療機関ではカルテを診察室で開示するのは無料ですが、コピーをお渡しするときは有料になります。すてらめいとクリニックではカルテのコピーをお渡しする場合630円をいただいています。