はやりの病気

第78回 アトピービジネスとステロイドの誤解 2010/2/20

 2010年1月13日、アトピー性皮膚炎を患っていた福岡県の生後7ヶ月の長男が両親から適切な治療を受けさせてもらえずに死亡したという痛ましい事故が起こりました。

 この両親はある宗教団体の職員で、その団体が提唱する「浄霊」という患部に手をかざす行為でアトピーを治そうとしていたそうです。この男児はアトピーから感染症を併発し、最終的には敗血症(細菌が全身に波及した状態)となり死亡したと報道されています。

 この両親は、マスコミの取材に対し、「信仰を重んじて病院へ行かなかった。子供を見殺しにしてしまった。人間本来の自然治癒力で良くなると信じていた。後悔している」と供述しているそうです。(2010年1月14日の読売新聞)

 この宗教に問題があるのは明らかですが、私はこのニュースを聞いたときにまず感じたことは「ステロイド外用を中心とするアトピーの標準的な治療法に対する誤解はまだまだ根強いんだな・・・」というものです。

 最近は少し改善してきていますが、1980年代後半くらいからステロイドに対する誤解がはびこるようになり、医療機関で標準的な治療を受けることを拒否する患者さん(小児の場合は治療を受けさせることを拒否する親)が増えだしました。

 90年代前半にはある報道番組の人気キャスターが、堂々とテレビでステロイドに対する誤解を増長させるような発言をおこない、これが全国に波及しました。その結果、その直後からアトピー性皮膚炎が重症化し入院せざるをえなくなった小児が急増したと言われています。

 その後次々とアトピーが治ると謳った高額な化粧品、水(温泉水、酸性水、深海水など)、エステ、健康食品などが登場し、「アトピービジネス」という言葉が誕生しました。この背景には、標準的治療法であるステロイド外用剤に対する根強い誤解と偏見があります。(その意味で、テレビで堂々とステロイドが毒であるかのような発言をおこない、一般市民にステロイド恐怖を植え付けた先に述べたキャスターの罪は決して小さくない、と私は考えています)

 もちろん「アトピービジネス」でアトピーが治れば何の問題もありませんが、実際にはほとんど治らないどころかむしろ悪化させているケースも少なくありません。(ときどき治ったという報告もありますが、自然治癒したのかその治療で治ったのかの検証ができていません。もしもそのアトピービジネスで治るのなら、その後は「ビジネス」ではなく「標準的治療」として取り上げられるはずです)

 ステロイド恐怖を植えつけられた患者さんたちは、わらにもすがる思いで"奇跡の治療薬"を入手しようとします。最近話題になった事件としては、2009年3月に奈良県の化粧品販売会社が中国から仕入れた「がいようクリーム」というクリームに極めて強いステロイドが使われていたというものがありました。奈良県によりますと、ステロイドを使いたくないアトピーの患者さんが、"保湿クリーム"としてこの強力ステロイド入りクリームを使用していたそうです。

 医療の現場では顔面には絶対に使わないような強いステロイドが入っているクリームが「ステロイドが入っていないアトピーに効く奇跡のクリーム」として中国から輸入されるという事件はこれまでもときどき起こっています。これらが発覚するまでには相当の時間がかかるでしょうから、実際には強いステロイドが入っているとは気づかずに怪しげなクリームを使用している人は今も大勢いるのかもしれません。

 さて、ではなぜこのようにステロイドには大きな誤解があるのでしょうか。例えば、細菌感染に対する抗生物質のように、数日間の投薬でほとんどが完治するような治療法であれば、アトピーに対するステロイドがこのように誤解されることもないでしょう。

 アトピーの場合、慢性疾患であることと、再び増悪することがあること、ステロイド外用の方法を必ずしも患者さんが適切におこなえていないこと(もちろんこの責任は説明不足の医師にありますが)などが、ステロイドの誤解の原因ではないかと私は考えています。

 「アトピーは完治しますよ」と患者さんに言ったときに、びっくりされることが多いのですが、アトピー性皮膚炎という病は、じっくりと向き合い適切な治療をおこなえば治らない病気ではありません。私の言葉で言えば、ステロイドが怖いのは、その副作用が怖いのではなく、「適切に使わないことによる弊害が怖い」のです。

 患者さんが適切にステロイド外用を使ったとして、1~2週間で改善しないケースはほとんどありません。そして、(ここからが肝腎なのですが)、その後は保湿剤のみ(あるいは抗アレルギー剤の内服と併用)、もしくはごく弱いステロイドを必要時のみ使い、そして、ある程度の生活習慣の見直しをしてもらえれば、ほとんどがほぼ治癒した状態になります。

 「生活習慣の見直し」といっても、仕事を変えなければならないとか引越しをしなければならないとか、そういうものではありません。また、ストレスを避けましょう、といった、もっともらしいけども実際には何をしていいか分からないようなものでもありません。アトピー性皮膚炎に必要な生活習慣の見直しとは、例えば入浴は朝ではなく就寝前におこない汗をながす(特別な石ケンを使う必要はありません)とか、寝室の環境を整えて就寝時に汗をかかないようにするとか、乾燥シーズンには部屋を暖かくして加湿器を置く、とかそういった類のものです。

 患者さんからじっくり話を聞いてときどき感じるのが、ステロイドを適切に使えていない人が意外に多いというものです。ステロイドを怖がってからなのか、充分な量のステロイドを使っていない人がときどきおられます。ステロイド(特に強いステロイド)は、短期間に必要なだけ塗って改善すればやめるのが基本的な使い方です。

 次に、ステロイドの使い分けについて、医師がきちんと伝えたつもりでも結果として患者さんに理解してもらっていないことがあります。(これはもちろん医師の責任です) 私は全身に症状のあるアトピーの患者さんに対して、それなりに重症であれば、少なくとも2~4種類のステロイドを処方します。これは皮膚というのはその部位によってステロイドの吸収の度合いが全く異なるからです。例えば、掌や足の裏は吸収されにくいため、一般的には強いステロイドを使います。一方、顔面や陰嚢、外陰部など吸収されやすいところにはごく弱いものを使用します。もしも足の裏用のものと顔面用のものを逆に使ってしまうと、顔面は副作用に苦しめられ足の裏は一切効果なし、ということになってしまうのです。

 アトピーの治療の基本は、増悪時にはステロイドを適切に使うことです。「適切に」というのは、適切な強さのステロイドを適切な部位に適切な期間、適切な回数使うということです。そして、症状は必ず改善しますから、その後は保湿剤の使用(及び必要に応じて弱いステロイドの併用)と、できる範囲の生活習慣の見直しをおこなうのが基本です。

 もちろん、患者さんによって環境が異なり、状態が異なり、生活習慣も異なるわけですから、基本事項以外にも様々なバリエーションがあります。患者さんによっては食事指導をしたり(ただしそれほど厳密なものではありません)、漢方薬を処方したりすることもあります。

 ステロイドは使い方を間違えると、確かに苦しめられることもあります。長年不適切な使用をしていたために取り返しのつかないような状態の皮膚になってしまっている患者さんもいます。しかしながら、適切な使用をおこなえば、これほど頼りになる薬もないのです。


参考:はやりの病気第44回「患者さんごとのアトピー性皮膚炎」