メディカルエッセイ

82 肥満患者が医師に丁寧に扱われていないというのは本当か 2009/11/20

医師はすべての患者に平等に接する、というのは我々医師にとっては、言わば当たり前のことであるはずで、わざわざ言葉にする必要もないようなことです。しかしながら、この当たり前のことも守られなくなる可能性がないわけではなく、そのため、様々な医師の倫理要綱には、例えば、「貧富の差に関わりなく医師は患者を平等に診察しなければならない」といった内容のものが記載されています。

 では、実際はどうなのでしょうか。実は、私が臨床医を目指そうと思った理由のひとつが、この「患者間の不平等をなくしたい」というものでした。そもそも私は医学部入学当初は臨床医をする気持ちはありませんでした。元々社会学部の大学院を目指していた私は、いったん医学部で医学を学んだ後に医学的なアプローチで社会学を研究したいという希望を持っていたのです。

 ところが、医学部に入学してみると、患者さん、というか知人や、あるいは知人の知人が、まだ医師になっていない医学部生の私に対して、医療機関に対する不満を話すことが多かったのです。

 「医者はちゃんと話を聞いてくれない・・・」「長時間待たされて診察時間は1分で終わった・・・」、こういう不満が多いのですが、この手のクレームは想像できることです。患者さんが結果として不満をもつのはもちろん良くないことですが、少ない医師が多くの患者さんを診察しなければならない日本の医療の現状を考えるとある程度は止むを得ないという側面もあります。

 しかしながら、次のような不満は学生の私でさえも多いに問題があると感じました。

 「外国人だからという理由できちんと診てもらえなかった」(30代の南米出身の男性。日本語はほぼ完璧なのにです)

 「信用していたから自分の過去も話した。すると医者の態度が突然かわり、診察に行くとイヤな顔をされるようになった」(過去に違法薬物の経験があるという20代男性)

 「言う必要があると思ったから本当は隠しておきたかった同性愛者であることを告げた。すると看護婦や他のスタッフも含めてジロジロ見られるようになって明らかに他の患者とは対応が違うようになった」(30代の男性同性愛者)

 「言いたくなかったけど過去に自分がウリ(売春)をしていたことを医者に話した。過去のことなのに医者と看護婦に説教をされた」(20代女性)

 外国人であろうが、違法薬物を使用していようが、売買春をしていようが、患者は患者です。このような理由で、医療機関で不快な思いをし、その結果病院を受診しなくなれば、病気が悪化することだってあるはずです。

 私は、普段は他人に言えないようなことでも包み隠さず話すことができる、そしてそのことを自身の個人的価値感ではなく病気を治すという観点から話を聞くのが患者と医師の関係だと考えています。

 医療の現場で、国籍や職業、犯罪歴などで差別されることがあってはならないのではないか・・・。私はそのように強く感じ、ならば自分自身がこういった患者さんも平等に診る医者になろうと考えました。研究者志向から臨床医を目指そうと思ったのは他にも理由がありますが、こういった人たちとの会話が私を臨床医に駆り立てたのは事実です。

 また、タイのエイズ施設でボランティアをしていた頃、HIV陽性という理由で病院からさえも差別的な扱いを受けた患者さんを何人も診ることになり、これがNPO法人GINA(ジーナ)を設立するきっかけとなりました。

 太融寺町谷口医院のミッション・ステイトメントに「患者さんの年齢、性別(sex, gender)、国籍、宗教、職業などに関わらず、全ての患者さんに平等に接する」とあるのは、私の個人的なこういった経験があるからです。

 さて、今回お話したいのは、「肥満患者は医師に丁寧に扱われていない」という大変ショッキングな研究結果が発表されたということです。

 この研究は米国ジョンズ・ホプキンス大学によっておこなわれ、医学誌『Journal of General Internal Medicine』2009年11月号に掲載されています(注1)。研究者らは医師40人に、肥満患者に対する態度について質問表を用いて質問した結果、238人の患者についてBMI(注2)が10増加するごとに、医師の患者に対する敬意が14%減少することが判明したといいます。

 研究者らは「このような医師の態度が、医師と患者の関係にどのような影響をもたらすかは不明」としていますが、「患者が再診を受けることを拒絶したり、否定的態度で扱われたと感じたりすることが示されている」と述べています。さらに、「(丁寧に扱わないことによる)情報伝達の減少は患者の健康転帰に有害性をもたらす可能性がある」と指摘しています。

 BMIが10増加するごとに、医師の患者に対する敬意が14%減少する、というのはにわかには信じがたいことです。

 米国の現状はよく分かりませんが、日本の医療の現場でもこのようなことがありうるのでしょうか。肥満があるからといって、コミュニケーションが取りにくいということはありませんし、医師に対して反抗的というわけでもありません。私には、この研究結果が事実を反映しているとは到底思えないのですが、実際はどうなのでしょうか。

 この研究では、医師の同様な態度は、アルコール中毒、麻薬使用者、HIV感染者などに対しても当てはまることが指摘されています。肥満というだけで丁寧に扱われないのなら、社会的に問題のあるアルコール中毒者や麻薬使用者などがもっとぞんざいにされていることは想像に難くありません。また、HIV陽性者が丁寧に扱われないのは、残念ながら現在の日本でもあり得ることです。

 私自身はクリニックのミッション・ステイトメントにも掲げているように「全ての患者さんに平等に接する」ということを医師としてのミッションと考えています。しかしながら、今回この論文を読んで感じたことは、「たとえ私が平等に接しているつもりでいても、患者さんの側からみたときには丁寧に扱われていないと感じているかもしれない」ということです。

 特に、患者数が多くひとりあたりに時間をあまりかけることができないときに、説明が早口になったりあまり大事でない部分は省略したりすることがあります。すると、結果的に患者さんは「ぞんざいに扱われた」と感じ、その結果再診に来なくなるかもしれません。すると場合によってはその病気がさらに悪化する可能性もあります。

 「全ての患者さんに平等に・・・」というミッションは、常に心の片隅に置いておかねばならない・・・。この論文を読んでそれを再認識するようになりました。


注1:論文のタイトルは「Physician Respect for Patients with Obesity」です。 
要約はhttp://link.springer.com/article/10.1007%2Fs11606-009-1104-8で読むことができます。

注2:BMIとはボディ・マス・インデックスの略で、体重(キログラム)を身長(メートル)の2乗で割った数字です。体重88キログラム、身長2メートルの人なら、88÷2の2乗=88÷4=22となります。一般的には22~25くらいが標準とされています。