メディカルエッセイ

99 放射線の"恐怖感"を克服するために 2011/4/20

2011年4月12日、経済産業省の原子力安全・保安院と国の原子力安全委員会は、福島原発の事故評価を、チェルノブイリ原発事故と同じ「レベル7」に引き上げました。最近まで当局は「レベル5」と言っていたところを一気に2段階も引き上げたわけですから、世論が疑心暗鬼となっている「放射能恐怖」はさらに加熱することが予測されます。

 当局がレベル7の発表をおこなう1週間前の4月5日、気象庁はIAEA(国際原子力機関)の要請に基づいて、放射性物質の拡散予測をウェブサイトで公表したそうです。<したそうです>と書かざるを得ないのは、この原稿を書いている4月18日時点では、その「拡散予測」が見当たらないからです。気象庁のウェブサイトのトップページには「放射線」という文字がまったくありませんし、サイト内検索をかけても詳しいデータはでてきません。

 一方、4月4日の読売新聞(オンライン版)によりますと、ドイツやノルウェーなど欧州の一部の国の気象機関は日本の気象庁などの観測データに基づいて独自に予測し、放射性物質が拡散する様子を連日、天気予報サイトで公開しているそうです。

 ヨーロッパの天気予報で毎日拡散予測が報じられる一方で、当地の日本国民は知らされていない・・・。これは誰が考えてもおかしな話であり、ほとんどの国民は納得できないでしょう。

 では、実際のところはどうなのかと言えば、首相官邸のサイトに掲載されている「福島第一原発周辺のモニタリング結果」をみてみると、原発から20km以上離れていれば、高いところでもせいぜい10~20マイクロシーベルト/時ですから、普通に生活している分には身体への影響は無視できる程度と考えていいでしょう。

 しかし、これは20km以上離れている地域の話であり、原発近辺のデータがなく、また、風向きを加味した予測がわからないために、特に近くに住んでいる人たちからみれば「本当に大丈夫なの?」と疑いたくなるのも無理はありません。原発直近であれば、1,000ミリシーベルト/時(マイクロシーベルトではなくミリシーベルト)レベルの放射線が検出される可能性もあり、こうなると風の向きと強さによっては「20km離れているから安心」とは言えなくなるかもしれません。

 気象庁がデータを公表しないことが原因かどうかは分かりませんが、韓国では、4月7日、ソウル近郊に位置する京畿道で126の小中学校、幼稚園が休校、休園に踏み切ったことが報道されています。また、通常通り授業が行われた他の都市でも、登校時に子どもたちがマスクをしたり、レインコートで全身を覆ったりしている様子が伝えられています。

 いくら何でも放射線の影響が韓国にまで及ぶとは考えられませんが、重要なのは、放射線が降ってくるという「噂」だけでなく、実際に126もの学校・幼稚園が休校・休園を実施したということです。もちろん韓国にも科学者はいるわけです。常識的に考えて科学者が休校を指示したというようなことはないでしょうから、科学者が抑制できないほどの"恐怖感"が韓国民の間に生じているとみるべきだと思います。

 この"恐怖感"は韓国だけにおこっているわけではありません。例えば、インド政府は4月5日、原発事故に伴う放射性物質の影響を考慮して、日本からの食品輸入を3ヶ月間、全面的に禁止するという発表をおこないました。しかし、さすがにこの決定には釈然としないものがあったようで、日本政府の抗議もあり、4月8日には「まだ決定を下していないと」と慌てて発表しています。

 タイでは日本料理屋から客が遠のいているそうです。少し考えれば分かりますが、タイの日本料理屋では食材をすべて日本から輸入しているわけではありません。輸入している材料などごくわずかでしょうし、レストランによっては、材料はすべてタイ国内で調達しています。にもかかわらず「日本料理はキケン」という噂が飛び交っているのです。

