はやりの病気

第69回 疑問だらけの新型インフルエンザ 2009/5/22

2008年12月某日、シドニー。国際犯罪組織がバックについているX社の極秘研究室で、世界中から集められた研究者らのプロジェクトチームが新たなウイルスの製造に成功した。新たなウイルスといってもまったくの新種ではない。従来のインフルエンザウイルスを研究室で遺伝子の一部を変異させてできたものだ。この新型ウイルスの増殖には豚が利用された。当初は鳥を使って研究がおこなわれていたが、鳥よりも豚の方が毒性が弱いものができることが分かったからだ。毒性の強いウイルスなら、早期に発見され蔓延する前に水際で止められてしまう可能性が高い。しかし、それほど毒性の強くないウイルスなら、世間が気づいたときにはすでに大規模な広がりをみせていて誰にも止められない段階にまで達していることが予想される。世界中がパニックになるだろう。特効薬であるタミフルとリレンザはすぐに品切れとなるはずだ。そのときにX社がすでに開発に成功しているタミフルとリレンザのコピー品を高値で大量に販売することが計画されているのである。X社の研究室で製造された新型ウイルスは、X社の幹部数人が世界中に持ち出した。ひとりはメキシコに、ひとりはアメリカに、そしてひとりは日本に向かった・・・。

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 安物のSF小説のようなこの文章は私がつくったフィクションですが、新型インフルエンザが連日新聞の一面で報道されるようになり世界中でパニックに近い状態になっているのは現実です。

 私のフィクションに述べたような「ウイルスが人為的に製造された」という噂も世界各国で流れているようですし、公的な立場にいる人までもがそのような発言をして物議をかもしています。

 例えば、インドネシアのスパリ保健相は「新型のウイルスは遺伝子操作された可能性もある」などと表明していますし、オーストラリアの研究者は、「新型ウイルスは人為的なミスで発生した可能性がある」との説を主張し、これを受けたWHO(世界保健機関)は各国の保健当局に調査を依頼する事態にまで発展しました。

 今のところ、「新型ウイルスが人為的につくられた」という説については、WHOは否定しているようですが、これほどの世界規模でのパニックとなるとこのような噂がでてくるのも無理はないでしょう。

 さて、5月20日の時点で日本の新型インフルエンザ感染者は210人で、これは世界第4位になります。1位アメリカ(5,469人)、2位メキシコ(3,648人)、3位カナダ(496人)までは、メキシコが流行の発端になったことと地理を考えれば容易に納得できますが、4位の日本、さらに5位スペイン(107人)、6位イギリス(102人)は、どのように大流行したのか、現時点では説明がついていません。日本の例で言えば、メキシコで発生した新型インフルエンザウイルスが人から人に伝播し、海を越えて神戸で蔓延したとするには、海外渡航歴のない生徒の間で流行している説明がつかないのです。(これから解明される可能性はありますが)

 また、スペインやイギリスでもそれは同様で、メキシコでの発生を受けて各国が空港や港で対策を立てていましたから、なぜ海外渡航のない人の間で新型インフルエンザが流行しているのかが現時点では皆目分からないのです。

 新型インフルエンザがどのように発生し、どのような経路で広がりを見せたかについては現時点では詳細不明と言わざるを得ませんが、この新型ウイルスにはまだまだ不明な点があります。

 毒性は実際のところはどれほどのものなのか、という点もよく分かりません。

 当初メキシコで流行をみせたとき、死亡者が多数出ているという報道がされましたが、これを受けたマスコミの中には、メキシコの医療レベルが高くないことを引き合いに出し、医療費の高さから貧しい人(メキシコの人は大半が低所得者です)が医療機関を受診するのが遅くなり、受診が遅れたから死亡にまで至ったのではないか、との意見を述べる人もいました。

 また、日本の関係者のなかにも、「従来の季節性インフルエンザでも高齢者や何か病気をもともと持っている人が罹患すると死亡することは珍しくない」ということを述べた上で、新型インフルエンザの毒性が本当に強いのかを疑問視する人もいました。たしかに、日本でも毎年(従来の)インフルエンザが原因で1万人前後が死亡しているのは事実です。

 しかしながら、4月末にメキシコが発表した情報では、感染者の大半が比較的若い年齢層で、小児や高齢者の感染確認例はほとんどありません。また、日本の感染者をみてみてもほとんどが若い世代です。

 メキシコの発表をもう少し詳しくみてみると、5月7日時点で感染者が1,024人、死者は44人で、死亡率は3.7%にもなります。(日本の従来のインフルエンザウイルスによる死亡率は0.05%程度です) 

 死亡者の年齢層をみてみると、42人のうち、16人が20~29歳、9人が30~39歳で、20代と30代で半数以上を占めています。いくら従来のインフルエンザでも死亡は珍しくないとはいえ、それらは大半が高齢者であったり、他の病気を抱えていて免疫力が低下していたりするような人の場合です。

 死亡率が3.7%、死亡者の大半が若い世代であることを考えると、従来の季節性インフルエンザとはまったく異なることになります。メキシコの医療情勢が日本とは異なるとは言え、それほど病院に行く機会のないと思われる若い世代の間では日本とメキシコでそれほど事情が違うとは思えません。

 今のところ、日本では死亡者が出ていませんし、ほぼ全員が重症化することなく回復しているようですが、まだまだ予断は許せないのではないでしょうか。

 新型インフルエンザの症状が、従来のインフルエンザのものと異なっていることも注目に値すべきかと思われます。

 5月13日のNew York Timesによりますと、新型インフルエンザ罹患者のおよそ3分の1が発熱をきたしていません。また、患者の12%が激しい下痢をおこしているようです。従来、我々医師がインフルエンザを疑うのは、高熱と激しい倦怠感があるときです。熱がなく、主症状が下痢であれば、よほど気をつけていないとインフルエンザを見逃してしまいます。

 新型インフルエンザについては現在のところ、どのように発生して広がったかが解明されておらず、今のところ国内では重症者はでていないとは言えメキシコの実情を考えると予断が許されない状況が続いており、また症状については従来のインフルエンザとは異なる場合も多々あるわけです。

 当分の間、新型インフルエンザについて充分な注意が必要となるでしょう。