メディカルエッセイ

72 都心の医療過疎とコンビニの薬 2009/1/23

医師をしているとマスコミからの取材を受けることがしばしばあります。私の場合、都心部でプライマリケアをしていること、HIV/AIDSに関するNPO法人GINA(ジーナ)の代表をしていること、医学部受験の本を出版していること、最近クリニックを医療法人にしたこと、などについて聞かれることが多いのですが、最近取材に来るマスコミの人々がよく口にされる言葉に「都心の医療過疎」というものがあります。

 これは、医師が不足しているのは何も僻地に限られたことではなく、都心に住んでいても簡単にかかれる医療機関はそれほど多くなく、そのためいざ医師にかかろうとしたときに病院を探すのに大変苦労することが多いというものです。

 「都心の医療過疎」という言葉があらためてクローズアップされるようになったのは、おそらく墨東病院の妊婦死亡が報じられたことがきっかけだと思われます。この事件は、2008年10月4日、東京都内の36歳の妊婦さんが、7つの病院に受け入れを断られ、一度受け入れを断った都立墨東病院に最終的に搬送され手術を受けたものの結果として死亡したというものです。

 大都会東京に住んでいながら、救急搬送を受け入れてくれる病院がなかなか見つからないというのは大きな問題です。この最大の理由が絶対的な医師不足です。

 そして、医師不足による「都心の医療過疎」というのはもっと身近なところにも存在します。

 昨年末からインフルエンザを含めて様々な風邪がはやっていて、今年(2009年)になり高熱や喉の痛みを訴える患者さんが急激に増えています。特にインフルエンザは深刻で、全国各地で警報が出されたり、学級閉鎖に追い込まれたりしています。

 太融寺町谷口医院は、大阪市北区の都心部にあり、日中なんとか仕事をがんばり通し、仕事が終わってから風邪症状で受診される会社員の方が大勢おられます。そして、あまりにも大勢の患者さんが来られますから待ち時間が大変長くなります。特に午後7時以降は、日にもよりますが風邪症状の患者さんでいっぱいになることもあります。

 しんどい思いをしてなんとかクリニックまでたどり着いてそこで2時間待ち、なんてこともあります。そんなとき、我々は他の医療機関を受診できないか調べるようにしていますが、こういう日はたいがいどこの病院・クリニックに問い合わせても、「うちも2時間以上の待ちです」、と言われることがほとんどです。

 これが日本の都心部の医療情勢の現実なのです。もちろん、日本全体でみたときには、よく指摘されるように産科や小児科、また僻地での医師不足の方が深刻なのは間違いないでしょう。しかしながら、都心部についても程度の差はあったとしても医師不足で患者さんが気軽に医療機関を受診できないという現実があるのです。

 私が特に医師不足を実感するのは、午後7時以降と土曜日の午後です。(太融寺町谷口医院は、日曜日は診察していませんので日曜日のことはよく分かりませんがおそらく状況は同じだと思われます)

 大阪市北区で言えば、午後7時以降と土曜日にあいている医療機関が極めて少なく、この時間帯に診察を希望する人のニーズにまったく応えることができていないのです。

 ところで、2009年4月から薬事法が改正され、これまで薬局やドラッグストアでのみ売られていた薬が、スーパーやコンビニ、電気量販店などでも販売できるようになります。これまではこういった薬を扱うのには薬剤師を置かなければなりませんでしたが、4月からは薬剤師も不要になります。(ただし一部の薬の取り扱いについては従来どおり薬剤師を置かなければなりません)

 薬がどこででも買えるようになるだけではありません。これまでどこの薬局でも価格が同じものであった薬も、安売りができるようになります。

 これは、一般の方々からすると"朗報"でしょう。これまで薬局でしか売っていなかった薬がスーパーやコンビにで、しかも安く買えるわけですから。

 これに対し医療者のなかにはこの薬事法改正を疑問視する人がいます。「患者側の判断で薬を買って、副作用がでたり余計に症状が悪化したりしたときにどうするんだ。初めから医療機関を受診していればそのようなことにはならなかったのに・・・」、というふうに考えるのです。

 たしかにこれは一理あって、例えば水虫と思い込んで薬局で自分自身の判断で水虫の薬を買って余計に悪くなったから医療機関を受診したという患者さんがときどきおられます。足の痒みや皮疹は水虫とは限りません。水虫の薬を付けたがために余計に症状が悪化したり、その薬でかぶれたり、その薬をぬっているせいで診断がつくのが遅れたり、といったことはときどきあります。

 こういうことがしばしばありますから、薬はできるだけ病院で処方すべきという医療者側の考えも合理的なのですが、それでも患者側の立場からみれば、「どこの病院に行っても長時間待たされるじゃないか。それに薬だけでみればたしかに保険が使えて安いけども、診察代や検査代などで結局高いお金がかかるじゃないか」、ということになります。実際、治療費が高いという理由で医療機関を受診するのを控えたという人が4割にものぼるという調査もあります。(詳細は、医療ニュース2008年12月28日「「医療費が高いから受診を控えた」が4割以上! 」)

 医療費については様々な角度からの検討が必要ですが、仮に医療費がもっと安くなるとして、医師が増えれば(ただし大幅に増やさなければなりませんが)少なくとも待ち時間の長さや開いている医療機関が少なすぎるという問題は解決します。スーパーやコンビニに行く気軽さで医療機関を受診、というのはいきすぎですが、夜間でも土日でも近くに開いている医療機関があれば、副作用のリスクをおかしてスーパーやコンビニで薬を買おうとする人はそれほど多くはないでしょう。近くに気軽に受診できる医療機関があり、しかもそれほど待たされないなら、まずは医師の診断で正しい診断をつけてもらって、適切な量の適切な薬を適切な期間処方してもらおう、と考える人が増えるでしょう。

 ただし、医療機関の数を増やし医師数を増やすといっても、今から新たに医師の養成を開始したとすると医学部入学から考えて10年以上の月日は必要です。また、その財源をどうするのだという問題もあります。ただでさえ高い医療費が、増加する医師をまかなうためにさらに高くなってしまい、結果として医療費の高さから医療機関を受診する人が減るようなことになれば本末転倒になってしまいます。

 けれども、そうは言っても現在の医師不足は相当深刻です。せめて多くの方が医師という職業を目指してもらえたらなと切に願います・・・。