 私はNPO法人GINA(ジーナ)の関係もあり、タイの情報は頻繁に入ってくるのですが、震災直後からタイ人の多くが日本を心配し支援してくれています。例えば、バンコクのBTS(モノレール)の主要な駅周辺には募金箱が置かれ、実に多くのタイ人が募金をしてくれているそうなのです。しかも、BTSに乗ることのできる金持ちだけでなく、普段はBTSを利用しない一般的なタイ人(タイの庶民は料金の高いBTSではなく冷房のないバスに乗ります)も募金をしてくれているそうなのです。

 また、日本通としても有名なタイの国民的歌手のバード(名前はトンチャイ・メーキンタイですが通称の「バード」の方が一般的です)は、日本を応援する歌をつくりました。この歌は後半が日本語の歌詞となり、ビデオを見ると多くのタイ人が、日本語・タイ語・英語などで日本を応援するメッセージを掲げています。(下記URLを参照ください)

 話を戻しましょう。自国よりも豊かな生活をしている日本人をタイ人の多くは一生懸命応援してくれているのです。しかし、その一方で、感情的な"恐怖感"のせいで「日本料理はキケン」という誤った噂が蔓延しているのも事実なのです。

 "恐怖感"がいかに理性を奪うかということを示す例をもうひとつ挙げたいと思います。科学作家の竹内薫氏は『週刊新潮』の連載コラム(2011年4月7日号)で、ヨウ素131の入った水を乳児に飲ませてはいけないと聞いたことがきっかけで、ヨウ素やセシウムを除去できる浄水器を購入しそうになった、と告白しています。竹内氏は、震災の数ヶ月前には、「原発が怖い」というラジオのレポーターに対して「勉強不足だねぇ、安全だから大丈夫だよ」と答えていたそうです。しかし、娘の安全が脅かされるかもしれないと感じ、放射線に対する考えが変わったそうです。

 私はまず、竹内氏がこのような自分の感覚を正直に語られた勇気に敬意を払いたいと思います。そして、あらためて、科学者(科学作家)でさえも、払拭することができないこの"恐怖感"の大きさを認識しました。

 おそらく気象庁が放射線拡散予測のデータを公表しないのも、世間に蔓延するこの"恐怖感"のせいでしょう。官僚は、データ公表により風評被害が拡散し"恐怖感"が大きくなることに危機感を抱いているのではないかと思われます。しかし、インターネットで世界の情報が瞬時にわかる現代では、データを公表しないことの方がむしろ"恐怖感"を増大させることになります。

 放射線に関しては高校の物理に毛がはえた程度の知識しかないこの私に危険性について語る資格はありませんが、私は正常な理性を奪う"恐怖感"の存在を認めた上で正しい知識の普及に貢献できれば、と考えています。このまま"恐怖感"が日本と世界に広がっていけば、福島県出身という理由で就職や結婚ができなくなったり、日本人という理由で入国を断る国がでてきたり、ということが起こるかもしれません。

 そうならないためには、できるだけ"恐怖感"を追いやって正しい知識の習得につとめなければなりません。気象庁のサイトをみても事実が分かりませんし、首相官邸のサイトもいまひとつ重要なことが書かれていません。私が調べたなかでは、日本放射線影響学会のサイト(http://jrrs.kenkyuukai.jp/special/?id=5548)が最も分かりやすく解説しているように思われます。また、国立がん研究センターのサイト(http://www.ncc.go.jp/jp/)にも、簡単ですが、恐怖を感じる必要がないことがまとめられています。

 私見を述べれば、現在の放射線に対する世論は、どこか社会不安障害や強迫性障害の症状に似ているような気がします。こういった精神疾患には認知療法が有効であるように、まずは我々ひとりひとりが得体の知れない"恐怖感"に捉われるのではなく、正しい知識の吸収につとめなければなりません。

 気象庁にはすべてのデータを公表して正しい知識を伝える義務があることは言うまでもありません。


注:バードの日本応援歌は下記URLで観ることができます。

http://www.youtube.com/watch?v=WRwTc7a_Jzs&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=1wopMK2xILI&feature=related

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